餅つきラプソディ


ペッタン ペッタン

 一同が杉田保育園へやってきた時には、既に餅つきは始まっていた。
 園内では園児とその父兄たちが集まり、主に子供たちが慣れない様子で杵 を振るっている。

セフィ「こんにちわー」

馨「あ、セフィさん!」

 セフィが園内の声をかけるとすぐさま馨が走ってきた。

セフィ「あけましておめでとうございます」

馨「こちらこそ。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

セフィ「こちらこそ、よろしくお願いしますぅ」

 馨はセフィとペコペコと頭を下げ合った後、残るみんなにも1人ずつ挨拶を交し合った。
 こうして、日本人的正月挨拶を1通りこなした一同はようやく園内に足を踏み入れる。

園児達「わ〜い。セフィせんせーーい!!」

 すると、セフィはたちまち園児たちに取り囲まれた。

セフィ「あらあら、みんな、おめでとうございます」

園児達「おめでとうございまーす」

 セフィの挨拶に元気に挨拶を返してくる園児たち。

ラム『子供って無垢でいいよね』

貴也「そうだね」

 皆そんな園児たちの様子を微笑ましく眺めていた。
 しかし、

園児A「セフィ先生。お年玉ちょうだい」

セフィ「え?」

園児達「ちょうだい!ちょうだい!お年玉ちょうだい!」

 ‘お年玉’という言葉を合図に無垢な子供たちはいなくなってしまった。
 子供たちみんながセフィの周りで‘お年玉ちょうだい’を合唱し始める。
 そして

ラオール「どこが無垢な子供なんだ・・・」

 セフィ、ラム、貴也、ラオールの4人はお年玉と称して有り金のほとんどを子供たちにむしり取られてしまう。 

貴也「ははは・・・」

 軽くなった財布を手に苦笑を浮かべる貴也。

ラオール「くそ!こうなったら腹がはちきれるまで餅を食べてやる!」

 ラオールは肩を怒らせながら、臼の方に歩いて行く。

セフィ「アタシは少しお母さん方と話してきますんで、皆さんは先に行ってて下さい」

 セフィはそう言い残すと父兄の溜まり場になっているストーブの所まで駆けて行く。
 そして父兄たちに話しかけペコペコと頭を下げ合いだした。

ミリ「へ〜・・・。セフィってちゃんと先生してたんだ」

 そんなセフィの姿をミリが感心したように見る。

ベル「もー。そんなの当たり前じゃない」

ミリ「だって、普段のぼーっとしているセフィ見てたら、とてもそうは思えないんだもん」

リア「あはは・・・。まぁ、ね」

リリアナ『セフィネスは園児や父兄の方たちからはとても評判が良いらしいですよ。
      どこかぼーっとしてて頼りないしドジもするけど、とても優しい良い先生だって』
 
