星に願いを
○七月六日 夜 英荘リビング
ミリ、ジゼル、リリアナ、リビングに入ってくる。
リビングにはラオール、クレア、メル。クレアは扇風機の正面で風を独占している。
ミリ、台所のフォルに声をかける。
ミリ 「フォル姉ちゃん、そろそろご飯?」
フォル 「はい。もうすぐ出来ますから、双子たちを呼んで来てくださいな。」
リリアナ『では、私が行ってきますね。
ミリネールたちはテーブルの方を片付けていてくれますか?』
ミリ 「うんっ。」
ミリとジゼル、台所から台拭きを持ってきてテーブルを両側から拭き始める。
二人とも機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。
暑さでげんなりとした顔のクレア、二人を見る。
クレア 「アンタ達、元気ねえ。」
ジゼル 「ふふっ、昨日やっとテストが終わったんです。
だから、ちょっと幸せなんですよ。」
メル 「ああ、中学校はもう終わったんだ。
リアちゃんたちは昨日からだったと思ったけど。」
ラオール「それで、どうだったんだ、出来のほうは?」
ジゼル 「結果が戻ってくるのは明日からだからまだ分からないけど、ミリちゃんと一緒に
勉強したところがちゃんと出たから、きっと大丈夫だと思う。」
クレア 「あら、ミリも勉強してたんだ。」
意外そうな顔のクレア。
ジゼル 「ミリちゃんのノート、試験用にまとめ直してあって、すごく分かりやすかったんですよ。」
メル 「ミリはそんな事しなくても、全部‘分かる’じゃない。」
ミリ 「だって、何にもしてないのに‘分かる’なんて、ズルをしてるみたいなんだもの。
だから、ジゼル姉ちゃんと一緒にやりながら全部覚えたの。
それなら、ちゃんと‘やった事’を答えたことになるでしょう。」
メル 「ミリ・・・えらいっ」
メル、感動してミリを抱きしめようとするがサッとかわされる。
何も無かったようにテーブル拭きを続けるミリを非難するような目で追うメル。
ジゼル、それを見て話を逸らそうと話題を振る。
ジゼル 「そ、そういえば、最近街で良く笹を見かけるんだけど。」
ラオール「そういや何日か前から駅前でも売ってたな。なんかあるのか?」
メル 「笹?ああ、そういえば明日は七夕だったわね。
みんなテストとかバイトとかで忙しそうだったから、すっかり忘れてたわ。」
クレア 「・・・こう暑いと、憶えててもどうでも良くなってくるけれど。」
メル 「クレアさん、そんなこと言わないの。こういうイベントは大切にしなくっちゃ。」
相変わらずダレているクレアを見て苦笑するメル。
ジゼル、メルの機嫌が戻ったのにホッとしながら話を続ける。
ジゼル 「それで、七夕って?」
メル 「七月七日をね、七夕って言うのよ。」
ラオール「笹は何に使うんだ?」
メル 「えぇっとね・・・」
説明を続けようとしたメルだが、台所からフォルの声がかかる。
フォル 「ミリ、ジゼル、お料理を運ぶのを手伝ってくださいますか?」
ミリ 「あっ、はーい。」
ラオール「オレも手伝ってやるか。
そのほうが早く食えそうだしな。」
ミリ、ジゼル、ラオール、台所へ。
話の腰を折られたメル、うらめしそうに見送る。
クレア 「フラれちゃったみたいねぇ、メル。」
メル 「・・・・・・いいわよっ、アタシにはクレアさんがいるものっ。」
クレア 「ああもうっ、暑いんだからくっつかないの!」
○夜・夕食前 英荘リビング
フォルを手伝って夕食を並べているミリとジゼル。
貴也とラムもバイトから戻って来て、他の一同と席について待っている。
セフィだけはまだ保育園から帰ってきていない。
ミリ 「セフィまだかなぁ?」
フォル 「先ほど電話がありましたから、もうすぐ帰って来ると思いますけれど。」
ラオール「なら、先に食っててもいいんじゃないか?」
ジゼル 「ダメだよお兄ちゃん。みんな揃うまで待たないと。」
セフィを待って雑談をしている一同。
