ドラゴンアイズ ノベル
 

 第3話 : 思い出のムルク
 
 

 アイネスは永霧の都の周回軌道を離脱した後、ジランドル−Uをガールドリアへと向かわせた。
ケイゼルに先見師様から聞いたことを報告するためだ。
そしてその間の時間を使って先見師様から聞いたことを思い出していた。

アイネス(エテルナ「‘渡り星’と出会えば、あなたの友は殻を捨て去り、あなたの望みをかなえる手助けとなってくれるはずです」)

アイネス「先見師様がおっしゃった友っていうは、やっぱりアナタのことなのかしら。ねぇジエア」

ジエア「ガウッ」

 ジエアはアイネスの問いにうれしそうな一声で応えた。

アイネス(それともまだ見ぬ誰かなのかしら・・・。だとしたらどんな人だろう・・・)

 アイネスはジエアから視線を外し、シートに深く身を沈めた。
そして次にイエムとの会話を思い出していた。

アイネス(イエム「あたし、エテルナ様の侍女になる前は、ムルクにも行ったことがあるんですよ。
           あそこから眺める星空は、本当にステキで・・・。
           どうして、同じψ太陽系なのに、ムルクから眺める星空は格別なのでしょうね?」)

 アイネスも幼い頃に何度かムルクには行ったことがある。
そしてムルクに行くときはいつもクリンドと一緒だった。
そのためムルクはアイネスにとってクリンドとの思い出の地であった。

アイネス(義兄様・・・)

 そんなことを考えていると急に昔が懐かしくなってきてしまった。
そしてちょうど正面のスクリーンにその第3惑星ムルクが見えてきた。

アイネス「ねぇジエア、ちょっと寄り道して行きましょうか」

ジエア「ガウッ」

 ジエアは‘いいよ’と言うように一声吼えた。

アイネス「じゃあムルクに向かうわね」

 そしてアイネスはジランドル−Uの針路をムルクに向かわせた。
 
 
 
 

 ムルクに到着したアイネスはジランドル−Uをビエット草原に着陸させた。
ムルクはスタリィとキルティが資源星として凍結されたとき、そこに居住していた人々の移住を受け入れた星である。
しかしψ太陽系で最も自然環境が良い星であるため、観光地としての方が有名である。

アイネス「懐かしいわ・・・。あの頃とちっとも変わってない・・・」

 ジランドル−Uから降りたアイネスは辺りを見回してみた。
それは自分の中にあった思い出の風景と何一つ変わらぬ景色だった。

ジエア「グルルル・・・」

アイネス「ジエアもそう思う?」

ジエア「ガウッ」

アイネス「そう・・・。それに、ここは義兄様とよくきたものね・・・」

 そしてアイネスは懐かしい記憶は思い出していた。
 


 


 

アイネス《ほらぁ。義兄さま・・・‘クロス’と‘メーリュジーヌ’が出来ました!》

クリンド《クスクス・・・アイネスは‘十字架’と‘人魚’ばかりだね。
     ほら、ボクはアレとアレとアレをつないで、それをあっちとつないで、フォークが出来たよ》

 アイネスはここに来ると必ず、星と星をつないで星座を作って遊ぶ‘アステリズム’をしていた。
なのにアイネスはいつもいつも同じものばかりを作っていた。
アイネスがやると必ず‘十字架’か‘人魚’になるのだ。
そんなアイネスをクリンドはいつも笑って見ていた。
その笑顔がアイネスは大好きだった。
 


 

ジエア「クゥ・・・ン」

 アイネスはジエアの声で現実に引き戻された。

アイネス「・・ごめんね、ジエア。私、ちっとも泣き虫が直らないわね。んっ・・・もう平気よ」

 アイネスは知らない内に出ていた涙をぬぐってジエアに微笑みかける。

アイネス「そういえば、ムルクでは、こんなこともあったわ!
      人を襲わないはずのポトフルたちが、義兄様と私たちに襲い掛かってきて・・・、
      三眼猫を抱いた女性が現れて・・・私の命を狙って!」

女性「こんな風にでしょう。天使さん・・・」

 そこへ不意に後ろから声がかけられた。
驚いた二人が振り返って見ると、そこには三眼猫を抱いた女性がたくさんのポトフルを引き連れて立っていた。

 三眼猫は銀河系辺境の異星生物である。
誕生したばかりの仔猫から成猫になるまで期間が長く、約30年かかって、身長が4m前後の成猫となる。
その生涯に心を許す相手はひとりだけで、人間の主人を持った三眼猫は自らの配偶者すら得ようとはせず、
また人間の主人が配偶者を得ようとすると、その主人の相手を噛み殺すと言われていた。
そのため銀河連邦条約で個人で飼うことは禁止されている生物である。
ちなみにネルはまだ50cmくらいの仔猫だ。

