新年の始まりとそれぞれの願い


クレア「みんな、準備はいい〜?」

ベル「あたしは準備OKよ〜」

リア「アタシもいいわよ〜」

ミリ「ちょっと待って! アタシまだ〜」

メル「あぁ〜ミリ!ちょっと動かないで!あと帯だけだから」

ジゼル「リリアナかわいい〜♪」

リリアナ『え? いえ、そんな事ありませんよ。ジゼルの方がかわいいです』

ジゼル「え、そうかな? えへへ」

ラム『これって意外と重いんだね。それに動きにくいし、肩こりそう…』

セフィ「あの〜、これで着方はあってますか〜?」

フォル「いえ、ちょっと帯の位置が変です。…これで大丈夫ですよ」

 共同リビングと台所を隔てるドアの向こうから姦しい声が響いてくる。

 今日は12月31日の大晦日。
 後数時間で今年も終わろうかという夜更けである。
 英荘の面々は今から初詣に行こうという話になり、何故か男性陣は共同リビングから追い出され、準備ができるまで絶対に入ってくるなと言い渡されていた。
 そしてかれこれ一時間は待たされている。
 貴也とラオールは仕方なく台所で茶を淹れ、それを飲みながらドアの向こうから響いてくる声に耳を傾けて待っていた。

ラオール「女達をいったい何してるんだ?早く出ないと日付が変わっちまうぜ」

貴也「すぐに分かるよ。きっとラオールくんもビックリするよ」

ラオール「?」
 
 貴也は女性陣の話している内容から何をしているか簡単に予想が付いていたが、ラオールには分からない様である。
 そして5杯目のお茶を飲み終わった時。

ベル「お待たせ〜」

 女性陣が共同リビングからぞろぞろと出てきた。

ラオール「…」

 そしてラオールは女性陣の姿を見て呆然とした。
 そこには様々な花が咲いていた。
 正確には様々な色の花があしらわれた晴れ着を着た女性陣が勢ぞろいしていた。
 
 フォルは淡い紺色を基調とした晴れ着で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 クレアは黒を基調とした晴れ着で、大人な女を演出している。
 ベルはピンク色の晴れ着の衿や裾にフリルをあしらった、とても可愛い姿だ。
 リアは濃い緑を基調とし、それでいて地味にならないよう大輪の花があしらわれた少し大人な装い。
 メルは赤を基調とした晴れ着で綺麗系&アダルト系。
 ミリは黄色の晴れ着で、あしらわれた花も小さく数も多めで可愛らしい装いだ。
 セフィは紫を基調とした晴れ着のため、黙って楚々としていれば大人な女性に見えた。
 ラムは白を基調とした布地で紫の花をあしらった清楚な感じ。
 リリアナは水色を基調とした淡い色彩の晴れ着なため、どこかのお嬢様の様に見える。
 ジゼルはオレンジを基調とした明るい色合いの晴れ着で、可愛い感じだ