ふと、怪訝な顔をするリア。
リア 「ねえ、なんだか、玄関のほうで音がしてるんだけど。」
言われて玄関の方に耳を向ける貴也。
と、確かに何かガサゴソと物音がする。
貴也 「ちょっと見てくるよ。」
席を立って玄関に行く貴也。
○英荘玄関
玄関に来た貴也。
ドアの外で何かがガサゴソと動いている。
貴也 「何だろう・・・あのー、誰か居るんですか?」
声をかけるが、返事がない。
仕方なく、外を確かめようとする貴也。
玄関を開けると、いきなり笹が倒れてきた。
貴也、避けきれず下敷きになる。
貴也 「うわぁっ!?」
セフィ 「大丈夫ですかぁ?」
貴也 「セフィさん?」
笹の向こうからセフィの声がした。
どうやら、笹を抱えたまま玄関を開けようとしていたらしい。
なんとか笹の下から這い出して起き上がった貴也、足元の笹を見る。
貴也 「どうしたんですか、この笹?」
セフィ 「明日、保育園で七夕をするんです。それで、今日はその準備をしたんですけど、馨さんが、
『沢山ありますから、おすそ分けです。』って言ってくれたので、もらってきちゃいました。」
貴也 「・・・とりあえず、庭のほうに運んで置きますね。」
貴也、笹を担ぎ上げて庭へ運んでいく。
○英荘リビング
セフィ 「と言う訳なんです。」
笹を持ってきた事情を話すセフィ。
一同、窓の外に見える笹を見ている。
ベル 「セフィ、あの笹を麓から抱えて来たの?」
セフィ 「はい、大変でしたぁ。」
何故か嬉しそうに応えるセフィ。
ラオール「アレ持って登ってきたんなら遅くなるわけだ。」
ラム 『Psiを使えば直ぐだったんじゃない?』
セフィ 「最初はそうしようと思ったんですけど、クレアさんに怒られそうだったのでやめたんです。」
クレア 「家に電話したときに言えば良かったじゃない。」
セフィ 「言ったら、許してくれたんですかぁ?」
クレア 「別にPsiを使わなくてもいいでしょう。此処には労働担当が二人も居るんだから。」
ラオール「オレ達のことか?」
貴也 「多分。」
顔を見合わせる貴也とラオール。
クレアの方を見ると、「当然」と言う様に大きくうなづかれる。
思わずため息をつく二人。
貴也 「まあ、荷物がある時は言ってくれれば取りに行きますから。
今度からそうして下さい。」
セフィ 「はい、次はそうしますぅ。」
ジゼル 「それで、あの笹はどうするんですか?」
ベル 「あのね、七月七日を七夕って言って、その日に願い事を書いて、笹に吊るすの。」
ジゼル 「お願い事を?」
リリアナ『七夕は、天の川の両岸に住んでいる織姫と彦星という神様が年に一度出会える日なんですよ。
だから、その日にお願い事をすると、神様が叶えてくれると言われているんです。』
ラム 『へぇ、そんなお話があるんだ。』
セフィ 「短冊も一緒にもらってきましたから、みんなで書いてくださいね。」
一同 「はーい。」
セフィの台詞に元気良く答えるミリ、ジゼル、双子たち。
その横で、メルは先ほど自分が話そうとしていた事を全て言われてしまい、一人で拗ねていた。
メル 「うぅっ、全部アタシの台詞だったのに〜〜〜」
○夜・夕食後 英荘リビング
夕食が終わり、テーブルの上はキレイに片付けられている。
一同、セフィが貰ってきた短冊にそれぞれ願い事を書き込んでいる。
<クレア・メル>
メル 「一年に一度のデートかぁ。
確かにロマンチックだけど、アタシだったら耐えられないなあ。
クレアさんと一年も離れ離れだなんて。」
クレア 「人を勝手に牛飼いにしないでちょうだい。」
そう言ってメルを睨むクレア。
メル 「はーい。大丈夫よ、クレアさん。アタシはずぅっと一緒だからね。」
クレア 「少しは人の話を聞きなさい、まったく。」
メル 「・・・よし、出来た。じゃあ、吊るして来るわね。」
短冊を書き終え、笹に吊るそうと席を立つメルを、クレアが呼び止める。
クレア 「あ、メル。ワタシのも一緒に吊るしておいてくれる?
