ある澄んだ秋晴れの日に  表の巻



ちゅん ちゅん ちゅんちゅん ちゅん

 窓の外で小鳥達が楽しげにさえずっている。
 窓から差し込む陽の光はまだ早朝ゆえに柔らかく、目に優しかった。
 そんな優しい陽の光を浴びて、リアは穏やかに目を覚ました。

リア「うぅ〜〜ん・・・・・・」

 寝ぼけ眼をこすり、枕もとの目覚まし時計を見る。
 針はいつも起きる時間のちょうど1分前を指していた。

パチ

 リアは目覚まし時計が鳴り出す前に切ると、上半身を起こして‘うーーん’と手を上に伸ばす。

リア「ふぁ〜・・・」

 そして一度大きくあくびをしてから布団から這い出した。
 それから簡単に身支度を整えてからパジャマを脱ぎ、学校の制服に手を伸ばしたところで妙な事に気づいた。

リア「あれ?コレ、アタイのじゃないや」

 壁にかかっている制服が何時もの中等部の制服ではなく、フォルが通う高等部の制服になっていたのだ。
 昨日寝る前は確かに自分の制服がかかっていたはずなのに、である。

リア「なんでアネキのが?」

 リアは不思議に思いながら、もう一度パジャマを着て部屋を出た。
 すると、

ベル「あっ、おはよう、リア」

 部屋を出た所でバッタリとベルと出会った。

リア「あっ、ベル。ちょうどよかった。あのさ・・・」

 リアは制服の事を聞こうとして、そこまで言って声を失った。
 なぜなら、制服のことよりも、もっと気になる事が目の前にあったからだ。 

リア「ベル・・・。お前、何時の間にそんなに髪を伸ばしたんだ?」

 そう、ベルの髪が昨日よりもずっと長く伸びていたのだ。
 
ベル「えっ?」
 
 ベルは不思議そうな顔をすると、自分の髪を一房とって見てみた。

ベル「・・・・・・べつに、そんなに伸びてないわよ」

リア「なに言ってんだよ!そんな訳ないって!!昨日までアタイと同じくらいのショートだっただろ!!
   なのに、なんで今は腰まで伸びてるんだよ!?」

ベル「リアこそなに言ってるの?アタシ最近ショートにした事なんてないわよ。ずっとこの長さだもの」

 ベルは不思議そうにリアを見ながら、ごく当然の事のように言い切った。

リア(どういうこった?ベルの髪は絶対昨日まではアタイと同じくらい短かったのに・・・。 
   でもベルが嘘をついているようには見えないし、そもそもアタイたちは嘘がつけない。
   だからベルの言っている事は本当だって事になるけど・・・)

ベル「どうしたのリア?今日のリアって何か変よ。言葉遣いもなんだか荒いし」

リア「えっ?アタイの言葉遣い、なんか変か?」

ベル「うん。昨日まで自分の事‘アタイ’なんて言ってなかったじゃない。いったいどうしたちゃったのよ?」

リア(そんなはずない。アタイはずっと自分の事はアタイって言ってる。でもベルは違うって言ってる・・・。
   いったいどうなってるんだ?絶対何かおかしいぞ!)

 リアは頭を悩ませながら改めて目の前にいるベルの事を見てみた。
 すると、ベルの姿に髪以外にもどこか違和感を感じた。

リア(あれ、なんだろう?)

 そしてさらに詳しく観察を続ける事でその違和感の正体に気づいた。
 まず、着ている制服が違ったのだ。
 ベルが着ているのは貴也やフォルが通っている高等部の物だった。
 なによりベルの顔立ちや体つきが昨日まで見ていたベルよりずっと大人びていた。

リア(・・・・・・まさか!)

 リアはベルの姿や今まで聞いた言葉などを総合して、ある仮説を立ててみた。

リア「なぁベル。今はいったい何年だ?」

ベル「えっ?いきなりなによ」

リア「いいから!今日は何年何月何日?」

ベル「1997年11月18日だけど・・・」

くらっ・・・

 ベルの言葉を聞いて、リアは思わず軽い眩暈を起こしそうになった。

リア(・・・・・・・・・なんてこった。理由は分からないけど、アタイ、知らないうちに3年後の未来に来ちまってる・・・)

 こうして、リアがさっき立てた仮説は正しかったと証明されたのであった。
 証明されたところで、ちっともうれしくなかったけれど。

ベル「リア!大丈夫?なんだかすっごく顔色が悪いわよ」

リア「ううん、平気。アタイ・・・全然、大丈夫だから・・・」

ベル「でも・・・全然そう見えないんだけど・・・」

リア「じゃあアタイ・・・着替えてくるから・・・。ベル、先に食堂に行ってて」

キー   バタン

 リアはそう言うとふらふらとした足取りで自分の部屋に入っていった。

ベル(リア・・・本当にどうしちゃったんだろう・・・)

 ベルはリアの入っていった部屋のドアを心配そうに見つめていた。





 それからリアは着慣れていないはずなのに、妙に体にフィットしている高等部の制服を着て食堂に現れた。

「いたたきまーす」

 そして、いつもの声が食堂に響き、皆にとってはいつも通りの食事風景が展開される。
 しかし、それはリアにとっては、まるで見慣れぬ食事風景だった。

リア(うわっ、アネキの髪がショートになってる。
   その代わりにメルとミリがロングになってるけど。
   やっぱり髪形が変わってるのはベルだけじゃないんだ)

 リアは今まで見慣れていた人達が一夜の内に様変わりしてしまっている事に軽い衝撃を受けた。
 そんな英荘の住人の中でもほとんど変化のないフォルに目を向ける。

リア(こっちはロングのままで変わってないんだ。
   まぁ、アネキにはロングの方が似合ってるからこの方がいいけど)

 リアは続いて見知った顔から見知らぬ顔の面々の方へ視線を移した。
 この3年で増えたと思われる住人は男が1人に女が4人の計5人。

リア(やっぱり3年も経つと住人って増えるもんなんだなぁ・・・)

 しかし住人の変化は増えただけではない。

リア(馨子ちゃんはいないんだ・・・。
   やっぱり高校卒業した時に出ていっちゃったのかな?) 

 味だけは自分の知っている味とまったく変わらないフォルの朝食を食べながらリアは新顔の観察を始める。

ラオール「おかわり」

ジゼル「お兄ちゃん。もう食べちゃったの・・・」

ラム『相変わらず食欲旺盛だね。ボクなんか見てるだけでお腹一杯になりそうだよ』

 そうしてしばらく観察していると、どうやらその男性と女の子の内の1人は兄妹らしい事が分かった。
 もう1人のショートカットの女性もこの兄妹とはずいぶんと親しげなので、もしかしたら親類なのかもしれない。

セフィ「あの〜・・・、アタシもお代わりいいですかぁ?」

 そして、このおずおずと茶碗を差し出すこの女性にリアは見覚えがあった。

リア(この人って確かベスティアリーダーのセフィネスだよね。
   なんでまたベスティアリーダーが増えてるんだろ?)

