貴也とクレアのラブゲーム
   第3話



 森で発見された貴也は英荘に中へと運び込まれ、リアによるPsi治療を受けた。

リア「・・・はい、これで終わり。見た目はひどかったけど、それ程ひどい怪我じゃなかったわ」

 そして、リアの言葉通り、貴也の傷は不思議なぐらい浅く、リアのPsi治療で完全に癒された。
 
貴也「ありがとう、リア」

 貴也はボロボロになったシャツから真新しいシャツに着替えるとリアにお礼を言う。
 お礼を言われたリアは少しだけ頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑む。

リア「ううん、そんな・・・。いいわよ、これぐらい。でも、いったい何があったの?」

貴也「あはは・・・。ゴメン、理由は言えないんだ」

 不可解そうな顔で尋ねてくるリアに貴也は少し困り顔になって誤魔化そうとした。

リア「どうして!?空をキリモミしながら飛ぶなんてよっぽどの事よ。へたをすれば命に関わる大事故なのよ」

貴也「うん。分かってる。でも、悪いのはいきなりドアを開けたオレの方だから」

リア「・・・どういう事?」

 けれど、いくら貴也が誤魔化そうとしてもリアは追求の手を緩めない。

貴也「・・・」

リア「む〜・・・」

 困り顔の貴也がリアから視線を外しても、まだ見つめ続けてくる。

ベル「リア。それぐらいにしてあげなさい。貴也さん、困ってるじゃない」

リア「・・・分かったわよ。これ以上は聞かないでおいてあげる」

 そんな貴也の事を不憫に思ったのか、ベルが助け舟を出すとリアはしぶしぶながらも引き下がった。

貴也「ありがとう、ベル、リア」

 貴也は心底感謝した様子で双子たちにお礼を言う。

ベル「うん。でも、あんまりリアに心配かけさせるような事はしないであげてね」

 でも、キッチリ釘は刺すベルだった。

貴也「うん。じゃあ、オレは部屋に戻るよ。治してくれてありがとう、リア」

 そんなベルに貴也は生真面目な顔で返事を返すと共同リビングを出て行った。



ラム『よく無事だったね。普通、生き終っててもおかしくない衝撃だったと思うけど、意外と頑丈なんだね』

 そして共同リビングを出た途端、待ち構えられていたかのようにラムにいきなり話しかけられた。
 いや、実際待ち構えていたのだろう。
 でなければ、こんなタイミング良く現れられる訳がない。
 
貴也「ぁ〜・・・・・・ラムは、ひょっとして知ってるの?」

ラム『うん』

貴也「あはは。いくらクレアさんでもそこまではしないよ。きっと手加減してくれたんだよ」

 ラムはクレアの部屋の被害状況を直に見ているため、その威力がある程度予想出来ていた。

ラム(あの惨状はとても手加減してたような状態には見えないんだけど・・・。ま、いいか)

 ラムは貴也には言わぬが花であろうと思って、真実は黙っててあげる事にした。



 その頃クレアは

クレア「どういう事か説明してもらおうかしら・・・」

 自分自身の手で再生した部屋でメルを問い詰めている最中だった。

メル「どういう事って?ちゃんと貴也とは気まずい関係になれたでしょ」

 怖い顔で睨んでくるクレアとは正反対にメルは飄々とした顔でさらりと言ってきた。

クレア「そうだけど・・・。他に方法はなかったの?」

 そして気まずい関係になれた事が事実であるだけにクレアもこれ以上強い態度にはでれない。

メル「いいじゃない。ちゃんと下着は残しといたでしょ」

クレア「当たり前よ!丸裸にされちゃたまんないわ!!」

メル「そうでしょ。でも下着だけ残すのって難しいのよ。ちょっと加減を間違えるとたちまち全裸に」

クレア「そんな不確かな事は2度としないでちょうだい!」

メル「は〜い。でも、クレアさんがあそこまで照れるとは、ちょっと意外だったわ。
    温泉宿でバスタオル1枚で追い掛け回していた人と同一人物とは思えないわね」

クレア「いいこと、メル。‘見せる’のと‘見られる’のは違うのよ」

メル「う〜ん・・・。そうかもしれないけど・・・」

 クレアの説明は理にかなっているようだったが、どこか納得のいかないメルだった。
 本当にクレアは‘見られた’事を気にしているのかと。
 本当は‘見られた’相手が貴也だからではないか。
 そんな事を考えそうになってメルは慌てて打ち消した。
 そんな事は考えたくもなかったから。

