プロローグ
西暦2150年、太陽系惑星国家を統轄する地球管理局と、そこからの独立を望んでいる火星との間で惑星間戦争が勃発した。
その結果、火星側の最終兵器による攻撃で、火星の基星である地球が崩壊するというかたちで戦争は終結する。
西暦は終末を迎え、新たな人類の歴史‘星刻歴’が始まり、そして数世紀が過ぎた。
混沌とした時代を迎えていた人類は、やがてひとりの指導者を見いだして、飽和した太陽系から銀河系へと進出を始めた。
数多ある太陽系の惑星を改造、移住して国家を建設。
やがて点在するそれらの太陽系国家を統制・管理する最高権力機関――〔中央管理局〕が発足。
これを中心として、さらに太陽系国家建設に拍車がかかり、銀河系連邦国家が設立するまでに至った。
その初代銀河系連邦国家元首には、中央管理局の局長であり、人類を最初に銀河系に導いた指導者、ネオミック・セイが就任する。
時に星刻歴0730年であった。
この物語の主人公であるアイネス・ヴァレドゥープはψ(プシイ)太陽系連邦の主星、〔ガールドリア〕の第一皇女として誕生する。
彼女はガンマ型改造惑星の風土に拒否反応を示す体質として誕生したために、人工環境衛星〔ミウィ〕への移住を余儀なくされていた。
それから10年の歳月が流れ、アイネスは国民の前にデビューする。
その美しい容姿から“生命ある宝石”と謳われて、愛されるようになった。
そして現在、アイネスは17歳。
ますます美しく、しなやかな娘に成長し、体質の改善も順調に進み、〔ミウィ〕からの外出も自在に行えるまでになっていた。
そんなある日のこと
アイネス「い〜までは そ〜でないように あの人の〜心変わりを〜どうして責められるの〜 クロス〜メリュジーヌ
いくら想いで繋いでも
とおく 離ればなれの星たち〜まるで あの人と私みたいね〜」
この日アイネスはお風呂につかりつつ気持ちよさそうに歌を歌っていた。
そこに突然、球とジエアが飛び込んできた。
球とはミウィを管理している性格コンピューターXLD2、通称「機械仕掛けさん」の移動端末で、その名のとおり球体をしている。
全256機あり、ミウィ全土を監視する目的で作られているため、ミウィ上に限っては自力で浮遊移動する能力がある。
ジエアはアイネスが誕生した時に隣(太陽系)国から贈られた一角狼で、アイネスにとっては兄弟の様な存在であり、親友でもある。
一角狼とは、希少種の異星生物であり、人語を理解し、いち早く主人の敵を察知する能力があるとされていた。
球「アイネス、ガールドリアの皇城からの緊急通信を受信しておるぞ!」
アイネス「緊急通信・・・?わかりました、ありがとう」
アイネスは突然お風呂場を開けられたことに目を丸くしながらもどうにか応えた。
球「さあ、斜天窓の間へ急ぎなさい!」
斜天窓とはアイネスとジエアが暮らしている居館のことである。
アイネス「・・・はい」
アイネスは返事をしてみんながお風呂から出て行くのを待った。
しかしみんな動く気配がない。
球「どうしたんじゃな・・・アイネス?」
アイネス「えぇ・・・」
それでもアイネスは辛抱して待ってみた。
球「早くしなさい、アイネス!」
ジエア「ガウゥ、ガウ、ガウゥゥゥ・・・!」
アイネス「・・・・・・」
しかしアイネスの忍耐もここまでだった。
アイネス「いいかげんに、出て行って・・・!」
石鹸、シャンプー、洗面器、風呂場にあるあらゆる物が球とジエアに向かって投げつけられた。
ゴン ガン ガラン ガシャン
球「おぉ!!」
ジエア「ギャン!!」
そして球とジエアをお風呂場から追い出したアイネスはようやく湯船から出る事ができた。
アイネス「ほんとにもう、エッチなんだからぁ・・・」
