貴也とクレアのラブゲーム 第4話
階段から落ちた貴也は頭を強く打っており、出血もかなりのものだった。
しかし、幸いにして傷自体はそれほど深くはなく、クレアによるPsi治療で簡単に塞がり出血も止まった。
クレアとラムとで貴也を部屋まで運び、ベットに寝かせつけてPsiによる精密検査を開始する。
そして、クレアが精密検査を行っている最中、
フォル「ただいまー」
フォルが買い物から帰って来て英荘の中へと帰宅の呼びかけをする。
しかし、その声に対して返事を返す者は誰もいなかった。
フォル(みんな出かけてるんでしょうか?)
と、フォルは一瞬考えたが2階から人の気配はする。
なんとなく気になったフォルが2階に上がると人の気配は貴也の部屋からした。
しかも何やらただならぬ気配が。
コンコン
フォル「失礼します」
ノックと共に声をかけて部屋に入ったフォルが見たものは、
ベットの前に立って何かに手をかざしているクレアの後ろ姿だった。
ちらりと視線を動かすとベットの上には横になって目をつぶっている貴也の姿も見える。
フォル「クレア姉様。いったい何をなさっているんですか?」
ラム『あっ!フォル』
その声でフォルが扉を半分程開けて中を見ている事に気づいたラムが慌ててフォルへと駆け寄ってくる。
フォル「ラム。貴也さん、どうかされたんですか?」
ラム『ん・・・。実は・・・』
ラムは心配顔のフォルに貴也の身に起こった顛末を聞かせた。
フォル「えっ!」
すると、フォルは傍目にも分かるぐらいに青ざめた。
そして静かにベットに近寄ると貴也の顔をつぶさに眺める。
貴也の顔は血色もよく、やすらかで、ただ眠っているだけの様に見える。
そんな貴也の容態に少し安堵を覚えたフォルはちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
ラム『今、クレアが精密検査をしているところだから』
フォル「はい・・・」
2人はそのまま貴也を見守りながらクレアの検査が終わるのを待った。
それから少しだけ時が経ち。
クレア「ふぅ・・・」
クレアが小さく息を吐くのと同時に貴也にかざしていた手を下ろした。
Psiによる精密検査が終わったのだ。
フォル「クレア姉様。貴也さんの容態はどうなんですか?」
クレア「あっ、フォル。帰ってたのね」
クレアは集中していたためフォルが部屋に来ていた事に気づいていなかったらしく、少し驚き顔になる。
フォル「はい。それで貴也さんの容態はどうなんですか?」
フォルは律儀に答えながらも同じ質問を繰り返した。
クレア「大丈夫よ。脳も身体もどこにも異常はないわ」
フォル「そうですか・・・。よかった・・・」
クレアが小さく笑みを浮かべながらそう言うと、フォルは頬を緩めて大きく安堵の吐息を吐いた。
メル「ただいま〜」
その時、玄関がガラガラと開く音がなりメルの妙に弾んだ声がこの部屋まで響いてきた。
フォル「は〜い」
と、フォルが声を返しながら玄関に出迎えに行くと、
そこには、何処か目が虚ろでブツブツ何か言っているセフィを引きずって満足顔のメルが立っていた。
メル「ただいま、フォル」
フォル「おかえりなさい、メルさん。実は・・・」
フォルが返事を返してから貴也の事を説明し始めると、
メル「なんですって!」
メルは最後まで聞かずにセフィを放り出して2階へと駆け上がっていった。
そして放り出されたセフィは‘ゴンッ’と鈍い音をたてて頭から床に倒れ落ち、
セフィ「うっ!」
うめき声をあげた後、だらんと身体を弛緩させて動かなくなってしまう。
それを見たフォルは
フォル「あらあら」
と、あまり慌てても心配してもいないような声をあげながらセフィを介抱し始める。
そして1通り検査したところで外傷なしと診断。
Psiでセフィにかかっている重力を中和して軽くしてから共同リビングのソファまで運んで寝かしつけた。
それからしばらく経ってセフィの目が覚めた時、彼女はここ数時間の記憶をさっぱりと失っていた。
フォルの診断によると、よほど思い出したくない事があって無意識的に記憶をロックしている状態らしい。
その空白の数時間の間にセフィの身に何が起こったのか?