メル「でも、あれはやり過ぎじゃない。
    アタシが咄嗟にPsiで貴也にシールドをかけてから軽傷で済んでたけど。
    そうじゃなきゃ生き終わってたわよ」

クレア「・・・・・・まぁ、ちょっとやり過ぎたかもしれないけど・・・」

 メルは気まずそうに視線を反らしながら言い訳してくるクレアを見て呆れ顔を浮かべる。

メル「・・・あれが本当に‘ちょっと’かしら?まぁいいけど。
    ともかく、今日1日はもう平和だと思うわよ。貴也も気まずくって話し掛け難いだろうし」

 そしてメルの予想通り、貴也はこの日はクレアに話し掛けてもこなかった。
 と、いうより、クレアからの拒絶のオーラが強すぎて話し掛けられなかったのだ。
 ちょっと目が合っただけでも、クレアはギロリと睨んでくるのだから声をかけられる訳がない。



 しかし翌日の早朝。
 クレアと出会った貴也は唐突に頭を深々と下げ、
 「昨日はすみませんでした」
 と、謝ったっきり頭を上げなかったので、
 クレアも
 「もう気にしてないわ」
 と、許すしかなく。
 2人の関係は以前のものに戻ってしまったのであった。


 
 そして昼過ぎ。
 学生組&貴也が学校でおらず、フォルも買い物に出かけた頃。

メル「クレアさ〜ん。新しい作戦考えたんだけど試してみない?」

 妙に張り切っているメルが共同リビングに駆け込んできた。

クレア「もう、いいわ」

 共同リビングでテレビを見ていたクレアはうんざりした様子で簡潔に答える。

メル「え?いいって、どういう事?」 

クレア「もう、メルは何もしなくていいわ。後はワタシ1人でやるから」

メル「ど、どうしてよ!?今度のは自信作なのよぉ!!」

クレア「だからよ!!アナタのやる作戦ってぜーんぶ裏目に出てる気がするのよ。
    だからもう1人でやるわ」

メル「そんな・・・アタシこんなにがんばってるのに・・・」

 メルはクレアから視線を外すと、寂しそうな顔ですねた。

クレア「そのがんばりが空回ってたら意味ないでしょ」

メル「うぅ・・・。そんな事言って。ホントはやっぱりアタシより貴也の方がいいのね」

クレア「はぁ?」

メル「ひどいわ!クレアさん・・・。アタシのこと捨てるつもりなのね・・・。
    アタシはこんなにクレアさんに尽くしてきたっていうのに・・・」

クレア「ちょっと、メル。アナタいったい何を言っ」

メル「アタシは身も心もクレアさんに捧げたっていうのに、
  捨てるのねぇーーーーーーー!!!」
 
クレア「人聞きの悪い事言わないで頂戴!!!」

セフィ「あの・・・」

 クレアとメルが怒鳴り合っている最中にひょっこり現れたセフィがおずおずと声をかけてくる。

