第2話 決戦前日
1999年8月10日
保育園
この日、セフィは1人、保育園を訪れた。
セフィ「これで・・・見納めでしょうね・・・」
セフィは保育園を見ながらそう呟いた。
そしてセフィは保育園の門をくぐる。
そのセフィの姿を最初に発見したのはやはり馨であった。
馨「セフィさん!」
そしてすぐさまセフィの元へ駆け寄ってくる。
馨「どうなさっていたんですか。なにも言わずにいなくなってしまって・・・」
セフィ「すみません馨さん・・・。お役目をはたしていたんです」
馨「お役目?」
そう言われても馨には何の事だかさっぱり分からなかったので聞き返した。
セフィ「はい。そして今日はお別れを言いに来たんです」
しかしセフィはそれには答えず本題を切り出した。
馨「え!?」
セフィの言葉に馨の表情に動揺の色が見えた。
セフィ「今までこんなアタシを雇ってくれていただいてありがとうございました。この事は一生忘れません」
馨「セ、セフィさん・・・な、何を言ってるんですか・・・」
セフィ「それではお別れです。園児達にはよろしく伝えてください。さようなら・・・」
そう言ってセフィは馨に背を向けた。
馨「待ってください!」
咄嗟に馨はセフィの腕を掴み引き止めた。
馨「行かないでください!。自分は・・・自分は・・・セフィさんのことが・・・す、す、す、好きなんです!!」
セフィ「ほんとうですか?」
セフィは向き直り問いただす。
馨「ほんとうです!!ア、アナタを・・・あ、あ、あ、愛しているんです!!!」
セフィ「え・・・」
その言葉を聞き驚くセフィ。
しかしその表情には困惑が見て取れた。
セフィ「・・・ありがとうございます。でも・・・」
馨「でも?」
セフィ「メルさんからのご神託はお聞きになられたでしょう」
馨「・・・はい・・・」
馨もあの日、頭に響く奇妙な『声』を聞いている。
そしてそれが自分の知る、メルの『声』であることにも気づいていた。
気づいてはいたが実際に英荘にまで行って確かめるだけの勇気は出なかった。
セフィ「では、アタシがベスティアリーダーだってことも分かってらっしゃるのでしょう。ですからアタシことは忘れて・・・」
馨「そんなことは関係ありません!!」
馨はセフィに最後までセリフを言わせずさえぎった。
そしてセフィの手を握り、
馨「セフィさん。自分と結婚してください!」
と、プロポーズした。
セフィは大きく目を見開いて馨を見詰め返した。
その表情は驚きと、困惑と、歓喜の入り混じった複雑なものだった。
セフィ「うれしいです・・・。ほんとうに、とてもうれしいです馨さん・・・」
そしてセフィの瞳からは涙が零れ落ちた。
馨「そ、それではOKしてくれるんですね・・・」
そう言う馨の顔は歓喜の表情で溢れていた。
セフィ「・・・すみません。今はまだできません・・・」
馨「そ、そんな・・・」
そして馨の表情が落胆してゆくのが目に見えて分かった。
それがセフィには辛かった。
だから、
セフィ「でも・・・もしもアタシがここにもう1度戻ってこれたら、さっきのセリフをもう1度言ってくれますか?」
そう言った。
馨「そんなもの何度でも言ってさしあげますよ!!」
セフィ「ありがとうございます馨さん。そう言っていただいただけでもう十分です・・・」
セフィは安堵の笑みを浮べ、馨から手を離した。
馨「セフィさん?」
セフィ「それじゃあアタシはもう行きます」
セフィは馨の体を軽く押して身を遠ざけた。
馨「セフィさん。またここに戻って来ますよね?」
その問いかけにセフィは悲しそうな表情で答えた。
セフィ「堕天使も天使同様、嘘がつけないんです・・・。だからお約束はできません・・・」
馨「セフィさん!!」
馨は慌てて、セフィを引き止めようとした。
セフィ「さようなら馨さん」
しかしその前にセフィは馨の前から姿を消した。
馨「セフィさん・・・・・・」
馨はその場にたたずんだまま身動き一つ出来なかった。
同日(夜)
英荘・マリアの部屋
窓辺に貴也とマリアが寄り添って立っている。
貴也はマリアの肩を抱き寄せ、マリアは貴也に頭を預けている。
その顔は安心しきっており、しきりに大きくなった自分のお腹をいとおしげにさすっている。
マリア「ねぇ貴也、いよいよ明日ね」
貴也「うん、いよいよ明日最後の審判が始まるんだよね」
マリア「ねぇ、貴也は人類はべスティアでは無いと審議されると思う?」
貴也「うーん、正直なところ俺にはわからないよ。でもこの子のためにも絶対そうならなきゃいけないよ」
