貴也とクレアのラブゲーム
   第5話


 貴也がクレアを胸に抱いてからどのくらいの時が過ぎただろうか?
 1分?
 10分?
 それともほんの10秒ほど?
 ともかく、貴也にとっては無限とも思える時間は

コンコン

 というノックの音と共に終わりを告げた。
 なぜなら、ノックの音が室内に響いた途端、クレアが

ビクッ!

 と、まるで驚いた猫のように大きく身体を振るわせて貴也から身を引いたからだ。
 そして

ガチャ
 
 と、ドアが開くなり、貴也を突き飛ばし、そのドアに向かって突進。

ドン!

ラム『うわ!』

 さらに部屋に入ろうとしていたラムを押しのけ、部屋を出て行ってしまう。

ラム『ねぇ、今クレアが飛び出して行ったんだけど・・・、何かあったの?』

貴也「ん・・・ちょと・・・ね・・・」

 貴也は表情に陰りを落としたまま言葉を濁し、小さく苦笑を浮かべる。
 ラムはそんな貴也の事を観察するように見つめながら窓の側まで歩いて行った。
 そして窓を開けてると、そこに腰掛け、少し翳りのある表情で貴也を見つめてくる。
 しかし、貴也にはラムの表情が窓から差し込む夕日が逆光になっていてよく見えなかった。
 
ラム『・・・そっか。とうとう言っちゃったんだね』

貴也「えっ?」

ラム『好きだって、言ったんでしょ。クレアに』

貴也「あ・・・・・・うん、そうなんだ。けど、どうして分かったの?」

ラム『あはは、ボクは何でもお見通しなのさ』

 不思議そうな顔で尋ねてくる貴也にラムは笑顔でそう答えたのだが、
 本当はたった今貴也の心を読んだから知っているだけである。

貴也「そうなんだ・・・。スゴイね」

 しかし、そうとは知らない貴也は馬鹿正直にラムの言葉を信じた。

ラム『で、クレアは何て答えたの?』

貴也「ん・・・・・・。ダメって、言われたよ・・・」

 貴也はそれだけをポツリと言うとラムから目を反らした。

ラム『そっか・・・』

 ラムもそれだけ返し、視線を窓の外へと向ける。
 窓の外は茜色を地平に微かに残すだけの夕闇になっていた。
 後十分も経てば辺りはすぐにでも闇に包まれてしまうだろう。
 ラムはそのまま薄れてゆく夕日を眺めつづけた。
 貴也もラムの背中越しにラムと窓の隙間から差し込む夕日の光を見つめた。
 そしてラムは夕日が山の裏手に落ちてゆくのを見届けた後、再び貴也の方に振り返った。

ラム『ねぇ、聞いてもいいかな?』

貴也「なに?」

 今までは逆光になっていて見難かったラムの表情も今の薄明かりの中ならハッキリ見える。
 ラムの表情はもう普段通りのものに戻っており、先程の翳りは微塵も残っていなかった。

