フォル3:偽のフォルシーニア
○貴也の部屋(続き)
5人のフォルたちが出ていった後、
部屋には、貴也、フォル、クレア、そして橙色の瞳のフォル3。
クレア「さて、と……」
クレア、フォル3の方を向き直る。
クレア「覚悟はいいかしら?」
フォル3「う……」
ひるむフォル3。
クレア「偽物だと見破ったら消えてくれる、そういう約束よね。」
フォル3「そ、それはそうですけど……」
焦っている様子のフォル3。
クレア、その様子を見て、ふふんと笑って、
クレア「まあ、私としては、あのお茶がまずかった時点で偽物に決まりなんだけど?」
フォル3「そんなぁ……」
貴也「あはは……」
苦笑する貴也。
フォル3、反論して、
フォル3「お、おいしいお茶を入れられないくらいで、偽物扱いされても困ります!」
フォル3、すねたように貴也を見つめて、
フォル3「貴也さんは、たったそれだけの理由で偽物扱いなんてしませんよね。」
貴也「え、あ、えーっと……」
フォル3「私が偽物だという確かな証拠はあるのですか?」
貴也「うー、そう言われると……」
フォル3「ね? 貴也さん……」
フォル3、じっと貴也を見つめる。
貴也「あ……」
見つめられて赤くなる貴也。
フォル3、じっと見つめて、
フォル3「貴也さんっ!」
突然貴也に抱きつくフォル3。
貴也「フォ、フォルぅ?」
すっとんきょうな声を上げる貴也。
フォルも、どきりとして、
フォル「ちょ、ちょっと! 何してるんですかっ!」
だが、抱き付いたまま離れようとしないフォル3。
フォル3「どっちが本物だって、構わないじゃないですか。」
貴也「えぇ?」
フォル3、抱き付いたまま貴也の顔を見つめて、
フォル3「私、貴也さんのお側にいたいんです……ですから……」
貴也「フォ、フォル……」
橙色の瞳に見つめられて、のぼせている貴也。
フォル3「ね?」
と、そこにクレアが割って入る。
クレア「はいはい、そこまでよ。」
フォル3を貴也から引っぺがすクレア。
フォル3「あう」
引っ張られた頭をさすっているフォル3。
フォル3「うぅ、いたいです……」
貴也はまだのぼせている。
貴也「ぁぁぁ……」
やれやれとばかりに頭をかくクレア。
クレア「何やってんのよ、アンタは。」
貴也「だって……」
フォル「……」
フォルも呆れ顔。
フォル「……貴也さん……」
貴也、フォルの表情に気づいて、
貴也「あ、いや、今のはそういうんじゃなくって……」
フォル「もう、知りません。」
貴也「誤解だぁ……」
クレア「ま、いつもの事よね。」
貴也「ううう……」
クレア、溜め息を付いて、
クレア「まったく、だらしないわね。さっき『大丈夫』って言わなかった?」
貴也「うう、だって……」
クレア「ホントに任せていいのかしら……」
貴也「う」
クレア「まあいいわ、ここはアタシがやるから。アンタはちゃんと見てなさいよ?」
クレア、フォル3に向き直って、
クレア「証拠がどうとかいってたわね。
ふふふ、じゃあ言い逃れできないようにしてあげるわ。」
フォル3「うぅ……」
クレアの不敵な笑いにたじろぐフォル3。
クレア「さっきは上手くごまかしたようだけれど。」
フォル「クレア姉様? どうなさるんですか。」
クレア「ふふ、見破るのなんてカンタンよ、カンタン。」
貴也「?」
クレア、フォル3をビシッと指差して、
クレア「あなた、偽物でしょう?」
貴也「はぁ?」
貴也、苦笑いをして、
貴也「なんですか? それ……」
フォルも苦笑して、
フォル「そんな直接的に聞いても……」
ところが、フォル3は顔を強張らせている。
フォル3「うっ!……」
フォル3の様子がおかしいのに気づく貴也とフォル。
貴也「え?」
フォル「?」
クレア「ふふふ。」
フォル3のうろたえようを見て、にやりと笑うクレア。
クレア「このフォルだけは特別よっ。なんたって、‘私のフォル’だもの。」
フォル「え?」
貴也「クレアさんのフォル?」
クレア、フォル3に詰め寄って、
クレア「さあ、答えなさい? あなた、偽物でしょう?」