マリアのお腹に手をあてて話す貴也にマリアはやさしく微笑み返す。
マリア「そうよね・・・。この子には明るい未来を見せてあげたい・・・」
貴也「うん、そうだね」
マリア「でも、それは人類しだいなの・・・。もうアタシ達にはどうすることもできない、それが不安でたまらないの・・・」
暗い顔でうつむくマリアを貴也は後ろから抱きしめる。
貴也「大丈夫だよマリア。マリアには俺がついてるよ」
マリア「ありがとう貴也・・・。アタシ、貴也が素因でいてくれて、そしてアタシを選んでくれて本当にうれしかった」
貴也「マリア・・・」
貴也はそっとマリアを抱く手に力をこめた。
同時刻
英荘・屋根
屋根の上に腰を下ろし空を見上げているフォルがいる。
その表情は暗く沈んでいる。
フォル(とうとう明日最後の審判が始まってしまう。
わたし・・・怖いです。もし人類がべスティアだったら・・・。
わたしは人類を・・・地球を・・・貴也さん達も・・・滅ぼしてしまわなくてはならない。
怖い・・・怖い・・・)
フォルは両手で震える自分の体を抱きしめた。
?「フォル」
そんなフォルに優しく声をかける者がいた。
フォル「クレア姉様!」
驚いたように顔をあげるフォルが見た先にはクレアがたたずんでいた。優しい微笑みと共に。
フォル「クレア姉様!」
駆け寄りクレアに抱きつくフォル。
そんなフォルをクレアはそっと抱きしめ返してあげた。
クレア「どうしたのフォルシーニア」
フォル「クレア姉様、わたし怖いんです。明日もし人類がべスティアだったら・・・わたしは・・・わたしは・・・」
フォルは涙を流しクレアに顔を押し付けた。
クレアはそんなフォルの髪を優しくなでてあげる。
クレア「そうね。でも、それは誰も代わってやることはできない。それはリガルード神からあなただけが承ったお役目なのだから・・・」
フォル「はい・・・」
クレア「ごめんなさいフォルシーニア。そんなあなたに何もしてあげられない非力な姉をゆるしてちょうだい・・・」
フォル「いいえ、クレア姉様はとてもよくしてくれています。ただわたしが弱いだけなんです・・・」
フォルは顔をあげてクレアを見る。
その顔はもう涙に濡れてはいなかった。
フォル「ありがとうございましたクレア姉様、わたしはもう大丈夫ですから・・・」
クレア「フォル・・・」
フォル「明日、人類はべスティアではないと審議されて、わたしはあのお役目をはたさなくてもすむ・・・そうなればいいんですよね」
そ言ってフォルは無理に微笑んでみせた。
クレア「そうね、でももうワタシ達は・・・ベル以外には人類になにもしてあげられない・・・今はもう祈ることぐらいしか残っていないわ・・・」
フォル「いいえクレア姉様、わたし、決めました」
クレア「決めた?何を?」
フォル「今はまだ言えません。だって無駄な決意になるんですもの・・・きっと・・・」
そう言うフォルの表情に先程までの憂いは見られなかった。
同時刻
ラムの部屋
ラムは部屋の窓から外の景色を眺めていた。
ラム(結局ボクは貴也もジゼルも殺せなかった・・・。ボクはなんのためにここに来たんだろ・・・。
お婆様から頂いたレオニスを生き終わらせてまでこの時代に来たっていうのに・・・。
リガルード人達もボクが何も出来ないって解かっていたからボクのことを見逃したのかな。
だったら結局未来を変えることなんてできないってことなのかなぁ・・・)
ラムは膝を抱えうなだれた。
ラム(お婆様・・・。ボクはいったいどうすればいいんでしょうか・・・。教えてくださいお婆様・・・)
しかしラムの苦悩に答えられる者は誰もいなかった。
同時刻
共同リビング
共同リビングではラオールとジゼルがお茶を飲んでいる。
ジゼル「ねぇお兄ちゃん。結局明日あたし達にできることってなんだろう?」
ラオール「うーん・・・。話を聞いた限りじゃ、なんにもできないような気ぐするけどな」
ジゼル「えー、そうなの?」
ラオールの答えにジゼルは明らかに不満そうな顔をした。
ラオール「しいて言えば、祈ることぐらいじゃないか」
ジゼル「そうか・・・。じゃあ、あたし今からお祈りしてくる」
そう言ってジゼルは立ちあがった。
ラオール「おい、今から祈るのか?」
ラオールにしてみれば、あまりにジゼルが不満そうだったため、適当に言っただけなのだ。
なのに本気でするとは思っていなかった。
ジゼル「そうだよ。だってあたしにはほんとにそれぐらいしかできないから・・・」