ラム『どうして、よりにもよってクレアなんかを選んだの?』

 ラムのあまりの言い様に貴也は小さく苦笑を浮かべてから少し視線を宙にさまよわせる。

貴也「ん〜・・・。ラムは、クレアさんの事どんな人だと思う?」

ラム『えっ?そうだなぁ〜・・・。傍若無人で自分勝手で我侭で、何時も強気で人の言う事は聞かない。それに・・・』

貴也「いや、そこまででいいよ。うん、まぁ、でも・・・そうだね。オレも最初は強そうな人だなって思ってたよ」

 貴也はまだまだ続きそうなラムのセリフを途中で遮り、自分の意見を語った。

貴也「でも、クレアさんって時々、不意にとても寂しそうな顔をする時があるんだ。
    最初それに気づいた時は何かの見間違いかと思ったんだけど。
    でも、それは見間違いなんかじゃなかった。
    それで、クレアさんみたいな人がどうしてそんな顔するんだろうって気になりだして、
    そうして、クレアさんの事を気しながら見ている内に気づいたんだ。
    クレアさん、ご飯を食べている時でも、テレビを見ている時でも、みんなと楽しく騒いでいるそんな時さえ、
    クレアさんは瞳の奥で何故か暗くて深い哀しみの色を湛えているって事に・・・。
    それからはクレアがどんな楽しい時間を過ごしていても、どれだけ笑顔を浮かべていても、
    それは本当の笑顔じゃないんだって、心からの笑顔じゃないんだって、そう見えるようになっちゃって。
    そして思ったんだ。
    クレアさんの心にある闇を 瞳の奥にある哀しみを取り除いてあげたいって。
    そして本当に心から笑ったクレアさんの笑顔が見てみたいって。
    そんな風にクレアさんの事を気にかけながら何時も見ているうちに・・・・・・・・」

ラム『好きになってしまった、と?』

貴也「・・・うん」 

 言葉を途中で濁らせた貴也の後をラムが継ぐと貴也は照れくさそうにしながらも素直に頷いた。





 少し時間は巻き戻り、貴也の部屋を飛び出し自室へと駆けこんだクレアは、

クレア(なんて事なの・・・。よりにもよって貴也の前で、あんな・・・あんな醜態を晒すなんて・・・)

 顔面を片手で鷲掴むように覆いながら頭を垂れ、深く苦悩の淵へと落ちている最中だった。
 鷲掴んだ顔からは普段よりも高い体温が感じ取れる。
 そこから自分顔が真っ赤に火照りあがっているだろう事が容易に想像できた。
 その事がクレアの苦悩に増々拍車をかけてしまう。
 そしてクレアの脳裏では先程から貴也にしがみついて泣く自分の姿が何度も何度もリプレイされ、
 その度に身悶えるほどの恥ずかしさと悔しさと情けなさが全身を襲っていた。
 
クレア( どうして、こんな!こんな!!こんな事にぃ〜〜〜〜!!!)  

 クレアは頭を抱えて天を仰いだが、脳裏から自分の恥ずかしい映像は一向に消えてくれない。

クレア(あ〜〜!!顔から炎が噴射しそうだわ!!)

 できれば冷水で凍えるぐらいまで顔を洗いたい所であったが、今部屋を出るのは絶対嫌だ。
 今の自分の顔を誰かに見られるぐらいなら、終末が来るまででもこの部屋に閉じこもる方がまだマシだ。
 仕方なくクレアは顔を両手で覆ってしゃがみこみ、自然と冷えてゆくのを待った。
 その間も絶え間なく浮かんでくる映像を必死に打ち消しながら。




 
ガチャ

 貴也との話を終えたラムが部屋から1歩外へと出ると、

メル「どういうつもりなの?」 

 そこには壁に背を預け、腕を組んで立っているメルの姿があった。
 メルはそのままの体勢で目だけをジロリとラムに向けて尋ねてくる。
 ラムは一瞬、驚きの表情を浮かべのだが、それはすぐに不敵な笑みへと変わった。

ラム『立ち聞きとは、あまり趣味がいいとはいえないよ』

メル「ごまかさないでちょうだい。いったいを何を企んでいるの?」

ラム『企むだなんて心外だなぁ。ボクはただ、貴也の恋を応援しているだけだよ』

メル「どうしてよ?そんな事してアンタに何の益があるっていうの!」

ラム『益はあるよ』

メル「ふ〜ん。じゃあ、その益っていうのを聞かせてもらいましょうか」

ラム『ボクが貴也の事を生き終わらせられないからだよ』

 ラムはさっきまでふてぶてしい態度を一転させ、自嘲気味にそう答えた。

メル「どういう意味よ?」

ラム『そのままの意味だよ。
    ボクには貴也を生き終わらせる事はできない。
    だからといって素因をそのまま放置しておく事もできない。
    ならどうすればいいか?
    答えは一つ。貴也を生き終わらせる必要のない存在にすればいい。
    そしてその方法は2つ。
    貴也を素因でなくすか。もしくは、マリアと結ばれないようにすればいい』