 ポトフルは体長が1m弱の黒の縦縞の入った猫科の大型動物である。
遺伝子操作によって誕生した新種の獣類なので、決して人間には危害を加えないハズなのだが。

ジェリス「アタシはジェリス・セフィード。この仔はネルというの。ポトフルたちは・・・ご存知でしょう?」

 立っていたのは、かつてアイネスたちを襲ったのと同一人物であった。

 ジェリスは黒い長髪に赤い瞳の20代の美女で、身体は漆黒のボディスーツが纏われていた。

アイネス「また、あなたなの!?どうして、私を・・・!」

ジェリス「フフン・・・今夜のナイトは、あのハンサムなおにいちゃんではなくて、その一角狼になるわけね」

アイネス「なぜ、私の生命を狙うの・・・!?」

ジェリス「ウフン・・・アタシにも、色々あってね。7年前には邪魔が入って諦めたけれど、今夜はそんなワケにはいかないわ」

 7年前・・・アイネスが、ガールドリアの国民たちの前にデビューした日。
デビュー・パーティーを抜け出したクリンドとアイネスは、このムルクに遊びにやって来て、ジェリスに襲撃されたのだ。
そのときには、2人の不在に気がついたガールドリアからの捜索隊のプライベート・ガードとクリンドの決死の抵抗により、
無事にその難を逃れたのだったが・・・。

アイネス(7年前に1度出会っただけだから、もう諦めたかと思っていたわ・・・でも、なぜ私がまたここに来てるのが分かったのかしら?)

ジェリス「・・・アナタに決めさせてあげましょうか?アタシは残忍ではあるけれど、残酷ではないもの。
     どんな風に逝きたいか、どちらが先に逝くのかアナタに決めさせてあげる。なるべくご期待にそうようにするわ」

ポトフル「ぐるるる・・・」

 アイネスたちの周りを取り囲むようにポトフルたちが移動を開始し始めた。

ジエア「ヴォン、ヴォン・・・ガゥルルル、ヴォン!」

 ジエアはアイネスの前に立ちはだかってポトフルたちを威嚇する。

アイネス(どうやって逝きたいかなんて・・・決めろと言われても、決められるワケないでしょう!!
      とにかく何とかジエアだけでも逃がさなくては・・・。ジエアは、ただ私に付き合ってくれているだけだもの・・・)

 アイネスはどうにか逃げられる道を探すため、辺りを見回した。
ジランドル−Uへの道はすでにポトフルたちで塞がれている。
道は後ろの林の中しか無かった。

アイネス「ジエア、こっち!」

 アイネスはジエアを促し、林に向けて走った。

ジェリス「逃がさないわよ!今夜は、アタシ・・・本気なんだから!」

 そう言うとジェリスはアイネスにネルをけしかけた。

アイネス「きゃあああーー!」

 そしてネルはアイネスに飛び掛った。

ジエア「ガウッ!!」

 そこへジエアがネルとアイネスの間に割って入る。

ザシュ

 しかしそのためジエアが替わりにネルの鋭い爪の一撃を受けて倒れてしまう。

アイネス「ジエア!!」

 すぐさまアイネスはジエアに駆け寄った。
その傷はかなりの深手らしく、アクアマリン色の体毛がみるみるうちに血液に染まってゆく。

アイネス「ジエア・・・ごめんね、ごめんね!私のために・・・」

 アイネスはジエアの首を抱きしめた。

ジエア「ガゥル・・・ン」

 それでもジエアはなんとか動こうと身悶えた。

アイネス「もう・・・いいのよ、ジエア・・・ごめんね」

 そんなジエアはアイネスは優しくなだめた。

ジェリス「観念したのね・・・いい子だわ!」

 ジェリスが何か合図をするとポトフルたちは包囲を狭めてきた。

アイネス「いままで、ありがとう・・・いいお友だちでいてくれて・・・。大好きよジエア・・・」

ジェリス「恨むのならアナタの生まれた星を恨むのね!」

 そしていよいよポトフルたちがアイネスたちに襲いかかろうとした。

アイネス(ありがとう、ジエア・・・私が出会った、たった一人のお友だち・・・。また出会えたらいいわね・・・)

