第5話 : 渡り星の主
レーダーの観測結果は、確かに全長170m、最大幅160mの物体が光速に近いスピード接近してくることを示していた。
フリッカ「・・・‘渡り星’に、間違いなさそうですね。でもこんな偶然って・・・ありえるのでしょうか?」
アイネス「あっ!もしかして、さっき私が呪文を言ってしまったせいかしら?」
アイネスはさっきまでの会話を思い出し、口元を押さえた。
フリッカ「それは分かりませんけど・・・。ともかくこのままでは数秒後には通過してしまいます。
アイネス様、もう1度呪文を唱えてみてください」
アイネス「分かったわ。Επιβραδυνω・・・!」
アイネスは胸の前で手を組み合わせ、今度を想いを込めて呪文を唱えた。
フリッカ「・・・あっ!」
すると‘渡り星’のスピードが目に見えて遅くなってゆき、ついにはジランドル−Uと並んで走るぐらいのスピードになった。
アイネス「ああ・・・。先見師様、エヌベルユの巫女様、ありがとうございます・・・」
その光景を見たアイネスは、先見師とエヌベルユの巫女に感謝の祈りをささげた。
フリッカ「これが‘渡り星’・・・。でも、なんだか・・・自然の宙空移動物にしてはおかしいですよ。
ガスがあるときには、内部から光を発していたのに・・・ご覧になりましたよね?」
アイネス「ええ・・・たしかに光っていたわ。でも今はただの隕石のように見えるわ」
‘渡り星’はスピードが落ちたせいか、周りを被っていたガスは四散して、いまでは宇宙塵か隕石のような本体が姿を現している。
フリッカ「これは・・・もしかしたら、鉱物製の船‘ミネラル・シップ’ではないかしら?」
ジエア「ウォン、ウオォン・・・ウゥゥゥ!」
その時ジエアが何かに興奮したように吠え出した。
アイネス「どうしたのジエア?‘渡り星’に行きたいの?」
アイネスはそんなジエアをなだめながら聞いてみた。
ジエア「ウォン!」
ジエアは肯定するように一声鳴いた。
フリッカ「どうしますアイネス様。こうして見ているだけではどうにもなりませんし、思いきって向こうに行ってみますか?」
アイネス「そうね。ジエアも行きたがっているみたいだし、そうしましょう」
2人は外へ出るための宇宙服に着替えるため、ハッチ手前の気密室ににやって来た。
ジエアも一緒について来ているが、彼はそのままでも宇宙空間を泳ぐことが出来るので着替える必要はなかった。
アイネス(‘渡り星’と出会うと、私の友だちは殻を捨てて、私の望みを叶える手助けとなってくれる・・・ということだけど、
友だちって誰のことなのかしら?ジエア・・・それともフリッカのことなの?でも、‘殻’って何のことなのかしらね?)
アイネスは服を脱ぎながら、先見師に言われたことを思い出していた。
アイネス「あの‘渡り星’がミネラル・シップだとしたら、どんな異星人が乗っているのかしらね?」
フリッカ「オクトパス・タイプに決まっています!」
フリッカは自信満々で断言した。
アイネス「・・・うそでしょう?」
フリッカ「さぁ・・・どうだか。
だって人類が、基太陽系から銀河系に進出してから現在に至るまで、いまだに真異星人には出会っていないのですよ」
アイネス「真異星人・・・?」
それはアイネスには聞きなれない言葉だった。
フリッカ「人類は、あらゆる星々を移住のために環境星として改造してきましたけれど、人類も星によって変えられているんです。
それに、同じ人類でも文字通りに、別々の星に住んでいるわけですからね。
それとは区別するために、まったく未知の人類のことを真異星人と呼ぶのです」
アイネス「それでは・・・いま起こっているのは、歴史的なことかも知れないのね!?」
それを聞いたアイネスは目を輝かせた。
フリッカ「そうですよ・・・さぁ、係留通路が固定できたみたいですよ」
見ると、フリッカはすっかり宇宙服に着替え終わっていた。
それを見て、アイネスも手早く着替えを終わらせる。
アイネス「では、‘渡り星’へ行きましょう!」
アイネス「あっ・・・ジエア、ひとりで行ってはダメ!危険だわ・・・!!」
ハッチを開けるとすぐさまジエアが飛び出していった。
アイネスは慌てて呼び止めたが、宇宙空間ではジエアに声は届かない。
アイネス「痛ッ・・・!」
その時アイネスの頭を針で刺すような痛みが走った。
フリッカ「どうなされました、アイネス様!?」
無線でアイネスの声を聞きつけたフリッカがアイネスの所へ近寄ってくる。
アイネス「えぇ・・・もう平気、何でもないわ。不意に、頭が痛くなったものだから・・・ごめんなさいね、驚かせたりして」
本当に先ほどに痛みは嘘のように消えていた。
アイネス(今のは、なんだったのかしら・・・?)