メル「え?」

クレア「あ」

セフィ「その、えっと・・・。おふたりは仲が良いって思っていましたけど・・・。
    あの・・・そこまで深い仲だったなんてアタシ知らなくって、そのぉ・・・」

クレア「へ・・・」

メル「あら♪」

 戸惑った様子でシドロモドロに言うセフィのセリフに
 クレアは呆れ顔で空気の抜けたような声をもらし、
 メルは妙にうれしそうな顔で歓喜の声をあげた。

セフィ「あの・・・ですからその・・・何て言うか・・・」

 セフィは依然として困惑顔でシドロモドロに言葉を並べていたが、
 何か名案でも浮かんだのか不意に顔をほころばせると、

セフィ「結婚式には是非招待して下さい!!」

 ほがらかな口調で言ってきた。

クレア「イキナリ現れて勝手に勘違いした上、
   な〜にトチ狂った事言ってくれてんのよ!!!」
 
 クレアはそんなセフィに瞬時に駆け寄ると、襟首を掴んでギュっと締め上げる。

セフィ「・・の、・・・・・で・・ぅ。・・し・・・・さ・・い・・」
 訳:(あの、苦しいですぅ。放してくださ〜い!)

 セフィは締め上げられた合間から途切れ途切れに言葉を紡ぎながら涙目になって懇願した。

メル「ねぇねぇ、クレアさん。式の日取りは何時がいいかしら?」

クレア「アンタも!ありもしない話を勝手に進めるんじゃなぁい!!」
 
 ウキウキとした様子で言うメルにクレアはビシッっと指を突き付けて怒鳴りつける。
 
セフィ「ごほっ、ごほっ・・・。う〜・・・ひどいですぅ・・・」

 メルのおかげ(?)でクレアから解放されたセフィは苦しそうにノドを押さえて咳き込む。

セフィ「う〜・・・。じゃあ誰と結婚するんですかぁ?」

クレア「誰とも結婚しないわよぉ!!」
 
セフィ「ひっ!ご、ごめんなさい・・・」

 さらに余計な一言を言ったおかげでセフィはまたクレアに怒鳴られ、小さく縮こまった。

クレア「まったく、も〜・・・」

メル「なんだか、話がだんだんとずれていってる気がするんだけど・・・」

クレア「最初にずらしたのはメルでしょうが」

 指を顎にあてて思案顔のメルにクレアは呆れ顔でつっこんだ。

メル「あはは〜・・・」

 メルはクレアから視線を外し苦笑を浮かべながら誤魔化す。

セフィ「あの・・・結局おふたりはいったい何の話をされてるんですか?」

クレア&メル「「うっ!」」

 セフィの質問にクレアとメルは返事に困って同時に言葉を詰まらせた。
 まさか貴也にクレアの事を諦めさせるための相談をしていたなどと言える訳がない。
 かと言って嘘をついて誤魔化すことも出来ない。
 
