最近なんだかフォルの態度が変だ。
朝ボクが出かける時
フォル「あの貴也さん」
貴也「なぁにフォル?」
フォル「あの、その・・・・・・。いえ、何でもありません。気をつけて行ってらして下さいね」
と、何か言いたそうな態度をするのだけれど、結局は何も言ってくれない。
貴也「あ、うん?じゃ、行ってきます」
フォル「はい、いってらしゃい」
と、送り出してくれるんだけど、ボクが玄関を開けようとすると
ふぅ・・・
と、溜息のような音が聞こえるので、振り返ってみるのだけれど、
フォル「どうしました貴也さん?」
フォルはいつもと変らない様子で立っている。
でも何だか表情が寂しそうに見えるのはボクの気のせいなのだろうか。
気にはなったが、その日はそのまま出かけた。
でも次の日も似たような状況だった。
そして次の日もそうだった。
だから今日こそはフォルに問いただしてみようと決心した。
貴也「ねぇフォル」
フォル「はい、何ですか貴也さん」
貴也「ひょっとしたらだけど、何かボクに言いたいことがあるんじゃないかな?」
フォル「!」
そう言うとフォルは驚いた様子だった。
貴也「やっぱり、何かあるんだね」
フォル「・・・」
フォルはうつむいて何かを考えている様子だったけれど、しばらくすると顔を上げて言ってくれた。
フォル「はい・・・。実は貴也さんにお聞きしたいことがあるんです」
貴也「何、フォル?」
ボクは出来るだけ優しくフォルに問い掛けた。
フォル「あの、その、貴也さん・・・。私たちは、その・・・恋人同士・・・なん・・・ですよね・・・」
フォルは少し頬を赤らめながら聞いてきた。
貴也「えっ、あっ、うん。ボクはそう・・・思ってるけど・・・」
フォル「はい・・・わたしもそう・・・思っています」
うれしかった。
あの日からボクたちは恋人同士になった。
だからといって、今までの生活と何かが変ったというわけではなく、今までと同じような時が流れていた。
別に特別なことをフォルに望んでいるわけではなかったけれど、
こうしてフォルの方からこういう言葉を聞けるのはやっぱりうれしかった。
フォル「あの・・・ですから、朝はやっぱり、その・・・いってらっしゃいの、その・・・キ、キスをしなければいけないのでしょうか?」
貴也「えっ!?」
そう言ったフォルの顔はすでに真っ赤になっていた。
ボクの方はといえば、頭の中でフォルの言った言葉がどうしても、その言葉本来の意味と直結が出来ず、困惑していた。
まさかフォルがそんなことを言い出してくるとは予想だにしていなかったからだ。
貴也「フォ・・・フォル・・・?」
今のボクの顔もきっとフォルと同じように真っ赤になっていることだろう。
緊張のせいか、うまく口を動かすことが出来ない。
フォル「貴也さん・・・あの・・・目を、閉じてください・・・」
貴也「えっ、あっ、うん・・・」
ボクはフォルの言葉の持つ魔力に勝てず、目を閉じてしまった。
貴也「・・・」
フォル「・・・」
ボクの耳には今、自分自身が鳴らす心臓の鼓動の音がドクドクと響いていた。
そしてボクの頬にフォルの手が触れる感触が伝わってきた。
でもそれは一瞬のことだった。
フォル「ごめんなさい!やっぱりダメです。わたし・・・恥ずかしい・・・やっぱりダメです・・・出来ません・・・ごめんなさい・・・」
目を開けると、耳まで真っ赤にしたフォルが、両手で顔を覆ってしゃがみこんでいた。
貴也「フォル・・・無理することなんてないんだよ」
ボクもしゃがみこんでフォルの肩に手を置いてあげた。
そうするとフォルは顔をあげ、ボクを見てくれた。
フォルの目は少しだけ涙に濡れてうるんでいた。
フォル「でも、わたし・・・貴也さんの恋人なのに・・・」
貴也「べつに恋人だからって、いってらっしゃいのキスをするわけじゃないよ」
フォル「えっ!そうなんですか?」
貴也「えっ、ひょっとして、恋人同士は絶対、いってらっしゃいのキスをしなきゃいけないって思ってた?」
フォル「あっ、はい・・・実は・・・思っていました・・・」
