Birth
Day コンチェルト
1995年2月4日 土曜日 朝
ベル「ねぇリア、明日って何の日か覚えてる?」
ベルはリアと一緒に自分達の教室に入ると、いきなりそんな事をリアに尋ねた。
リア「アネキの誕生日だろ」
リアは自分の机にカバンをかけながら何でもない事のようにさらっと答える。
ベル「あ、えら〜い。ちゃんと覚えてたんだ」
リア「当たり前だろ。で、それがどうしたんだよ?」
ベル「あのね。アタシたちって天界じゃ誕生日がきても誰も気にしてなかったわよね」
リア「そうだな」
ベル「それって、たぶん天界ではアタシが時を刻むのを止めていたからだと思うの。
誕生日がきたってアタシたちの身体は何も変わらない。
ずっと、何も変わらなかったから・・・。
でも、今アタシたちはちゃんと時を刻んでる。
アタシたちの身体だって日々成長しているわ。
だからね。アタシたちも人間たちみたいにお祝いしてもいいと思うの」
リア「・・・」
ベルが話し終えるとリアは難しい顔をして考え込んだ。
ベル「どう、かな?」
そんな顔をしているリアを見て少し不安になったベルが自信がなさそうな顔でリアに問いかけた。
リア「ベル・・・お前、それすごくいいよっ!!アタイ、そんなこと全然思いつかなかった」
リアが驚いた顔で明るくそう言ってくれたのでベルの顔にもぱっと笑顔が浮かぶ。
ベル「わぁ!!じゃあ、リアはフォル姉様のお誕生日会をする事に賛成してくれるのね」
リア「もちろん!あっ!でも・・・お誕生日会って、ベルは何をするつもりなんだよ?」
ベル「あたしはフォル姉様のためにケーキを焼いて差し上げようと思ってるわ」
リア「ケーキ?ベル、お前ケーキなんて作れたのか?」
ベル「ううん、作れないわよ」
リアが意外そうな顔をして聞くとベルはあっさりと首を振った。
リア「ダメじゃん」
ベル「でも、メルさんがそういうの上手だから教えてもらって作ろうと思うの」
リア「ふ〜ん」
ベル「それで、リアも一緒に作らない?」
リア「えっ?アタイも」
リアは驚いた顔で自分を指差す。
ベル「そうよ。ね、一緒に作りましょ」
リア「ア、アタイはいいよ。アタイはケーキなんて作るのガラじゃないしさ」
リアはちょっと困り顔で苦笑しながらパタパタと手を振った。
ベル「えぇー。そんな事ないわ。リアがケーキ作ったって全然おかしくないわよ」
リア「でもなぁ・・・」
ベルはさらに催促したがリアはまだその気にはなってくれそうにない。
ベル「お願いっ!本当のこと言うと1人で作るのはちょっと不安なの〜」
リア「なんだ、そういう事だったのか」
業を煮やしたベルが両手を合わせて本音でお願いするとリアはちょっと呆れた顔でベルを見る。
ベル「ね、お願〜い」
リア「ふ〜・・・。しょうがないなぁ〜」
なおもお願い攻撃を続けてくるベルに結局リアは折れてしまった。
ベル「ありがと〜リアー!!」
しぶしぶ承諾したリアにベルは満面の笑みで抱きついて感謝の意を表す。
リア「ところで、ベル。誕生日会の事はアネキには秘密にしておいて、明日アネキをあっと驚かせてやらないか?」
ベル「そうね。それいいかも」
リア「じゃあそうしよう。帰ったらさっそくアネキにばれないようにみんなに話をつけないとな」
こうしてベルとリアの手によってフォルのお誕生日会が水面下で静かに進行し始めた。
クレア「お誕生日会?フォルの?」
土曜なので半ドンで学校の終わった双子達は英荘に帰ると共同リビングで暇そうにしていたクレアにさっそく明日の計画について話した。
リア「そう。しかもアネキには内緒でこっそりと」
ベル「だから、クレア姉さんにも協力して欲しいんだけど」
双子達はきっとクレアも喜んで賛同してくれるだろうと思って明るく話していた。
クレア「ふ〜ん。お誕生日会ねぇ〜・・・」
しかし、クレアは渋い顔をしていてあまり乗り気には見えない。
ベル(あれ?クレア姉さん、何でそんな顔してるのかしら?)
リア(なんで誕生日会って聞いて不機嫌そうになるんだよ?)
2人はそんなクレアの態度を不思議に思ったが、
クレア「ワタシの時はな〜んにもしなかったのに、フォルにはしてあげるんだ。お誕生日会」
クレアの冷たく冷えたその一言で、謎は一瞬にして氷解した。
ベル「あ・・・」
リア 「あ・・・」
そして2人は同時にそう呟き、気まずい表情のまま硬直する。
確かに昨年の10月24日、クレアの誕生日に2人はクレアに何もしなかった。
なぜなら、その頃にはまだ誕生日を祝うという発想が姉妹の誰の中にもなかったから。
だからクレアも自分の誕生日の日には何も言わなかったし、祝ってもらおうとなどとは考えもしなかった。
しかし、だからと言って、もう1人の姉だけは祝われて自分には何もなかったのではクレアも心中穏やかではいられない。
クレア「そうなのね〜。フォルにはしてあげるのね、お誕生日会。いいわねフォルは。こ〜んなにも妹たちに愛されていて」
クレアは凍えそうなぐらい冷たい笑みを浮かべながら嫌味なぐらい柔らかい口調で語りかけてくる。
その一見優しく見える笑顔と口調が逆に怖い。
これなら素直に怒ってくれていた方が百万倍マシである。
ベル「あ、あの・・・クレア姉さん」
リア「あの・・・アタイたち、べつに、そんなつもりじゃ・・・」
2人は強張った表情のままギクシャクとした動きで弁解する。
クレア「こ〜んなにも優しい妹たちに囲まれてフォルは本当に幸せものだわぁ〜」
しかしクレアは止まらない。
相変わらず、優しい口調とは裏腹に目だけは1ミリも笑っていない笑顔を浮かべてしゃべり続けている。
そしてその笑顔を浮かべたままソファーから立ち上がり、踊るような歩調で双子達の方に近づいてきた。
ベル「ひ・・・」
リア「っ・・・」
恐怖に駆られた2人は後ろに退がろうとしたが身体が硬直していて身動き一つ出来ない。
クレア「アナタたちは本当に姉想いのいい子だわぁ〜。うふふっ」
そしてクレアは不気味な笑みを浮かべながら2人を同時に両腕で抱きしめた。
ベル(!!)
リア (!!)
その瞬間、2人は背骨がへし折られるのではないかという恐怖心で身を強張らせた。
しかし、2人の予想とは違い、抱きしめられる腕にはそれ程の力ははいっていない。
リア(痛・・・・・・くない。あれ?)
ベル(クレア姉さん、怒ってるんじゃないの?)
そう思って2人はちょっと安心して身体の力を抜いた。
しかし、その考えは早計だった。
なぜなら力を抜いた瞬間、抱きしめられている腕に万力のような力がギリギリと込められ始めたからだ。
リア(痛っ!いたたたたっ!!)
ベル(や、やっぱりクレア姉さん怒ってるぅぅーーーー!!!)