フォル3「うぅ……」
フォル3、観念したように、
フォル3「……はい、偽物です……」
貴也「え?」
フォル「そんな…」
貴也「自分からばらしちゃった。」
クレア「ふふん、やっぱりね。」
フォル「どういうことですか?」
貴也、考えて、
貴也「…天使は嘘をつけないから、かな?」
クレア「違うわよ? 偽物なんだから別に嘘を付いてもいいのよ?」
貴也「じゃあ、どうしてなのかな……」
フォル3「あ!」
その会話を聞いて、フォル3が割って入り、
フォル3「ちょ、ちょっと待ってください!」
三人「ん?」
フォル3、自問して、
フォル3「(小声)そうですよね、偽物は嘘を付いてもいいんですよねっ?」
貴也「は?」
小声を耳にして、あきれる貴也。
クレア「……聞こえてるわよ?」
フォル3、気を取り直して、
フォル3「それなら、あの、私、本物ですっ」
クレア「……聞こえてたわよ?」
フォル3「で、でも、やっぱり私、本物なんですっっっっ!」
クレアも呆れ顔で、
クレア「……偽物でしょ?」
フォル3「う」
クレア「偽物でしょ?」
フォル3「うぅ」
クレア「偽物、でしょ?」
フォル3「うぅぅぅ……」
フォル3、ついに観念して、
フォル3「……はい……偽物です。」
トホホの表情のフォル3。
貴也「や、やっぱりそうなるの?」
フォル「そんな、どうして?」
フォル3「くぅ……」
悔しそうなフォル3。
クレア「うふふ、分かりやすくていいわよね。」
貴也「……こんな簡単でいいのかな?」
クレア「そうよ、だってアタシのフォルだもの。」
してやったりの表情のクレア。
フォル「どういうことなのですか?」
クレア「ふふふ、タネ明かしをしてあげるわ。」
クレア、貴也に向き直って、
クレア「その秘密はね、プラチナ・ディスクにあるのよ。」
貴也「プラチナ・ディスクに?」
クレア、逆に貴也に質問して、
クレア「ねえ、貴也? どうして双子たちがアンタを探していたか、分かる?」
貴也「え?」
クレア「どうして『完全にベスティアではない人』を探していたか。」
貴也「『どうして』って……フォルを復元するため、だよね?」
クレア「だから、どうしてフォルを復元するために、『ベスティアではない人』が
必要なのかって聞いているのよ。」
貴也「え、だって……『ベスティアではない人』にしか復元できないからじゃないの?」
クレア「なに言ってんのよ。目の前で6人も復元してるのに、そんなわけ無いでしょう?」
貴也「あ、あれ? そうだよね……」
クレア「ただ単に、プラチナ・ディスクを再生すればフォルが復元できるのなら、
アンタを見つけだす必要なんかなかったのよ?
だって、アタシたちが再生してしまえば済むだけの話だもの。」
貴也「そうだよね……」
考え込む貴也。
貴也「んー。どうしてだろう……」
クレア「でも、それは出来ないの。なぜならね…」
クレア、プラチナ・ディスクを取り出して、貴也に見せながら、
クレア「プラチナ・ディスクには『心』はセーブされていないからよ。」
貴也「『心』の、セーブ?」
プラチナ・ディスクを見ながら、聞き返す貴也。
クレア「プラチナ・ディスクが保存しているのは、心と体の‘データ’だけ。
心のデータは、単なる『記憶』。……『心』そのものではないの。
心の保存なんて出来ないし、ましてや復元なんて出来ないわ。」
クレア、フォル3を見やって、
クレア「見ての通り『体』の復元は出来るけれどね。
プラチナ・ディスク単体では『心』の復元が出来ないの。」
貴也「じゃ、じゃあ、どうするの?」
クレア「保存の機能はないけれど、その代わりに……」
クレア、プラチナ・ディスクを指でなでながら、
クレア「プラチナ・ディスクにはね、『心の持つ力を増幅する機能』があるの。」
貴也「心の力を……増幅?」
フォルも説明して、
フォル「はい、『心の持つ力』です。『想い』には『力』がありますから。」
貴也「『力』って?」
フォル「たとえば、テレパシィ、レビテーション、プレコグニション……
心にはさまざまな『力』があるんです。」