フォルは恥ずかしそうにボクから目をそらした。
貴也「もしかして、ずっとそれで悩んでたの?」
フォル「はい・・・そうです・・・」
そう答えるフォルの声はとても小さくなっていた。
貴也「なぁんだ。そうだったのか」
フォル「もうイジワルを言わないで下さい・・・」
フォルは真っ赤になってうつむいてしまった。
貴也「ごめん、フォル。でも何で突然こんなことをしようと思ったの?」
フォル「クレア姉様や、メルさんが、言ってたんです。
せっかく恋人同士になったのに、今までと同じような生活じゃ貴也さんが可哀想だって・・・。
ですからわたし、ベルのお部屋の本を借りて勉強したんです」
貴也(ベルの部屋の本ってことは、少女漫画だよね。なるほど、合点がいった)
フォル「でも貴也さんは、こういうのはお嫌でしたか?」
貴也「えっ、ううん。嫌じゃないよ」
フォル「じゃあ、やっぱり・・・いってらっしゃいのキスとかも、その・・・されるとうれしいですか?」
貴也「う、うん。うれしいよ・・・」
たぶん今のボクの顔は真っ赤になっていると思う。
フォル「でしたら・・・今はまだ無理ですけど・・・その・・・いつかは出来るようになりますから・・・それまで待っててくれますか?」
貴也「そんな、無理にしなくても・・・」
フォル「・・・無理にじゃ・・・ないです。わたしも・・・その・・・本で読んだようなこと・・・貴也さんと、してみたいですから・・・」
その言葉を聞いただけでボクの心臓は早鐘を打ち出した。
そして思わずフォルを抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
しかし自制心がその衝動を何とか抑えようと動き出した。
そしてボクの心の中で二つの心が攻めぎあいだした。
フォル「あっ!貴也さん。時間、大丈夫ですか!?」
決着はフォルのその一言でつき、衝動の方がおさまっていった。
そして時計を見てみると、かなりヤバイ時間になっていた。
貴也「うわ!ヤバイ!遅刻しちゃう」
フォル「すみません、わたしがいけないんですよね」
貴也「そんなことないよ。でも急いで行ってくるね」
フォル「はい、いってらっしゃい。お気をつけて」
貴也「うん」
そしてボクは英荘を出て、山を駆け下りて行く。
結果的には、いってらっしゃいのキスもなく、遅刻しそうになった朝だったけれど、
今日からは、何かが変りそうな予感をさせる、ステキな朝になった。
だから今日1日は気持ち良く過ごせそうだ。
しかし次の日の朝、ボクは見送りに出たフォルの顔をまともには見れなかった。
フォルの方もなんだかもじもじとしている。
そんなフォルを見ているとボクの方もますます落ち着かなくなってくる。
そんな状態が数十秒間続いた後、
貴也「フォル」
ボクの方から声をかけた。
フォル「は、はい!なんですか貴也さん?」
応えたフォルの声は少し裏返っていた。
貴也「そろそろ、いってくるよ」
フォル「あ、はい、そうですか・・・。それでは、いってらっしゃい・・・」
そう言うフォルの声はなんだか沈んでいるように聞こえた。
貴也「いってきます」
だから自然とボクの声も沈んだものになってしまった。
そして玄関を開けて外に出ると、ドット疲れが押し寄せてきた。
妙な緊張感のためか喉が乾き、肩はこるし、心臓にも悪い。
今日は妙な疲れを残したまま大学へ行かねばならなかった。
しかし次の日の朝も昨日と似たような状況に陥ってしまった。
こんなことが続いては何時かボクの精神がもたなくなってしまう。
それに毎朝フォルとこんなやり取りをするのは寂しすぎる。
そのためボクは一大決心をして、ある事をフォルに告げることにした。
そして次の朝がやってきて、フォルがボクを見送り一緒に玄関までやってくる。
いままでなら、ここで妙な緊張感が生まれるのだが、その前にボクは本題を切り出すことにした。
貴也「フォル、ちょっと話があるんだけど・・・いいかな?」
フォル「はい、なんでしょうか貴也さん?」
ボクがいきなり声をかけたためかフォルは少しだけ驚いた顔をしていた。