クレア「だから、今年のワタシの誕生日には」
クレアは2人を力一杯抱きしめたまま2人の耳元でそう呟いた。
リア「す、す、する。誕生日会する!!絶対するぅ!!」
ベル「フォ、フォル姉様のよりも盛大なのをするわっ!!」
2人は肺に残っていた空気を全て使って絶叫するように言った。
すると、悲鳴をあげていた背骨への負荷が急速緩まってゆく。
クレアが2人を抱きしめるのを止めたのだ。
リア「ふへぇ〜・・・」
ベル「ふわぁ〜・・・」
クレアから解放された二人はそのまま床にペタンと座り込む。
クレア「2人とも本当にいい子よ。だから今言った事は‘絶対’忘れちゃダメよ」
クレアは絶対を強調して言うと座り込んでいる二人の頭を優しく撫でた。
もし否定すればそのまま頭を摑んで頭蓋骨を砕きそうな目をして。
コクコクコクコク
2人は反射的に壊れた人形のようにガクガクと首を縦に振った。
そんな2人の様子に満足したのか、クレアはソファーにまで戻って再びくつろぎ始める。
クレア「で、ワタシは何をすればいいの?」
リア「え、え〜と・・・」
ベル「ク、クレア姉さんはとりあえずフォル姉様に明日の事を秘密にしてくれるだけでいいわ」
クレア「そうなの?べつに部屋の飾りつけぐらいなら手伝ってもいいわよ」
ベル「ええっ!?」
リア 「ええっ!?」
2人はこの世ならざる物を見たような顔で驚いた。
クレア「なーにをそんなに意外そうな顔で驚いているのよ。
ワタシだってフォルのこと祝ってあげようって気持ちぐらいあるわよ!」
途端クレアは再び不機嫌になった。
次に2人はメルとミリの所へ向かった。
メル「お誕生日会?」
ミリ「へぇ〜、フォル姉ちゃんのお誕生日会するんだ。うん、いいよ」
メル「アタシもいいわよ」
メルとミリはお誕生日会と聞いて少し意外そうな顔をしたがすぐに了承してくれた。
リア「じゃあ、ミリは部屋の飾り付け係」
ミリ「オッケー」
メル「アタシは?」
ベル「メルさんはあたしとリアがケーキを作るのを手伝って欲しいんです」
メル「分かったわ。でも、リアちゃんもケーキ作るの?」
リア「や、やっぱりアタイがケーキ作るのって変か?」
メルがちょっと意外そうな顔をしたので、リアは恥ずかしそうにしながら少し焦った声を出す。
メル「ううん。全然そんな事ないわよ。リアちゃんだって女の子だもんね」
ベル「ほら、あたしの言った通りでしょ」
リア「う、うん」
ベルやメルからそう言われて、リアはますます恥ずかしそうにして頷いた。
次は玄関で偶然出合ったちょうど帰宅したばかりの馨子。
馨子「え、フォルさんの誕生日会?へぇ〜、フォルさんの誕生日って明日だったんだ」
ベル「はい。それでフォル姉様には秘密でこっそりと準備したいんですけど。馨子さん、手伝ってもらえませんか?」
馨子「秘密にしておいて当日びっくりさせようって魂胆ね。うふふ、いいわよ。あたしも手伝ってあげる」
馨子は楽しそうににっこり微笑みながら快諾してくれた。
そして最後は貴也。
貴也は今日、フォルと一緒に夕飯の買い物をしていたので2人はフォルが夕飯の準備をし始めたのを見計らって貴也の部屋に行った。
コンコン
リア「貴也、居る?」
ガチャ
リアが貴也の部屋をノックして声をかけるとドアはすぐに開いた。
貴也「あ、リアとベル。ちょうどよかった」
そして2人が口を開くより先に貴也が話しだす。
ベル「ちょうどよかったって、何ですか?」
貴也「うん。明日ってフォルの誕生日だけど、何かするのかな?」
リア「えっ?」
ベル「貴也さん。フォル姉様の誕生日知ってたんですか?」
貴也「うん。という事はやっぱり何かするのかな?」
リア「うん。アタイ達もちょうどその事で話があって来たんだよ」
貴也「あ、そうだったんだ。それで話ってなに?」
ベル「実は明日はフォル姉様のお誕生日会をするつもりなんです。
でも、その事はフォル姉様には内緒にしておいてびっくりさせたいんです。
だから、あたしたちがお誕生日会の準備をしている間、貴也さんにはフォル姉様を英荘から連れ出していて欲しいんです」
貴也「それはいいけど・・・。フォルだって明日は自分の誕生日だって知ってるだろ。連れ出した時点で気づかれるんじゃないかな?」
ベル「あ、それはたぶん大丈夫だと思います」
貴也「えっ、なんで?」
リア「いいから!貴也はただアネキを連れ出してくれればいいんだよ」
リアは説明するのが面倒だったので強引に話しを進めた。
貴也「・・・分かったよ」
貴也は釈然としないながらも頷いた。
貴也「それで、どうやって連れ出したらいいのかな?」
リア「それは・・・」
リアは言葉を詰まらせ、困った顔でベルを見た。
しかしベルもリアと同様に困った表情を浮かべているだけだった。
2人ともその方法までは考えていなかったのである。
ベル「方法は貴也さんにお任せします」
貴也「えっ?」
リア「じゃ、頼んだ」
結局2人は貴也に全て丸投げして逃げ出した。
貴也「そんな無責任な・・・」
1995年2月5日 日曜日早朝。
英荘では平日休日に関わらず、一番に起きているのはフォルである。
そしてみんなのために朝食を作っている。
日曜日は大抵、皆起きてくる時間はそれぞれバラバラで、時には昼まで寝ている人もいるのだが、
今日だけはみんなほぼ同じ時間に起きてきた。
もちろん、それは双子たちが事前にみんなに申し合わせていたからである。
フォル「あら?クレア姉様まで。今日はみんな早起きなんですね」
フォルは続々と食堂に集まってくる一同(特にクレア)を見て少し驚いた様子を見せた。
フォル「今日は何かあるんですか?」
ドキッ!
その一言でみんな心臓がドキッと跳ね上がる。
ピキーン
そして一瞬してして場の空気が緊張感で満たされ、みんなの動きが停止した。
馨子「え・・・」
そんな空気の中、まず馨子が小さく声を漏らした。
貴也「あ・・・」
そしてそれが貴也にも伝染した。
リア(もしかしていきなりバレた?)
ベル(ま、まずいわ!!誰かフォローしてぇ!!)
ベルとリアは慌ててヘルプの視線を左右に走らせた。
メル(フォローって・・・)
ミリ(そんな事いきなり言われても・・・)
メルとミリが2人の視線を受けたが、困惑顔を浮かべるだけで結局何も出来ない。
クレア「ワタシだってたまには早く起きてご飯を食べたくなる時だってあるわよ」
しかしそんな中、唯一クレアだけが冷静であった。
クレア「みんなだってそうでしょ?」
クレアはみんなにそう言いながら‘話を合わせなさい’とアイコンタクトを送る。
メル「そ、そうね。そういう時もあるわよね。ねぇ、ミリ」
ミリ「え、あ、うん。あるある」
馨子「ぐ、偶然ってあるものなのね。ねぇ、貴也くん」
貴也「そ、そうだね。すごい偶然だね」
そしてクレアのアイコンタクト受けて、みんなぎこちない笑みを浮かべながら次々に話し出す。
フォル「・・・」
そんなみんなの様子をフォルは少し不思議そうに見ていたが、
フォル「そうですね」
すぐに笑顔で納得してくれた。
リア(や、やった。乗り切った)
ベル(クレア姉さん、ナイスフォロー!)