 そんな疑問が浮かんだが、その事はひとまず置いておいた。
 なぜなら、‘あの’セフィネスの事だから、どうせつまらない理由だろうと思ったからだ。
 
 そして最後の1人。
 皆の様子を微笑ましそうに見ながら、もくもくと朝食を食べている女子高生。

リリアナ『リアムローダ、あんまりお食事が進んでいないようですけど、どこか具合でも悪いのですか?』

 観察する事に夢中になっていて、あまり箸の動いていなかったリアを心配したのかリリアナが声をかけてくる。

リア「えっ?ううん、大丈夫。体の方はいたって正常だから」

リリアナ『そうですか。それならいいのですけど・・・』

 リリアナはリアの妙な言い回しが気になったが、それ以上は追求しなかった。

 このリリアナという少女の事は、はっきり言ってよく分からない。
 一見、ごく普通の女子高生のようにも見えるのだが、
 それだけでは理由のつかない、何か不思議な雰囲気を持ち合わせている。

リア(う〜ん・・・。ベスティアリーダーでもないみたいだし・・・。いったいどういう子なんだろ?)

 そうしてリアが考え込んでいると、

ラム『ごちそうさま』

貴也「ごちそうさま」

ラオール「ごちそうさん」

 ラムを筆頭にして皆どんどんと食事を終えてゆく。

ベル「リア、今日はずいぶんとゆっくり食べてるのね。でも早く食べないと遅刻しちゃうわよ」

リア「あっ!うん」

 ベルに急かされて、リアは慌てて自分の分の朝食を片付け始めた。 



ベル&リア&ミリ&ジゼル&リリアナ「「「「『行ってきまーす」」」」』

フォル「はーい。いってらっしゃーい」

貴也「いってらっしゃい」

リア「あれ?貴也は一緒に行かないの?」

 いつもは一緒に出る貴也に見送られたため、不思議に思ってリアが尋ねる。

貴也「うん。オレは今日の講義は2限目からだからね。少しゆっくりできるんだ」

リア(そっか。ここじゃもう貴也は大学生なんだ・・・)

 リアは改めてここが3年後の世界なのだと実感した。





リア(さて・・・どうしよう)

 リアは学校までの道程を歩きながら思い悩んでいた。
 何を悩んでいたかというと、自分の正体をみんなに明かすかどうかである。
 いや、明かさなければならないのは既に決まっている。
 なぜならリアは嘘がつけないのだから、いずれは自分の正体がばれるのは自明の理である。
 しかしそれを何時どのタイミングで言うかが問題なのである。
 本当なら、みんながいたさっきの朝食時に明かすべきだったのだろう。
 しかし英荘の住人観察をしている間にその時間はなくなったため、その機会は逸してしまった。
 なら何時がいいか?

リア(う〜ん・・・。やっぱり言うならみんながそろってる夕食時かな。
   でも、それだと夕方までずっとこの状態が続くって事だよな。
   そんなのアタイ耐えられるかなぁ〜・・・)

 リアは胸の中で膨らんでゆく不安を抱えながら、自分の少し前を歩いている双子の姉妹の背中を見つめた。

リア(そうだ。とりあえずベルだけには言っておこうかな)

 リアはそう決意して口を開こうとしたが、

リア(でも・・・信じてもらえるかな?それに、そもそもどう言って説明すればいいんだ?)

 そう思って再び口を閉じた。
 そして少し考えてみる。

リア(・・・実はさー。朝起きたら身体が大きくなってて。
   どうやら精神だけが3年後にタイムスリップしたみたいなんだよ・・・。って、ダメだ・・・)

 自分でもあまりに嘘臭く感じてリアは鬱になった。
 そもそも自分でも未だに信じられないような出来事なのである。
 正直、ベルに話したとしても信じてもらえる自信がリアにはなかった。

リア(あーーーっもぅ!!どう言ったら分かり易くて真実味があるように聞こえるんだろう!?)

 リアは心の中で頭をかきむしって苦悩した。

ベル「リア・・・。ちょっと、リア!どこ行くの、リアっ!?」

 そんな苦悩の坩堝の中に居たリアの耳にベルの声が飛び込んでくる。

リア「えっ?」

 気がつくとリアは既に学校の校庭まで来ていた。
 どうやら思い悩んでいる間にも足は勝手に動いていて学校に到着していたようである。
 そして少し離れた所に立っているベルが自分の事を不思議そうな顔で見ていた。

リア「どこって、その・・・教室」

 なんとなく気恥ずかしくなったリアはそんな事を言って誤魔化した。

ベル「教室って・・・。そっちは中等部の校舎よ。いったいどこの教室に行くつもりなのよ」

リア「えっ?」

 そう言われてリアは改めて辺りを見渡した。
 確かに自分の足は中等部の校舎の方を向いており、隣にはミリが不思議そうな顔をして立っている。

ミリ「リア姉ちゃん。ひょっとしてアタシと一緒に中等部の授業を受けたいの?」

リア(・・・・・・ああっ!そっか)

 そこでようやくリアは自分が今までの習慣で中等部の校舎に向かっている事に気づいた。
 それと同時にリアは今自分が17歳の高校生なのだという事を思い出す。

リア「あはは・・・。ごめんごめん」

 リアは苦笑いを浮かべながら慌ててベルの元へと駆け寄ってゆく。

ベル「今日はどうしたの、リア?さっきも歩きながらずっとぼーっとしてたし。どこか具合でも悪いの?」

リア「・・・・・・ううん、全然。身体はどこも悪くないよ。(身体はね・・・)」

ベル「そう。じゃあ、何か悩み事でもあるの?」

リア「えっ?」

 ベルにそう聞かれて、リアは言葉を詰まらせた。

ベル「あるのね」

 そんなリアの様子から確信めいた物を感じたベルがさらに追求してくる。

リア「・・・うん」

 リアは素直に頷いた。

リア(ベルったら鋭い。さすがはアタイの双子の姉妹。
   よしっ!こうなったら思い切ってベルに本当のこと話して相談に乗ってもらおう)

 リアがそう思って口を開こうとしたその時

ベル「貴也さんの事ね」

 ベルの口の方から先に予想外の言葉が出てきた。

リア「へっ」

 それがあまりにリアの想定外な言葉だったため、リアの口からは間抜けな吐息がこぼれる。

ベル「貴也さんのこと想ってうわの空だったんでしょ」

リア「ちちちちち違う!!あ、ア、アタイっ!そ、そそそそそんなこと考えてないっ!!」

 妙に確信めいたベルの言葉にリアは思いっきり声を裏返しながらどもってしまう。
 しかし、それが逆にベルの誤解を煽る結果となってしまった。

ベル「うふふっ。そんなに慌てなくったって放課後になれば会いにいけるわよ。
    さ、だから今は貴也さんの事は忘れて教室に行くわよ」

 ベルは妙な誤解をしたままリアの腕をとってずんずんと歩いてゆく。

リア「だからベル!!アタイそんなこと考えてないって。ちょっとベル。聞いてるか!?」

ベル「うんうん。聞いてる聞いてる」

リア「おい!ホントは聞いてないだろぉ〜!!」

 こうしてリアは結局ベルにも本当の事が言えなかった。

リア(まぁいいや。とりあえず今は様子を見ておこう。話すのはばれそうになった時でも遅くはないだろうし・・・)