クレア「あ〜・・・それはそのー・・・・・・・・・・」

 八方塞がりのクレアは結局何も言葉を続ける事が出来なかった。

メル「ねぇ、クレアさん。こうなったらセフィにも全部話しちゃったら」

クレア「正気なのメル!!」

 クレアは驚愕の面持ちでだらけた口調で言ってきたメルに振りかえる。
 見ると、メルはどこか投げやりな雰囲気を漂わせていたが目だけは本気だった。

セフィ「あの・・・なんか今すっごく失礼な事言われた気がしますけど・・・。
    でも、何か悩みがあるなら相談にのりますよぉ」

 セフィはどこか複雑そうな表情をしながらも心配そうにクレアは見てくる。
 そんなセフィの視線を受けながらクレアは長い間熟考していたのだが、

クレア「・・・ふぅ、分かったわ。藁にでも縋るような思いだけど、セフィにも協力してもらうわ」

 何かを諦めたかのような口調で言い放った。

セフィ「んー・・・?またなんか、引っかかるんですけど・・・」

クレア「気にしなくていいわ。そんな事より、今から聞く話はぜーーったい他のみんなには内緒にするのよ!」

 腑に落ちない顔をしているセフィにクレアはキツーク言い含めた。

セフィ「は、はい。分かりました」

クレア「よし・・・」

 クレアの剣幕に気落とされたようなセフィの返事に満足したクレアは今までの事を語り始める。

              ・

              ・

              ・

              ・

              ・
 
クレア「・・・・・と、いう訳なの。分かった?」

セフィ「はい!クレアさんは貴也さんが好きだったんですね」

クレア「アンタはいったいなに聞いてたのぉ!!!」

 自信満々で言ってきたセフィに怒声を浴びせるとクレアは再びセフィを締め上げた。

セフィ「ぐぇ!」

 しかも今度は直接首を締めている。

セフィ「・・・!  ・・・っ・・・・  ・・・ぃ・・・・・・ ・・・ぅ・・・!!」

バタ バタ

 声さえ漏らせず目を白黒させて苦しげにもがいているセフィの顔色が赤く変色し始める。

クレア「いい!もう一度だけ説明するからよーく聞くのよ!」

 そしてクレアはそのままの体勢でさっきと同じ説明をし始めたのだが、 

セフィ「・・・!  ・・・ぅ・・・・  ぅぅ!・・・!」

 当のセフィにそんな説明を聞ける余裕などあるはずもなく、ただもがき続けるだけだった。



ピク   ピク

 そして、セフィの顔が赤から青に変わり始め、もがく動きも緩慢になった頃

メル「ちょっとクレアさん。さすがにそろそろマズイんじゃない?」

 さすがに見かねたのかメルが止めに入った。

クレア「ふぅ、まったく・・・」

 メルに言われてセフィをポイっと放したクレアは重い溜め息を吐く。
 一方、解放されたセフィは床の上にぐったり倒れるとそのまま気絶してしまう。
 そして、クレアはセフィを蘇生させた後、また1から詳しく説明をし直すのだった。



クレア「・・・・・と、いう訳なの!今度こそ分かったわね!?」

セフィ「は、はい・・・分かりました・・・」

 険しい顔で念を押すクレアにセフィは怯えた様子で返事を返す。

セフィ「それじゃあ・・・クレアさんは貴也さんの事は嫌いなんですか?」

クレア「ん?べつに嫌いじゃないわよ」

セフィ「じゃあ好きなんですね」

クレア「どうしてそうなるのよ!!」
 
 クレアは声を荒げるとセフィをギロリと睨みつける。

セフィ「お、怒らないで下さいよぉ。嫌いじゃないなら好きって事じゃないですかぁ」

クレア「そうかもしれないけど・・・・。ふぅ・・・事はそう単純じゃあないのよ」

 クレアは重い溜め息をつくと、額に手をやり憂鬱そうに顔をしかめた。

セフィ「ん〜・・・。分かりましたぁ!この事はアタシに任せて下さい!」

クレア&メル「「ええっ!!」」

 セフィが胸をドンと叩きながら自信満々に宣言した言葉にクレアとメルは同時に驚愕の声をあげた。

メル「セフィ・・・アナタ自分が何を言ってるか分かってるの?」

セフィ「も〜。分かってますよぉ。貴也さんを説得すればいいんですよねぇ」

 セフィはメルのセリフにさも心外そうに答える。

メル「そうだけど・・・」

 そんなセフィを見て、メルはますます困惑の色を強めた。


  メル『ねぇ、クレアさん。どうしよう?』

  クレア『どうしよう、ったって。セフィに事情を話そうって言ったのはメルじゃない』

  メル『そうなんだけど・・・。まさかあの子があんな事言い出すなんて思ってなかったし・・・』


クレア「で、セフィ。アナタはいったいどうするつもりなの」

 Psiによる密談を一時中断したクレアはセフィに出方を聞いてみたのであるが、

セフィ「うふふ。それは秘密です。でも絶対成功しますよ。アタシ自信あるんです」

 不安そうな2人を他所にセフィは笑みを浮かべながら相変わらず自信満々である。


  クレア『どう思う?』

  メル『限りなく不安よね』

  クレア『そうよね・・・。あの自信満々な笑顔がますます不安をそそるわ』

  メル『でも・・・もしかしたら本当にうまくやるかもしれないわね』

  クレア『どうして?』

  メル『セフィは完全に事情を知ってしまっているアタシ達とは違って断片的にしか事情を知らない。
      だからセフィには真実じゃない事も言えるのよ。
      たとえば、クレアさん自身は絶対貴也に言えないような事もね』