そのフォルの笑顔を見て、みんな内心で安堵の吐息を吐く。
フォル「じゃ、みんな朝ご飯にしましょう。では、いただきます」
一同(フォル除く)「いただきます」
その後は普段と変わらない朝食風景が流れ、すぐにみんな朝食を食べ終わる。
そして、フォルとメルが朝食の後片付けをしている間に、他の者達は共同リビングでこっそり今後の打ち合わせを始めた。
ベル「じゃ、貴也さん。計画通りフォル姉様を英荘から連れ出してくださいね。
そして最低でもお昼過ぎまでは引っ張ってください」
貴也「う、うん・・・」
ベルに念を押されて貴也は自信なさそうな顔で頼りなげに頷く。
ミリ「あ、片付け終わったみたいだよ」
ドアの陰からフォルの様子を伺っていたミリから合図が届く。
ベル「それじゃあ貴也さん。お願いします」
貴也「・・・」
ベルに促され、貴也は不安そうな面持ちのまま立ち上がる。
その表情は強張っており、かなり緊張している事は誰の目にも明らかだった。
メル「頼んだわよ」
そして台所から出てきたメルに擦れ違いざまに小さく声援を受けながらフォルの元へ行く。
貴也「・・・フォル」
フォル「はい」
貴也がフォルの背中に声をかけるとフォルは振り返って貴也を見た。
フォル「何ですか貴也さん?」
貴也「え〜と、その・・・実は・・・その〜・・・あ〜・・・今日は・・・・・・・・・日曜、だよね」
フォル「はい、日曜です」
貴也「・・・」
フォル「・・・」
いきなり会話が終わってしまった。
フォル「・・・」
それでもフォルは訝る事なく、貴也の次の言葉を静かに待っている。
貴也「あ〜・・・いい天気だよね」
フォル「はい」
なんとか貴也が次の言葉を言うと、フォルはにっこりと微笑んでくれた。
フォル「きっとお洗濯物がよく乾いてくれますね。貴也さんも何かあれば出しておいてくださいな。私が洗っておきますから」
貴也「えっ?あっ!それダメ」
フォル「え?何がダメなんですか?」
貴也が慌ててそう言うとフォルが不思議そうに聞き返してくる。
貴也「あ〜・・・え〜と、その・・・。洗濯は・・・リアがするって言ってたから・・・」
フォル「えっ?リアがですか?」
貴也「うん。リアが、え〜と・・・アタイも少し家事ができるようになりたいからって・・・。うん、そう言ってたから。
だから、今日はリアが洗濯してくれるよ」
貴也はフォルから微妙に視線を外しながら即興で考えた作り話を語った。
その頃、物陰から2人の事を覗き見ていた一同の中でリアは
リア「えっ!アタイ?アタイが洗濯するの?」.
寝耳に水な話を聞かされて驚きまくっていた。
メル「あら〜、よかったわねリアちゃん。今日はお菓子作りとお洗濯の2つも花嫁修業ができるわよ〜」
ベル「がんばってねリア〜」
リア「うぅ〜・・・貴也の奴ぅ〜!!勝手な事を!!」
そして周りのみんなからもからかわれ、貴也に怒りこもった視線を向けるのだった。
フォル「あの子がそんな事を言ってくれたんですか・・・。
じゃあ、お洗濯はリアにお任せして、わたしはお布団のシーツを洗う事に」
貴也「あ、シーツはベルが洗うって言ってたよ」
フォル「えっ?ベルもなんですか?」
貴也「うん。ベルもしたいって言ってたよ」
この時ベルは
リア「えっ!シーツ?」
リアと同様、寝耳に水な話を聞かされ驚いていた。
リア「よかったなーベル。洗いたてのシーツって重たいぞ〜」
ベル「うぅ・・・。貴也さん、ひどい・・・」
そしてさっきの仕返しとばかりにリアにからかわれ、貴也への怒りを蓄積していった。
フォル「そうなんですか・・・。じゃあわたしはお布団を干して」
貴也「布団はクレアさん・・・じゃおかしいから。え〜と、ミリが干してくれるって」
ミリ「あーーー!!今度はアタシを生け贄にしたぁ〜〜!!!」
クレア「ちょっと、ワタシじゃおかしいってどういう意味よ」
今度はミリとクレアの2人が怒りに燃えた。
フォル「ミリまで手伝ってくれるんですか?今日はみんなどうしたんでしょうか?」
ミリまで巻き込んだせいか、さすがにフォルも少し怪しがっている。
貴也「それは、きっと・・・天気がいいせいじゃないかな?は、ははは・・・」
貴也は窓から外を見ながら無茶苦茶無理のある事を言って誤魔化そうとした。
しかし自分でも無理があると分かっているのか、最後の笑い声はかすれている。
フォル「・・・」
さすがに今の説明では誤魔化されたりはしかったらしくフォルは訝しげな顔のままだ。
貴也「そ、それよりもフォル。家事はみんながしてくれるみたいだし、今日は暇だよね」
貴也はちょっと強引かなと思いながらも、いよいよ核心の部分を話そうとした。
フォル「いえ、お掃除が残って」
貴也「掃除は馨子さんがしてくれますっ!!」
馨子「あぁ・・・とうとうあたしまで・・・。あたしは、あたしだけは大丈夫だと思ってたのに・・・」
リア「お仲間がずいぶん増えたね」
ベル「貴也さん、完全に見境いがなくなってるわ」
ミリ「貴也って結構外道よね」
がっくりとうなだれる馨子の横で先任の3人が口々に愚痴をこぼす。
馨子「貴也くんの裏切り者ぉ〜!!」
軽はずみは発言で、知らない内にたくさんの敵を作っている貴也であった。
貴也「これでもうする事はないよね」
フォル「え、ええ・・・」
貴也がちょっと語気を強くして言うと、フォルは少したじろぎながら頷いた。
フォル「・・・そうですね。本当に今日はみんなのお蔭で暇ができましたね」
フォルは少し感慨深げに言って微笑んだ。
貴也はそんなフィルの笑顔が見れただけでうれしくなった。
そしてようやく本題が切り出せると思ったその時。
フォル「そうです!せっかくお暇ができたんですから、今日は新しいお料理を覚えましょうか」
フォルはうれしそうに両手をポンと打ち合わせた。
貴也「え・・・?」
途端にさっきまで貴也の頭の中で描いていたセリフの数々が瓦解してゆく。
フォル「実はもうお料理のレパートリーがなくなっていて、最近は同じ物ばかりをローテーションで作っていたんです」
フォルは申し訳なさそうにそう言ったが、貴也は
貴也(そうだったっけ?)