クレア「アタシたちのpsi能力こそ、心のもつさまざまな『力』そのものよ?」
貴也「そ、そうだったんだ……」
フォル「でもそれは、私たち天使だけではなく、どんな人間でも持っているんです。」
貴也「え、じゃあ、ボクにも?」
フォル「はい、そうですよ。だた、天使と比べてとても弱いんですが……」
クレア「その弱い力を、プラチナ・ディスクが増幅するのよ。」
はっと気づく貴也。
貴也「じゃ、じゃあ……」
クレア「プラチナ・ディスクは、アンタの中にある『心の力』を増幅して、
それを以ってフォルの心を復元したのよ。」
貴也「ボ、ボクの心を増幅したの?」
貴也、驚いてフォルを見る。
フォル「はい。」
うなずくフォル。
フォル「貴也さんの『強欲でない心』の持つ力を増幅し、
それを以って、私の『強欲でない心』を復元したんです。」
貴也「あ。」
フォル「そして、『憎悪を抱かない心』も『懐疑的でない心』も『暴力を振るわない心』も、
貴也さんの心の力を増幅して、それによって私のそれぞれの心を復元したんですよ。
貴也「そ、そうだったんだ……」
フォル「そしてそれらがすべてそろって、初めて私の『心』が完全に復元されるのです。」
貴也「はー、なるほど。」
驚いている様子の貴也。
クレア「それがプラチナ・ディスクの『媒体』としての機能。
フォルの復元に必要な『心の力』を増幅するのよ。」
貴也「『心』で『心』を復元するのか……」
クレア「そういうこと。だから、アンタの心が必要だったのよ。」
貴也「じゃ、じゃあ……」
おそるおそる尋ねる貴也。
貴也「ボクの中には、フォルの復元に必要な『心』が、全部備わっている……のかな?」
フォル、優しく微笑んで、
フォル「はい、そうですよ。」
貴也「そ、そうなの?」
フォル「『ベスティアではない人』には、天使の復元に必要な『心』が、すべて備わっているのですから。」
貴也「‘天使’の復元?」
フォル「はい……」
うなずくフォル。
フォル「‘天使’はリガルード‘神’が、『理想の人間』を思い描いて作った……擬似生命体ですもの。
そして、その『理想の人間』こそが『完全にベスティアではない人』。
ですから、完全にベスティアではない貴也さんには
私の復元に必要なすべての心が備わっているんです。」
優しげに微笑むフォル。
貴也「そ、そうだったんだ……」
少し恥ずかしげな貴也。
貴也「なんだか、照れちゃうな。」
フォル「うふふ、そうですね。」
照れ笑いする二人。
だが、貴也、ちょっと心配になって、
貴也「あ、でも……」
フォル「はい?」
貴也「ボク、途中でリセットボタンを押しちゃったんだけれど……」
フォル「はい…………でも、大丈夫です。」
貴也「ほんと?」
フォル「確かに『記憶』の復元には影響しましたけれど、
『心』の復元はその前の段階で終了していましたから。
ですから、『心』の復元には影響なかったんです。」
貴也「そ、そうだんたんだ。」
フォル「はい。」
貴也「よかった……」
ほっとする貴也。
クレア「そういうことよ。」
クレア、貴也が納得したのを見て、
クレア「だから、フォルの復元には『ベスティアではない人』が必要だったってわけ。
『理想の心』で再生されて初めて、フォルの心は‘フォルのまま’で復元されるのよ。」
貴也「ふーん、そうだったんだ……」
感心している様子の貴也。
貴也、ふと気づいて、
貴也「あ、なるほど!」
手をぽんと叩く貴也。フォル3を見て、
貴也「そういうことだったのか!」
クレア「あら、もう分かったの?」
貴也「じゃあ、このフォル3が、本物と違って偽物っぽいのは!」
クレア「うん。」
貴也、ビシッと指を立てて、
貴也「クレアさんの心が『理想の心』とは違うからだ!」
クレア「こら!」
貴也「クレアさんの心でフォルを復元したから偽物っぽいんだ!」
クレア「まちなさい!」
クレア、貴也の口を両手で引っ張って、
クレア「そういう事を言うのはこの口かしらっ?」
貴也「イテテテテ」
頬を引っ張られて、痛がっている貴也。
貴也「ち、違うんですか?」