アナタのと一緒に、ね。」
メル 「ええ、良いわよ。どれどれ、クレアさんのお願いは・・・って、何よコレ!?」
クレア 「ちゃんと、一緒に、吊るすのよ。分かった?」
一言づつ区切って念を押すクレア。
メル 「うぅ、クレアさん、酷い・・・」
メル、がっくりしながら短冊を持って出て行く。
その背中を見送る双子達。
<リア・ベル・ラム>
リア 「クレア姉さん、一体なんて書いたんだろう・・・」
ベル 「まぁ、何となく想像できるけど・・・
リアはもう書いたの?」
リアの短冊を覗き込もうとするベル。
リア 「ダメッ!!」
短冊に覆い被さって隠すリア。
ラム 『あの態度でほとんどばれてるよね。』
ベル 「うん・・・」
テーブルに伏せたまま、真っ赤な顔で睨んでいるリアを見て苦笑するベルとラム。
ラム 『で、ベルはなんて書いたの?』
ベル 「えっとね、この前街で可愛い服を見つけたの。
それで、お金が貯まるまで残ってますようにって。」
ラム 『まぁ、そんなもんだよね。この手のお祭でするお願いって。』
ベル 「そういうラムは?」
ラム 『ボクはコレだよ。あんまり深刻なのは書けないしね。』
そう言って短冊を差し出すラム。
ベル 「あははっ。叶うと良いわね。
じゃあ、一緒に吊るして置くけど、良い?」
ラム 『うん、お願い。』
ベル 「リアは・・・自分で吊るすわね。」
リア 「うん、そうする。」
リア、テーブルに伏せたままでうなづく。
ラムの分の短冊も持って外に出ようとしたベル、戻ってきて短冊に何か書き加える。
ラム 『どうしたの?』
ベル 「ふふっ、ちょっと付け足し。じゃあ、吊るしてくるわね。」
ベル、もう一度短冊を持って出て行く。
<ミリ・ジゼル・リリアナ>
ジゼル 「ミリちゃんはもう書いたの?」
ミリ 「うん。ほらミュウ、手出して。」
ミリはミュウを抱え上げて、前足の肉球に墨を塗りつけている。
ジゼル 「ミリちゃん、何してるの?」
ミリ 「ミュウにもお願いさせてあげようと思って。」
そう言って、ミュウの前足を短冊に押し付けるミリ。
リリアナ、そんなミリの様子を微笑ましそうに見つめている。
ジゼル 「リリアナは、何をお願いするの?」
リリアナ『ふふっ、内緒ですよ。お願い事は、人に話すと叶わなくなると言いますから。』
そう言って、そっと短冊を伏せるリリアナ。
折り紙とハサミを取り出して、テーブルに置く。
リリアナ『飾りも無いと淋しいですね。ジゼルも作りますか?』
ジゼル 「あたしに、出来る?」
リリアナ『ええ、簡単ですよ。ほら、こうして・・・』
説明しながら折り紙に切れ目を入れていくリリアナ。
ハサミを置いて折り紙の端を引っ張ると、紙が鎖のように伸びる。
ジゼル 「うわぁ!」
リリアナ『ほら、簡単でしょう。』
ジゼル 「ねぇ、もう一度やって見せて。」
リリアナ『良いですよ。まず、ここから・・・』
再び飾りを作り始めるリリアナ。
ジゼルもそれを見ながら同じように作り始める。
<ラオール・セフィ>
貴也 「ラオール君、短冊書き終わってたら一緒に吊るしておこうか?
あ、見せたくなかったら後で自分で吊るしても良いけど。」
ラオール「別にいいぜ。大した事は書いてないからな。ほら。」
短冊を貴也に放るラオール。
貴也、短冊を覗き込んで見て固まる。
セフィ 「どうしたんですか、貴也さん?」
貴也 「いや、その・・・読めないんです。」
セフィ 「?」
意味が分からず、貴也の持っている短冊を覗き込むセフィ。
短冊には、なにやら記号らしきものがずらっと並んでいる。
セフィ 「えっと、何て書いてあるんでしょう?」
貴也 「オレにはサッパリ・・・」
書いた本人は既にリビングを出て行ってしまっていた。
二人で短冊の文字(?)を見つめて頭を傾げていると、ミリが寄ってくる。
ミリ 「どうしたのセフィ、貴也と立ち尽くしたりして。」
セフィ 「実は、ラオールくんの短冊を見せてもらってたんですけど。」
そう言って、短冊をミリに手渡すセフィ。
ミリ 「どれ、えーと、何々、『ジゼルが健康で幸せに過ごせますように』。
へぇ、真面目じゃない。てっきり『○○が食べたい』とか書いてるかと思ったのに。」
貴也 「ラオール君は、いいお兄さんだからね。
だけどミリ、よくこの字が読めるね。」
ミリ 「うん、読めるけど…あっ、そっか。貴也、日本語じゃないから読めないんだ。」
セフィ 「ミリちゃん、すごいんですねぇ。」
ミリ 「・・・なんでセフィまで?」
セフィ 「うぅん、なんででしょう?」