と頭を悩ませた。
貴也の記憶の中では夕飯に週に2度同じものが続いた事などなかったはずである。
しかし月単位で考えれば、確かにローテーションになっているのかもしれない。
けれど、毎日違う物を作り続けるなど不可能なのだから、そんなのは仕方のない事だと貴也は思う。
だが、フォルはそうは考えなかったようだ。
フォル「いい機会ですから、今日は新しいお料理に挑戦してみようと思います。
貴也さんはどんなお料理が食べたいですか?」
貴也「え〜っと・・・」
正直、貴也は今とても困っていた。
貴也としては今日はフォルに料理をして欲しい訳ではない。
それどころか今日はフォルに台所にいてもらっては困るのである。
しかし、うれしそうに話すフォルを見ていてはそんな事は言えなくなってしまう。
貴也「フォルは、どんな料理に挑戦したいと思ってるんだい?」
だから、貴也は内心とは裏腹にフォルに話を合わせてしまった。
フォル「そうですね・・・。外国のちょっと変わった物とか、珍しい物とかもいいですね」
そんな2人の事を監視していた面々は、
クレア「貴也ったら、いったいなーにやってるのよぉ!!」
馨子「楽しそーにフォルさんと料理について談笑してるわね」
リア「アタイたちを生け贄に差し出した結果がコレ!?」
ベル「しっかりしてよ貴也さ〜ん・・・」
貴也のあまりの体たらくにいらだったり失望したりしていた。
メル「まぁ、フォルってアウトドア派じゃないから、暇ができても外に出かけようって発想はしないか・・・」
ミリ「ねー、これからどうするの?このまま貴也に任せてても無理っぽいけど」
クレア「えーーーい!!まどろっこしいぃ!!!」
クレアは立ち上がると勢いよく台所の戸を開けた。
メル「クレアさん!?」
ベル「な、何する気?」
驚く皆を尻目にクレアはズカズカと台所に入り、驚いている貴也と不思議そうにしているフォルの前で立ち止まる。
フォル「クレア姉様?」
貴也「クレアさん・・・?」
クレア「フォル。貴也はね。今日アナタとデートがしたいのよ」
そして貴也が今まで組み立てた根回しなどまったく無視してズバッと言ってしまった。
フォル「えっ、デート・・・ですか?」
貴也「ク、クレアさん!?い、いきなりいったい何を・・・?」
クレア「なによ。もともとそのつもりだったんでしょ」
驚き慌てふためいている貴也を前にしてもクレアは平然としている。
貴也「いや、まぁ、その・・・。それは、まぁ、そうなんですけど。でも、そんな露骨な言い方・・・」
貴也は照れ臭そうにしながらゴニョゴニョと言葉を濁す。
クレア「で、フォル。どう?」
フォル「あの・・・貴也さん。本当にわたしとデートしてくださるんですか?」
貴也「あ、うん・・・。その・・・よかったらでいいんだけど・・・」
貴也が照れ臭そうにそう言うと、クレアは眉をひそめ、フォルから見えない位置で貴也の背中をつねった。
貴也「っ!!」
背中の激痛に顔をゆがめる貴也。
それでもフォルの前で悲鳴をあげることだけはなんとか我慢した。
クレア「よかったら、じゃなくて絶対でしょ!」
そして貴也にだけ聞こえるように小さく囁く。
貴也「え・・・っと・・・。今日はボクとデートして欲しい」
ほぼ無理矢理言わされた形ではあるが、今度ははっきりと誘った。
フォル「・・・」
フォルは少し悩む素振りを見せるとチラリと台所の出口に目を向けた。
すると、まだフォルたちの事を覗き見ていたリアたちと目線が合う。
ベル「あっ!!」
リア「今、もしかして目が合った?」
ミリ「えっ、そうかな?こんなに少ししか隙間開けてないんだよ。きっと偶然だよ」
しかし3人には本当に目が合ったのかどうか分からなかった。
一方フォルは何故かうれしそうに小さく微笑み、貴也へと向き直る。
フォル「分かりました。今日は貴也さんにお付き合いします」
そしてハッキリとした口調で貴也の誘いを受けた。
貴也「えっ!!本当?」
フォル「はい。じゃあ、わたし準備してきますね」
フォルはエプロンを外して台所を出てゆこうとする。
ミリ「わっ!!フォル姉ちゃんこっち来るぅ!」
ベル「早く隠れなきゃ!!」
リア「ほらっ!馨子ちゃん、早くっ!!」
馨子「え・・・あ・・・うん・・・」
メル「総員撤収!!」
覗き見をしていた面々はバタバタと慌てて台所の前から逃げていった。
それから20分後、玄関には少しおめかししたフォルと貴也の2人を見送るクレアとメルの姿があった。
他の4人は笑顔で貴也を見送る事などできそうになかったので奥に引っ込んでいる。
フォル「ではクレア姉様、メルさん、後の事はお願いしますね」
メル「ええ、任せてちょうだい」
クレア「英荘の事は気にせず、ゆっくり楽しんでらっしゃい」
フォル「はい」
2人にそう言われてフォルは本当にうれしそうな笑顔を浮かべた。
クレア「貴也」
クレアは貴也を呼ぶとぐいっと自分の方へ引き寄せて耳元に口を寄せる。
クレア「分かってるわね。できるだけ時間を引き延ばして、でも夕方には絶対帰ってくるのよ」
貴也「わ、分かりました・・・」
クレア「よしっ!じゃ、いってらっしゃい」
フォル「はい。いってきます」
貴也「いってきます」
フォルは笑顔で貴也は少し憮然とした表情で下山していった。
そしてクレアとメルは2人の姿が完全に見えなくなるまで見送るとクルリと身を翻してみんながいる共同リビングへと向かった。
クレア「さーーみんな。始めるわよっ!!」
一方、クレアたちに見送られてデートに出発したフォルと貴也は。
貴也「・・・」
フォル「・・・」
未だ会話はなく、無言で歩を進めているだけだった。
貴也(何か話さないと・・・)
そう思うのだが、デートだと意識しすぎているためか話題が全然浮かんでくれない。
貴也(いい天気・・・って、ダメだ。天気の話はさっきしたよ。それじゃあ、え〜とえ〜と・・・)
フォル「貴也さん」
そんな風に貴也が思い悩んでいるとフォルの方から声をかけられた。
貴也「はい?」
思索に気をとられていた貴也は生返事をしてフォルを見る。
すると、フォルは少し表情を曇らせながら貴也を見ており、貴也を驚かせた。
貴也(しまった!!退屈させちゃったかな)
そう思って貴也は慌てて謝罪の言葉を口にしようとした。
しかし、
フォル「今日はごめんなさい」
貴也が謝るより先にフォルに謝られてしまった。
貴也「え?」
しかし貴也にはフォルから謝られる心当たりがまったくなく、困惑しながらフォルを見つめ返した。
フォル「本当は、みんなにわたしを英荘から連れ出すように頼まれたんですよね」
ドキンッ!!
心臓が思いっきり跳ね上がり、瞬間冷凍で貴也の表情が凍りつく。
貴也「いや・・・その・・・」
咄嗟に何か言って誤魔化そうと思ったが、フォルは既に核心しているようだったので無駄な努力は止めた。
貴也「どうして分かったの?」
フォル「だって、今朝からみんなの様子があからさまに変なんですもの。分からない方がおかしいです」
貴也「まぁ・・・そうだね」
貴也は脳裏で今朝起こった一連の出来事を回想しながら頷いた。
確かにあれだと分からない方がおかしい。
フォル「これって、わたしの誕生日と関係がある事なんですよね?」
貴也「あ・・・そこまでバレてるんだ」
フォル「はい。だって他に理由が思いつきませんから」
フォルは可笑しそうに微笑んだ。
フォル「わたし、誕生日に何かしてもらうのって初めてです」
貴也「えっ!そうなの?今まで誰も何もしてくれなかったの?」
フォル「はい。だってわたしはずっとプラチナディスクの中に居ましたから・・・」
貴也「あっ・・・」
貴也はすっかりその事を忘れていた。
貴也(そうか、だからベルはボクが変にフォルを誘ってもバレないと思ってたんだ・・・)
貴也はようやく昨日ベルが言った事の意味を理解した。
一方、その頃英荘は。
メル「じゃあ、ベルちゃんとリアちゃんはアタシと一緒にケーキ作りね。クレアさーん、そっちよろしく〜」
クレア「ええ」
メルはクレアに一声かけるとベルとリアを伴って台所に消えた。
クレア「じゃ、分担を決めるわよ。ミリは洗濯、馨子は布団干しと掃除よ」
馨子「えっ、布団干しもあたしがやるんですか?」
クレア「しょうがないでしょ。ベルとリアはケーキ作りで手が離せないんだから」
ミリ「えっ!という事は、アタシはシーツも洗濯しなきゃいけないの」
クレア「あたりまえでしょ」
ミリ「えーーーー!!そんなのアタシ1人で全部できっこないわよっ」
クレア「フォルはいつもそれを全部1人でやってるわよ」
ミリ「アタシ、フォル姉ちゃんじゃないもん!!そう言うクレアは何するのよっ!?」
クレア「ワタシは共同リビングの飾りつけ」
ミリ「えーーーー!!それ一番楽じゃない」
クレア「適材適所よっ!!え〜いっ!!いいからつべこべ言わずにやりなさいっ!!」
ミリ「横暴ー!おーぼーだぁーー!!アタシは断固抗議するぅ!!」
ミリはそう叫ぶとストライキのつもりなのかその場に座り込んだ。
クレア「・・・ミリ。アナタにはフォルの誕生日を快く祝ってあげようって気持ちはないの」
そんなミリの様子を見て、クレアは今まで荒げていた口調を一転して静かに話し出す。
ミリ「え・・・。それは、あるけど・・・」
クレア「だったら、これは誰かがしなければいけない事だって事も分かるわね」
ミリ「う〜〜〜・・・」
ミリは反論したかったが、クレアの言う事が正論過ぎて反論の余地がなく、ただ唸るしかなかった。
押してダメなら引いてみな。
ミリの性格を巧みについたクレアの見事な話術である。
馨子「ミリちゃん。もう諦めて仕事を始めましょ 。さ、まずみんなの布団からシーツを剥がしに行こう」
ミリ「・・・」
ミリは馨子の取り成しに無言で頷くと馨子の後について共同リビングから出て行った。
クレア「ふっ・・・」
その時、クレアが密かに勝利の笑みを浮かべていた事には幸い気づかなかった。
気づいていれば、さらなる大喧嘩になっていた事だろう。
ミリ「うぅ〜〜〜〜〜〜。これもみーーーんな貴也のせいだぁ!!!」
しかし共同リビングを出た後でも収まりきらなかったミリの怒りは魂の叫びとなって英荘に木霊した。
こうしてミリの貴也に対する好感度はさらに下がったのであった。
こうして英荘では家事とケーキ作りで皆がバタバタとしている頃。
貴也とフォルは麓の駅前商店街までやって来ていた。
なぜ商店街かというと、2人とも特に行きたい場所などがなかったので、とりあえずは駅前まで出てみようという事に決まったからだった。
貴也(でもデートの場所がこんないつも来ているような所でホントにいいのかな?)