クレア「当たり前でしょ!」
クレア、後ろの笑い声に気づく。
フォル3「くすくす」
クレア「そこも! 笑ってるんじゃないっ!」
湯飲みを投げつけるクレア。
コン! 命中。
フォル3「あう」
頭をさするフォル3。
フォル3「いたいです……」
クレア「まったく……」
貴也「で、でも……」
クレア「なに?」
貴也「クレアさんが復元したフォルは、偽物っぽいみたいなんですけど?」
顔を引きらせるクレア。
クレア「……なんだか、とっても悪意のある言い方ね?」
クレア、再び貴也の頬をつねる。
貴也「そ、そんなことないです。」
クレア「ホントかしら?」
貴也「いたいです、クレアさん……」
クレア「アンタ、本当はベスティアなんじゃないの?」
貴也「そんなことないですってば。」
クレア「信じられないわねぇ。」
貴也「そんなぁ。」
フォル「クレア姉様? 貴也さんはベスティアではありませんよ。」
フォル、止めに入って、
フォル「私の心はちゃんと復元できましたから。」
クレア「それはそうだけど。」
クレア、貴也の頬を引っ張っていた手を、ぺしっとはずす。
貴也「あう」
頬をさする貴也。
貴也「そうですよ。もしボクがベスティアだったら、復元したフォルは
ベスティアなフォルになってるじゃないですか。」
フォルを見る貴也。
貴也「でもそんなことないし…」
フォル「え?」
クレア「は?」
貴也の言葉に戸惑うフォルとクレア。
クレア「ちょっと待って?」
貴也「あ、いや、だから。」
クレア、貴也の勘違いに気づいて、
クレア「…ふう」
やれやれ、とばかりに溜め息を付くクレア。
クレア「勘違いしてるみたいね。アンタは。」
脱力するクレア。
クレア「だからそうじゃなくってね。」
貴也「え?」
クレア「ちゃんと最後まで話を聞いてなさい?」
クレア、貴也に説明し直して、
クレア「いい? もしベスティアな人がプラチナ・ディスクを再生したら、
強欲で、憎悪を抱き、懐疑的で、暴力を振るうフォルが生まれる……」
貴也「うん。」
クレア「……わけではないのよ?」
貴也「え? 違うの?」
クレア「違うのよ。」
貴也「だって、『媒体』なんでしょ? 『心』を増幅するんじゃないの?」
フォル、助言して、
フォル「いくら『媒体』だからといっても、プラチナ・ディスクには
『ベスティアの心』を増幅する機能はありませんから。」
貴也「そ、そうなんだ?」
クレア「もう。ばかねえ。良く考えなさい?」
貴也「?」
クレア「フォル2の事よ。」
貴也「フォル2?……」
クレア「どうしてミリがデータを書き換えて復元したと思うの?」
貴也「あ?」
クレア「‘ベスティアが再生したらベスティアフォルが生まれる’のだったら
データの書き換えは必要ないでしょう? ベスティアリーダーが再生しただけで、
ベスティアリーダーなフォルが復元されるのだもの。」
貴也「あ、そうか……」
クレア「言ったでしょう? プラチナ・ディスクは、
フォルの復元に必要な心の力‘のみ’を増幅するのよ。」
貴也「ん、ということは……」
貴也、考えて、
貴也「もしベスティアやベスティアリーダーが再生したら……」
クレア「したら?」
貴也「増幅するものがない……ということ?」
クレア「そ、だからフォル2は『心』のないフォル……
ただ体だけ、器だけのフォルだったのよ。」
貴也「ということは……」
貴也、気づいて
貴也「『お役目を果たす機能』は復元されていても、
『お役目を果たしたくない心』は復元されていなかったんだ。」
フォル「はい、そうです。」
貴也「そうか。だから、フォル2はあんな事をしてしまったんだね。」
フォル「はい……」
うなずくフォル。
フォル「お役目を、つらいと感じていない私……」
貴也「うん……」
フォル「そして、義務だとも感じていない私です。」
貴也「え?」
フォル「何も復元されていませんから。」
貴也「あ、そうか……どちらの心も復元されてなかったんだ。」
フォル「はい。」
貴也「あれ?……だったら、ミリたちの方にも味方しないんじゃないの?」