  クレア『・・・』

  メル『ま、単純な話、セフィには意外性があるって事よ。
      セフィもやる気になってる事だし。させてもいいんじゃない。
      もし、失敗したって悪いようにはならないでしょうし』

  クレア『・・・・・・そうね』


 2人はPsiによる密談を終え、セフィに向き直った。 

メル「分かったわ、セフィ。やってみなさい」

セフィ「わ、いいんですかぁ。ありがとうございますぅ」
 
 メルにそう言われ、セフィはあからさまに喜んだ。 
 しかし、

メル「ただし」

セフィ「えっ、ただし?なんですか?」

 次のメルの言葉で怪訝そうに変わり、

メル「失敗したらお仕置きするわよ」

セフィ「お、お仕置きですか・・・。い、いったいどういう・・・」

 少し動揺し、

メル「それは、ゴニョゴニョゴニョ ゴニョゴニョゴニョゴニョ

セフィ「ひっ!ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーー!!!」

 メルに何か耳打ちされた後は顔面を蒼白にして悲鳴をあげた。

メル「分かったわね」

セフィ「は、は、はいぃ!!」

 ニッコリ笑って確認してくるメルにセフィはすっかり怯えきってカタカタ震えながら首をカクカクと縦に振る。
 
クレア「ねぇ。いったい何言ったの?」

 セフィの怯え方が普通でないため、さすがに気になったクレアが尋ねても、

メル「うふふ、内緒」

 メルは嬉しそうに笑ってはぐらかすだけだった。
 そして、そんな楽しげなメルの向かい側ではセフィがカタカタと震え続けていた。
 ともかく、こうして
 【藁にも縋る思いでセフィにやらせてみよう大作戦(メル命名。以下略)

 が発動するのであった。



貴也「ただいまー」

 そして夕方になり、貴也が英荘に帰ってくる。

クレア「む」

メル「おっ、帰って来たわね」

セフィ「いよいよアタシの出番ですねぇ」

 共同リビングでお茶したりテレビを見たりしてずっと待ち構えていた3人は、貴也の声を聞き、
 クレアはピクリと身体を震わせて、
 メルはどこか楽しげに
 セフィは意気揚々と
 それぞれの反応をした。

セフィ「じゃ、行ってきますね」

 そう言って玄関の方へ行ったセフィを2人は不安気に見送り、
 すかさず玄関に向かってPsiによる聞き耳を立て始めた。

クレア「本当に大丈夫なのかしら?」

メル「今更なに言ってるのよ。こうなったらもうセフィを信頼するしかないでしょ」



貴也「あ、セフィさん。ただいまです」

セフィ「おかえりなさい、貴也さん。あの〜、貴也さん。ちょっとお話しがあるんですけど、今いいですか?」

貴也「ん?いいですよ。何ですか?」

 

メル「さーて、セフィのお手並み拝見ね。いったいどんな手でいくつもりかしら」

クレア「・・・」



 2人が固唾を飲んで見守る(?)中、セフィの使った手は

セフィ「貴也さんはクレアさんの事を好きなんですか?」

 なんの捻りも無い、直球ど真ん中のストレートだった。



ガクッ

 それを聞いた2人は思わずづっこけそうになる。



貴也「えっ?あの・・・なんで、そんな・・・」

 そして、そう聞かれた当人である貴也は明らかに狼狽しており、戸惑った声をもらしている。
 密かに秘めていた自分の想いを他人からズバリ言われるなど予想だにしない事態なのだから当然だろう。