ジゼル「・・・リリアナ。それって、あんまりフォローになってないよ」

リリアナ『あら、そうでしょうか?』

 ジゼルが苦笑を浮かべながらつっこみをいれるとリリアナは意外そうな顔をした。
 リリアナとしてはこれでも褒めたつもりなのだろう。

馨「みなさーん。準備が出来ましたから、こっちに来て下さい」

 馨の呼び声に一同はぞろぞろと移動を開始する。



 馨の前までやって来た一同の前には臼と杵が用意してあった。

ラオール「・・・」

 ラオールはおもむろに杵を取ると思案し始める。
 そして、なんとなくバットの様に構えると‘ぶんっ’っと振ってみた。

ベル「ラオールくん。杵はそんな風に振るんじゃないよ」

ラオール「あ、そうか・・・」

 ベルに笑われながら諭され、ラオールはバツが悪そうに杵を元の所に置いた。

貴也「じゃあ、まずオレがやってみるよ」

 貴也はジャンバーを脱いで腕まくりをすると、杵を手に取った。

リア「がんばって、貴也」

馨「じゃあ、どうぞ」

 馨の手で臼に蒸した餅米が入れられ準備完了。

貴也「よっ!」

馨「ほっ!」

ペッタン   ペッタン

 軽い掛け声と共に、わりと軽快に貴也が餅を突いてゆく。
 馨の餅を返す手もどこか手馴れており、実に様になっていた。

一同「おーー」

 そんな2人の姿に一同から歓声にも似た声が漏れた。


 
貴也「こんな感じかな」

 そして貴也はある程度突いたところで手を止め皆の方に振り向く。

リア「すっごーい。貴也、上手ー」

ラオール「うまいもんだ」

貴也「いや、そんな・・・」

 皆から羨望の眼差しや感嘆の声などをかけられ、貴也は照れくさそうに笑う。

貴也「じゃあ、次は誰がする?」

ジゼル「あたしやりたーい」

 貴也の声にジゼルが真っ先に手を挙げた。

ラオール「大丈夫なのか、ジゼル」

ジゼル「これぐらいなら大丈夫よ。お兄ちゃんは心配し過ぎ」

貴也「はい。気をつけてね」

ジゼル「うん」

 ジゼルは心配顔のラオール軽くたしなめると貴也から杵を受け取った。

ジゼル「んっ!」

 そして杵を振り上げ様としたのだが

ジゼル「あっ、あ、あ、あああ」

 杵の重さにジゼルの方が振り回されてふらふらし始める。

ラオール「ジゼル!」

 そんな危なっかしいジゼルの姿に思わずラオールは飛び出そうとしたが、

どっすん

 それより先に杵は無事、臼の中に突き入れられた。

ジゼル「ふぅ」

 杵を振り下ろし終えたジゼルは何か大仕事を終えたかのような息を吐いた。

ラオール「ふぅ・・・」

 それを見ていたラオールは安堵の吐息を吐く。

ジゼル「んっ!」

ラオール「げっ!」

 しかし、ジゼルが再び杵を振り上げ出した。
 
ふらふらふら〜

ジゼル「わっ、わわわ!」

 そして再びふらふらし出す。
 しかし、危なっかしい様子とは裏腹にジゼルの顔は嬉々としており、とても楽しいらしい。
 しかし、本人は楽しくても見ている方はそうではない。

ラオール「あっ  あっ!」

 特にラオールは戦々恐々とした様子で一挙一動にいちいち反応しながらジゼルを見守っている。

馨(あれ当たったら、やっぱり死ぬだろうか?)

 そして返し役をしている馨もいつ自分の所に振り下ろされるかと恐々としていた。

どっすん   ふらふら〜 どっすん   ふらふら〜 どっすん 

 軽快な調子
 と、いう訳ではまったくないが、ジゼルも慣れてきたのか一応一定のリズムで餅をつき始める。
 そして、ラオールの神経をすり減らす時間はジゼルが満足するまで続いた。



ジゼル「あ〜、楽しかった。でも腕が疲れちゃった」 

ラオール「そうか、良かったな。でもオレが胃が痛くなったよ」

 満足顔で戻ってきたジゼルを憔悴した顔のラオールが出迎える。

ミリ「次、アタシやるー」

 ミリはみんなの返事を聞く前に杵を持って臼の前に立った。
 そして大地をしっかりと踏みしめると睨みつけるかのように標的の臼を見つめる。

ミリ「よいしょぉ!!」

 そして気合一閃、‘ブンッ’と音がなりそうな勢いで杵を振り上げた。
 すると、

すぽ

 と、音が鳴ったかのようにミリの手の中から杵の感触が消えた。

ミリ「あれ?」
 
 いきなり重量の消えた手を訝しがるミリの背後では

ブンブン

 と、音をたてながら杵が弧を描いて飛んで行き、

ズガッ

 と、いう音をたてて地面に突き立った。
 それも、ちょうどラムが立っている真横に。

ラム『・・・・・・ひょっとして、殺す気?』

 顔は笑っているが目が笑っていないラムが青筋を立てながら杵を地面から引き抜く。
 
ミリ「ゴメン、ゴメン。ちょっと手が滑っちゃった」

 そんなラムの様子に気づいていないのか、ミリが笑顔で杵を取りに来る。

ラム『・・・』

 杵を手にしながら、そんなミリをしばらく眺めていたラムだったが、

ラム(ふっ)

 不意に表情を緩め、

ラム『まさか、2度も生き終わらされかけるなんて思わなかったよ』

 そう言ってミリに杵を手渡した。

ミリ「なんの事よ」

ラム『なんでもないよ』

ミリ「・・・変なの」

 しばらく不思議そうにラムを見ていたミリだが、すぐに興味を失ったのか臼の元に戻って行った。
 
ラム(何時の間にかボクもずいぶんと英荘色に染まっちゃったな・・・)



ミリ「じゃ、気を取り直して」

 再び臼の前に立ったミリが杵を握り直して振りかぶろうとすると、

さー

 と、いった感じで臼を中心に人波が引いて行った。

ミリ「ん?ねぇ、なんでみんなそんなに後ろにさがるのぉ〜?」

 ミリはいったん手を止めると不満そうに口を尖らせながら辺りを見渡す。

貴也「それは、その・・・」

リア「だって、ねぇ」

ベル「うん。そうよねぇ」

ラム『ボクの口から言わせるつもり』

リリアナ『また杵が飛んでこられたら困りますから』

ラオール「まだ死にたくないからな」

ジゼル「ゴメンね、ミリちゃん」

 言葉を濁したり、苦笑したり、はっきり言ったり、謝ったり、
 皆それぞれ理由をつけたが、本当のところは怖いからだ。

ミリ「もう!さっきのはホントに手が滑っただけだってば!」

 ミリがそう弁解しても、皆決して近寄ってこようとはしない。

ミリ「もう!!」

 結局ミリは皆の事は気にしない事にして杵を握り直した。

馨(やっぱり、当たったら死ぬな)