メル「なっ!」

ラム『素因でなくすのは難しそうだったから、後者を選んだんだ。
    そして、最初はボクが貴也をとっちゃおうって思ってたんだけど・・・。
    でも、その時にはもう貴也の心にはクレアが住んでいたから・・・。
    だからボクは貴也の恋を後押しする事にしたんだよ』

メル「まったく・・・。余計な事を・・・」

ラム『まぁ、ボクが何かする前に誰かさん達は勝手に墓穴を掘って自滅していってくれたけどね』

 苦々しく呟くメルに対してラムはからかうような口調でそう言った。

メル「う・・・むむ・・・・・・そ、それは・・・」

 そしてメルは表情を苦々しげな色に気恥ずかしげな色を混ぜ合わせた顔にして口篭もった。
 ラムはしばらくに間そんなメルの姿を楽しげに見ていたが、

ラム『それで、メルはどうするの?』

 すぐに口調からからかう色を消し、一転して真剣な口調と眼差しで尋ねてきた。

メル「えっ?」

 しかし、メルにはその問いの意味が分からず、怪訝そうな顔でラムを見つめ返す。

ラム『貴也の想いは本物だよ。
    そして、クレアも貴也に惹かれている。
    そして、クレア自身もそれに気づき始めている。
    まぁ、本人は必死にそれを否定しようと、もがいてるみたいだけど、
    自分自身の心をいつまでも誤魔化せるもんじゃないから何時か気づくよ。
    その時、メルキュールはどうするの?』

メル「・・・」

 メルは表情を曇らせるだけでその問いに答えず、ただラムに背を向けてその場を立ち去った。





 本当は分かっていた。
 温泉宿で貴也の気持ちを知ったあの日から、何時かはこんな日が来るだろう事を・・・。
 数億年という時を共に過ごしたアタシたち。
 妹や仲間たちのが静かに眠る中、静かに基星を見守り続けるだけの日々・・・。
 そんな日々を共に過ごす間に、アタシたちは正に一心同体とも言える強い絆を手に入れた。
 しかし、その絆故にアタシたちはあまりにも近過ぎる存在となったのだ。
 あたかも鏡に映ったもう一人の自分自身であるかのように。
 そして、近過ぎるが故にアタシはクレアさんの事がクレアさん以上に分かってしまう。
 だから、いくらクレアさんが口では否定しようとも、クレアさんの本心がアタシには痛いほど分かるのだ。
 だんだんと貴也に惹かれてゆくクレアさんの心が・・・。
 けれど、それが分かっていてもアタシには何もできなかった。
 いくらアタシがクレアさんに愛を注ぎこもうとも、クレアさんはそれを受け入れてはくれないから。
 アタシの愛をクレアさんが受け入れる時、それは人類がベスティアであった時だけ・・・。
 そう、お役目として定められていたから・・・。
 だからアタシは現実から目を反らし、目をつぶり、真実を覆い隠し、知らない振りをした。
 そして、クレアさんも自分で自分の気持ちに気づいていないと自分に信じ込ませている。
 アタシにできるのはそんなクレアさんに付き合って道化を演じる事だけだった。
 けれど、そんな道化芝居もそろそろ幕を引かなければならない。
 なぜならアタシは・・・アタシたちは今岐路に立っている。
 このまま2人で共に怠惰の時を生き続けるか。
 それとも2つに別たれて別々の時を生きるのか。
 どちらがアタシたちにとってより良い未来なのか?
 どちらがより幸せか?
 決断しなければならない・・・。





 その頃、リアも一つの決断を迫られていた。
 貴也の部屋を飛び出した後、自分の部屋に戻ったリアはベットで膝を抱えて丸まっていた。
 しかし、リアは泣いている訳でも怒っている訳でもなく、ただ思案にくれているだけだった。
 自分の事、貴也の事、クレアの事。
 延々と考えつづけていた。
 だが、幾ら考えた所で答えはでなかった。
 しかし、それも当然だ。
 考えて答えが出る問題ではないのだ。
 その答えは貴也がだけが持っているのだから。
 だから本当に答えを知りたいのならば、どうすればいいのかもリアは既に分かっている。