貴也は少し不安に思ったが、隣にいるフォルは楽しそうな様子で店先の商品を覗き込んでいる。
?「フォルさん」
そんな時、不意に横手からフォルを呼ぶ声がした。
見ると、八百屋の女将がフォルに向かって手招きしている。
そこは何時もフォルが買い物をしている八百屋で、フォルは笑みを浮かべると八百屋の女将の元へ歩み寄っていった。
フォル「こんにちは」
女将「買い物かい?今日は何がいるんだい?」
フォル「ごめんなさい。今日はお買い物じゃないんです」
女将「ん?」
フォルがすまなそうに謝っていると八百屋の女将はフォルの後ろにいる貴也に気づいた。
女将「ああ、デートだったのかい。こりゃあすまなかったね。邪魔しちゃったかい?」
フォル「いえ、そんな事ないです」
女将「でも兄ちゃん。デートだったらこんなしけた所じゃなくてもっとオシャレな所に連れてってあげなよ」
貴也「あ、やっぱりそう思いますか」
貴也自身も思っていた事を女将にも言われ、貴也はまた迷い始めた。
フォル「いえ、今日はそんなに遠出はできないんです」
女将「なんでだい?」
フォル「実は今日はわたしの誕生日で、今英荘ではみんながその準備をしてくれてるんです。
ですからあまり遠くに行って帰りが遅くなる訳にはいかないんです」
フォルはみんなが自分のためにしてくれている事を話すのがうれしいのか、どこか誇らしげな様子で女将にそう説明した。
女将「へ〜。今日はフォルさんの誕生日なのかい。いや〜、おめでとう」
フォル「ありがとうございます」
八百屋の女将から祝われてフォルは本当にうれしそうに微笑んだ。
女将「じゃあ何かプレゼントしないといけないねぇ・・・」
フォル「いえ、そんな・・・そこまでしていただかなくても」
女将「いいのいいの、フォルさんは何時も色々買ってもらってるお得様だからね。
ちょっとアンターーー来ておくれーーー」
女将が店の奥に声をかけると、店の奥から八百屋の主人が出てきた。
主人「なんでぇ?」
女将「今日さ。フォルさんの誕生日なんだってさ」
主人「へぇ〜、フォルさん誕生日なのかい?」
フォル「はい」
主人「いやぁ〜、そりゃおめでとう」
フォル「ありがとうございます」
女将「それでさぁ。何かプレゼントしてやりたいんだけど、何がいいかねぇ?」
主人「そうだなぁ〜・・・」
フォル「あの、そんな、本当にけっこうですから」
主人「いいよいいよ。フォルさんはお得意様だし。誕生日なんて年に一度しかないんだからさっ」
フォルが申し訳なさそうな顔で断っても八百屋の主人は笑顔で手を振るだけで一歩も引かない。
フォル「貴也さん・・・」
フォルは困った顔で救いを求めるように貴也を見た。
貴也「貰ってもいいと思うよ。
だってそれは八百屋さんたちのフォルの誕生日を祝ってあげたいって気持ちなんだから。
今、英荘でみんながフォルのために誕生日会の準備をしている気持ちと同じだよ」
貴也はフォルを安心させるように柔らかく微笑みかけてあげた。
フォル「・・・そうですね」
フォルは少し悩む素振りを見せたが、すぐにそれは眩しい笑顔に変わった。
主人「じゃあ、このメロンなんてどうだい?うまいぞ」
一個5千円はしそうな高級メロンだ。太っ腹な人である。
フォル「いえ、そんな高いものはちょっと・・・」
貰うと決めたフォルだったが、さすがにそれは気が引けた。
主人「そうかい?それじゃあ・・・。この大根ならどうだ?今朝採れたてのピチピチだぜ」
大根でも気が引ける事には変わりないがメロンよりはマシである。
フォル「はい、それなら・・・」
主人「じゃあ、ほら」
フォルが控えめに頷くと、八百屋の主人は袋に大根を3本入れて手渡してくれた。
フォル「えっ、こんなに・・・」
てっきり1本だけだと思っていたフォルは袋を持ちながら困ってしまう。
主人「あ〜、やっぱり3本は重いか?でも、後ろのお兄ちゃんなら持てるだろ」
貴也「はい。持てますけど・・・」
フォルが心配しているのはそういう事じゃないと思う。
フォル「本当にいいんですか?」
主人「いいのいいの。その代わり、また色々買ってってくれよ。安くするからさ」
フォル「はいっ!」
フォルは大根のお礼にとびっきりの笑顔を
八百屋の主人に返した。
そうしてフォルが大根を受け取っている頃、英荘では。
ぐしゃ
リア「あ・・・」
リアが不器用に卵を割っていた。
メル「だ〜か〜ら〜。黄身と白身を分けるんだから黄身を潰しちゃダメだってば!」
リア「分かってるよ・・・。でもうまく出来ないんだよ・・・」
リアは口を尖らせながらボールの中の卵を見る。
ボールの中では卵の黄身が破れて白身を混ざっており、おまけに殻まで入っていた。
そして、今まで失敗した卵の数はもうすぐ1ダースになろうとしている。
メル「もー、そんなんじゃ立派なお嫁さんになれないわよ」
リア「いいよ。アタイ結婚なんてしないから・・・」
すっかり拗ねてしまったリアはそんな事を言ってそっぽを向く。
メル「こらこら。それはリアちゃんが一番言っちゃダメなセリフよ」
メルは苦笑を浮かべながら呆れた顔でリアを見る。
ベル「ほら、リア。そんな事言ってないで、もう一度やってみましょうよ」
リア「・・・うん」
リアはしぶしぶ頷くともう一度卵を手に取った。
ベル「慎重にね」
リア「うん」
そして手に持った卵をシンクの角にぶつけようとしたその時。
メル「待った!」
リア「ひゃ!!」
メルがリアの肩に手を置いて止めた。
リア「な、なに?」
ちょっと心臓をドキドキとさせながらメルに尋ねる。
メル「リアちゃん、体に力が入りすぎ。だから手にも力が入りすぎて変に割っちゃうの。
もっと肩の力を抜いてリラックスリラックス」
リア「えっ・・・うん」
そう言われてもすぐにリラックスなどできはしない。
ベル「リア。深呼吸でもしてみたら」
リア「うん。すーーーはーーーすーーーはーーー」
言われたとおり深呼吸してみた。
ちょっと落ち着いた気がする。
ベル「大丈夫?」
リア「たぶん・・・」
メル「じゃ、もう一回やってみて」
リア「うん」
リアは体の力を抜き、卵を構えた。
リア(肩の力を抜く・・・)
リアはそれを意識しながら卵をシンクの角にコンコンとぶつけた。
1回目から4回目&8回目9回目はそれで潰してしまっていた卵も今回は適度なヒビが入るだけだった。
リア(ここまではもうできるんだけど・・・)
ここからが問題なのである。
そっと卵の両側をそれぞれの手で持つ。
5回目6回目&10回目はここでぐしゃっと潰れた。
ちなみに7回目は手を滑らせて床に落として割っている。
そしてメルに思いっきり怒られた。
リア(肩の力を抜く肩の力を抜く肩の力を抜く・・・)
頭の中で念仏のように念じながら
ぐぐぐ