セフィ「あのですね。実はクレアさんは貴也さんの事を好」

 そんな貴也やクレア、メルの両人の戸惑いなどまったく気にせず、快調に滑ってゆくセフィの口は
   
グワシッ

 唐突に現れた手がセフィの後頭部を鷲掴む事によって中断された。 

セフィ「えっ!?あの、誰ですか?いったい何するんですか?」

 かなり強く掴まれているので頭を動かせないセフィは後ろが見えず、何者か分からないでうろたえ出す。

貴也「メルさん?」

セフィ「えっ?メルさんなんですか?」

 セフィの頭越しに確認した貴也の声によってセフィは自分を掴んでいる主はメルだと知る。

セフィ「も〜、メルさん放して下さいよぉ。どうしてこんな事するんですかぁ?」

 セフィは相手がメルと知って安心したのか、不満気に首を振って拘束から逃れようとする。
 しかし、メルはそんなセフィの言い分には構わず、さらに強く掴み、

メル「セ〜フィ〜。そんな事はどーでもいいから。ちょーっと、こっち来なさ〜い」

 そう明るい口調で言うと、セフィの頭を掴んだままずるずると引っ張って行く。
 
セフィ「いたた!痛いです!あの、メルさん。ちょっと、いったい何処に行くんですかぁ?」

メル「・・・」

 セフィは後ろ向きで引きずられたまま尋ねたが、メルは何も言わずに引きずって行く。

セフィ「あの・・・ひょっとして・・・。お仕置き・・・ですか?」

 しかし、無言の中に何か感じるものがあったのか、セフィは恐る恐る聞いてみた。
 その問いにメルは口の端をふっと歪めるだけの笑みで答える。

セフィ「ひっ!!」

 そのメルの笑みは頭を掴まれて後ろを向けないセフィには見えていなかったはずであるが、
 雰囲気で察したのか、セフィは恐怖の表情で固まり怯えだす。

ガラガラ ピシャン

 そしてメルはドナドナの子牛の様な瞳に涙を一杯に溜めたセフィを連れて外に出て行った。

セフィ「そんな!!あの、アタシ、何か悪い事しましたか?まだ何も失敗してないと思うんですけど。
    あの、その、や、止めてください。アタシそんな・・・イ、イヤです。お仕置き なんて、そんな・・・
    イヤ、イヤですぅーーーーー!!!お仕置きはイヤぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・

 だんだんと遠ざかってゆくセフィの悲鳴だけを残して。

貴也「・・・な、なんだったんだろう?」
  
 そして、1人玄関に残された貴也はあまりの展開の早さについてゆけず呆然としていた。
 ただ、セフィの様子があまりに悲壮だったため、彼女の先行きがひどく気になった。
 しかし、玄関を開けて外を見ても既に2人の姿はどこにもなく、探し出すのも何故か不可能に思われた。
 これ以上1人で玄関に佇んでいても仕方ないと思った貴也は共同リビングに入るためにドアを開くと、  

クレア「あっ!」

貴也「あっ!」

 そこには丁度クレアがおり、ばったりと鉢合わせしてしまう。
 そして2人はしばらく気まず気に見詰め合ったのだが、

クレア「お、おかえり、貴也」 

貴也「あ、はい。ただいまです」

 クレアが先に口を開く事でその均衡を破った。

クレア「じゃ、ワタシはこれで」

 そしてそのままの流れでクレアはその場を立ち去ろうとしたのだが、

貴也「クレアさん!」

 そうは問屋が下ろさず、貴也に呼び止められてしまう。

クレア「なに?」

 嫌々ながらも仕方なく振り返ったクレアであるが、

貴也「あの・・・。もしかして、今の聞いてました?」

 貴也の言葉を聞いて、すぐに振り返った事を後悔した。
 なんと答え難い質問をするのだろうと、貴也が憎らしくさえ思えた。

クレア「な」

 ‘なんの事かしら?’と、クレアはとぼけたかったが、嘘になるため口は動いてくれなかった。
 そのためクレアは‘な’と呟いた格好のまま貴也と見詰め合う事になる。
 これでは貴也の問いを肯定しているようなものだ。

クレア(くっ・・・。今程この嘘のつけない体が憎らしく思った事はないわ!!)