 そして色々思い悩んでいた事も全て無駄になり、結局リアはそんな消極的な選択肢を選ぶしかなくなっていた。





カッ カッ カッ

 と、教師が黒板にチョークを走らせる音が教室に響き、教師の講義が後に続く。

リア(あ〜あ・・・。でも、どうしてこんな事になったんだろ・・・・・・・・・)

 しかし、それらの音はリアの耳には全く入っていなかった。
 さっきまではベルのせいでなんとなく有耶無耶になっていたが、
 こうして静かな教室で1人きりになると、色々な事が再び頭をよぎってきて不安になってくる。

リア(あーーーーーーーー!!!落ち込んでても仕方ない!!
   とりあえず、今分かってる事から整理していってみよう。
   まず・・・この世界はアタイのいた世界より3年後の世界だ。
   そして、今のアタイの肉体は元の世界のものじゃなくて、こっちの世界のものだ。
   なぜなら身体があちこちがおっきくなってるから。
   だからアタイは精神だけがこっちの世界のアタイの身体に入り込んでいる事になる。
   だから、たぶんこっちの世界のアタイの精神はアタイが元いた世界のアタイの身体に入り込んでいる
   ・・・と思う(だって確かめようがないから)。
   こうなった原因は不明。
   元に戻る方法も不明。
   これからどうしたらいいか・・・・・・・見当もつかない。
   ・・・・・・・・・・・・・・・って、これじゃあ何にも分かってないのと同じじゃないかぁ!!!)

がくっ

 リアは纏め上げた結論にますます絶望的な気分を濃くして机に突っ伏した。

リア(あ〜あ・・・。本当にこれからどうしたらいいんだろ・・・・・・・)

 リアは机に突っ伏したまま顔だけを窓の外に向ける。
 窓から見える空は雲一つない青空で、リアの心中とは裏腹に嫌味なぐらい澄み切った青空であった。

パタパタパタパタ

 そんな青空を2羽の鳥が横切ってゆく。

リア「はぁ・・・」

 そんな空を見ていると、なんだか色々な事が鬱になって、思わず溜息をつくリアだった。

先生「リアムローダ!!」

リア「えっ?」

 当然、先生から指摘を受け、リアはぱっと机から顔を上げる。

先生「今の説明ちゃんと聞いてたか?」

 もちろん、リアは何一つ授業を聞いてはいない。

先生「前に出て、この問題を解いてみろ!」

リア「・・・はい」

 仕方なくリアは席を立って、黒板の前まで進み出る。
 黒板には先生の意地悪で今教えているものより少しだけ難解な数式が書かれていた。

リア「・・・」

 リアは少しだけその数式を眺めるとチョークを手に取った。

カッ カッカッカッ

リア「できました」

 そして、ものの数秒でその数式を解いてしまう。
 たとえ精神は14歳だったとしても、天界の睡眠学習機で一般常識を全て習得しているリアだ。
 高校で教えている程度の数式などお茶の子さいさいなのである。

先生「むっ・・・・・・。せ、正解だ。・・・・・・も、戻ってよろしい」

 先生は悔しそうな顔で仕方なさそうな声を出した。

リア「はーい」

 リアはまったく興味のなさそうな声で答えて席に戻る。

女生徒A「リアちゃん、すごいね。あんなに難しい問題なのにあんなに早く解けるなんて」

 すると、隣の席の女の子が尊敬の眼差しでリアに話しかけてきた。

リア「あ、あはは。まぁ、アタイ、数学は得意だから」

 リアは名前すら知らないクラスメートに曖昧な笑顔を浮かべながら曖昧な答えを返した。

女生徒A「そーなんだ。じゃあ、今度分からない事があったら教えてね」

リア「うん。いいよ」

 リアは‘今度があるのかなぁ’と疑問を浮かべながらも頷く。

女生徒A「ありがと」

 女生徒はうれしそうに笑うと黒板の方に目を戻した。
 それからリアはまたぼーっと空を眺め始める。
 先生はそんなリアの様子に気づいてはいたが、もう無視する事に決めたらしく何も言わなかった。
 そんな風に空を眺めていると、リアの脳裏には今朝から今までの事がよぎり始めた。

リア(そういえば、貴也。ずいぶん大人っぽくなってたなぁ〜。
   3年経つとあんな風になるんだ・・・。
   こっちの世界の大人な雰囲気の貴也もけっこう・・・その・・・いい感じ・・・・・・・かも・・・。
   でも、これでますます年が離れちゃったなぁ。
   いや。でもアタイの身体も大きくなってるんだから年の差は変わってないか。
   ・・・・・って、アタイはいったい何考えてんだよ。今は貴也の事は関係ないだろ!!)

 リアは少し顔を赤らめながら頭を振って貴也の事を頭から追い出した。
 そうして頭を切り替えて、視線を黒板の方に戻したのだが、

リア(そういえば、こっちのアタイと貴也ってどうなんだろう?)

 しばらくすると、また再び貴也の事が脳裏をよぎり始めた。

リア(そういえば今朝ベルが言ってたよな。こっちのアタイは自分の事をアタイって言ってないって。
   と、いう事は・・・・・・もしかして・・・こっちのアタイは貴也と・・・その・・・既に・・・そういう関係・・・なのか!?)

 そう思い至るとリアの顔が瞬時に赤く染まった。

リア(そ、そ、そ、そうなのか!?そ、そ、そうだよな。さ、3年も経ってるんだもんな。
   そ、そういう事になってても、お、お、お、おかしくはないよな!うん。そうだよ!おかしくない。うん!
   でも、ホントに、そうなのか?やっぱり、早合点するのは危険だよな。うん。 
   そうだ。今は仮に。うん、そう。仮にそうしておこう。
   で、仮にそうだとして・・・・・・。いったい・・・どこまでの関係なんだろう?
   もしかして、まさか!もう、最後まで!!)

 そう考えた瞬間、リアは頭からピーーっと湯気が出そうなほど真っ赤に茹で上がった。

リア(ええええぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
   いやっ!まさか!!そんな!!それはダメ!!!早い!!早すぎるよ!!!
   アタイ!まだ学生だもん!!ダメダメ!!ダメだよ、そんなの!!)

 リアは脳裏に浮かんでくる妄想に頬を両手で押さえながら身悶えた。

リア(そうだ!アタイまだ学生だ!!
   いくら2人がそういう関係だったとしても貴也が学生のアタイにそんな事するわけないよな・・・。
   うん、そうだ!!そうに決まってるっ!!)