 アイネスはジエアにしがみついたまま覚悟を決めた。

ジエア「ガゥオオオォォ・・・・・・ッ!!」

 しかしジエアは最後の力を振り絞り、大きく吼えた。
するとジエアの前に不可視の力場が発生した。
そしてそこから発生した衝撃波でジェリスとネルを弾き飛ばした。

ジェリス「キャア・・・!!」

ネル「フギャア・・・!!」

 そしてジェリスとネルは後ろにあった岩に激突して気を失ってしまった。
それとほぼ同時にポトフルたちも動きが止まる。

アイネス「・・・ジエア!?何をしたの?」

 アイネスには何が起こったのか分からなかったが、ジエアが自分を助けてくれたことだけは分かった。

アイネス「ジエア、ジエア・・・!!」

 しかしそのジエアも出血による貧血で、意識を失ってしまっている。

アイネス「帰ろうね・・・ミウィに。怪我は、機械仕掛けさんがきっと治してくれる・・・。
      きっと、また元気になるわ!それまでは、頑張るのよジエア」

 アイネスはジエアを抱きかかえると、ほとんど引きずるようにしてジランドル−Uまで運び込んだ。
そして直ちに応急処置を施す。

アイネス(なんとか出血は止まったけど・・・。でも早くミウィに戻って、機械仕掛けさんに診てもらわなくては・・・)

 そしてムルクにあるガールドリアの信託統治局に連絡してジェリスのために救命艇の手配を済ませると、
すぐにミウィ目指してジランドル−Uを発進させた。
 
 
 
 

 ミウィに到着したアイネスはすぐにジエアの治療を機械仕掛けさんに頼んだ。
ジエアはすぐに集中治療室へと運ばれ一命を取り留めることが出来た。
そこで一安心したアイネスは今までの疲れを取るためにシャワーを浴びることにした。

シャー

アイネス「ふぅ・・・ん・・・」

 シャワーを浴びて一息つくと、ごちゃごちゃしていた頭が少しすっきりしてきた。

アイネス(ジエアが助かってホントによかったわ・・・。でもジエアにあんな力があったなんて知らなかったわ。
      先見師様のおっしゃっていた、「あなたの友は殻を捨て去り、あなたの望みをかなえる手助けとなってくれる」
      というのは、このことだったのかしら・・・。
      それにしても・・・これから、いったいどうすれば良いの・・・?
      当然、義兄様の捜索は続行するわ。でも・・・なんだか釈然としない。
      何かが、動き始めたようだわ・・・。それは、いったい何なのかしら?
      それに分からないことが多すぎるわ・・・。
      まずはジェリスのこと・・・。
      なぜジェリスに狙われているのか、私にはわからない・・・。
      私がデビューしたその日、パーティを抜け出して義兄様とムルクでアステリズムで遊んでいたとき、
      あの時がジェリスとの初対面だわ。
      ジェリスは、たぶん・・・Psi能力を操持している。だとしたら、なぜ執拗に私を狙ってこないのかしら?。
      ジェリスは・・・金銭で雇われたのではない。私を見つめる、あの瞳・・・あのまなざしには恨みが込められているもの。
      それにクリンド義兄様のこと・・・。
      事故、誘拐・・・失踪?何も手がかりがないなんて・・・。
      本来ならば、義兄様がロゴナの正統な王位継承者なのだもの・・・
      義兄様がロゴナをお治めになっていれば、もっと早くこのψ太陽系連邦を太陽系国家として改革できたのに)

球「大変じゃ、アイネス!!」

 そこまで考えたとき、風呂場の外から球が声をかけてきた。

アイネス「何、どうしたの?」

球「ロゴナがガールドリアとの断交を宣言した!たったいま、ガールドリアに宣言通信が送信されたのだ!」

アイネス「・・・なんですって!?いったい、なぜ・・・?
      このψ太陽系連邦はすでに太陽系国家へと改革する時期をむかえているというのに・・・!?」

球「宣言通信を全文傍受したわけではないが・・・どうやら、クリンド様の消息不明が要因であるらしい」

アイネス「そんな・・・それは、誤解です!私、ロゴナへ行ってきます。報告を怠ったのは、故意にしていたことですが、それは・・・」

 それを聞いて興奮したアイネスは風呂場のドアを開け、外に飛び出して行こうとした。

球「いかんぞ、アイネス!これは、もう国家間の紛争じゃ。
  ともかく、まずはガールドリアへ行って、これからの動向を国皇様に伺うほうが良いであろう」

アイネス「・・・はい」
 
 
 
 

 そしてアイネスが準備を整えて格納庫へ向かうと、そこではジエアが待っていた。

アイネス「ジエア!もう動いても平気なの?」

ジエア「ガウッ」

 ジエアは‘平気’と言うように一声鳴いた。

アイネス「また私と一緒に行ってくれるの?」

ジエア「ガウゥ」

 今度は‘当たり前だ’と言うように一声鳴いた。

アイネス「ありがとう、ジエア」

 アイネスはジエアを抱きしめた。

ジエア「グルル・・・」

 ジエアはうれしそうに身体をアイネスに擦りつけた。

アイネス「じゃ、出発しましょ」

ジエア「ガウ」

 こうしてアイネスとジエアは予め機械仕掛けさんが改装し直しておいてくれたジランドル−Tに乗り込み、ガールドリア皇城へ向かった。
 
 
 
 