 そして髪の長い者達はみんな結い上げ、アップしていた。

ジゼル「どうかな、おにいちゃん?似合ってる?」

 ジゼルが少し不安そうな顔をしながら袖を広げてラオールに見せてくる。

ラオール「あ…あぁ、似合ってる。どこのお姫様かと思ったぞ」

 何時もとまったく違う雰囲気を醸し出している女性陣に呆然と見入っていたラオールはジゼルに話しかけられてはようやく我に返り、笑顔を浮かべてジゼルの 頭を 撫でた。

ジゼル「えへへ。それ褒めすぎだよ、お兄ちゃん」
 
 そう言いながらもジゼルは満更ではないらしく、嬉しそうに笑っている。

リリアナ『よかったですね、ジゼル』

ジゼル「うん♪ ところでお兄ちゃん。ベルさんの晴れ着どう思う?」

ラオール「え?どうって…相変わらずフリフリがついてるんだな」

ジゼル「はあぁぁ〜…」

 まったく的外れな感想をしてくれた兄にジゼルは盛大な溜め息をついた。

フォル「貴也さん、お待たせしてすみません」

貴也「ううん、構わないよ。まだ年明けまで時間はあるからね。それより、フォル。とってもよく似合ってて綺麗だ」

フォル「え?あの…ありがとうございます」

 フォルが少し恥ずかしそうに微笑む。

ラム『貴也ってそういう恥ずかしいセリフがサラッと言えちゃうのが凄いよね。天性のジゴロかも』

貴也「えっ?だって本当に似合ってるから。ラムだってとっても似合ってるよ」

ラム『え?ボクも?何言ってるんだよ。ボクにこんな綺麗な格好似合うわけないじゃないか』
  
フォル「いえ、ラムも似合ってますよ。とっても綺麗です」

ラム『も〜。フォルまでやめてよ』

 照れくさそうに笑っていたラムだがフォルにまで褒められると、なんだか恥ずかしくなってきてしまった。

メル「クレアさん、とっても綺麗よ〜。惚れ直しちゃいそう!」

クレア「あ〜はいはい、ありがと」

メル「うわっ! ムチャクチャ素っ気な〜い。アタシ本気で言ってるのにぃ〜!」  

 クレアに無下にあしらわれてしまったメルが過剰演技的にハンカチを噛む。

ベル「ほら、リア。なに恥ずかしがってるの?」

リア「だって、きっと似合ってないもの」

ベル「そんな事ないわよ。ほら、行くわよ」

 ベルがみんなの後ろに隠れるようにしてなかなか前に出てこないリアを貴也の前に引っ張りだしてきた。

ベル「ねぇねぇ貴也さん。リアの晴れ着はどう?」

リア「貴也…あの、どう…かな?」

 リアは顔をうつむかせ、指をもじもじさせながら上目遣いに貴也を見る。

貴也「うん。似合ってるよ、リア」

リア「ほ、ほんと?」

貴也「本当だよ。それに今日はちょっと大人っぽく見える」

リア「ぁ…」

 リアの頬が僅かに桜色に染まり、自然と笑みが浮かびだす。

ベル「うんうん、貴也さんってやっぱり分かってる。リア、今日はちょっと背伸びして可愛い系の晴れ着じゃない、こっちの晴れ着を選んだのよ」

リア「もぅ!ベルったら、ばらさなくたっていいじゃない!」

ミリ「ねー。そろそろ行こうよ。じゃないと本当に年明けちゃうよ」

セフィ「そうですねぇ〜。馨さんも下で待ちわびているかもしれませんし、そろそろ行きませんかぁ〜」
 
クレア「そうね。何時までも熊を寒空の下で待たせている訳にもいかないし。みんな、準備はいい?」

 クレアは皆の顔を眺めて準備が整っているか確認する。
 どうやらみんなOKの様だ。

メル「じゃ、行きましょ」

 そうしてようやく初詣に出発した一行だったが…。

ラム『う〜ん、やっぱりコレ歩きにくいよ』

セフィ「こ、ころんじゃいそうですぅぅ〜〜!」

ミリ「足にマメできちゃうよ〜!」

 着慣れない晴れ着と歩き慣れていない履物のせいで、その歩みは恐ろしく遅かった。

フォル「困りましたね。これでは新年までにお寺に間に合わないかもしれません」

クレア「仕方ないわね。駅まではレヴィテイションで行きましょう。いいわね、リリアナ」

リリアナ『…仕方ないですね』

クレア「じゃ、みんな一箇所に集まって」

一同「は〜い」

 こうして一行は少しだけズルをしてケーブルカーの駅まで一気にショートカットした。



馨「あ、皆さん。ずいぶんと遅かっ…」

 ケーブルカーの駅では馨が待ちわびており、一行を見かけるとすぐに駆け寄って声をかけてきたが、皆の晴れ着姿に目を奪われた途端。その 声はだんだんと尻すぼみになった。
 いや、より正確を期するなら目を奪われたのはセフィの晴れ着姿だろう。