慎重に力をこめてゆく。
すると、
パカッ
左右均等に卵の殻が割れてくれた。
そしてボールの中に落下した卵は黄身が破れておらず、殻も入ってない立派なものだった。
リア「あ・・・・・・できた」
最初ポカンと見ていたリアの顔が見る見るうちに笑顔に変わってゆく。
リア「できたーー!!ほら見ろベル。ちゃんと割れてるぞ」
リアはよほどうれしかったのかボールを持ち上げるとその中身をベルに見せつめた。
ベル「うん。ちゃんと綺麗に割れてるわ」
リア「な〜んだ、こんなの簡単じゃないか」
メル「へ〜・・・」
メルは半眼になって有頂天になっているリアと今まで失敗した10個の卵たちを見た。
メル「じゃ、もう1個割ってくれる」
リア「いいよ〜」
リアは軽く請け負うと卵を手に取った。
そして
リア「それっ」
という勢いのいい掛け声を共に
ぐちゃ
っと割った。
リア「・・・あれ?」
そうしてリアが卵を1ダース以上割っている頃、フォルと貴也は両手に山ほど荷物を持って公園に来ていた。
その両手の荷物は買ったものではなく、全てフォルへのプレゼントである。
八百屋を出た後、何故か行く先々のお店で今日がフォルの誕生日だと知れ渡っており、
(どうやらフォルが八百屋の主人と話している間に八百屋の女将がふれ回ったらしい)
その度に何かプレゼントを貰い、商店街を抜ける頃には両手一杯になっていたのである。
貴也「ふぅ・・・」
貴也は公園のベンチに荷物を置くとその横に腰掛けて小さく息を吐いた。
フォル「ごめんなさい貴也さん。そんなにたくさん持たせてしまって。重かったですか?」
貴也「ううん、そんな事ないよ」
本当はすごく重くて今も少し腕が痺れているのだが、フォルに弱気な所を見せたくなかったので虚勢を張った。
フォル「待っててください。わたし何か飲み物を買ってきますね」
貴也「うん、ありがとう」
貴也はフォルが自動販売機の方に駆けて行くのを見送るともう一度息を吐いた。
貴也(フォルって人気があるんだな・・・。まぁ、美人だし、優しいし、物腰も柔らかし、好かれないわけないか)
貴也は隣に置いてあるプレゼントの山を見て、商店街のみんなに軽い嫉妬心を覚えた。
しかし、すぐに自分がちょっと嫌な人間になっている事に気づいて自嘲し、反省した。
そんな事を考えているとフォルが戻ってくる姿が見えた。
フォル「お待たせしました貴也さん。お茶でよかったですか?」
貴也「うん。ありがとうフォル」
フォルは貴也にお茶の缶を渡すと貴也の隣に腰掛けた。
貴也はフォルから貰った缶の蓋を開けて一口飲む。
お茶が熱くてちょっとびっくりしたが、冷えた体には心地よい。
フォルも貴也と同じようにおいしそうにお茶を飲んでいる。
フォル「貴也さん。せっかくですから、さっき和菓子屋さんで頂いたお饅頭を食べませんか?」
貴也「・・・でも、これってフォルが貰ったものだよ。ボクが食べていいの」
フォル「はい。だって、わたし一人でこんなに食べきれませんから」
フォルはプレゼントの山を見ながら小さく苦笑を浮かべる。
貴也「それもそうだね」
貴也はプレゼントの山の中から目当ての物を探し出すと包みを開いた。
すると中からは紅白饅頭が出てくる。
貴也(う〜ん・・・。確かに縁起ものだけど、プレゼントとしてはどうなんだろう・・・?)
フォル「おいしそうですね。貴也さんは赤と白どっちがいいですか?」
貴也は和菓子屋の主人のセンスに疑問を抱いたが、フォルは何とも思わなかったらしい。
貴也「じゃあ、白で」
どちらでも味は同じなのだろうけど、女の子のフォルには赤がいいかと思って白を選んだ。
フォル「じゃあわたしは赤を」
そして2人はほぼ同時に饅頭を口にした。
甘い。
けれど自家製の餡を使っているのか市販品のようなしつこさはなく、後に残るようなべったりとした甘さではなかった。
これは、ちょっと苦目のお茶と一緒に食べるのがちょうどいいぐらいの甘さなのだろう。
フォル「おいしいですね」
貴也「うん。本当においしい」
饅頭を食べた後にお茶を飲んだら不思議とさっきよりもおいしく感じられた。
貴也「ほっ・・・」
おいしい物を食べ、熱い飲み物で体が暖まったせいか気が緩み、自然と柔らかい吐息が口から漏れた。
それはフォルも同じなのか、お茶の缶を手にしながらどこかリラックスした表情で遠くを見ている。
フォル「ここの皆さん、本当にいい人ばかりです・・・」
そして遠くを見たままそう呟いた。
フォル「ここは本当に聖地のよう・・・。
いい人たちがいっぱいいて、みんな優しくて、楽しくて・・・。
クレア姉様がいて、ベルがいて、リアがいて、メルさんがいて、ミリがいて、馨子さんがいて・・・」
フォルは遠くに向けていた視線を貴也に向けた。
フォル「そして貴也さんがいる。
そんな毎日が続いてくれたら・・・わたしはそれだけで幸せなんです」
そしてにっこりと貴也に微笑みかける。
すると、何故か貴也は照れ臭くなってフォルから視線を外し、頬を掻いた。
貴也「はは・・・。これからもそんな毎日が続くよ。きっと、ずっとね」
フォル「そうですね。そうだと・・・いいですね」
フォルはそう言うと、なぜか少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
しかし、それはほんの一瞬の事だったので貴也は気づかなかった。
フォル「貴也さん。そろそろ他の所に行きませんか」
貴也「そうだね」
貴也はベンチの端に置いておいた荷物の山を手に持つ。
貴也(うっ・・・)
やはりずっしりと重い。
今からこれを持ってアチコチ廻るかと思うと、ちょっと意気消沈してしまいそうになる。
フォル「貴也さん。本当はやっぱり重いんじゃないですか?」
貴也「・・・うん。ホントはちょっとね。でも、コレぐらいなら平気だよ」
フォルがあまりに心配そうに言うので、ちょっと本音を漏らしてしまった。
でも、フォルにこれ以上心配をかけたくはなかったので、また虚勢を張って笑顔を浮かべる。
フォル「・・・」
しかし、フォルは心配そうな顔をしたまま貴也を見て何か考えている。
貴也(困ったな・・・)
フォルにはそんな曇った顔をさせたくない。
そう思うのだが、咄嗟に笑顔にさせる方法が思いつけない。
フォル「貴也さん、ちょっとじっとしててくださいね」
フォルは何かを決意したかのように言うと貴也の荷物にそっと手を伸ばす。
そしてフォルの手が荷物に触れた途端、嘘のように荷物が軽くなった。
貴也「え?フォル、いったい何をしたの?」
フォル「Psiを使って荷物を軽くしました。本当はこういう事に力を使ってはいけないんですけど・・・」
貴也「いいの?」
フォル「はい。今日は特別です。
でも、クレア姉様には内緒にしておいてくださいね。