 しかし、そう思ってみた所で事態は一向に解決しない。
 クレアは何とか打開策を捻り出そうと頭を高速回転させ始める。

クレア(う〜・・・)

 しかし、たとえ光速で回転させたとしても、頭は空回りをするだけで一向に策は出なかった。
 
クレア(メルの奴ぅ〜。なにが‘失敗したって悪いようにはならないでしょう’よ!絶体絶命じゃない!
     あ〜。やっぱりセフィなんかを信用するんじゃなかったぁ!!)

 と、責任転換して現実逃避をしてみたが、もちろん何の解決にもならない。
 頭の中を色々な事が錯綜したのであるが、結局は無言で貴也と見詰め合う事となっていた。

貴也「・・・いえ、やっぱりいいです」

クレア「え!」

 だから、貴也はこう言い出した時、クレアはあからさまにほっとした。
 の、だが

貴也「やっぱりこういう事は自分の口で言わないとダメですよね」

 甘かった。危機は現在も継続中である。

貴也「聞いてください、クレアさん」

 貴也は真剣な顔でクレアに詰め寄ってくる。
 しかし、

クレア「イヤ」

 クレアはたった一言で切り捨てた。

貴也「え・・・あの・・・クレアさん?」

 あまりに簡潔な返事に貴也は完全に勢いを削がれて戸惑ってしまう。

クレア「貴也の話なんか聞きたくないわ!」

 クレアはその隙を逃さず、貴也の身体を押しのけると自分の部屋へ行くため階段を登り始める。

貴也「クレアさん!!」

 しかし、瞬時に我に返った貴也もクレアを追いかけ階段を登る。
 そして階段の頂上付近でクレアの腕を捕えた。

クレア「放しなさい!!」

貴也「イヤです!!」

 クレアは掴まれた腕を振り払おうとしたが、貴也は放さなかった。

貴也「どうして逃げるんですか?」

クレア「イヤなのよ!聞きたくないの!」

貴也「そんな、聞いてください!オレはクレアさんの事が」

クレア「やめて!!」

 クレアは貴也の言葉を遮るため、掴まれていた腕を力一杯大きく振るった。
 するとその腕は貴也の身体を押すように当たり、貴也はよろけた。
 ただでさえ足場の狭い階段の途中、そんな所で貴也は大きくバランスを崩す。
 その結果どうなるか。
 バランスを崩した貴也が踏み出した場所には当然何も存在しておらず何も踏みしめない。
 自然と貴也の身体は斜めに傾いでゆき、クレアを掴んでいた手も離れた。
 いや、手は離れたのではなく、危険を察した貴也自身が放したのだ。
 そして、貴也の身体は空を泳ぐように投げ出されると、

ダン ダダン ダン

 階段に何度も叩きつけられながら1階まで落ちていった。

クレア(え・・・)

 クレアはその光景をまるで幻でも見るかのように呆然と見ていた。
 頭の中が真っ白で何も考えることが出来ない。

 階段  窓から差し込む光  倒れているモノ  ジワジワと広がってゆく赤い色

 それらを見ても何も反応を示す事が出来ない程真っ白だった。
 ただ、頭がぐらぐらしてひどく気分が悪い。

ラム『貴也!!』

 そんなクレアの目にまた別の光景が加わった。
 何かが倒れているモノに近寄ったのだ。

ラム『クレア!何してるのさ。手を貸してよ!』

クレア「え・・・」

 そして、その何かにそう言われた事で、止まっていた脳が再び動き始めた。
 床には貴也が倒れており、そしてその頭は血まみれで、その血は今も床に広がり続けている。

クレア「たかや・・・・・・貴也!!」  
  
 そこでようやくクレアは認識した。
 自分がいったい何をしてしまったのかを・・・。


<つづく>