 無理矢理そう決め付ける事でリアはどうにか少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来た。

リア(でも・・・そこまではしてなかったとしても・・・その〜・・・キ、キ、キス・・・ぐらいはしてる・・・かも。
   そ、そ、そ、そうだよな。ふ、普通はしてるよな。それぐらい・・・。
   じゃ、じゃあ。もし、貴也が、その・・・アタイに、キ、キスを迫ってきたとしたら・・・)

 その瞬間がリアの脳裏で映像化され、再びリアの顔が湯気を出しそうなくらい火照りあがった。

リア(えええぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!
   無理!!そんなの無理ぃーーーーーーーーー!!!!
   だってアタイそんな!!できないよ!!!
   こっちのアタイはもう何度もしてるかもしれないけど、アタイはまだ経験ないし!!心の準備もまだだし!!
   手順だって分かんないから狙いが反れて鼻とか顎とかほっぺとか別のところにしちゃうかもしんないしっ!!
   そんな!!そんなっ!!!どうしよぉーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 次々と浮かんでくる妄想でまったく周りの見えていないリアは恥ずかしそうにくねくねと身もだえ始めた。
 そんなリアにクラスメートたちは奇異な視線を送りながら、こそこそと何かを話し合い、
 先生はそんなリアの奇行を知りながらも、さっきの事もあって見て見ぬフリをするのであった。





 その後、どうにか落ち着きを取り戻したリアは無難に授業をこなし、お昼休みなった。

ベル「リア、お弁当食べましょ」

 そしてベルがフォルお手製のお弁当を持ってリアの席までやってくる。

リア「うん」

 ベルはリアの前の席を借りるとリアの席と合わせて座る。
 リアも同じくフォルお手製のお弁当をカバンから取り出した。

ベル「いただきます」
リア「いただきます」

 そして2人でお弁当を開いて食べ始める。
 味はやっぱり今まで食べていたお弁当と変わりなくおいしい。
 
リア(アネキの料理の腕前って3年経っても全然変わんないんだなぁ・・・)

 食べながらふとそんな事を思った。
 そして他愛のない事を話してくるベルに適当な言葉を返しながら食事をする。
 今、この瞬間だけを切り取ってみると、リアは今までと変わりない日常をおくっている様な気になる。
 しかし、ベルの長い髪が目に付くと、やはりここは未来の世界なのだと認識させられた。

リア「はぁ〜・・・」

 だからつい溜息が漏れてしまった。

ベル「今日のリアってなんだかメランコリックでアンニョイな感じよねぇ〜・・・」

 そんなリアを見て、ベルは心配そうな顔をしながらもからかうような口調で言う。

リア「・・・なんだよそれ?」

 リアは苦笑を浮かべると呆れたように言う。

ベル「ううん。ただ、元気がないなぁって・・・」

リア「うん。まぁ、元気がないのは確かかも・・・」

ベル「でも、放課後になれば元気になるわよね」

リア「なんで?」

 ベルは笑顔をそう言ってきたが、リアにはその理由がさっぱり分からなかった。

ベル「だって、今日も行くんでしょ」

リア「行くって、どこに?」

ベル「えっ。どこって、工事現場に決まってるでしょ」

リア「はぁ?なんでアタイが工事現場なんかに行って元気になるんだよ?」

 リアにはベルが何を言っているのかさっぱり分からなかったが、
 ベルも同じようにリアが何を言っているのかさっぱり分からないような顔をしていた。

ベル「もーー、なにとぼけてるのよ。何時も貴也さんを迎えに行ってるじゃない・・・。
    あっ、そうか。うふふっ、な〜んだ、そういう事ね」

 ベルは不意に笑い出すと自分だけが納得したように頷く。
 そんなベルをリアは気持ち悪そうに見る。

リア「なんだよ、いきなり笑い出して。変だぞベル」

ベル「だって分かっちゃったんだもん。今朝からリアがアタシに対して素っ気ない理由が」

リア「えっ?」

 確かにリアは今日に対して少し距離を置いた接し方をしていた。
 そんなリアの態度と普段とは違う口調がベルにリアを素っ気なく見せていた。
 
リア(分かったって。もしかしてベルの奴、アタイの正体に気づいたのか?
   でも、いったいどうして?やっぱり双子の姉妹だからか?
   うぅ・・・。やっぱり持つべき者は言葉にしなくても分かり合える双子の姉妹だな・・・)

 リアはベルと心が通い合えた事に感動し、胸がジーンと熱くなった。
 が、

ベル「リア。アナタ、放課後1人で帰るふりして、実はこっそり1人で貴也さんに会いにいくつもりだったでしょ」

 ベルが自信満々な顔でズバッっとまったく的外れな事を言ったくれた。

リア「へっ・・・」

 そして感動で熱くなっていたリアの心は瞬く間に急転直下で氷点下にまで下がった。

ベル「だからアタシに冷たく接して1人で帰れるように仕組んでいたのね」

 違います。.

ベル「もー、わざわざそんな事しなくたって、アタシはそんな野暮な事しないわよ。
    だから今日は1人で貴也さんのお迎えに行ってらっしゃい。
    もう、アタシの事はぜ〜んぜん気にしなくていいから。ねっ!」

リア「いや、ベル・・・。それ、全然違うから・・・。その・・・変な気、つかわなくていいから・・・」

 妙にうれしそうに言うベルに対してリアは妙に疲れきった顔と口調で言葉を返した。





 それから瞬く間に時が経って放課後。
 リアとベルは貴也を迎えに貴也のアルバイト先のビルの建設現場へと来ていた。
 最初、ベルはリア一人に行かせるつもりだったのだが、

リア「頼むから一緒についてきてぇ〜・・・」

 と、リアに泣きつかれたのでベルも一緒に来ている。
 そんなリアの態度を見てベルは

ベル(もーー、何時まで経っても意気地がないんだから・・・)

 と呆れたのだが、リアの思いはまったく違っていた。
 リアとしては1人では場所が分からないし、
 貴也と自分の関係がまだハッキリとしていない今の状態で貴也と2人っきりにはなりたくなかったからである。
 だったらベルに自分と貴也の関係を確かめればいいだけなのはリアも分かってはいた。
 しかし、もし既に恋人同士だったとしたら、どんな風に貴也と接したらいいのかリアには分からなかったし、
 だからと言って、まだ恋人にはなっていないと聞かされて、ガックリと気落ちする自分など見たくもなかった。
 結局はどちらの答えだろうとも怖くて聞けなかったのである。

リア(へ〜・・・。未来の貴也はこんな建設現場でアルバイトしてるんだ・・・。
   ちょっとアタイの知ってる貴也とはイメージ違うなぁ・・・)

 リアは甲高い工事の音が響いてくる現場を見ながらそんな事を思った。

現場監督「おっ!リアちゃんとベルちゃんじゃないか。
       今日も英とラオールの奴を迎えに来たのか?」

 すると、不意に現場にいた一人の男がリアたちに話しかけてくる。

リア(誰?)