セフィ「すみません、馨さん。お待たせしてしまいましたよね?」

馨「い、い、いえっ!待ってません!自分は全然待ってなどいません!」

 普段とは違って大人な雰囲気のセフィを前にした馨は完全に舞い上がってしまい。顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる。

セフィ「そうですか?それなら良かったです」

馨「っ!」

 そこでセフィがニッコリと魅力的な笑みを浮かべたものだから、馨の顔はますます赤くなった。
 そんなこんなで一行はぞろぞろと山中のお寺に向けて出発した。



 そして30分程歩くと目的のお寺の鳥居に到着した。
 鳥居から寺までの道は人であふれており、気をつけていないとはぐれてしまいそうである。

ミリ「あれ?セフィがいない」

メル「迷ったのかしら?」

 そしていきなり行方不明者が出た。

馨「えぇ!?あの!自分、ちょっと探してきます」

メル「そうね、お願いするわ。見つけたら境内まで連れてきて。もし合流できなかったら車の所で待ち合わせね」

馨「はい!」

 馨は頷くとセフィの姿を求めて人ごみの中に消えた。

貴也「セフィさん、大丈夫でしょうか?」

クレア「セフィの事は熊に任せておけば大丈夫よ。それに、案外この方が熊も嬉しいんじゃない」

ジゼル「え、どうしてですか?」

リリアナ『うふふ。ジゼルにはまだ分かりませんか?』

ジゼル「リリアナには分かるの?」

リリアナ『はい、もちろんです』

ジゼル「えー!ずる〜い!」

ベル「ジゼルにもすぐに分かるようになるわよ」

ジゼル「そうなの?」

フォル「はい。ジゼルにもきっと素敵な人が現れますからね」

ラオール「そんな奴現れねぇよ!」

メル「あらあら、ジゼルの王子様は大変ね〜。お姫様を手に入れるには、まず怖〜い魔王を倒さなくちゃいけないんだから」

ラム『あはは!ホントだ。シスコン魔王だ!』

ラオール「誰がシスコン魔王だ!」 

 からかわれたラオールがギロリと睨むが誰も怯えたりはせず、逆に笑っている。

リア「あの…貴也」

貴也「ん?なにリア」

リア「えっと、はぐれたらいけないから、その…手を繋いでてもいい?」

貴也「え?…うん、いいよ」

リア「あ、ありがとう」

 リアはにっこりと笑って差し出してきた貴也の手をそっと握る。
 それだけでリアの鼓動は少し早くなり、胸の奥がぽっと暖かくなった。
 そうして2人は手を繋ぎ、寄り添ったままみんなと一緒にお寺の境内までやって来た。

チャリン チャリン パンパン

 そして賽銭を箱に入れ、拍手を打って拝む。

クレア「賽銭入れなきゃ願いを叶えないなんてケチな仏様ねぇ〜」

メル「いや、クレアさん…。新年からいきなり仏様に難癖つけないでよ」

 さっさと拝み終え、不機嫌そうな顔をしているクレアにメルが苦笑いを浮かべる。

ジゼル「お兄ちゃんは何をお願いしたの」

ラオール「ジゼルが健康でいられますようにってお願いしたぞ」

ジゼル「あ…。ありがとうお兄ちゃん。でも、あたしの事じゃなくて自分のお願いをしてくれても良かったのに」

ラオール「いいんだ。俺はジゼルが健康ならそれでいい」

ジゼル「ん…」

 ラオールはジゼルの頭に手を置いてポンポンと軽く叩く。

貴也「ラムは何をお願いしたの?」

ラム『ボクは何も願ってないよ。ボクの願いは仏様なんかに頼らず、自分の力で叶えるからね。最も、叶えられるかどうかは分からないけど…。そう言う貴也は 何を お願いしたんだい?』