それは
セフィ「思い出したくない事なら、無理に思い出さなくてもいいじゃないですか」
本人がまったく気にしていない事により、永遠の謎とされてしまった。
それはともかく。
貴也の部屋までやって来たメルは、
メル「貴也は無事なの?」
開口一番そう聞いてきた。
そんなメルの慌てた様子に、貴也の看病をしていたクレアは苦笑を浮かべ、
クレア「大丈夫よ」
と、まず言った後、精密検査の結果、異常が無い事を伝えた。
メル「そう・・・よかった・・・」
クレアの説明を受けてメルがほっと一息ついた時、
ダダダダ
階段を誰かが駆け上がって来る音が響いて来て
ガチャ
ミリ「貴也は無事なの?」
ドアが開くのと同時にミリがメルとまったく同じ事を尋ねてきた。
ラム『ぷっ』
そんなミリを見て、ラムは思わず吹き出してしまう。
ミリ「なによぉ〜。なんでいきなり笑うのよぉ〜!」
そんなラムの行動がミリの気に障ったらしく、ミリは頬を膨らせながらラムを睨みつけた。
まぁ、人の心配をして駆けつけたのに、いきなり笑われては怒るなと言う方が無理な話ではあるが。
ラム『いや、他意はないんだよ。ただ、あまりに行動とセリフが同じだったものだから。
それがちょっと可笑しくってね。やっぱり姉妹なんだねぇ〜』
ミリ「ん〜?いったい何の事よ?」
ラムはまだ笑みを顔に貼りつけたままそう説明してきたが、
事情を知らないミリには何の事か分からず、相変わらず憮然とした顔のままラムを見ている。
ラム『それよりも、貴也の様子を見に来たんじゃないの?』
ミリ「そうだった。ねぇ、貴也、大丈夫なの?」
クレア「平気よ」
クレアはそう言い置いてから貴也の容態について説明してあげた。
ミリ「な〜んだ。全然大した事ないじゃない。あ〜あ、心配して損しちゃった」
ラム『やっぱり心配してたんだ』
ミリ「うっ・・・・・・、なによ!悪い!!」
ラムのつっこみに、ミリは不機嫌そうな声で、しかし顔は照れくさそうに赤らめながら怒鳴ってくる。
ラム『ちっとも悪くないよ。ミリは優しい子だからね』
ミリ「な、なによ!ア、アタシもう部屋に帰る!!」
ラムのからかうような言葉に、ミリはまずます顔を赤らめ逃げるように部屋を出て行った。
メル「・・・ラム。あまりミリの事からかわないでちょうだい」
ミリが出て行くのを見送ったメルはラムに向き直ると妙に真剣な顔と声で言ってくる。
ラム『えっ』
その声には殺気のようなものも含まれていたため、ラムは反射的に身を強張らせた。
しかし、
メル「ミリをいぢめていいのはアタシだけなんだから!」
続く言葉でガクンと緊張感が緩んだ。
ラム(はぁ、真剣な顔で何を言うかと思えば・・・)
妙に脱力した気分になったラムは苦笑を浮かべて
ラム『はいはい。メルもクレアもシスコンなんだから』
クレア&メル「「誰がシスコンよ!!」」
期せずしてハモってしまうクレアとメル。
ラム『お〜怖い怖い。怖いからボクも部屋に戻るよ。貴也の事はお願い』
ラムはちっとも怖がっていない素振りをしながら、おどけるように部屋を出て行く。
クレア「まったく・・・」
クレアはラムが出て行ったドアを睨みながら重い息を吐いた。
メル「ともかく、後は貴也が自然と目を覚ますのを待つだけよね」
クレア「そうね」
そうして2人はそのまま貴也が目を覚ますのをじっと待っていると、
ダダダダ
また誰かが階段を駆け上がって来る音が響いてきて
ガチャ
リア「貴也!!」
顔一面に不安の色を貼りつけたリアが部屋に飛びこんでくる。
そして、少し遅れてベルもドアの影から顔を覗かせた。
ベルより先に部屋に入ったリアはベットの上で眠る貴也の姿を見るなり青ざめた。
リア「貴也、貴也!」
そして次の瞬間にはベットに駆け寄り、声をかけながらゆさゆさとゆすぶっていた。
クレア「ちょっと落ち着きなさい!貴也は大丈夫よ」
クレアは慌ててリアを取り押さえると貴也から引き剥がす。
リア「クレア姉さん!貴也は、貴也はどうなの!?」
貴也から引き離されたリアは今度は矛先をクレアの方に向けてくる。
クレア「はいはい。今説明するから落ち着きなさいって・・・」
クレアはリアの矛先をやんわりと避けながら、疲れたような口調でリアを嗜める。
ベル「ほら、リア。1度大きく深呼吸してみたら」
リア「うん。すーー、はーー、すーーはーー・・・」
ベルに言われた通りに深呼吸をすると、少しだけリアの気が落ち着いてきた。
クレア「じゃ、説明するわよ」
クレアは今までフォルやミリに言った事とまったく同じ内容の説明をリアにも語った。
リア「そうだったんだ・・・」
リアは貴也の命に別状がない事を知り、かなり表情を落ち着かせた。
しかし、
リア「でも、どうして貴也は階段から落ちたりしたの?」
リアはフォルやミリとは違って容態を聞いただけでは満足しなかった。
貴也の治療と安全確認が最優先であったため、なんとなく後回しにされていた事故原因。
それをリアは眠り続ける貴也の前で睨むような目をしながらクレアに問い詰めたのだ。
クレア「!」
そして聞かれたクレアは声にならない声で答えた。
いずれは誰かに聞かれるだろう。
そう心積もりはしていても、最も聞かれたくない人に聞かれては、さすがに動揺が走ってしまう。
リア「クレア姉さん。いったい何があったの?」
現場を見ていたわけでも誰かに聞いたわけでもなかったが、リアにはなんとなく分かっていた。
貴也が怪我をした原因がクレアにある事に。
なぜなら、クレアが貴也を付きっきりの看病をしていたから。
普段ならクレアはこの手の面倒臭い作業はフォルにほとんど任せている。
しかし今はフォルがいるにも関わらず、交代せずにクレアが看病をしている。
それは何故か?