でないとわたしがクレア姉様に叱られてしまいますから」
フォルは自分の口の前で指を1本立てると、ちょっとしたイタズラに成功した子供のように小さく笑った。
貴也「あははっ。うん、クレアさんには内緒にしておくよ。これは2人だけの秘密だ」
フォル「はい。2人だけの秘密です」
本当に小さな事だけどフォルと2人だけの秘密ができた。
その事でなんだか2人の距離が少し近くなったような気がして、
貴也はそれが無性にうれしくてしかたなかった。
そうして2人がデートを続けている頃、英荘では。
チーン
オーブンでケーキのスポンジが焼きあがっていた。
リア「わっ!ホントに出来てる・・・」
自分の作った物が本当に出来あがった事が信じられないのかリアが目を丸くしてスポンジケーキを見ている。
メル「当たり前じゃない。それに、まだこれで完成じゃないわよ。
ここからクリーム塗ってデコレーションして、それでホントに完成なんだから」
リア「それは分かってるけど・・・」
メル「ベルちゃん、クリームの準備できてるー?」
ベル「はーい。できてまーす」
メル「じゃ、仕上げにかかるわよ!」
メルは出来上がったスポンジケーキに包丁を入れると上下半分2枚に切った。
メル「じゃ、この表面にクリーム塗って」
ベル「はーい!」
リア「はーい!」
2人は渡されたスポンジの周りにヘラを使って不器用にクリームを塗ってゆく。
ベル「ん〜・・・けっこう難しいわね」
ベルはヘラを持ったまま腕で額の汗を拭う。
その時、偶然ヘラがベルの頬をかすめたのだがベルは気づかない。
リア「・・・よしっ」
ベルよりも先に塗り終わったリアがベルの方を見る。
リア「ぷっ!!」
すると、いきなり吹き出し笑いをした。
ベル「えっ!?な、なに?」
リアの笑い声に驚いてベルが作業を止めて顔を上げる。
リア「ベルっ。お前その顔!あははっ!!」
ベル「顔?」
リアが自分の顔を指さして笑っているので、ベルは指で顔をぬぐってみる。
すると、指にはクリームが付着した。
ベル(・・・まさか)
メル「ぷっ!」
そう思った瞬間メルまで自分の顔を見て吹き出した。
リア「あははははっ!!よ、よけいひどくなってるぅ!!」
そしてリアの笑い声が一段と大きくなった。
カーーー
途端、羞恥でベルの頬に紅が走る。
ベル「もーーー!!!そんなに笑わなくったっていいじゃないっ!!」
リア「だって・・・・。あははははっ!!」
恥ずかしさに耐えかねたベルが怒鳴ってもリアは一向に笑うのを止めようとしない。
ベル(むっ・・・!)
そんなリアの態度にカチンときたベルは自分の手の中にあるヘラを水平に構えた。
ベル「えいっ!!」
ぺちゃ
そしてヘラをリアのほっぺに押し付けた。
リア「あ・・・」
リアの頬には当然べったりとクリームが付着する。
リア「な、なにするんだよっ!!」
ベル「ふんっ!人の顔を見て笑った罰よ」
今度はリアが怒る番だったがベルは平然とした顔で受け流す。
リア「この・・・」
そんなベルの態度にカチンときたリアは自分もヘラを手に取った。
リア「えいっ!」
そして自分もベルに向かってヘラを繰り出す。
ぺちゃ
ベルの顔のクリーム量がますます増えた。
ベル「・・・」
リア「・・・」
2人はお互い顔にクリームをつけたまま不敵な微笑みを浮かべて睨み合う。
そして
ベル「えいっ!えいっ!」
リア「てりゃてりゃ!!」
フェンシングのようにお互いのヘラで相手をつつきあった。
ピュンピュン
そんな事をすれば当然、クリームが流れ弾のように部屋中に飛び散ってゆくが、2人は気づいていないのかまったく止めようとしない。
ぺちゃ
そのクリーム弾は側にいたメルの顔にも飛んできてベッタリと張り付く。
メル(くっ!!)
途端、メルの額にピキキっと青筋を浮かんだ。
ゴンッ!!
ゴンッ!!
そしてメルの拳骨が2人の頭に力一杯振り下ろされる。
ベル「ギャ!!」
リア 「フギョ!!」
メル「食べ物で遊ばないっ!!」
ベル「ご、ごめんなさーい・・・」
リア 「ご、ごめんなさーい・・・」
メルに叱られ、頭の痛みで涙目になっている2人は異口同音で仲良く謝った。
そんなハプニングがあったりしたものの、その後は何事なく作業は順調に進んで行き、
リア「できたぁ〜〜!!」
ベル「かんせ〜いっ!!」
ベル、リア共同作成によるフォルのバースデーケーキが完成した。
お店で売られているケーキに比べれば多少不恰好ではあるが、初めて作ったに物としてはまずまずの出来である。
ミリ「できたの?」
2人の歓声を聞きつけたのか、洗濯物を全部干し終えて共同リビングでへばっていたミリが顔を覗かせる。
リア「うん!ほら、見てよ」
ミリ「へ〜〜すごい!ちょっと格好悪いけど、ちゃんとケーキの形してる」
ベル「もー!ケーキを作ったんだからケーキの形をしてるのは当たり前でしょ。そんなこと言ってたら食べさせてあげないわよ」
ミリ「えっ!?いや、その・・・形はアレだけど、おいしそうに出来てるよっ」
ミリはぎこちない笑みを浮かべると慌ててそう言いつくろった。
リア「な〜んか、とってつけてような言い方だなぁ〜・・・」
ミリ「ほ、本心だよっ!だからアタシにも食べさせてぇ〜。アタシだって今日はいっぱいがんばったんだから〜」
ミリは窓の外ではためいているシーツの群れをビシッと指差した。
ベル「確かに、今日はミリもいっぱいがんばったわね」
リア「しょがない。ミリも食べていいよ」
もともとミリに食べさせないつもりなどまったくなかったので、ベルもリアもあっさりとミリを許した。
ミリ「ほっ・・・」
2人の言葉を聞いてミリは安心した様子でほっと息を吐く。
メル「クレアさーん。部屋の飾りつけは終わってる?」
クレア「当然でしょ。もうバッチリ終わってるわ」
メルが共同リビングの方に声をかけるとクレアが現れて指でOKのわっかを作る。
ミリ「ちょっとクレア。そんな自分一人で全部やったような言い方しないでよ。アタシたちだって手伝ったんだから」
クレアに無理矢理手伝わされてミリの後ろで同じく手伝わされた馨子がうんうんと頷いている。
メル「うんうん。ミリも馨子もご苦労様〜」
こうしてフォルの誕生会の準備は無事に整い、後は皆でフォルの帰りを今か今かと待ちわびるだけとなった。
ガラガラガラ
ベル「おかえりなさーい」
リア 「おかえりなさーい」
貴也とフォルが英荘に帰ってきて玄関を開けると、そこには笑顔で2人を出迎えるベルとリアの姿があった。
フォル「ただいま、双子たち」
貴也「た、ただいま」
あまりにもタイミングの良過ぎる2人の出迎えを見て、貴也は何時から待ち構えていたんだろうと疑問を持った。
貴也(もしかしたらずっと玄関で待ってたのかな?)