首をかしげるセフィ。
ミリ、セフィの様子を見て呆れている。
ミリ 「それで、セフィはもう書けたの?」
セフィ 「はい。でも、アタシの短冊は保育園の笹に吊るしますから。」
ミリ 「そうなの?」
セフィ 「あまり沢山お願いすると、叶えてもらえないような気がしますし。」
ミリ 「じゃあ、同じ事を書いたらどうかな?もしかしたら二倍叶うかも。」
セフィ 「二倍ですかぁ。それはすごいです。」
感心したようにうなづくセフィ。
余っていた短冊を取り出して、自分の短冊を写し始める。
<貴也・フォル>
フォル、台所で洗い終わった食器を拭いている。
外から戻ってきた貴也、テーブルに白紙の短冊が残っているのを見つけ、手に取って台所に入る。
貴也 「はい、フォルの分だよ。」
フォルに短冊を手渡す貴也。
フォル 「わたしも、お願いして良いのですか?」
貴也 「当たり前だろう。」
驚いたように聞き返すフォルに、戸惑いながらうなづく貴也。
フォル 「でも、わたしには、お願いして良いような事が思いつきません・・・」
貴也 「別に、大した事でなくても良いんだよ。
本当にちょっとしたお願いでも。」
貴也の言葉に考え込んでいたフォル、貴也の顔を見る。
フォル 「貴也さんは、なんとお願いしたんですか?」
貴也 「『家族みんなが、幸せでありますように』、だよ。
フォルやマリア、英荘のみんな、それに父さんと母さん。
みんなが幸せでいられますように、って。」
フォル 「はい。」
嬉しそうにうなづくフォル。
フォル 「とっても素敵なお願いだと思います。」
フォル、貴也の言葉をかみ締めるように眼を閉じ、短冊を胸に抱いて微笑んでいる。
ふっと眼を開けて、貴也の顔を見る。
フォル 「わたしも、お願いしてきますね。」
リビングに出て行くフォル。
貴也、フォルの背中を見送って微笑む。
○七月七日 夜 英荘リビング
一同テーブルについて食事を待っている。
フォルが台所から大きなガラスの器を運んできてテーブルに置く。
貴也 「へぇ、今日は素麺か。」
フォル 「はい。七夕の日はお素麺を食べると聞いたものですから。」
ミリ 「そうなの?」
フォル 「はい。理由は、良く分かりませんけれど・・・」
リリアナ『天の川や、はた織りの糸に例えているんだそうですよ。』
ラオール「何でも良いから早く食べようぜ。
今日は動きっぱなしで腹が空きまくってるんだ。」
取り皿とツユが並べられ、夕食が始まる。
ジゼル 「冷たくて美味しい。」
フォル 「薬味もありますから、お好きなものを入れてくださいね。」
リリアナ『フォルシーニア、そちらのネギを取ってもらえますか?』
フォル 「はい。」
貴也 「ラオール君、凄いね。そんなに美味しい?」
ラオール「いや、なんていうかさ。腹にたまってく感じがしないんだよな、これ。」
ラム 『アレ、一体何杯目なんだろう?』
ベル 「ラオールさんの所だけ、何だかわんこソバみたい・・・」
クレア 「メル、色付きばかり取らないの。」
メル 「良いじゃない、好きなんだから。」
ミリ 「メル姉ちゃん、子供じゃないんだから・・・」
リア 「メルさん、独り占めはよくないですよ。」
セフィ 「そうです、そうですぅ。」
メル 「うぅ、みんなでアタシを苛める・・・」
英荘の食卓は、いつもどおり賑やかに過ぎて行った。
○英荘の庭
空は晴れ、うっすらと天の川が見えている。
庭に立てられた笹には、幾つもの飾りと共に色とりどりの短冊が吊るされている。
『家族みんなが、幸せでありますように』
『みんなが、幸せでありますように』
『駅前のアーケードのお店にあったピンクのドレスが、来月まで売れませんように
PS:リアのお願いも叶いますように』
『貴也と・・・(以下、マジックで塗りつぶしてある)』
『クレアさんとデート!』
『却下』
『お小遣いUP!』
『英荘のみなさんと、保育園のみんなが元気で居てくれたら嬉しいです
それから、お昼寝した時に悪い夢を見ませんように』
『ジゼルが健康で幸せに過ごせますように』
『お兄ちゃんやみんなが元気でいますように』
『沢山食べられるようになりたい』
『(猫の足形)』
そして、笹の頂近くに揺れている、小さな短冊が一枚。
神代文字で短く記されたそれは、今はまだ叶わぬ願い。
遠い未来に、叶うことを信じて待ち続けている、小さな祈り。
『彼の人との再会』
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