貴也「実は・・・いってらっしゃいのキスのことなんだけど・・・」
そう言うとフォルの顔が緊張のためか少しこわばったのが分かった。
貴也「あの・・・ボクたちって、普通のキスもまだだし・・・だからさ、その・・・
いってらっしゃいのキスは、ちゃんとしたのが済んでからってことで、その・・・
やっぱりこういうことには順序があると思うし・・・」
話している最中、顔が赤くなってゆくのが自分でも分かったていた上、ちゃんと話せているか分からなかったけれど、
フォルのこわばっていた顔が柔らかくなってゆくのは分かった。
貴也「だから、いってらっしゃいのキスはキチンとしたキスが済んでからにしようよ」
ともかくボクは最後まで言い終えた。
フォル「はい、分かりました」
そしてどうやらフォルの方も分かってくれたみたいで、
貴也「そうか、よかった・・・」
ボクは心の中で安堵の吐息をこぼした。
フォル「で、では・・・し、して下さいますか?」
なのにフォルは顔を赤くしてそう言ってきた。
貴也「え、何を?」
ボクには何のことだか分からなかったんので聞き返すと、
フォル「そ、その・・・キスを・・・」
とんでもないことを言ってきた。
貴也「ええぇぇぇーーー!!!」
ボクは思わず驚きの声をあげていた。
貴也「い、今すぐに・・・?」
そうボクが聞き返すと、
フォル「は、はい・・・。貴也さんがおイヤでなければですけど・・・・・・」
フォルは真っ赤になりながらも、そう言ってくれた。
しかしボクはすぐには返事は出来なかった。
これはあまりにも予想外の事態であったからで、
まさかフォルが今すぐにキスをしようと言い出すとは思ってもいなかったから・・・。
フォル「やっぱり・・・おイヤですよね・・・」
しかしボクの返事が遅すぎたせいか、フォルはすごく寂しそうで悲しそうな顔になっていた。
貴也「イヤだなんて、そんなことあるわけないよ!!」
そのためボクはすぐさまそう答えていた。
フォル「では・・・どうぞ・・・」
フォルは頬を赤く染めつつ、目を閉じ、心持ち唇を前に突き出した。
そしてボクの視線はその唇に奪われてしまった。
貴也「フォ・・・フォル・・・」
ドクンドクンドクンドクン
今ボクの耳には痛いぐらい自分の鼓動が聞こえている。
喉はカラカラに乾き、フォルに伸ばそうとした手は緊張で震えている。
それでもどうにか腕を動かし、フォルの肩に手を置いた。
するとフォルは1度だけビクリと身体を振るわせたが、すぐに身体の力を抜いてくれた。
ドクドクドクドクドクドク
今やボクの心臓は息苦しいほどの勢いで動いている。
それでもボクは自分の顔をフォルに寄せてゆく。
フォルの顔がだんだん近づいてくる。
そして間近まで迫ってきたところでボクも目を閉じた。
メル「あれ、貴也まだ居たんだ」
ドッキーーーーーン!!
その時ボクの心臓は止まりそうなほどの勢いで大きく跳ねた。
ガシャン
そしてフォルから大きく離れたボクは玄関に身体をぶつけていた。
メル「・・・何やってるの貴也?」
そんなボクをメルさんは不審な目で見ていた。
貴也「いや、あの、その、別に何も・・・・・・」
何とか弁解しようとしたが、ボクの口からはしどろもどろな言葉しか出てこなかった。
フォル「・・・・・・」
フォルの方も真っ赤な顔をしながら手で口元を押さえていて、どうしていいか分からないような状態だった。
メルさんはフォルとボクを交互に見た後、
メル「ゴメン。邪魔しちゃったかな?」
バツの悪そうな顔をして頭を掻いていた。
貴也「そ、そんなことありませんよ!そ、それじゃあボク、そろそろ行ってきます!」
そういうボクの声は完全に裏返っていたが、気にしている余裕はなかった。
フォル「は、はい。い、いってらっしゃい」
そしてフォルのぎこちない見送りの声を受けながらボクは英荘を飛び出した。
ともかく、これで明日からは今までどおりの朝を迎えられる事だろう。
しかしボクとフォルがキスしてしまったら、ボクの朝の風景はどうなってしまうのだろうか・・・。
<おしまい>