貴也「俺は英荘のみんなの健康だよ」

ベル「あはは、貴也さんらしいですね」

貴也「じゃあベルは何?」

ベル「あたしは今やっている古着屋さんがもう少し流行りますようにってお願いしました」

貴也「それじゃあ、ミリは?」

ミリ「お小遣いアップ!」

メル「アタシはクレアさんと!」

クレア「誰もメルの願いなんて聞いてないわよ」

メル「言わせてよぉ〜…クレアさんのイケズぅ〜〜〜…」

 クレアにセリフを遮られたメルがマジ泣きしながらクレアの腕に縋りつく。

貴也「リアは何てお願いしたの?」

リア「え? あの…アタシは内緒!」
 
ミリ「どうしてリア姉ちゃん?」

リア「だって、恥ずかしいもの…」

ベル「うふふ…」

リア「ベル、なんで笑ってるの?」

ベル「だって、リアのお願いが分かっちゃったから。リアのお願いって貴也さんと」

リア「ダ、ダメっ!! 言っちゃダメェーーーー!!!」

貴也「俺と何?」

リア「いいの!!貴也は知らなくていいのっ!!」

 リアは真っ赤になってベルの口を塞ぎながら貴也を軽く睨んだ。

貴也「?」

 何か腑に落ちないものを感じたが、リアが言いたがらない事を無理に聞く気は貴也にはなかった。

貴也「じゃあ、フォルは何てお願いしたの?」

フォル「私ですか?私は…」

セフィ「みなさ〜ん!」

 フォルが自分の願いを言いかけた時、皆の後ろからセフィが人ごみを掻き分けやって来る。

セフィ「すみません。焼きそばがおいしそうだったんで見とれていたら、何時の間にか皆さんがいなくなってて…」

 そう言ってすまなさそうに頭を下げるセフィの手には焼きそばが握られていた。
 おそらくは馨に買ってもらったのであろう。

メル「あんたは子供か!ほら、セフィもさっさとお祈りすませちゃいなさい」

セフィ「はい〜」

馨「セフィさん、自分も行きます」

セフィ「はい。あの〜…馨さん。一つお願いがあるんですけど…」

馨「なんでしょうか?」

セフィ「5円玉もってませんかぁ?アタシも持ってなくてぇ〜」

馨「コレをどうぞ」

セフィ「ありがとうございます〜」

馨「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ」

 チャリン パンパン

セフィ「…お待たせしましたぁ〜」

 そして神妙にお祈りを済ませた2人が戻ってくる。

フォル「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

ベル「え?もう帰るの、フォル姉様」

フォル「はい。ジゼルやミリが眠たそうにしていますから」

ベル「あ、ホントだ」

 見ると、2人は石段に腰掛け、仲良くもたれ合いながらコックリコックリと船を漕いでいた。

メル「ほらミリ、帰るわよ」

ラオール「ジゼルも起きろ」

ジゼル「ん…」

 一行はケーブルカーの駅まで行くとそこで馨と別れ、その後はやっぱりレヴィテイションでズルをして英荘に戻ってくる。

ラム『あ〜〜!やっと脱げるよ。窮屈だったぁ〜〜!!」

ミリ「ん…眠い」

メル「ミリ、そのまま寝ちゃダメよ。ちゃんと寝巻きに着替えてからよ」

ミリ「…うん」

フォル「じゃあ私はお節を見てきますね」

メル「あれ?フォル、もうお節の準備始めちゃうの?」

フォル「いえ、煮物の様子を見るだけで、ちゃんとした準備は明日起きてからにします」

メル「そう、じゃお願いね」

フォル「はい」

貴也「あ、フォル」

 貴也は台所に行こうとしたフォルを呼び止めた。

フォル「なんですか?貴也さん」

貴也「さっきは聞き逃しちゃったんだけど、フォルのお願いってなんだったの?」

フォル「うふふ。わたしの願いは人類がベスティアでなく、無事に終末を乗り越えられる事です」

貴也「…そうか。そのためにベル達は俺を探してたんだもんね」

フォル「はい。だから貴也さん。アナタはずっとそのままの貴也さんでいてくださいな。それがわたしの望みです」

 フォルは貴也の手をとると、柔らかく微笑んだ。


<おしまい>





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