ベル「はい、監督さん。2人はまだお仕事中ですか?」

 リアにはこの男が誰だかまったく分からなかったが、
 ベルは気さくに話をしているので、ここはベルに任せる事にした。

現場監督「ん〜、実はな。英の奴はもう終わってるんだが、
       ラオールの奴は別の現場に行ってもらっててな。
       だからここにはいねぇんだ」

ベル「えっ、何処に行ってるんですか?」

現場監督「ちょうど、ここから駅を挟んで反対側にある現場だよ。今日は向こうの人手が足りなくてな・・・」

ベル「そうですか。じゃあリア。アタシそっちにラオールさんを迎えに行くから、リアは先に貴也さんと帰ってて」

リア「ええぇ〜〜〜!!!待ってよベル。アタイ、そんな、困るよぉ!!」

ベル「じゃあねぇ〜」

 リアは慌ててベルを引きとめようとしたが、ベルはニヤニヤと笑いながら手を振って駆けて行った。

リア「あぁ・・・」

 そしてリアは呆然と駆けて行くベルの背中を見送った。
 こうしてリアは完全に孤立無援となったのである。
 そんなリアの耳に

現場監督「うぉーーーーーーーーーい、英ーーーーーーーー!!!
       可愛い彼女が迎えにきてくれてるぞーーーーーーー!!!
     早くこっち来ーーーーーーーーーーーい!!!


 現場監督の怒鳴り声が飛び込んでくる。

リア(えっ!?今、アタイのこと彼女って言った?。
   えっ!えっ?
   それってやっぱり、そ、そういう意味の彼女、なのかな?
   えっ!そうなの?やっぱりそうなのぉ!!?)

 そして現場監督の声を聞いた貴也は現場から走って来て、

貴也「あっ、マリア。来てくれたんだ」

 リアの事を見て‘マリア’と呼んだ。

リア(えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
   ま、マ、マっ、マ リアぁ〜〜!!!??
   い、い、い、今、貴也。あ、ア、アタイのこと、その・・・、ま、マ、『マリア』って呼んだ!?
   えっ、なに?それって、や、やっぱり、そ、そ、そ、そそそそそそういうこ、こ、こと?)

貴也「ん?どうしたのマリア。なんだか表情が妙に引きつってるみたいなんだけど」

リア(うわぁ!!や、やっぱりマリアって呼んでるぅ!!
   聞き間違いや空耳じゃない。
   うわわっ!!!
   どどどどどどどどどどどどどどどどどうしようっ!!!)

貴也「それになんだか顔も赤いみたいだし・・・」

リア(うわっ!!貴也が近づいてくるぅぅ!!
   うわっ!うわっ!どうしようどうしよう?
   に、に、逃げなきゃ!
   って、逃げてどうすんだよぉ!!
   わぁーーーーーーー!!もぉーーーーー!!
   頭ん中ぐちゃぐちゃで訳分かんないぃぃぃぃーーーーーーーー!!!)

貴也「ちょっとごめんね」

 貴也はリアの元まで来るとリアの額に手を伸ばした。

リア(えっ、えっ!えっ!?な、なに?貴也。い、い、いったい何する気!?)

 貴也はリアの額の髪を除けると、ゆっくり顔をリアに近づけてゆく。

リア(ひえぇ〜〜〜!!!貴也の顔がどんどん近づいてくるっ!!わっ、うわっ、うわぁ〜!!
   も、もももももももしかして貴也ってば、キ、キ、キ、キスするつもりなんじゃ・・・・・。
   うわっ!!うわぁっ!!うわわぁ〜〜!!!
   ダ、ダメだよ!そんな!!こんな他の人がいるようなそんな、こんな場所じゃ、その見られちゃうし。
   アタイまだそんな心の準備もできてないしアタイにはまだそんなの早いって言うかそのあのその・・・。
   って、そんなこと考えてる間に、うわぁ!!もう目の前に貴也の顔がぁ!!!
   ちょっと!ダメ、ストップ!!待って、いやそんな。ダメ、ダメダメダメぇぇーーーー!!!!)

 と、リアは心の中ではダメと叫びつつも、身体を固く硬直させ、目をキュッと閉じ、心持ち顎を上に上げる。
 そして破裂しそうなほど心臓をバクバクさせながら来るべき衝撃に備えた。

コツン

 しかし、リアが思い描いていたような感触はリアの唇には一切感じられず、
 代わりに額に何か固くて暖かいものが押し付けられる。

リア(えっ・・・?なに?なにがどうなったの?)

 不思議に思ったリアは薄っすらと目を開けてみる。
 すると、そこにはドアップで映る貴也の顔があった。

リア(うわぁ!!!

 と、リアが驚いている間に貴也の顔はすっと離れていった。

貴也「やっぱりちょっと熱いね。もしかしたら風邪とかひいたのかもしれない」

リア「えっ・・・」

 リアはしばらく呆然と貴也の言葉を聞いていたが、不意に天啓のように理解した。

リア(なんだ・・・。貴也はアタイの熱を測ってただけか・・・)

 そう、貴也は額と額を合わせてリアの熱を測っていただけなのである。

リア(あは、あはは・・・。な〜んだ、そうかぁ〜。そうだよなぁ〜。
   あの貴也が人前でいきなりキスするはずないよなぁ〜・・・。
   なのにアタイったら・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿だアタイ・・・・)

 1人で誤解して焦って慌てていた自分が馬鹿みたいに思えて、リアは心の中で思いっきり脱力した。
 そして無茶苦茶恥かしくなった。自己嫌悪にさえ陥った。できる事なら今すぐ消えてなくなりたかった。

現場監督「そうなのか?じゃあ早く帰った方がいいな。
       英。リアちゃんの事しっかり頼むぞ」

貴也「はい」

現場監督「じゃ、リアちゃん。酷くなる前に帰るんだぜ。お大事にな」

リア「え、あっ・・・うん」

 茫然自失状態だったリアは現場監督に声をかけられることで我に返り、ほとんど反射的返事をした。

現場監督「じゃあな」

 現場監督はそう言い残すと現場へと戻って行った。

貴也「じゃあ、リア。監督の言うとおり早く帰ろう」

リア「う・・・うん」

 貴也はそう言うとリアを伴って帰りの帰路についた。





 英荘への帰り道。
 リアは普段よりも少し貴也に近い位置で横に並んで歩いていた。
 リアとしては一応、恋人同士の距離で歩いているつもりなのだが、
 リアがガッチガチに緊張しまくっているため妙にぎこちなく見える。
 
リア(うぅ〜・・・。なんか違うよなぁ〜・・・。
   やっぱりこういう時、恋人同士なら手を握ったり腕を組んだりするんだろうけど・・・)

 そう思って手を伸ばしてみるのだが、恥ずかしさが先立って手を握るまでの事がどうしてもできない。
 そのためリアは手を貴也とリアの間の空間を伸ばしたり引っ込めたりとくねくね動かしていた。
 すると、偶然にもその手が貴也の手にちょんと当たる。

リア「うひゃあぁ!!」

 びっくりしたリアは思わず奇声をあげて、真っ赤になりながら手を引っ込めた。

貴也「わっ!なにっ?どうしたのリア?」

 そしてリアの声に驚いた貴也はきょろきょろと辺りを見回す。
 周りでは道行く人々がリアの奇声と高やの驚愕の声に何事かとざわめいていた。

リア「な、なんでもないの!ゴメン。変な声出しちゃって・・・」

 リアは慌てて手を振りながら貴也に謝った。

リア(うわぁ〜、もーーー、何やってんだよ、アタイは〜!!)