リア「う〜・・・」

 けれど、その勇気はなかなか出そうになく、未だ膝を抱えたままぐるぐると頭を悩ませていた。





 そして静かに時は流れ、夕食の時間が訪れる。
 しかし、食堂に集まった人数はいつもよりも少なく、フォル、ベル、ミリ、セフィ、ラムだけだった。
 そこで、やって来なかったメンバーをベルとミリが様子見がてら呼びに行ったのだが、
 2人は誰も引き連れる事なく戻ってきたのだった。

フォル「あっ、ベル、ミリ。3人の様子はどうでしたか?」

ベル「リアは食欲がないから食べたくないって。顔も見せずにドア越しに言ってきたわ。
     クレア姉さんもいらないって・・・」

 ベルは小さく首を振ると暗い表情のまま答える。

ミリ「メル姉ちゃんもいらないって。
   でも、メル姉ちゃんがご飯いらないだなんて、いったいどうしたんだろ?」

フォル「そうですか・・・」

 2人の返事を聞き、フォルは哀しそうに顔を伏せた。

ラム『貴也は大事をとってまだ部屋で休んでるし。今日の夕飯はこれで全員集合かな』

セフィ「あの〜。どうして今日はこんなに人が少ないんですか?」

・・・・・・
 
 1人だけよく事情の分かっていないセフィの問いに答える者は食堂には誰一人おらず、
 ただ、気まずい空気だけが食堂内を漂った。

セフィ「・・・」

 セフィもそんな雰囲気を感じ取ったのか静かに押し黙る。

フォル「・・・・・・・じゃあ、わたしたちだけでいただきましょうか」

ベル「うん」

ラム『そうだね』

フォル「では、いただきます」

ベル ミリ セフィ ラム『「いただきます」』

 こうして、フォルの合図で夕食が始まったものの、
 皆、何時もより口数が少なく、とても静かな夕食風景が流れた。






 そして皆が静かに食事を取っている頃、

コンコン

リア「貴也、いる?入っていい?」

 リアはこっそり1人で貴也の部屋を訪れていた。
 無け無しの勇気を振り絞り、ある決意を胸に秘めて。

貴也「リアかい?どうぞ」

 ドア越しに貴也の許しを得たリアは

リア「すーーー・・・はーーー・・・」

 大きく深呼吸をした後、出来うる限りこっそりと貴也の部屋へと入っていった。




 そして、その少し後、

コンコン

メル「クレアさん。いる?」

 実はメルもこっそりクレアの部屋を訪れていた。

クレア「メル?いるわよ。どうぞ」

メル「おじゃましまーす」

 そしてメルが部屋に入って見たものは、ベットに腰をかけながら窓の外を眺めているクレアの姿だった。
 窓の外に目を向けると、空には真円より少し欠けた月が輝いていた。
 部屋に電気は点いておらず、窓からの月明かりが唯一の光源だった。
 そして、その月光はクレアの横顔を弱々しく照らし、クレアの姿を幻のように儚げに浮かび上がらせている。

メル「っ!」

 メルは一瞬、クレアがそのまま月光に溶けて消えてしまいそうな錯覚に陥った。
 メルは慌てて蛍光灯から垂れ下がる紐を引っ張り、人工的な明かりで部屋を満たした。
 すると、そこにはいつもと変わらぬクレアの姿があり、メルをほっとさせる。
 しかし、その表情だけは何処か疲れたような憂いを帯びたままだった。

クレア「どうしたの、メル?なんの用事?」

メル「ん〜・・・。ちょっとね」

 メルはクレアの声からも疲れを感じ取り、自分は努めて明るく答えた。
 そして、メルはベットが弾む程の勢いで自分もベットに腰掛ける。
 クレアはベットがぐらぐらと揺すられる感触に一瞬眉をひそめたが何も言わなかった。

クレア「メル・・・。もうワタシ疲れたわ・・・。1度に色々な事が起こり過ぎて、もう何がなんだか分からないわ!!
     ねぇ・・・いったい、ワタシはどうすればいいの?どうすればよかったの・・・・・・」.