 実はこの時1番怖がっていたのはミリの1番側にいる馨であった。


ペッタン ペッタン

 それからのミリは意外と軽快に餅をついた。
 これなら大丈夫かな、と皆が少し安心して近寄ってきた頃。

フォル「あら。上手ね、ミリ」

 保育園の門の影からひょっこり現れたフォルがミリに声をかけた。

ミリ「あっ、フォル姉ちゃん」

 フォルに気をとられたミリが顔をそちらに向けた時、

すぽ

 と、音が鳴ったかのようにミリの手の中から再び杵の感触が消えた。
 そして今度は馨の頭の横をかすめるように前へ杵が飛んでゆく。

ガ ガガ ズザザザー

 目が点になっている馨の後ろでは杵が地面を転がりながら滑ってゆき、
 ちょうど杵の進行方向にいた見物人たちが慌ててクモの子を散らすように逃げ惑う。  

ミリ「あ・・・」

一同(フォル除く)「ミ〜リ〜!」

ミリ「あは、あはは。いや、その・・・また手が滑っちゃって・・・」

 皆から睨まれ、ミリは笑って誤魔化そうとしたが、

一同(フォル除く)「・・・」

 そんな事で皆の顔は晴れる訳もなく、依然として渋い顔でミリの事を睨んでいる。

ミリ「ぅぅ・・・ゴメンなさい」

 そんな皆の態度で、さすがのミリも小さくなりながら素直に謝った。



 次に名乗りをあげたのはベルとリア。
 馨に代わってリアが餅の返し役(馨本人は大丈夫と言っていたが腰が抜けていたので退場)
 ベルが杵つき役だ。

ベル「いくわよ、リア」

リア「いいわよ、ベル」

 準備万端のベルが声をかけると、こちらも準備万端なリアが声を返す。 

ベル「よっ!」

リア「ほいっ!」

ペッタン    ペッタン    ペッタン

 さすが双子と思わせる息のぴったりとあった動きを見せる2人。
 見ているみんなから‘おー’という感嘆がもれる。
 
ベル「リア、スピード上げるわよ」

リア「いいわよ、ベル」

 そんな皆の声を聞いて気をよくしたベルがスピードを上げた。

ペッタン ペッタン ペッタン ペッタン

 それを見ていたギャラリーから今度は‘おぉ!’という驚嘆の声が響く。 

ベル「リア、まだいける?」 
 
リア「大丈夫よ」 

ベル「じゃあ、さらにスピードアップ!」

ペッタンペッタンペッタンペッタンペッタン

 そしてリアの手とベルの杵が触れそうなぐらいのスピードまで上がり、
 ギャラリーからは‘おおおぉーー!!’という驚愕の声が響いた。

ベル&リア「「はい!」」

 そしてキレイに揃った双子たちの掛け声と共に見事に餅はつきあがった。

パチパチパチパチパチ

 そして、何時の間にか園内の全ての人が集まっており、全ての人から拍手が送られる。

ベル&リア「「どーも、どーも」」

 双子たちは照れた様子で拍手をしてくれた人たちに向かってペコペコと頭を下げた。




 こうして餅つきは終わり、今度はみんなでつきあがった餅を丸める作業に移る。


貴也「2人とも上手だね」

 貴也はジゼルとリリアナの手つきを見て感心した様に言った。

ジゼル「えへへ。あたし、こういう指先を使う事って結構得意なの」

リリアナ『そういう貴也さんも上手ですよ』

 リリアナの指摘通り、貴也は小器用に餅を丸めている。

貴也「オレもこういうのはわりと得意だからね」



ミリ「あ〜ん、もーー。うまく丸めらんないよぉ〜!」

フォル「こうするんですよ、ミリ」

 フォルは癇癪をおこしているミリの後ろに回りこむと手を添えて手伝ってあげた。
 すると、今まで不細工にしか丸まらなかった餅がミリの手の中で綺麗に丸まってゆく。

ミリ「へぇ〜、こうやるんだ・・・」

フォル「ほら。コツさえ掴めば簡単ですよ」

ミリ「うん」



ベル「あ、はみだしちゃった」

 ベルの手の中にはあんこのはみ出た餅が乗っている。
 そんなベルの手の中をチラリと覗いたラオールは

ラオール「食っちまえば同じだ。気にするな」

 そう言って自分の餅の製作に戻った。
 彼の前には普通よりも大きめの餅が並んでおり、今もせっせとこねあげている。

ベル「も〜。そういう問題じゃないわよ。フォル姉様、あたしにも教えて」