それは貴也が怪我をした原因がクレアにあるからではないか?
だから自責の念にかられて自ら看病を続けているのではないか?
そう、リアは推測したのだ。
クレア(言えるわけないじゃない。貴也がワタシに告白しようとしたから振り払った拍子に階段から落ちたなんて・・・)
クレアが反射的にそう思った時、
リア「なにそれ・・・。貴也がクレア姉さんに告白・・・。それっていったいどういう事!!?」
リアは呆然として、何か信じられない物でも見たかのような視線をクレアに向けてくる。
クレア「リア!!アナタ勝手にワタシの思考を覗いたわね!Lalka同士でそれをするのは御法度だって」
リア「今はそんな事関係ない!!それよりどういう事よクレア姉さん!?ちゃんと説明して!!」
クレアは咄嗟に話をそらそうとしたが、リアは怒気をはらませた言葉であっさりと一蹴する。
メル「えーっとね、リアちゃん。それは」
リア「メルさんは黙ってて!!」
メル「あ・・・はい・・・」
そして、助け舟を出そうとしたメルもリアのあまりの剣幕に一括されただけで撃沈し、すごすごと引き下がる。
リア「クレア姉さん・・・。貴也はクレア姉さんの事が好きなの?」
クレア「・・・・・・メル。ちょっとベルを連れて席を外してくれるかしら」
クレアは敵意さえこもったリアの視線を真っ向から受けながら、メルに視線だけ投げかける。
メル「クレアさん・・・・・・。ん、分かったわ。さ、ベルちゃん、行きましょう」
メルは不安そうにクレアとリアの事を見ていたベルを促して立ち上がった。
ベルはメルに促されながらも心配そうにリアを見ていたが、
そんなベルを安心させるためかリアが小さく頷いたので、
ベル「う、うん・・・」
結局はベルも承知して、色々な心残りを残しながらもメルと一緒に部屋を出て行き、
部屋には静かに眠る貴也とクレア、リアの3人だけが残された。
そして、出て行ったメルとベルの足音さえも聞こえなくなった頃、
リア「・・・クレア姉さん」
リアが話を促すように、静かにクレアの名を呼んだ。
クレア「分かったわ」
そして、クレアも全ての覚悟を決めたような真剣な顔つきで語り始める。
貴也と自分との間に何があったのか、
実際に起こった事柄だけを、
ただ淡々と・・・。
そして、全ての話を聞き終わったリアは、
リア「・・・そう」
意外にも冷静で、落ち着いた声と態度を保っていた。
少なくとも、表面上はそう見えた。
ただ、その顔からは表情というものが一切消え失せ、能面のようものになっていた。
リア「クレア姉さん。一つ、聞いてもいい?」
リアは、その能面のような顔にふさわしい、一切の感情のこもらない声で質問してくる。
クレア「なぁに?」
リア「クレア姉さんは貴也の事をどう思ってるの?」
クレア「えっ・・・」
リア「好き・・・なのよね。クレア姉さんも、貴也の事・・・」
クレア「っ・・・・・・」
そんな事ないわ!!