そして手早く身支度を整えて斜天窓の間へと向かった。
アイネス「もしもし、お待たせいたしました。ミウィのアイネスです」
斜天窓の間に到着したアイネスはモニターを立ち上げて、謝罪と挨拶をした。
ガールドリア「あぁ、アイネス・・・アイネス・ヴァレドゥープ。わたくしの‘生命ある宝石’。大変なことが起こってしまいました!」
しかしモニターに映ったのは、この惑星ガールドリアの皇后であり、アイネスの母でもあるガールドリア・ヴァレドゥープだった。
ψ太陽系第2惑星では、代々女皇、皇后の名前を国名と同じにするため、アイネスの母もガールドリアという名前なのである。
アイネス「どうなさったのですかお母様?なにがあったというんですか?」
アイネスはモニターに映ったガールドリアの慌てた姿に只ならぬモノを感じとった。
ガールドリア「このψ太陽系への帰国途中で、クリンドの消息が途絶えてしまったんです!」
アイネス「義兄様が・・・!?」
クリンドはψ太陽系の最内周惑星〔ロゴナ〕の前国王のもとから養嗣子としてやってきた、5つ違いのアイネスの義兄である。
アイネスとは幼いころは兄妹として育っており、そして15歳の時から〔中央〕に留学している。
本来はガールドリアの王位継承者であったのだが、アイネスのデビューの後、その地位をアイネスに譲っている。
‘世継ぎの証’でもあるバロッキーと共に。
当時のアイネスはバロッキーにそんな重大な意味があるとは知らなかった。
だから大好きな義兄様からのお祝いのプレゼントだと思ってよろこんで受け取ってしまったのだ。
そして今クリンドは間近に迫ったψ太陽系連邦の独立記念日の式典に出席するために帰国の徒に着いている途中だったはずだった。
ガールドリア「あぁ・・・アイネス。母は、いったいどうすれば良いのでしょうか!?」
アイネス「お母様、私はすぐに皇城へ向います。それまではどうか、お気をお鎮めになっていて下さいな」
ガールドリア「気をつけるのですよ、アイネス・・・。お前の身にまで何かが起こったりしたら、母はもう生きてはおれません」
アイネス「お母様、ミウィからでは気をつける前に、皇城へ着いてしまいますわ」
ミウィは惑星ガールドリアの人工環境衛星であるため皇城は目と鼻の先にあるも同然だった。
ガールドリア「とにかく、十分に気をつけて一刻も早く来ておくれ」
アイネス「はい」
アイネス(義兄様が・・・クリンド義兄様が、なぜ!?)
しかしアイネスがいくら考えたところでクリンドに何が起こったのかが分かるわけが無かった。
アイネス(とにかく、ガールドリアへ向かわなくては・・・)
アイネスはガールドリアに行くため、ジランドル−Tの置いてある格納庫へと向かった。
ジランドル−Tとは惑星ガールドリアとの往復と、大気圏内を航行するためのアイネス専用の航宙船である。
ジランドル−Tは対慣性機関と自由航法システムを追加装備することによりψ太陽系内を航行することが出来るジランドル−Uとなり、
さらにジランドル−Uに反重力機関とワープ航法システムを装備することによりψ太陽系外を航行することが出来るジランドル−Vとなる。
アイネスはジランドル−Tにジエアと共に乗り込み惑星ガールドリアの衛星軌道上からガールドリア皇城へ向けて機体を降下させた。
ジランドル−Tは惑星ガールドリアの大気を抜けた後、ガールドリア皇城の専用離着床に着陸した。
そしてアイネスとジエアがガールドリア皇城を訪れると、侍女のピアン・マティーニが出迎えてくれた。
ピアンはアイネスがガールドリア皇城滞在中に身の回りの世話をするアイネス専属の侍女である。
髪は金髪のショートカットで、瞳は大きく、顔は童顔でメイド服の似合う可愛い女の子だ。