フォル「はい。いいですよ」

 フォルはミリにしたのと同じようにベルの後ろに回って手を添えた。

フォル「中に詰めるときはこうやるんです」

 ベルの指がフォルの指と共に器用に動き、餅があんこを巻き込んで綺麗に丸まってゆく。



セフィ「馨さん、上手ですねぇ」

 セフィは馨の手の動きを見ながら関心する。

馨「あはは。毎年やってますから」

 馨は照れた笑いを浮かべながらも手を動かし続けている。
 目線が手元からセフィに移っているのに餅は綺麗に丸まっていた。
 毎年やっているというのは伊達ではないらしい。

セフィ「アタシなんて、こうですよ・・・」

 セフィの前では形も大きさも不ぞろいの餅が並んでいる。
 かたや、馨の前には綺麗に形の整った餅が整列していた。

セフィ「はぁ・・・」

 セフィは小さく溜め息をつくと、隣で仲良く餅をこねているフォルとベルの姿を見た。

セフィ「そうだ!馨さん。アタシにもああいう感じで教えてくれませんかぁ?」

馨「えっ?」

 セフィにそう言われ、馨はセフィの指差す方を見た。
 すると、馨の顔が急激に真っ赤になってゆく。

馨「なっ、はっ、そっ、え、ええぇ!!」

 そして口からは意味不明な言葉が漏れる。

セフィ「ダメですかぁ?」

 セフィはちょっと拗ねたような顔で問い返した。

馨「だ、だ、ダ、ダメ・・・では、な、な、ない・・・ですが・・・その、あの・・・」

 そんなセフィの顔を見ては嫌とは言えない馨だった。

セフィ「じゃ、お願いしますぅ」

 セフィは馨の返事を聞いてパッと表情を輝かせると、心持ち背中を馨の方に向けた。

馨「は・・・は、は、は、はいぃ!」

 馨がガシンガシンとロボットのように動くとセフィの後ろに回りこむ。
 そしてギギギといった感じで手を前に伸ばす。
 そうすると、やはりセフィの事を後ろから抱き締めるような格好になってしまう。
 馨はどうにか身体がセフィに引っ付かないような位置をキープすると、セフィの手を取った。

馨(ぅ!)

 セフィの手は暖かで柔らかく、その感触で馨はますます緊張してしまう。
 それでも馨はなんとかセフィの手を操って餅を丸めようとした。
 しかし、そうするとセフィの肩越しに手元を見る事となり、自然と2人の顔は急接近を果たす事となる。
 今、馨の目の前にはセフィの横顔がこれまでにない程近くにあった。

馨(わわわ!!)

 しかも、セフィの髪からは良い香りまで漂ってきて、馨をますます動揺させてしまう。

馨(くぅぅぅぅぅ!!!)

 それでも馨は忍耐や自制心といった全ての物をかき集めてセフィの手を操った。
 そして見事餅を丸めて見せたのである。

セフィ「わぁ!うまく出来ましたぁ」

 そんな馨の気も知らず、セフィはうまく丸まった餅を見てお気楽に喜んだ。

セフィ「ほらほら、見てください馨さん。こんなに上手に出来ましたよぉ」

 セフィは手の中の餅を馨に見せようとして首だけ振り返った。
 すると、セフィの身体が動いたせいで馨が必死に保っていた2人の隙間が0となって密着してしまう。

馨(あぁ!!)

 しかも、セフィと馨の2人の顔は触れ合いそうな程の近距離にあった。

セフィ「ね」

 しかし、セフィはそんな事などにはまったく気づかず、満面の笑みで馨に微笑む。

馨「は、は、は、はいぃ!そ、そ、そうですねぇ!」

 馨は茹ダコのように真っ赤になってドモリまくりながらもどうにか微笑み返した。




 こうして、餅も丸め終わり、待望の(特にラオール)お食事タイムがやって来た。
 皆が囲っているテーブルの上には所狭しと各種の餅が鎮座している。
 あんこ餅、きなこ餅、よもぎ餅、磯部もち、砂糖醤油餅、納豆餅、
 中には子供たちが作ったチョコレート餅やイチゴ餅などといった変わり種もあった。
 それらも含め、味は格別で、たくさん作りすぎたので残るかと思われていたが全て無くなってしまう。
 そして、
 ラオールが本当にお腹がはちきれる寸前まで食べたのは言うまでもない。


<おしまい>





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