 クレアはそう言うと‘はぁ’と重い溜め息をついてうな垂れた。
 メルはそんなクレアの事を心配そうに見つめていたが、
   
メル「ねぇ、クレアさん。クレアさんにとっての幸せって何?」

 クレアの質問には答える事なく、逆にまったく違う質問をぶつけ返してきた。

クレア「どうしたのよ、メル?ずいぶんいきなりな質問ね」

メル「いいから答えてよ」

 不可解そうな顔をしているクレアにメルは口を少し尖らせながら促す。

クレア「そうね・・・。妹たちが幸せになる事かしら・・・」

 クレアは少し目線を上げて思案顔になった後そう言った。

メル「ん〜・・・。そうじゃなくって、クレアさん自身の幸せの事よ」

 メルは不満そうにしながら質問を言い直した。

クレア「えっ?ワタシ自身の事?そんな事、考えた事もなかったわ・・・。
     ううん。ワタシ自身の幸せなんて、もうとっく昔に捨ててしまったわ・・・」

 クレアは少し遠くを見るような表情に寂しげな影を落としながら答える。

メル「そんな・・・」

 メルはそんなクレアの顔を痛ましげに見つめる。

クレア「いいのよ。ワタシの事なんてどうだって・・・。
     妹たちさえ幸せになってくれれば、ワタシはどうなったって構わない・・・」

メル「違う!クレアさんは間違ってる!!そんなの絶対おかしいわ!!」

 メルは険しい表情を浮かべながら怒ったような口調で言ってくる。

クレア「メル!?」

メル「クレアさんは幸せにならなきゃダメ!誰よりも何よりも絶対に幸せにならなきゃダメよ!!
    自分はどうなったっていいなんて・・・。そんなの間違ってるわよ!!」

 メルはそう言い叫ぶとクレアに抱きついた。

クレア「もう・・・どうしたのよ、メル?」

 クレアはメルのあまりの剣幕といきなりの行動に戸惑いながらも優しく抱き止めてあげた。

メル「クレアさん。そんな哀しい事ばかり言わないでよ。
    クレアさんだって幸せになっていいのよ・・・」

 メルはクレアの胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で言ってくる。
 クレアはメルの子供のような行動に苦笑を浮かべながらも髪を撫でてあげた。

クレア「ありがとう、メル。でもね・・・」

メル「でもはなし!!」

 メルはガバッと顔を上げて、すぐさま釘を刺してくる。

クレア「もう・・・困った子ね・・・」

 クレアはそんなメルの態度に増々苦笑を深くした。
 
メル「クレアさん・・・。貴也はすごい奴よ」

 メルは話題と同時に今までの態度や口調、表情までもを一変して沈んだものに変えた。

クレア「えっ?」

 クレアはメルの豹変振りと言葉の内容に戸惑った声をあげる。

メル「ほんの数ヶ月一緒に暮らしただけなのに、クレアさんの本質を見抜いて、心まで許させて」

クレア「ちょっとメル!ワタシが何時貴也に心を許したって言」

メル「それに!アタシが何億年かけても出来なったことをしようとしてる・・・」

 メルはクレアの言葉尻に自分の大声をかぶせて、自分の言葉を進めた。

クレア「・・・」

メル「アタシ、本当は嫌で嫌でしょうがなくって、絶対こんな事言いたくなかったんだけど・・・。
    アタシ・・・貴也にならクレアさんを譲ってもいいわ」

クレア「なっ・・・メル!!」

メル「だって!!」

 メルは再び声を張り上げてクレアを黙らせる。
 
メル「悔しいけど、嫌だけど、本当はアタシがクレアさんを幸せにしてあげたかったけど!
    でも!貴也の方がアタシよりクレアさんの事、幸せにしてくれそうだから・・・。
    だから・・・。クレアさん、もっと自分に素直になって・・・」