 心の中では自己嫌悪に陥りながら。

貴也「本当に大丈夫なのかい。もし身体が辛いんだったら何処かで休んでいこうか?」

リア「ううん。本当に平気だから」

 貴也が心配そうな顔をしてそう言ってくれたが、リアは断った。
 本当に身体は辛いわけではないし、 
 それよりもこうして貴也に気を遣われる方がリアにはよっぽど辛かったから。

貴也「そうかい・・・」

 しかし、リアの返事を聞いても貴也の表情は心配そうに曇ったままだった。
 それはリアの態度や雰囲気に普段のリアとは違う違和感を貴也が感じているせいだった。
 ただ、その違和感の正体を貴也はリアの体調不良のせいだと勘違いしていた。
 だから、貴也の目には今のリアは自分に心配をかけさせない様に無理をしているように映っていた。

貴也「・・・」

 貴也は少しの間思考を巡らすと視線を左右に走らせる。
 そして一軒のお店に目を止めて口元をほころばせた。

貴也「ねぇ、リア。クレープ食べない?」

 貴也はリアに向かって微笑むと急にそんな事を言い出した。

リア「えっ?」

貴也「急に食べたくなったんだけど、一緒に食べてくれないかな」

 嘘だ、とリアは直感的に思った。
 貴也は滅多な事では嘘をつかない。
 嘘をついたとしても、すぐ表情や口調で出てばれてしまう。
 はっきり言って貴也は嘘をつくのが下手である。
 だから‘急に食べたくなった’というのも嘘だとリアにはすぐに分かった。
 きっとクレープを食べている間だけでもリアを休ませようと思っての方便なのだろう。

リア「うん、いいよ」

 リアはそんな貴也の気持ちを酌み、笑顔で快諾した。

貴也「ありがとう、じゃあ行こう」

 貴也は本当にうれしそうな顔をすると、リアをクレープ屋の方へと促す。
 リアは素直に貴也の後をついて行った。

リア(やっぱり、貴也って優しいな・・・)

 3年経ってても変わらない貴也の優さがうれしくて、リアの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


 
貴也「じゃ、リアはここで待ってて」

 貴也はリアをお店の前のテラス席に座らせると自分は店内へと入ってゆく。
 リアは貴也が戻ってくるのを待つ間、頬杖をついてずっと店内の貴也の様子を見ていた。
 すると、貴也は自分の注文の番がきたところで急に慌てだした。

リア(もしかして、何を注文するか迷ってるのかな)

 リアは貴也に何を食べたいか言ってなかった事を思い出してそう思った。
 そのまま見ていると、少し慌てていた貴也はすぐに何かを選んだらしく、店員さんに注文していた。

リア(さーて、何を買ってくるのかな)

 リアを貴也のセンスにちょっと期待しながら貴也が戻ってくるのを待った。

貴也「お待たせ、リア。
    実はリアが何を食べたいか聞き忘れてたから適当に選んじゃったんだけど・・・いいかな?」

 やっぱり、と思ってリアは心の中で小さく笑う。

リア「うん、いいよ。それで、何を買ってきたの?」

貴也「チョコバナナとイチゴフレッシュだけど、リアはどっちがいい?」

 貴也はほっとした表情をしながら手の中の2つのクレープをリアに見せる。

リア「チョコバナナ」

貴也「はい」

リア「ありがと」

 リアは貴也からクレープを受け取るとさっそくパクリと噛り付いた。

リア「う〜ん・・・おいしっ!」

 貴也は本当においしそうに食べるリアの笑顔を見て頬を緩ませながらリアの前の席に座る。
 そして自分もクレープを食べ始める。

貴也「うん、ホントだ。おいしい」

リア「でしょ。アタイ、時々学校帰りにベルと一緒にここでクレープ食べるよ」

 このお店はリアが元いた世界でもあるため、こういう会話もできた。

貴也「そうなんだ。じゃあ、どれが一番おすすめ?」

リア「そうだなぁ〜・・・。アタイはやっぱりチョコバナナが一番好きかな」

貴也「へ〜、じゃあオレが選んだのでちょうど良かったんだ」

リア「うん。貴也いいセンスしてるよ」

 物を食べて落ち着いたせいか、それとも貴也のかもし出す自然なやさしさのせいか、
 ともかくリアはいつの間にか自然な感じで貴也と会話できるようになっていた。

リア(あっ)

 そんなリアの瞳にある1つのものが映る。
 それは、貴也の唇の端についたクリームであった。

リア(もー。貴也ってば、クリームくっつけてるよ。だらしないなぁ〜)

 リアはそれを指摘してあげようと口を開きかけ、

リア(あっ、でも、こういうとき恋人なら指で拭ってあげるべきなのかな)

 そう思い至って口をつむぐ。

リア(それで、やっぱり拭ったクリームは自分の口にパクリと・・・。
    って、うわぁ〜〜〜!!、はっ、恥っずかしぃぃーーーーーーー!!!)

 リアは自分がそれをしている姿を想像して無茶苦茶恥ずかしくなった。

リア(で、でも、アタイたちは今、こ、恋人同士なんだし・・・。や、やっぱりしないとダメだよな・・・。よしっ!!)

 それでもリアは無理矢理羞恥心を押さえ込むと気合を入れて覚悟を決めた。

リア「た、貴也ぁ!」

 けれど、リアの口から出た言葉は緊張でかなり上ずっていた。

貴也「なに?」

リア「あの・・・その・・・、く、く、口」

 さっきまで自然な会話をしていたのが嘘のようにしどろもどろになる。
 それに指を伸ばそうと思うのだが、緊張で身体が強張っていてなかなか伸ばせない。

貴也「えっ、口?あっ、もしかして何かついてる?」

 そうしてリアが戸惑っている間に貴也は自分の指で口元を拭ってしまう。

リア「あっ」

貴也「あっ、クリームが付いてたんだ。うわぁ〜、恥ずかしいなぁ〜・・・」

 貴也は言葉通り恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

リア(あ〜あ・・・)

 一方リアは自分がグズグズしていたせいで目的を果たせずガックリと落ち込んだ。
 でも、ホントは恥ずかしい事をしないで済んで、ちょっとだけほっとしてもいた。
 乙女心は複雑である。





 そしてクレープを食べ終えた2人は再び英荘への帰路についたのだが、

貴也「・・・」

リア「・・・」

 再び緊張で固くなったリアと貴也はあまり会話が弾まず、少し前からずっと無言で歩き続けていた。

リア(う〜〜話題、話題〜・・・。何か話題を〜・・・・・・)

 その間リアはずっとそんな事を考えているのだが、焦れば焦るほど頭は空回ってゆく。

リア(う〜〜〜〜〜〜〜〜〜。あっ、そうだ!!)