フリッカ「そうですか・・・良かった、安心しましたわ」
その間にもジエアは‘渡り星’にたどり着いており、辺りをあちこち探っていた。
フリッカ「しかしジエアはすごいですね。宇宙空間を生身で泳げるなんて・・・」
フリッカは不思議な物を見る目でジエアを見つめている。
アイネス「ええ・・・。私も初めてそれを知ったときには、とっても羨ましかったもの・・・。
どんなに軽装になったとしても、私たちは絶対に宇宙服を着なければならないのだもの」
フリッカ「ではあたしたちも行きましょう」
アイネス「ええ」
フリッカが先行して‘渡り星’に近づいてゆく。
その姿は、さすがに訓練された衛士だけあって、宇宙空間での移動によどみがなかった。
フリッカ「あたしは、衛士たちの慰安旅行で中央へ行った時に、博物館で、このようなミネラル・シップの模型を見たことがありますが、
さすがに本物は初めてですよ」
地表に着いたフリッカは辺りを珍しそうに眺めている。
アイネス「エネルギーの消費が多い場所は・・・」
アイネスは地表に着くと、まずセンサーを取り出して観測をしてみた。
アイネス「あぁん、ジランドルを探知してどうするのよ!」
すると一番エネルギー消費の多い場所はジランドル−Uであった。
フリッカ「アイネス様。アレを見てください」
フリッカがアイネスの腕を引いて指を差した。
アイネス「なに?」
フリッカが指差す方を見ると、
ジエア「 」
ジエアがこちらを向かって吠えていた(声は聞こえないけれど)。
見ると、ジエアが見据えていた方向に洞窟のようなモノがあるのが見えた。
アイネス「あれが入り口かしら?」
センサーを今一度見てみると、あの洞窟の辺りも他の所と比べるとエネルギーの消費が多かった。
フリッカ「噴射口でなければよいのですがね・・・。
なにせ、この‘渡り星’は機関の噴射口もないのに動いていますからね。
いったいどんな動力を使っているのでしょうね?
でもあの洞窟ぐらいしか、内部に入れそうな場所がありませんし・・・。
どうします、アイネス様。行ってみますか?」
アイネス「行ってみましょう」
フリッカ「いいですけど・・・。この‘渡り星’が、不意に加速を始めないことを祈りますわ。
でないと、あたしたちは2度と帰れなくなってしまうかも知れせんからね。ではあたしの後をついて来て下さい」
そう言いながらフリッカは短針銃を取りだし、油断無く構えながら洞窟へ近づいていった。
そしてアイネスもその後について行く。
洞窟に着くと、すでにジエアが先に来て待っていた。
洞窟の入り口は2メートル弱くらいの大きさで、奥では何かの光源が光っていた。
フリッカ「空気は、あるみたいですけれど・・・成分が分かりませんから、コスモスーツのままでいたほうがいいでしょう」
その時、その光の中に何か動くものがあった。
フリッカ「!」
フリッカはすばやく短針銃を構えた。
それは初めは逆光のため姿が良く見えなかったのだが、こちらが近づくにつれ、その姿が浮き彫りになってきた。
それは2人が良く知るシルエットだった。
フリッカ「一角狼・・・!?」
それの正体はジエアと同じ一角狼だった。
アイネス「・・・でも、ジエアとは体毛の色が違うわよ!」
その一角狼の体毛は美しいパール・ホワイトで、ジエアよりも体型は小柄だった。
アイネス(メスかしら・・・それとも、小柄なオスなのかしら?)
ユオン『は・・・はじめまして。わたくしは白毛族のユオンといいます』
アイネスがそんなことを考えていると、いきなり声をかけられて驚いた。
アイネス「あなた。言葉が話せるの・・・!?」
しかも思いがけない相手からの言葉だったため、衝撃も大きかった。
ユオン『さっき、アナタからいただきましたもの。でも、声帯の構造が違うので、発声は出来ません。
いまは、テレパシィでコミュニケーションしているのです』
アイネス(私からいただいた?さっきの外での頭痛の時かしら・・・?