 そしてガールドリア皇城に着いた2人をいつものようにピアンが出迎えてくれた。

ピアン「大変なことになってしまいましたね、アイネス様。
     国家改革も間近になって、こんなことが起きるなんて・・・。
     このψ太陽系連邦は本当に太陽系国家として統一されるのでしょうか?
     それにしても、あたし許せません!。
     あたしたちが皇子様を隠しているだなんて・・・ロゴナの言いがかりもいいところですよね!」

アイネス「そのことでお父様にお話があるの。ピアン、お父様のところに案内してくれる」

ピアン「はい、かしこまりました」

 アイネスたちはピアンの案内で執務室を訪れた。
 
 
 
 

ガールドリア「おぉ・・・アイネス。大変な目に遭いましたね。よく無事に戻ってくれました・・・」

 アイネスは執務室に入るなり、ガールドリアに抱きしめられた。

アイネス「お母様・・・。ご心配をおかけしました。でも私は大丈夫です。ジエアが守ってくれましたから」

ガールドリア「おぉ・・・ジエア。よくアイネスを守ってくれましたね。お礼を言いますよ」

ジエア「ガウ」

 そう言ってガールドリアはジエアの頭をなでた。
そこでアイネスはあることに気がついた。

アイネス(お母様・・・しばらくお会いしないうちに、あんなおやつれになられて・・・)

 それが自分の我侭のせいだということが分かるだけに、アイネスはより辛かった。

ケイゼル「アイネス。話は聞いているな」

アイネス「はい」

ケイゼル「うむ・・・。どこから嗅ぎつけたかは分からないが、ロゴナはクリンドの消息不明を知ってしまったようだ。
      たとえ養嗣子としてガールドリアに送りだしたとしても、もとはロゴナの前国王の第一王子であった身。
      だが、実子の誕生によって正統な王位継承者を得たために、その存在が邪魔となったので、秘密裏に処分したのではないか・・・。
      そう勘ぐっておるのだろう」

ガールドリア「あの子が無事でいてくれなければ・・・ψ太陽系連邦がψ太陽系国家へ改革することは望めないでしょうね」

ケイゼル「そこでアイネスには引き続きクリンドの捜索を続行してもらいたいのだ。
      いまの情勢では、ガールドリアとしてはクリンドの捜索に本腰を入れることが出来ないのでな」
           
ガールドリア「わたくしは、このような情勢の時に、アイネスがミウィから離れて旅を続けることには反対なのですけど・・・。
        でも、そう言ってもアナタは聞かないのでしょうね・・・」

アイネス「はい・・・。ごめんなさい、お母様・・・」

ケイゼル「そこでアイネス、ひとつ私からの提案があるのだが・・・」

アイネス「なんでしょうか?」

ケイゼル「入ってきたまえ」

 ケイゼルがそう言うと執務室の扉が開き、一人の女性が入ってきた」

フリッカ「失礼します、国皇様。はじめまして‘生命ある宝石’様、フリッカ・ヴェイクと申します。以後お見知りおきを・・・」

 フリッカは金髪碧眼の美しい女性で、髪は邪魔にならないようにするためか、首の後ろで縛ってあった。
そして身体には赤いボディーアーマーを装着している。

ケイゼル「私は、この衛士フリッカをお前に同行させようと思う。
      フリッカはこのガールドリアのために、情報の収集と状況の収拾を行っている‘オペレータ’として任務を遂行していたのだが、
      いまの情勢が決着するまでの間、アイネスのプライベート・ガードとしての職務に就かせることにしたのだ。
      ガールドリアの衛士たちは、ψ太陽系内諸国の精鋭の軍隊をも上回る技術と能力を兼ね備えている。
      フリッカは、その中でも飛びきり優秀な人材だ。きっとアイネスの役に立ってくれるであろう」

 ‘オペレータ’というのは、ガールドリア中でもトップ・クラスの技能を備えている衛士たちのことである。
フリッカは19歳という若さで、その‘オペレータ’の一員であった。

ガールドリア「ヴェイク家は、ガールドリアの第三種王族の名門です。母もフリッカの同行には賛成ですよ」

フリッカ「どうぞ、ご寵愛くださいませ・・・‘生命ある宝石’様。
     あたし・・・料理以外のことであれば、たいがいのことはこなせます。
      食べ物の好き嫌いはありませんし、寝相は良いほうだし、イビキはかきませんし・・・。
     あっ、すみません・・・でも、これって衛士の仲間内では、大切なことなんですよ」

アイネス「ふふ・・・、こちらこそよろしくお願いします。
      ですが、これから一緒に旅をするのであれば、どうか・・・私のことは、アイネスと呼んでくださいな」

フリッカ「はい・・・アイネス様。これからは、どこへでもお供いたします」

 こうしてアイネス一行に新しい仲間が加わることとなった。
 

<つづく>





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