と、クレアは声を大にして叫びたかった。
しかし、実際には何の声も発することは出来ず、ただ沈黙だけが室内を流れてゆく。
分かっているのだ。
いくら頭で否定しようとも、いくら脳がまったく逆の事を考えようとも・・・。
心がそれは真実でないと。
心は決して嘘をつけないと・・・。
クレア「そうよ・・・。でも違うのよリア、そうじゃないの・・・。ワタシは・・・ワタシはアナタのためを思って」
リア「違わないわよ!!」
リアがそう叫んだ瞬間。
能面のようだったリアの顔から怒りの感情が奔流のように吹き上がった。
リア「ホントはお互いに好き合ってるくせに。
なのに自分の心は押し殺して、貴也を騙して身を引いて。
そうして純粋な貴也の気持ちを裏切って傷つけて。
そんな傷心でボロボロの貴也とアタシをくっつける・・・。
そんな事してもらったって・・・。
そんな事までして貴也に好きになってもらったって、
アタシちっともうれしくなんかないわよ!!
クレア姉さんのバカーーーーーーーーー!!!」
リアはクレアに罵声を浴びせ掛けると身をひるがえしてドアノブに手をかけた。
クレア「リア!!」
バンッ!
クレアはリアを呼び止めようとしたが、リアは構わず荒っぽくドアを開けると部屋を飛び出して行く。
クレア(何故・・・どうして・・・どうしてこんな事に・・・。くっ!)
リアに置き去りにされたクレアは苦渋を顔一面に浮かべながらきつく唇を噛み締めて俯いた。
全てはリアのため、妹たちのため、そう思ってした行動が何故か裏目の結果を出している。
何故こうなってしまったのか?何をどう間違ったのか?
確かに、さっきリアが言った事は間違っていない。
クレアがとった行動は決して誉められたものでも正しいものでもなかった。
まして、リアのためになるものでも決してなかっただろう。
しかし、それならばいったいどうしていれば良かったと言うのか?
クレアには何もかもが分からなくなってしまった。
貴也「クレアさん」
そんなクレアの耳に不意に自分を呼びかける声が届く。
見ると、貴也が布団から身を起こし、心配そうにクレアの事を見ていた。
クレア「貴也!目が覚めたの」
貴也「はい。それより、クレアさん。・・・どうして泣いてるんですか?」
クレア「なっ!何言ってるのよ!泣いてなんていないわよ!」
たしかにクレアの瞳には涙は1滴も浮かんではいない。
しかし、
貴也「そうですけど・・・。でも、オレにはクレアさんが涙を流さず泣いているように見えるんです」
クレア「っ!」
クレアは心臓をドキリと大きく跳ね上げて声を詰まらせた。
それはクレアの心情を完璧に捕えた言葉であったから。
確かにさっきのクレアは心の中で苦悩と後悔の涙を流していた。
それが表情にも現れていたのだろう。
それを貴也にズバリ見抜かれてしまったのだ。
貴也「オレ・・・好きな人にはそんな顔してほしくないです。好きな人には何時も笑っててほしいんです」
クレア「えっ!」
それは完全に不意打ちな言葉だった。
それゆえに、今の心を痛めて気弱になっているクレアの心には痛烈に響いてきた。
そして、頭の中が真っ白になった。
それと同時に心の反応が身体にも返ってきたように、ぐっと胸が苦しくなって息が詰る。
貴也「好きです、クレアさん。誰よりもアナタの事が好きです」
クレア「ダメよ!!」
しかし続く貴也の言葉をクレアは即座に大声で否定した。
まるで、その声で何もかもを振り払って絶ち切るかのように。
貴也「クレアさん?」
クレア「ワタシはダメ。ダメなの・・・。リアを・・・リアを選んであげて。
ううん。リアに限ったことじゃない。ベルでもフォルでも構わないわ。
あの子たちを・・・妹たちを幸せにしてあげて!
ワタシはいいの。あの子たちが幸せならそれで・・・。
だから貴也、ワタシはダメ。
お願いだから、あの子たちを選んであげて!!
お願いだから・・・お願いよ・・・」
クレアは一気にそこまで言い切ると貴也の服にしがみついた。
貴也「クレアさん・・・」
クレア「くっ・・・ぅ・・・ぅぅ・・・ぁ・・・」
そして顔を伏せたまま額を貴也の服に押し付け、小さく声を漏らし始める。
それは口から漏れるのを必死に押さえた嗚咽の響きであった。
貴也はクレアの頭に手を乗せ、もう片方の手を背中に回し、クレアを軽く抱き締める。
クレアも嫌がる素振りは見せずにされるがまま貴也に身を預けた。
そうすると、貴也の服に次々と丸い染みが出来始める。
それはクレアの瞳から流れ落ちた暖かい雫によるものだった。
そうして貴也はクレアの事を優しく労わっていたのであるが、
クレア「ぅぅ・・・お願い・・・お願いよぉ・・・」
嗚咽の合間に何度も続くクレアの懇願に対して頷く事も肯定の言葉を口にする事も決してなかった。
<つづく>