フォル「そうですよ。」
クレア「だからミリがデータを書き換えたんでしょ?」
貴也「あ、そうか。」
クレア「そうよ。‘ベスティアリーダーの命令に従う’っていう書き換えをね。
だからあっちの味方に付いたのよ。」
貴也「ふーむ」
納得している様子の貴也。
貴也「えーと?」
貴也、考えている様子。
クレア「分かってる?」
貴也「うーと?」
貴也、質問して、
貴也「じゃ、じゃあ、もしベスティアでない人‘以外’がプラチナ・ディスクを再生したら?」
クレア「ん、そうね……」
クレア、説明して、
クレア「強欲な人が再生すれば、『強欲な人がいても、それを諌(いさ)めようとしないフォル』
憎悪を抱く人が再生すれば、『憎んでいる人がいても、それを和らげてあげようとしないフォル』
懐疑的な人が再生すれば、『疑っている人がいても、それを晴らしてあげようとしないフォル』
暴力を振るう人が再生すれば、『暴力を振るう人がいても、それをやめさせようとしないフォル』
……が復元される、ってとこかしらね。」
貴也「なるほど、心が‘復元されない’んだね。」
フォル「はい。頭で分かっていても、それを悲しんだり、
止めさせようとはしない私になってしまうんです。」
貴也「心が、ない……」
クレア「そういうこと。」
貴也「そっか……フォルがベスティアになってしまうわけではないんだね。」
クレア「あたりまえでしょ? 復元されるのは、あくまでもフォルだもの。
元々のフォルに存在しないものが復元されるわけがないでしょ?」
貴也「そうだね、『復元』だものね。」
クレア「いわば‘共通部分が復元される’、というところかしら。」
貴也「ふーん……」
納得している様子の貴也。
貴也「え、でも、だったら……」
貴也、疑問に思って、クレアに、
貴也「だって、心の共通部分が復元されるんでしょう?」
クレア「そうよ?」
貴也「だったら、クレアさんも天使なんだし、『理想の心』を持っているんだから、
初めからクレアさんがフォルを復元してしまえばいいと思うんですけど……」
クレア「……」
フォル「……」
貴也「何もボクを探さなくても……」
クレア「……ふう。」
溜め息を付くクレア。
クレア「そんな簡単に行けば苦労しないわよ。」
貴也「?……行かないんですか?」
クレア「さっき言ったでしょう? プラチナ・ディスクは『媒体』……
フォルの復元に必要な『想いの力』を増幅するって。」
貴也「そうですけど?」
クレア「だからね……」
ふっと溜め息を付くクレア。
クレア「それがそのまま副作用を引き起こすの。」
貴也「?」
クレア「アンタの場合、フォルの事を知らなかったら、
ただ単に想いの力を増幅しただけ……
でも、フォルの事をよく知っているとね。
私の中の『フォルに対する想い』が復元に影響を与えるのよ。」
貴也「?……『想い』が影響するんだよね?」
クレア「そうよ。」
虚ろな表情のクレア。
クレア「フォルの事を想っていれば想っているほどね。
その想いをプラチナ・ディスクが増幅し、あるいは……低減してしまう。」
貴也「…………?」
合点のいかない様子の貴也。
クレア「何?」
貴也「でも……クレアさんはフォルの事をよく知っていて、良く想っているよね?」
クレア「そうよ?」
貴也「なら、問題無いんじゃないの?」
不機嫌に後ろを向くクレア。
貴也「?」
フォル、言葉を添えて、
フォル「クレア姉様はお優しい方ですから……」
貴也「え?」
クレア「復元したくない部分があるもの……」
貴也「……復元したくない部分?……」
クレア「……お役目に忠実な心。」
貴也「あ……」
貴也、クレアの真意に気づく。
クレア「もし私がディスクを再生したら、『お役目を果たそうとする心』が
復元されないままのフォルが出来上がってしまうもの。」
貴也「ク、クレアさん……」
うつむくクレア。
クレア「本当はそうであって欲しい……
でも、それは出来ないの。リガルード‘神’の命令に背くこと……
私たちのお役目に反する事だもの。だから、私には復元できないのよ。」