 メルは少し震えた声でそう言い終えると瞳にうっすらと涙を浮かべ、

ヴン

 レヴィテイションで姿を消した。

クレア「メル・・・」

 そして1人とり残されたクレアはただ呆然とメルの消えた空間を何時までも眺めていた。





 そして夜も深けて、皆が静かに寝静まろうとする時刻。
 クレアは自分のベットで横になっていた。しかし眠っているわけではなく、その目は開いていた。
 だからといって、その目が何かを見ているわけでもなく、ただ視線が天井を向いているだけだった。
 今、クレアの脳裏では今日までに起こった様々な事がよぎっていた。
 貴也から言われた事、リアに怒鳴られた事、メルに告げられた事、そして自分が言った事。
 何が正しくて、何が間違っていたのか?
 どうすればよかったのか?何が悪かったのか?
 今までの自分の行動は始まりから全てが一環して愛する妹達のためを思っての事だった。
 そう、天界号から先に双子たちを地上に降ろしてから今までずっと・・・。
 なのに、その妹からは拒絶され、嫌われてしまった。
 どこから間違ったのだろう?
 それとも、そもそも最初から間違っていたのだろうか?
 リガルード神の教えに逆らおうと考えたあの時から・・・。
 ならば、やはりワタシたちは全て定められたとおりにしか動けないのだろうか?
 それではいったいワタシたちは何のために・・・。 

クレア「くっ!」

 クレアは頭に浮かびそうになった否定的な考えをすぐに打ち払った。
 そして身体を回してうつ伏せになると、枕に顔を押しつける。
 その時、不意に

コンコン

 と、小さく控えめなノックがクレアの耳に届いた。

リア「クレア姉さん、起きてる?」

 そしてドア越しに小さくリアの声が響いてくる。

クレア「リア!?」

 まさかリアが自分を訪ねてくるなどと夢にも思っていなかったクレアは慌てて飛び起きてドアを開けようとした。

リア「あっ!ドアは開けないで。
   顔見合わせたら、またケンカ腰になっちゃうかもしれないから・・・、このままで」

 クレアはドアノブに向かっていた手をそのままドアへとそえた。
 まるで、ドア越しにリアの温もりを感じ取ろうとするかのように。
 そしてそのまま静かにリアが話し出すのを待った。

リア「・・・」

クレア「・・・」

 しかし、何時まで待ってもリアは何も言い出さない。
 そんなに言い難い内容なのだろうか。
 リアは今、怒っているのか、困っているのか、戸惑っているのか。
 そのどれもが、ドア越しで顔さえ見えないクレアには一切分からない。
 そのため、ひどい焦燥感がクレアの中に渦巻き始める。
 それでもクレアは静かにリアが話し出すのを待った。
 いかなる言葉を投げかけられようとも、全て受け止める覚悟を固めて。

リア「・・・さっきは、ごめんなさい」
 
 そして、ようやく出てきた言葉を聞き、クレアはすっと胸が軽くなった。
 今まで胸の奥でわだかまって黒い固まりが一瞬で消え去った様に。

クレア「ワタシこそ、ごめんなさい。確かにワタシはリアの気持ちも考えずに勝手な事をしていたわ」

 自然とクレアの顔には安堵の笑みが浮かび、思っていた事が素直に口について出た。

リア「ううん、もういいの。クレア姉さんがアタシの事を思ってしてくれてたんだって事は分かるから・・・」

クレア「そう・・・」

リア「・・・」

クレア「・・・」

 そこで2人の会話は再び途切れた。
 今度の沈黙は先程までに重苦しさは無いものの、同等の緊張感を孕んでいた。
 そのため、クレアは簡単に口を開く事が出来ず、再びリアが話し出すのを根気よく待たねばならなかった。