ジゼルは少し辛そうな顔をして共同リビングから出てった。
そして共同リビングを出ると、丁度そこでベルと鉢合わせた。
ベル「あれ、ジゼルまだ起きてたの?」
ジゼル「うん。いまからお祈りするの」
ベル「お祈り?」
ジゼルから思いもよらない言葉を聞いたベルは、何を祈るのか気になった。
ジゼル「うん。あ、お兄ちゃんなら共同リビングに居るから」
しかしそれを聞く前にジゼルは2階へ上がって行ってしまった。
ベル「ラオールくん」
仕方なくベルは共同リビングに入りラオールに声をかけた。
ラオール「ベル!」
ラオールは突然ベルに声をかけられたため、少し驚いた。
ラオール「いいのかまだ起きていて、明日はお前が一番大変なんじゃないのか?」
ベル「うん、もう少ししたら寝るから・・・」
ラオール「そ、そうか・・・」
本当はもっと気の効いた事を言ってやりたかったが、頭をフル活動させたが思い浮かばなかった。
そのためしばし沈黙が流れた。
ベル「ねぇ、隣に座ってもいい?」
ラオール「えっ!あ、ああ、かまわないぞ・・・」
ベル「ありがとう」
ベルはラオールの隣に座った。
ベルの体温を少し感じてラオールの鼓動は少し早くなった。
ラオール「ひょっとして眠れないのか?」
そんな動揺を押し隠して、なんとかベルに話かけた。
ベル「うん。明日の事を考えるとどうしても目が冴えちゃって」
ラオール「そうか・・・」
再び沈黙が訪れる。
ベル「ねぇ、ラオールくんはあたし達のこと恨んだりしてない?」
ラオール「えっ!?なんでそう思うんだ?」
ベル「だってあたし達が来なければこんなことは起きなかったんだよ・・・」
ラオール「俺は明日どんな結果になろうともお前達のことを恨んだりはしないぜ。
きっとジゼルや貴也もそう思ってるさ。
それにお前達に会えなかったらジゼルの目は治らなかったことだしな・・・。
今となったら会えなかったことを思うほうが寂しいさ・・・」
ベル「うん、ありがとう」
ベルはラオールにもたれかかる。
ラオールの心臓の鼓動が跳ね上がる。
ドッドッドッドッドッ
そして意を決してベルの肩に手を回そうと決意した。
しかしその前にベルはスッと立ちあがったためラオールの手は空振った。
ベル「ありがとうラオールくん。あたしはもう大丈夫だから」
そう言ってベルはラオールに微笑みかけた。
しかしラオールには無理に笑っているように見えた。
ラオール「そ、そうか・・・」
しかしラオールにはそれを指摘することは出来なかった。
だから生返事を返すしかなかった。
ベル「じゃあ、おやすみなさい」
ラオール「おやすみ・・・」
そしてベルは共同リビングから出ていった。
ラオール「俺って無力だよな・・・」
そして残されたラオールは一人うなだれていた。
自分の無力さを噛み締めながら。
同時刻
某場所・アンティータァ・コクピット
コクピット内の照明は消され、セフィは膝を抱えて丸くなっていた。
しかしセフィは眠ってはいない。いや、眠れなかった。
セフィ(とうとう明日です。きっとアタシは明日には生き終わってしまう・・・。
だってアタシは最初のべスティアリーダーだから・・・、だから真っ先にあのベルちゃんと戦って・・・。
きっとアタシはベルちゃんには勝てない・・・、それどころか戦うことすらできるかどうか・・・。
なぜアタシはべスティアリーダーなんでしょうか・・・。
もしアタシがただの人間だったなら、何も知らずにただ楽しく暮らせていたでしょうか・・・。
貴也さん達や保育園の子供達、園長先生、それに馨さんと・・・。
馨さんと一緒に・・・暮らしていたんでしょうか・・・)
いつしかセフィの瞳からは涙が流れていた。
セフィ(終末なんて来ずにずっと今までの時間が過ぎてくれれば良かったのに・・・)
アンティータァの中で、静かにセフィの泣き声だけが響いた。
深夜
英荘・庭
庭では一人、英荘を見上げるリリアナがいる。
今はどの部屋も明かりは消え、あたりは静まり返っている。
リリアナ(いよいよ明日ですね。人類はリガルード‘人’の思惑どおりに動くのか、それとも・・・。
うふふ、ともかくリガルード‘人’との約束もはたしましたし、ここからはしばらく静観させてもらいましょうか)
リリアナは英荘に背を向け、
リリアナ(英荘での生活はなかなか楽しかったですよ、わたしの娘達・・・。願わくば、あなたたちにすてきな未来が訪れますように・・・)
そしてPsiでレヴィテイションする。
英荘に再び静寂が訪れた。
そして地球は1999年8月11日を迎えた。