貴也「あ……」
クレア「……双子たちも一緒よ。フォルのお役目を知っていて……
フォルの悲しみを知っている私たちには、復元できないの……」
自分の失言を反省している様子の貴也。
貴也「……ごめん。」
クレア、ふふっと笑って、
クレア「ううん、いいのよ。だって、アンタがいるもの。」
貴也「ボク?」
クレア「そうよ。」
クレア、貴也に向き直って、
クレア「ベスティアではない人がいる……
それは、フォルがお役目を果たさなくてもよい可能性が
そこにいるという事なのだもの。」
貴也「あ……」
クレア「フォルのお役目を復元しても、それを果たさなくてもよい……
その可能性があるという事だから。」
クレア、貴也をじっと見詰めている。
フォルも貴也に微笑みかける。
貴也「……うん。」
クレア「ベスティアではない人が必要だというのは、そういうことよ。」
クレア、ふうっと息を付いて、
クレア「これでわかったかしら? プラチナ・ディスクの機能が。」
貴也「うん。」
貴也、うなずいて、
貴也「フォルの復元に必要な心の力を増幅して、フォルの心を復元する……
だからこそ、フォルへの想いが強いなら、
それが強調されて復元されてしまう、ということか……」
クレア「そうね。」
納得している様子の貴也。
フォル「あ……」
フォルの方が、先に気づいた様子で、
フォル「そういう事なのですね……」
貴也「?」
フォル「私が‘6人’も復元された理由……」
貴也「どういうこと?」
フォル「いまのと同じです。私を知っている人が復元すると、
その想いが復元に干渉するんです。」
クレア「そうね……」
クレア、うなずいて、
クレア「復元してほしい部分もあれば、そうでない部分もある……。
それがそのまま、復元に干渉するの。」
フォル「しかもあの時、6人が‘別々’の事を考えていたから……」
貴也「あ」
フォル「6人の私が‘別々’に生まれた……」
貴也「あ、じゃあ……」
思い出す貴也。
貴也「あの時、みんなが……」
○貴也の回想
ベル「もう一人いたら、私とずーっと一緒にいてほしいな。」
リア「アタイ、服、選んで欲しい。アタイに似合うヤツ。」
馨子「じゃあ、私は、ケーキの作り方、教えて欲しいな。」
ミリ「じゃ、じゃあ、アタシはデータを書き換えたいな!」
メル「でも、もう一人いたら、確かに役に立つこともあるかもね?」
○回想終わり
貴也「みんな、『もう一人のフォル』が欲しいって言ってた……」
クレア「そうよ。フォルに対して、それぞれの『想い』があった……」
貴也「じゃ、じゃあ……プラチナ・ディスクは、あの時にいた
6人の『想いの力』を増幅して、『もう一人のフォル』を復元した?」
フォル「……私への『想い』を込めて……」
驚いている貴也とフォル。
クレア「そうね。」
相づちを打つクレア。
クレア「フォルへの『想い』が強調されて復元されているの。
だから、それぞれにとっては理想のフォル……『本物よりも本物なフォル』なのよ。
簡単に取り入られてしまった理由も同じ。望み通りのフォルなんだから。」
貴也「あ、じゃあ……」
貴也、気づいて、
貴也「あのとき記憶があったってのは、ホントは『記憶』じゃなくて?」
クレア「そうね。強調された想いの部分を感じ取って、答えていただけよ。」
貴也「そ、そういうことなんだ。」
クレア「自分が強く感じている事が、相手の『想い』そのもの。
だからそれをそのまま答えれば、その場をしのげると思ったのね。
それを、あたかも記憶であるかのように見せかけたのよ。」
フォル「そんな……」
貴也「上手くごまかされただけだったのか……」
クレア「そうね、別の質問で、記憶を確かめるべきだったわね。」
貴也「うーむ、そうだったんだ……」
思い出している様子の貴也。
貴也「あれ?」
疑問に思う貴也。
貴也「で、でも、じゃあクレアさんのフォルは?」
フォル3「ん……」
貴也、フォル3を見て、
貴也「他のフォルは分かるけれど……」
クレア「?」
貴也「このフォルは、クレアさんの心を増幅して生まれたんだよね?