それにしてもこの子・・・ジエアとそっくりだけれど、何か関係があるのかしら?でもジエアはテレパシィなんか使えないし・・・)
ユオン『まぁ・・・その緑毛族の者を、わざわざ連れてきてくれたのですか?』
ユオンはジエアに目を向けた。
ジエア「クゥゥゥ・・・ン?」
ジエアの方も不思議そうにユオンを見ているが、何のことを言われているかは分かっていないようだ。
アイネス「緑毛族って?」
ユオン『・・・知らなかったのですか?そこにいる者は、わたくしと同じ種族なのですよ!』
フリッカ「やっぱり、そうだったんですね」
アイネス「でもジエアはテレパシィなんて使えないけど・・・」
ユオン『いままで‘話す’ことが出来なかったのは、きっと早い時期に母親と別れてしまったからですわ。
わたくしたちの種族は、成人になるときに母親から色々な能力と、その制御方法を授かるのです。
子供が能力を持つことは、危険ですからね・・・』
アイネス「と、いうことは・・・ジエアは真異星人だったの・・・!?じゃあジエアもお話出来るようになるの!?」
アイネスは期待を込めた目でユオンとジエアを見た。
ユオン『おいでなさい、ジエア・・・アナタを大人にして上げましょう』
ユオンはジエアに近くに寄るように促した。
ジエアは困ったような顔でアイネスを見上げたが、アイネスが頷くとユオンの元に近寄った。
ユオンはジエアの横に立つと、自分の額の角をジエアの角に触れさせた。
ユオン『‘瞳は距離を越え、耳は時間を超え’
‘口は種族を超え、体は空間を超え’
‘望みは力とならんことを・・・’』
そしてユオンの口からは呪文のような言葉が紡ぎ出された。
ジエア「キャウッ・・・ン!!」
そしてその言葉が終わると、ジエアは何かに弾かれたように、ユオンから体を離した。
ユオン『・・・これで、儀式はおしまいよ』
ジエア「??」
ジエアは不思議そうに目を瞬きさせている。
見た目はどこも変ってはいなかった。
ユオン『・・・どう?テレパシィには、ひとりだけに‘話す’指向性のものと、多人数に‘話す’放射性のものがあるのだけれど・・・。
とりあえずは、慣れることね』
ジエア『あ・・・あい・・・アイネス?ボクが、分かる・・・?』
アイネスの耳にたどたどしい言葉が聞こえてきた。
アイネス「・・・ジエア!?ジエアなの・・・?」
ジエア『わはぁ・・・アイネスと、‘話す’ことが出来るんだね!』
ジエアの瞳がうれしそうに輝いた。
アイネス「ジエア!」
アイネスは感激のあまり、思わずジエアを抱きしめた。
ジエア『アイネス・・・』
ジエアも顔をアイネスにこすりつけた。
ユオン『それでは、お別れをなさい・・・ジエア』
そこにユオンが水を差すような一言を言ってきた。
ジエア『えっ・・・?』
アイネス「どういうこと・・・?」
2人とも訳が分からないという顔をして聞き返した。
フリッカ「そういえば、出会ったときに‘連れて来てくれた’と言っていましたね」
ユオン『わたくしたちの球状銀河系は、不軌移動する暗黒ガス星雲に接触して、それが通過した数世紀後には、わたくしたちの種族は、
絶滅の危機に瀕してしまったのです。ですから・・・アナタには、わたくしと一緒に帰ってもらわなければ困るのです!』
アイネス(先見師様は、‘渡り星’とであえば私の望みが叶うとおっしゃったのに!
私の望みは、義兄様を探し出すことで・・・ジエアがいなくなってしまうことなんかじゃないわ!
それにジエアがユオンと行きたいのであれば・・・私には引き止めることが出来ないわ)
ジエアたち種族の衝撃の事実に、困惑と動揺を隠せないアイネス。
ジエア『ボク、ヤダからね!アイネスと、ずっと一緒にいるんだからっ!』
しかしジエアはキッパリと断った。
アイネス「ジエア・・・」
ジエアの言葉にアイネスは正直救われた気分だった。
ジエア『ボクは、いままでずっとアイネスと暮らしてきたんだからね・・・いまから、知らない場所なんか行きたくない!』
ユオン『わたくしは、この銀河系方面に逃げ延びてきた同胞を探すのが目的で、ここまで1世紀もかけてやって来たのですよ』
しかしユオンも必死で説得してくる。
アイネス(ジエアのためにも、ジエアたちの種族のためにも、ユオンと帰った方がいいに決まっている・・でも、
でも・・・わたし、ユオンに嫉妬しているのかしら?)