ベル「うわっ!貴也さんすごい荷物ね」
リア「それ、どうしたの?買ったの?」
貴也「いや、これは・・・」
双子たちは目ざとく貴也に荷物に気づいて尋ねてきたが、貴也は答えに窮した。
なぜなら本当の事を言えば、フォルが今日は自分の誕生日だと気づいている事が双子たちにバレてしまうからである。
それではフォルをあっと驚かせて喜ばせようとしている双子たちの想いが半減してしまう。
貴也(なんとか誤魔化さないと・・・)
フォル「これは商店街で・・・」
しかし貴也がそんな事で悩んでいるなど気づけるはずもないフォルはあっさりと本当の事を言おうとする。
貴也「あああーーー!!!フォル!!こんな所で立ち話しもなんだから続きは中で話そうよ」
フォル「それもそうですね」
貴也(ふぅ〜・・・)
貴也が慌てて強引に口を挟むとフォルは簡単に納得してくれたので貴也は心の中で大きく安堵の吐息をついた。
フォルは玄関で靴を脱ぐと荷物を置くため共同リビングの方へと歩き出す。
リア「ふふっ」
ベル「くすくす」
そのフォルの後に続きながらベルとリアはこれから始まる事を期待してか密かにほくそえんだ。
そして共同リビングの前に到着したフォルが扉に手をかける。
パンッ パパン パンッ
扉が開くのと同時に中からクラッカーが打ち鳴らされた。
クレア&メル&ミリ&馨子「誕生日おめでとうフォル!!
誕生日おめでとうフォルシーニア!!
誕生日おめでとうフォル姉ちゃん!!
誕生日おめでとうフォルさん!! 」
それに続いて祝いの言葉とみんなの笑顔がフォルに送られる。
フォル「え・・・・・・?」
フォルは突然の事にびっくりして呆気にとられていると、
貴也「おめでとう、フォル」
ベル「おめでとうございますフォル姉様」
リア「おめでとうアネキ」
後ろからも祝いの言葉が送られた。
後ろを振り返ると、そこでも貴也と双子たちが自分を笑顔で見つめていた。
フォル「これは・・・」
ベル「驚いた?フォル姉様」
リア「アネキの誕生日会だよ」
貴也「みんなで準備してたんだよ」
フォル「・・・」
そう言われてもフォルはまだ呆然とした様子で共同リビングの中を見渡した。
共同リビングの中は数々の装飾で彩られ、天井からは『フォルシーニア誕生日おめでとう』と書かれた横断幕が垂れ下がっている。
そして中央に置かれた食堂から運びこまれたテーブルの上にはバースデーケーキが鎮座してフォルを迎えている。
そのケーキの上にも横断幕と同様に『フォルシーニアお誕生日おめでとう』と書かれている。
フォル「・・・・・ステキ」
それらを眺め、驚きで目を丸くしていたフォルがようやくこぼした言葉がそれだった。
フォルはみんなが自分のために誕生日の準備をしてくれている事には気づいてはいた。
しかし、まさかここまで豪華なものが準備されているとは想像もしていなかった。
この共同リビングの様子と手作りらしいバースデーケーキを見ただけで、みんなが自分のためにどれだけ頑張ってくれたか簡単に想像がつく。
みんなの気持ちが、想いが、伝わってくる。
それがうれしくて堪らない。
フォル「みんな・・・ありがとう」
本当はもっと気の利いた事を言いたかった。
自分の中にあるうれしい気持ちをハッキリとした言葉で伝えたかった。
けれど胸が熱くて、声が震えそうで、それだけを言うのが精一杯だった。
クレア「ふふ」
メル「どういたしまして」
ミリ「うん」
馨子「あは、なんか照れちゃうな・・・」
でも、その言葉だけで十分だった。
フォルの気持ちはそれだけでちゃんとみんなに伝わってくれた。
貴也「さ、フォル。中へ」
フォル「はい」
フォルは貴也に促され、テーブルの上座、バースデーケーキの前に用意された特別席に座らされた。
リア「このケーキ、アタイとベルで作ったんだよ」
ベル「どう、フォル姉様。うまくできてる?」
フォル「ええ、とってもうまくできてるわ。2人ともありがとう」
ベル「やった!」
リア「へへ・・・」
フォルに褒められて双子たちは誇らしげに喜んだ。
その間にメルの手によってケーキに18本のロウソクが立てられ、火が灯される。
メル「よし、準備完了」
ロウソクのほのかな明かりがフォルの顔を幻想的に照らし出す。
クレア「さ、フォル。一息で吹き消すのよ」
フォル「はい」
フォルは皆が見守る中、大きく息を吸い込んだ。
そして‘ふ〜’と吹き出す。
するとロウソクの炎はゆらゆらと揺れ、2本だけ消えた。
フォル「あら?」
クレア「フォル、もう一度よ」
フォル「はい」
フォルはもう一度息を吸い込み、ロウソクに向かって吹き出した。
しかし、やはり勢いが弱いのか今度も3本消えるだけだった。
フォル「あらあら」
困り顔を浮かべてロウソクを見るフォルを見て、みんな微笑ましげな苦笑を浮かべる。
リア「アネキ、アタイも手伝ってやるよ」
ベル「じゃ、アタシも」
フォル「はい。じゃあ3人一緒に」
クレア「それじゃあいい?せーの!」
フォル「ふ〜」
ベル 「ふ〜」
リア 「ふ〜」
クレアの号令で3人一緒に吹くと今度こそ全部綺麗に消えてくれた。
パチパチパチ
それと同時に残ったみんなから拍手が起こった。
そしてケーキが切り分けられる。
リア「ちゃんとおいしくできてるかな?」
貴也「大丈夫だよ、リア。ちゃんとおいしそうだから」
ミリ「ちょっとぉ!アタシのだけちょっと小さくない?メル姉ちゃん切るのへたくそ〜」
メル「失礼ねぇ!ちゃんと均等に切ってるわよ」
馨子「みんな〜、ケーキと飲み物は行き渡ってる〜?」
ベル「あるわよ」
そうしてケーキが行き渡ったところでクレアが立ち上がる。
クレア「みんなグラスを持って」
みんな目の前にあるそれぞれの飲み物が入ったグラスを持つ。
クレア「それじゃあ、フォルの誕生日を祝して」
一同「かんぱ〜い!!」
こうしてフォルの誕生日会は本格的な始まりを告げた。
ベルとリアの合作バースデーケーキは好評で、みんなから褒めされたベルはうれしそうに、リアは照れ臭そうに笑った。
みんならから、それぞれの想いのこもったプレゼントを貰ったフォルが涙ぐむ場面もあった。
ベルとリアがデュエットで歌を歌えば、メルが無理矢理クレアを引っ張り出してデュエットした。
馨子が披露した手品は失敗に終わったが、皆暖かい拍手を送った。
しかし、それが逆に馨子を惨めな気分にさせ、すみっこでいじけた。
ミリは何も隠し芸を用意していなかったのでクレアが無理矢理フォルと一緒にダンスを踊らさせた。
ミリは無茶苦茶恥ずかしそうにしていたけれどフォルはとってもうれしそうだった。
後で思い返せば、これがダンス大会の始まるキッカケだったのだろう。
ミリの後でベルも踊りたいと言ったのでフォルはベルとも踊った。
それを見て、やっぱりメルがクレアを無理矢理引っ張り出して強引に踊った。
そんな二組のダンスを見て、ずっといじけていた馨子が勇気を振り絞って貴也をダンスに誘った。
貴也は照れ臭そうに笑いながらも馨子の誘いを受け、二人で不器用なワルツを踏み、馨子にとって至福の一時が流れた。
そしてその後で貴也もフォルと踊り、貴也にとって至福の時も流れる。
そして最後にベルに無理矢理連れ出されたリアと貴也が踊った。
リアは「なんでアタイが貴也なんかと・・・」と言っていたにも関わらず、心臓をドキドキとさせながら貴也の手を取った。
踊っている間、リアは始終無言だったけれど、顔だけは真っ赤で、逆にそれが貴也を少しドキドキさせた。
こうして英荘では夜更けまで笑い声が絶える事のない宴が続いたのであった。
<おしまい>
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