なのにどうして、こんなに偽物っぽいのかな?」
フォル3「うぅ……」
貴也「クレアさんが、こんな風なフォルを思い描いているって事?」
クレア、ふっと笑って、
クレア「言ったでしょう? 私のフォルだけは特別だって。」
貴也「?」
クレア「思い出しなさい? あの時の事。私はあの場所にいなかったのよ?」
貴也「あ……」
クレア「そして、後から入ってきて……」
○回想
クレア「どうせ作るなら、もっと偽物らしく作りなさい。まったく紛らわしい。」
○回想終わり
貴也「あ、そうか。」
フォル「偽物は偽物らしく、そうお考えだったんですね。」
貴也「ということは、再生される時も?」
クレア「そうよ、もう一人フォルが復元されそうだったからね。」
貴也「じゃあ、『分かりやすい偽物』が復元してほしいって考えたの?」
クレア「紛らわしいからね。」
フォル「だ、だから、その想いが復元に影響を与えて……」
クレア「そ。復元されたのは、分かりやすい偽物なのよ!」
貴也「はー……」
半分あきれている貴也。
貴也「だから、『偽物か?』って聞かれて正直にそう答えたんだね。」
フォル「た、確かに分かりやすいですね。」
クレア「そういうこと。」
クレア、フォル3に向き直って、
クレア「だからフォルの‘本物らしい部分’が復元されていない。
心を込めてお茶を入れようとしないし、
さっきレビテーションをしたのだって、『この英荘ではpsi能力は使わない』
って決まり事を守る心が復元されていないのよ。」
フォル「クレア姉様が私に望む『心』が復元されてないんですね。」
貴也「だから、このフォルだけが偽物っぽかったのか……」
フォル3「うぅ……」
納得している様子の貴也。
貴也「そっか、クレアさんの心が偽物だったからではないんだね。」
クレア「ムッ」
クレア、貴也に湯飲みを投げつけて、
貴也「イテ」
クレア「しつこいのよ、アンタは!」
貴也「うう……スミマセン」
クレア「まったく……」
フォル「ということは、他の私は……」
クレア「そうね。他のフォルは、普通に考えていいはずよ。」
貴也「じゃあ……みんなの考えていた事だから……」
貴也たち、思い出して、
貴也「ベルとリアは『一緒にいてくれるフォル』と『服を選んでくれるフォル』?」
フォル「メルとミリは……『役に立つ私』と『データを書き換えた私』……」
クレア「そして、馨子は『ケーキ作りを教えてくれるフォル』よ。」
貴也「うう、脈絡の無いフォルばっかりだな……」
力の抜ける貴也。
クレア「フォルたちに記憶について聞いた時も、そんなような答をしていたでしょ?」
貴也「その想いが復元されてるから、か……」
ところが、フォルは深刻そうな顔……
フォル「貴也さん……」
貴也「?」
フォル「ミリの『私』が……」
貴也「あっ!」
フォル「データの書き換えた私……」
貴也「まさか!」
驚愕する貴也。
貴也「ミリの『想い』が復元に影響を与えているってことは?」
クレア「む……」
貴也「書き換えをしたフォル? フォル2と同じフォルってこと?」
フォル「そ、そんな!……」
貴也「でも、ちょっと待ってよ!」
貴也、先ほどのクレアの説明を思い出して、
貴也「プラチナ・ディスクから復元されている限り、
『書き換えたフォル』は復元されるはずがないんじゃないのかな?」
クレア「ん、そうよね……」
クレアも、よく分からない様子で、
クレア「ただ復元しただけだから、心の無いフォルが復元されるだけ。
書き換えられているわけではないから、命令に従う事はないけれど……」
フォル「で、でも、私への想いが影響しているはずですから……」
心配げなフォル。
貴也「……どういうことなのかな?」
思い出している様子のクレア。
クレア「確かに、ミリのフォルは偽物っぽかったわよね……」
考えるクレア。
クレア「ミリが……実は心の中で何かを企んでいたのかも……」
貴也&フォル「え?」
クレア「あれだけではない……‘何か’を想っていたのかもね。」
貴也「それが復元されている?……」
フォル「そんな……」
深刻そうな表情のフォル。
フォル「……ミリの望んだ私……」
貴也、心配そうなフォルを見て、
貴也「考えていても分からないよ。とにかく行ってみないと。」
フォル「はい、そうですね。」
クレア「なら…」
クレア、フォル3を見て、
クレア「さっさと終わらせましょうか?」
フォル3「うぅ……」
焦りの表情のフォル3。
[後半は次回更新]
「フォル4:時のフォルシーニア」へ進む
目次へ戻る