ピアン「お久しぶりですアイネス様。国皇様と皇后様がお待ちになっておられますよ」
そしてアイネスとジエアはピアンに連れられて執務室を訪れた。
ケイゼル「おぉ、待ちかねておったぞ、アイネス!」
執務室では国皇ケイゼル・ヴァレドゥープと皇后ガールドリア・ヴァレドゥープが待っていた。
ケイゼル・ヴァレドゥープは惑星ガールドリアの国皇にして、ψ太陽系連邦最高議会議長で、アイネスの父でもある。
アイネス「お父様!義兄様が消息不明ってどういうことですか!?」
アイネスは開口1番でケイゼルに尋ねた。
ケイゼル「ワタシにもどういことなのか、さっぱり分からん!事故なのか事件なのかも不明なのだ。
分かっているのは、学友であるソールと共に中央を出発して・・・そして、消失してしまったということだけだ。
ただ気になることがソールの報告の中にあった。クリンドは今回の帰国前に、何かの開発を成功させていたらしいのだ。
詳しいことを知りたければ、ラングにいるソールを尋ねてみなさい。何か分かるかもしれない」
アイネス「分かりましたお父様。わたし、これからラングまで行ってソールさんから義兄様の事を聞いてきます」
ガールドリア「待ちなさいアイネス。本当にアナタはクリンドを捜すつもりなのですか?」
ガールドリアは今にも飛び出して行きそうなアイネスを呼び止めた。
アイネス「はい。そのつもりですけど・・・」
ガールドリア「そのことは他の者にまかせて・・・。アイネス、もうそろそろこの皇城に移り住んではどうですか?
あなたは、もうガンマ型改造惑星の大気にも拒絶反応が起こらないまでに、体質が改善されているのではありませんか?」
アイネス「はい、お母様・・・。ですがわたしはクリンド義兄様が心配でならないんです。ですからどうか行かせて下さいませんか?」
ガールドリア「そうですか・・・そこまでクリンドのことを・・・。
わたくしはクリンドとアイネスに、分け隔てなく愛情を注ぎ込もうと努力はしておりましたけれど・・・。
わたくしは、やはり実子のアイネスを愛しています。そのためクリンドには、辛い思いをさせたかも知れませんね・・・。
しかしクリンドが‘世継ぎの証’のバロッキーをアイネスに譲ったのは、あの子が自分の意思で‘世継ぎ’を辞退したからです。
あの子は、賢くて優しい子ですから・・・ですからあの子は、アイネスを気遣って、中央の修学を決めたのですよ。
‘世継ぎ’の問題で、アイネスに辛い思いをさせたくなかったから・・・。
そんなあの子を・・・わたくしは本当に愛しておりますのよ」
アイネス「お母様・・・」
ガールドリア「アナタは、ラングを知っていますか?大型外宇宙船港ガールドリアの各都市を結んでいる中継シャトル港があるところです。
そのシャトル港の近くにある市街地にソールが下宿しているアパートがあるはずです」
アイネス「ありがとう、お母様・・・。それではお父様、お母様、行ってきます」
ケイゼル「うむ、気をつけてな・・・。ジエア、アイネスのことを頼んだぞ」
ジエア「ガウッ」
ガールドリア「わたくしはアイネスの無事を、いつでもエヌベルユの巫女にお祈りしていますからね・・・」
アイネス「はい!」
こうしてアイネスのクリンド捜索の旅が始まったのだった。
ガールドリア「前国王は病で亡くなり、その弟王も戴冠式を前に不慮の事故で亡くなって・・・。
そして今度はクリンドの消息が途絶え・・・、あの星はきっと妖魔にでもとり憑かれているのです!」
アイネスの出ていった後の執務室でガールドリアが呟いた。
ケイゼル「滅多なことを言うもんじゃない!アイネスなら大丈夫だよ。きっと・・・」
ガールドリア「あぁ・・・エヌベルユの巫女よ・・・どうかアイネスをお守りください・・・」
<つづく>