 それでもどうにか頭の中から一つの話題を搾り出した。
 それは、朝少し気になった事。
 馨子の事であった。
 けれど、馨子の話題は下手をするとリアの正体がばれるような流れになる可能性がある。

リア「なぁ、貴也。馨子ちゃんって今どうしてるんだっけ?」

 リアはそうならないよう、あえて遠回りな言葉を選んで馨子の事を貴也に尋ねてみた。

貴也「えっ?馨子ちゃん・・・・・・って誰?」

 すると、リアにとってまったく予想外の答えが返ってきて逆にリアを驚かせた。

リア「えっ?誰って・・・。馨子ちゃんだよ。いつも髪をポニーテールにしてて、
   アタイたちが英荘に来たすぐ後に英荘に来た女の子」

貴也「えっ?ん〜・・・・・・・・。ゴメン、オレには誰の事なのかさっぱり分からないよ」

リア「えっ?」

貴也「それに、リアたちの後にポニーテールの女の子なんて英荘には来てないよ」

リア(嘘・・・)

 リアには貴也が言ってる事が信じられなかった。
 だけど、貴也が嘘を言っているようには見えない。
 貴也は本当に馨子の事を知らないようだ。

リア(馨子ちゃんの事を知らない・・・って、どういうこと?
   ・・・・・・・・・はっ!!
   ひょっとしたら、ここは3年後の世界じゃないのか・・・?)

 リアは馨子の事から新たな可能性を思いついた。
 そして、その仮説を確かめるため、少し緊張しながら静かに口を開く。

リア「ねぇ、貴也。変な質問していいかな?」

貴也「えっ、変な質問?」

リア「うん」

貴也「いいけど、なに?」

リア「・・・アタイたちが英荘に来たのって3年前だよね」

貴也「えっ。ううん、違うよ。確か・・・リアたちが来てまだ半年ぐらいしか経ってないんじゃないかな」

クラッ

 リアは今度こそ本当に眩暈で倒れるかと思った。
 今回も予想通りの答えが返ってきてしまい、またしても証明したくもない仮説が証明されてしまった。

リア(・・・間違いない。ここは3年後の世界なんかじゃなくって、きっとパラレルワールドだ・・・。
   なんてこったぁ〜・・・。これじゃあタイムスリップより更にたちが悪いよ・・・)

 なんだか絶望感で目の前が真っ暗になるリアだった。
 
貴也「ど、どうしたのリア?な、なんだか全身から絶望感が漂ってるけど・・・」

リア「・・・・・・」

 貴也が心配そうに尋ねてくるがリアは何も答える事ができない。
 茫然自失で完全にうわの空だ。

リア(・・・・・・ちょっと待てよ。という事は・・・もしかしてアタイと貴也はまだ・・・)

 茫然自失から回復したリアは真っ先にその最悪な事実を想像して青くなる。

リア「た、貴也・・・」

 リアはこれから聞く真実の事を思って、少し震えた声を出した。

リア「貴也って、今・・・その・・・恋人っている?」

 本当は‘アタイたちって恋人同士だよね?’と質問したかったけれど、
 それを口にするのは余りにも恥ずかしかったので、こんな遠回しな質問になってしまった。

貴也「えっ!?」

 貴也はリアからの意外な質問に驚いた声を上げる。
 そしてすぐに照れくさそうな、それでいてどこか寂しそうな顔をすると、

貴也「ううん。残念ながら、恋人と呼べるような人とは未だに巡り合えていないよ」

 ちょっと自嘲気味な口調でそう言った。
 それが決定打だった。

リア(・・・は、ははっ。や、やっぱりな・・・。
   こっちのアタイもまだ貴也とは恋人同士にはなってなかったんだ。
   なのに、アタイったら・・・アタイったら・・・。あんな・・・あんな・・・)

 リアの脳裏に今日一日貴也に対して思ったことやした事、
 (授業中の妄想、キスシーンのような額合わせ、クリームを拭ってパクッ、等々)
 が走馬灯のように駆け巡ってゆく。

リア(あんな事やこんな事を貴也 にぃぃーーー!!!
 
 リアは恥ずかしさのあまり心の中で絶叫をあげた。

リア「うわあぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!」

 それは心の中だけには留まらず、口にも出してしまっていた。
 
貴也「リア!?」

 貴也はいきなり大声を上げたリアに驚いて目を丸くする。

リア「うわあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーん!!!」

 そして羞恥心が限界を超えたリアは思わずその場から走り去っていた。

貴也「リア!どうしたのリア!?待ってよ!何処に行くんだよリアーー!!」

 リアの背中に貴也の制止の声が飛んだがリアに耳には届かなかった。
 そしてリアの姿は瞬く間に小さくなり、貴也に視界から消えたのだった。




ドンドンドン

 英荘のリアの部屋のドアが叩かれる。

ベル「ねぇー、リア〜。何やってるのー。もう晩御飯よー」

 ベルがドア越しに声をかけるが返事はない。
 しかし、中にリアがいるのは確かなはずだった。
 なぜなら、リアは英荘に帰ってくるなり、一直線に自分の部屋に飛び込み、
 それ以来ずっと部屋に閉じこもりっきりになっているからだ。
 なぜリアはそんな事をしているのか?
 その理由を知るためにリアの後に帰ってきた貴也に事情を聞いても

貴也「帰り道にいきなり叫び声をあげて走り出したんだ。オレにも何がなんだか分からないよ」

 という程度の情報しか聞けず、リアの身に何が起きたのか、それは誰も分からなかったのである。

ベル「ふぅ・・・」

 ベルは溜息を一つつくと攻め方を変える事にした。

ベル「ねぇ、リア、今日の帰り道。貴也さんと何かあったの?」

ガサッ

 すると、部屋の中に微かな反応があった。

ベル「あったのね。何があったの?」

 ベルがそう尋ねると、

リア「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 何もない

 長い沈黙の後、小声で返事が返ってきた。

ベル「ないなら何で部屋に閉じこもってるのよ?」

リア「・・・本当だよ。本当に、何にもなかったんだ」

 リアのこの言葉は嘘ではない。
 リアはこの部屋に戻ってきて、冷静さを取り戻した頭で考えたら分かったのだ。
 今日、貴也と一緒にいた時、自分は変な事や恥ずかしい事は山ほど考えてはいたけれど、
 貴也に対して変な事は一切してはいなかったと。
 熱を測られたり、一緒にクレープを食べたり、おしゃべりしたり、
 と、本当に他愛のない事しかしていなかったと。
 それなのに、自分たちは恋人同士なのだと勝手に勘違いして舞い上がって、
 挙句の果てに、違うと分かるなり奇声をあげて部屋に逃げ帰ってきた。
 思い返しただけでも恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 そんな自分が恥ずかしくて、
 だから今は誰とも顔を合わせたくはなくて部屋に閉じこもっていたのである。