ジエア『・・・・・・じゃあ・・・ちょとだけ待ってよ!アイネスと一緒にクリンドさんを見つけてから、必ずそこへ行くから』
アイネス「私からもお願い・・・もう少しだけ、私をジエアと一緒にいさせて。きっと、その時がくるまでには、心の準備を済ませるから!」
それはアイネスの心からの願いだった。
ユオン『分かりました。それでは、こちらでの用件が済みましたら、またわたくしが迎えに参りましょう』
ジエア『良かったアイネス!アイネスとボクは、友だちだものね。いままでも・・・これからずっとそうだよね?』
アイネス「そうよ、ジエア。ずっとずっと友だちよ・・・」
再び2人は抱き合って喜び合った。
こうしてユオンと約束を交わした一行は、ジランドル−Uに戻って船を‘渡り星’から離れさせた。
すると、呪文の効果がきれたのか、‘渡り星’はあっという間に加速して見えなくなってしまった。
アイネス「‘渡り星’は・・・行ってしまったわね」
フリッカ「でもオクトパス・タイプではありませんでしたね・・・真異星人。でもあたしはまだ諦めませんわ!
かならず、この宇宙のどこかにはいるはずです・・・オクトパス・タイプが!!」
アイネス「ははは・・・」
そう力説するフリッカにアイネスは苦笑いをするしかなかった。
なにかオクトパス・タイプに思い入れでもあるのだろうか。
フリッカ「でもジエアが真異星人だとしたら・・・この銀河系に散らばっている一角狼は、すべて真異星人だということになりますね」
アイネス「そうね。でも以外と身近なところに真異星人っていたのね」
フリッカ「それにしたもジエア・・・あなたは、本当に一緒に帰らなくても良かったの?」
ジエア『うん、いいんだよ・・・今はね』
ジエアがそう言ってくれることが、アイネスには堪らなくうれしかった。
フリッカ「しかし・・・ジエアが、真異星人だったとはねぇ。なんだか、これからやりにくいなぁ」
フリッカはバツが悪そうな顔でジエアを見た。
ジエア『・・・どうしてさ?アイネスもフリッカも、いままでボクにちゃんと接してくれていたじゃない。
べつに、前と変らないでしょう?僕たち・・・友だちだものね!』
アイネス「そうよ・・私の大切な、ステキなお友だち」
アイネスはジエアに笑いかける。
ジエア『ボク、うっれしいなぁ!アイネスとこんな風に、話せるなんて!』
アイネス「私もよ、ジエア」
2人はまた抱き合いかねない勢いだ。
フリッカ「・・・ところで、あなたが変ったのは、‘話す’ことが出来るようになっただけなの?」
ジエア『分からないよ・・・前よりも、頭の中がハッキリしたみたいだけれどね。よぅし、じゃあ試してみる・・・ね』
ジエアは立ち上がってフリッカに向き直った。
ジエア『それ、電撃だぁ!』
そしてジエアはフリッカにのしかかり、腕に噛みついた。
フリッカ「痛い、痛いっ!!何よ・・・あなたのは、ただ噛んでるだけじゃない!」
フリッカは腕を振りまわして、ジエアを引き剥がした。
アイネス「ウフフ・・・いいわよ、慌てなくても。このことは、先見師様が先見して下さったことだもの」
そんな2人のじゃれ合いをアイネスは微笑ましそうに見ていた。
ジエア『早く、クリンドさんを見つけられるといいね・・・アイネス!』
アイネス「ん・・・そうね。(でも、その時はジエアともお別れの時ね・・・)」
そのことを考えると、どうしても沈んだ気分になってしまう。
フリッカ「さぁ、アイネス様・・・そろそろ、こちらも参りましょうか」
アイネス「そうね。では出発しましょう」
ジエア『オーー!!』
こうして殻を脱ぎ捨て、新たな力を手に入れたジエアと共に旅は続くのだった。
つづく