リア「ベル。アタイ、今日は晩御飯いらないよ。みんなにそう言っておいて」

ベル「いいの?」

リア「うん」

ベル「・・・・・・分かったわ」

 リアの耳に少し沈んだベルの声が聞こえ、ベルが部屋の前から立ち去ろうとする気配が伝わる。

リア「ベル!」

 リアはベルが部屋の前からいなくなる前に呼び止めた。

リア「心配してくれてありがとう。きっと明日になったら元気になってると思うからさ」

ベル「うん」

 リアがそう言うと、さっきよりも元気になっているベルの声が返ってくる。
 そして今度こそベルの気配が部屋の前から感じられなくなった。
 それを確認するとリアは窓へと近づき、カーテンと窓を開け放つ。
 すると、少し肌寒い秋の風がリアの肌を撫でてゆく。
 リアは少し身を震わせたが、そのまま窓から身を乗り出して空を見上げた。
 空には山奥の薄暗い英荘ならではの眩い星空が広がっている。
 その景色は元いた世界のものと寸分の違いもない。
 それでも、ここはリアにとってやはり異世界だ。

リア「ふぅ・・・」

 リアはそんな星空を見ながら溜息をつく。

リア(ねぇ、そっちの世界はどう?大変じゃなかった?)

 そしてその星空に向かって、どこに居るのかも分からないこちらの自分に対して心の中で語りかけた。

リア(アタイはなんだか色々な事があって疲れちゃったよ・・・。
   そもそも、こっちのアタイがまだ貴也と結ばれてないくせ‘マリア’って呼ばせてるから悪いんだよ。
   あれがなけりゃあアタイだってあそこまで激しく勘違いしたりはしなかったんだよ・・・。
   でもまぁ・・・今思えば、貴也との恋人気分を疑似体験できたみたいで楽しくはあったかな・・・。
   でも、こんなのは1日だけで十分。
   毎日だと疲れちゃうよ。
   そう思わない。
   だからさ、そろそろ元に戻ろうよ。
   明日の朝起きたら元通りになっている、って、そういう事にしようよ。なっ!
   2人で同じ事を想えば、きっと願いは叶うよ・・・・そう思うだろ)

 リアはそこまで想ってから、もう一度星空を見上げた。

リア(アタイの想い、こっちのアタイまで届いたかな?)

 リアの問いかけに星空はチカチカと瞬くだけで、何も答えは返してくれない。

リア(ふぅ・・・。届くわけないか・・・)
 
 なんだか自分のした事が馬鹿らしくなってきたリアは窓を閉めようとした。
 その時、不意に一筋の光が星空を横切った。

リア「あっ!」

 流れ星だ。

リア(届いた・・・のかな?)

 本当に届いたのかどうかは分からなかったけれど、リアは届いたと信じる事にした。
 リアは窓から身体を引っ込めると窓を閉め、カーテンを引いた。
 すると、

ぐー・・・

 と、リアのお腹から元気な虫の鳴き声が響く。

リア「うわっ・・・」

 リアは恥ずかしそうに顔を赤らめるとお腹を押さえた。
 どうやら、悩み事に一応の決着がついたせいで、身体が正常に機能し始めたらしい。

リア(でも、ベルにはもう晩御飯はいらないって言っちゃったしなぁ〜・・・)

 そう言ってしまった以上、今更のこのこと食堂に顔を出すのは恥ずかしい。
 それに、今はまだ貴也と顔を合わせるのは照れくさい。

リア(う〜ん・・・。いいや、今日はもう寝ちゃおう。幸い今日は疲れてるからすぐに眠れるだろうし・・・)

 リアはそう決断すると、さっそくベッドに潜り込んだ。
 そして目を閉じて睡魔が訪れるのを静かに待つ。
 すると、やはり疲れていたのか思いの他早く睡魔がリアの元にやってきてくれた。

リア(そういえば・・・もし明日まだ元通りに戻ってなかったら。
   明日こそはみんなにアタイの正体明かさないといけないな・・・。
   その時、みんなどんな反応するだろ・・・。
   そうなると・・・。
   今日は今日で大変だったけど・・・。明日は明日で大変な1日になりそうだなぁ〜・・・。
   そんなの勘弁してほしいなぁ〜・・・。
   だから、どうか・・・明日の朝には・・・元に・・・戻って・・・ます・・・よう・・・に・・・・・・)

 リアはそこまで願うと睡魔に導かれるまま深い眠りの淵へと落ちていった。





ジリリリリリリリリリリリリリリリ

リア「う、う〜ん・・・」

 リアは目覚まし時計から鳴り響く騒音で夢の中から現実世界に意識を引き戻された。

パチ

 そして寝ぼけ眼で布団の中から手を伸ばし、目覚まし時計を止める。
 目覚まし時計を見ると。針は昨日寝る前にセットした時間を指している。

リア「ふぁ〜・・・」

 リアは一度大きくあくびをしてから布団から這い出した。
 それから簡単に身支度を整えてからパジャマを脱ぎ、学校の制服に着替える。
 そして着替え終わった姿を鏡で確認し、変なところがないかチェックする。

リア「よし!」

 今日も完璧。
 中等部の制服が自分によく似合っていた。
 そして部屋を出て行こうとして、

リア「・・・・・・あれ?」

 リアは不意に気づいた。
 今、自分は‘中等部’の制服を着ている事に。

バッ

 っと身を翻し、鏡の前に戻って自分の姿を仔細に観察してみる。
 そこには何時もの見慣れた‘中等部’の制服を着た‘14歳’の自分の姿が映し出されていた。

リア「・・・元に・・・戻ってる」

 その事実を認識した途端、リアの頬は自然と緩んでゆき、ついには満面の笑みになった。

リア「やったーーーーー!!戻った!!元に戻ってるーーーー!!!」

 そして諸手を上げ、歓声を上げながら喜こび回る。
 しかし、

リア「・・・あれ?でも、もしかしたらアレは全部夢だった、なんて事もある・・・のかな?」

 その事に思い至って、リアはアレが本当に現実の事だったのか、それとも夢だったのか、
 それが分からなくなり、急に不安になってきた。

リア「今日、何日だろう?」

 リアは今日の日付を誰かに確認するため、慌てて部屋を飛び出してゆくのだった。


<裏の巻につづく?>