リア「アタシ・・・さっき貴也に告白してきたの。アナタが好きですって・・・」

 そして1分程経った後にようやく響いてきたリアの言葉にクレアは度肝を抜かれた。

クレア「ええっ!!そ、それで?」

 あまりの衝撃にクレアの口調がシドロモドロになる。

リア「うん。そうしたら貴也は‘ありがとう’って言ってくれて・・・。
   でも、その後‘ごめん’って・・・」

クレア「な、なんですってーーーーーー!!」

 部屋の中からクレアの絶叫が響くと同時に、ドアノブがガチャガチャと鳴り始める。

リア「わわっ!ま、待ってクレア姉さん!!」

 放っておくと貴也の部屋に殴り込みそうな勢いのクレアをリアはドアごと押し留めた。

クレア「なに言ってるのよ!ワタシの可愛い妹を振るなんて万死に値するわ!!」

リア「い、いいのよクレア姉さん。アタシ、こうなるって分かってて告白したんだから・・・」

クレア「リア・・・」

 リアがそう言うと、ドアの内側からかかっていた圧力が無くなり、ドアノブの音も止んだ。

リア「貴也はやっぱりクレア姉さんの事が好きなんだって。
   本当にすまなさそうに、見てるこっちの方が気の毒に思えるぐらいの表情で言ってくれたわ。
   だからいいの・・・」

クレア「・・・でも、ワタシはアナタに貴也と結ばれて欲しいの。
     お役目だとかそんな事は関係ない。ただ、リアに幸せになって欲しいだけなのよ」

リア「ありがとう、クレア姉さん。
   でも、クレア姉さんがアタシの幸せを願ってくれているのと同じように
   アタシもクレア姉さんの幸せを願っているの。
   そして、クレア姉さんの幸せは、今ほんのちょっと手を伸ばすだけで届く所にあるの」

クレア「でも・・・ワタシは・・・」

リア「貴也はね、本当にクレア姉さんの事が好きなのよ。
   なのに、何時までもクレア姉さんがそれじゃあ貴也が可哀想よ。
   それに、アタシも可哀想。
   これじゃあ、アタシって振られ損じゃない。
   心配しなくても貴也なら大丈夫。だってアタシが見初めた人だもの。
   かなり鈍くて頼りない感じもするけど、
   誰かを悲しませたり不幸にしたりは絶対できない人だから」

クレア「嘘よ。貴也はリアの事を悲しませたじゃない」

リア「・・・そうね。でも、アタシ不幸にはなっていないわよ。
   だって、貴也は代わりにアタシの大好きなヒトを幸せにしてくれるんだから」

クレア「・・・ふん。まったく・・・、ワタシたち姉妹はどうしてこうも不器用なのかしらね。
     自分の事を1番に考えて行動すれば、もっと楽に生きられるっていうのに・・・。
     み〜んな自分の事よりも他人の事を優先して考えてしまうんだものね」

リア「うふふ、ホントにそうよね・・・・・・。
   さ〜て、アタシの話はそれだけ。後はクレア姉さん次第よ。
   周りの事は気にせず自分の事だけを1番に考えてみて。
   そして、その結果どんな答えを出してもいいけど。
   決して後悔するような事だけはしないでね」

クレア「・・・分かったわ」

リア「うん。・・・じゃあ、おやすみなさい、クレア姉さん」

クレア「おやすみ、リア」

 クレアはドア越しにリアが遠ざかってゆくのを感じながらドアから手を放した。





 翌日早朝。

 何時ものように目を覚ました貴也が部屋のドアを開けると、
 そこには、にこやかな笑顔を浮かべたクレアが立っていた。

クレア「おはよう、貴也」

 そして、さわやかに朝の挨拶をしてくる。
 一瞬、呆気にとられた貴也であったが、クレアの浮かべる笑顔を見て、貴也自身も頬を緩め、

貴也「おはようございます、クレアさん」

 こちらも、さわやかに挨拶を返した。
 クレアはそんな貴也の姿を満足そうに眺め、小さく2回、うんうんと頷いた後、

バッチーーーーーーン!!

 と、大きく音が響きわたる程の平手打ちを貴也の頬に炸裂させた。

貴也「うっ!!」

 重い衝撃を頬に受けた貴也は後ろによろめきながら壁に手を付き、倒れこみそうな身体を支えた。
 そしてジンジンと痛みを発しながら、だんだんと熱を帯び始めた頬を押さえ、

貴也「は?え?・・・」

 目を白黒とさせ、訳の分からないといった呆気にとられた表情でクレアの事を見た。
 クレアはそんな貴也の姿を見て、フンっと鼻を鳴らし、

クレア「よくも、ワタシの可愛い妹を泣かせてくれたわね〜〜」

 と、凄みのある声を響かせながら貴也を睨みつけてきた。

貴也「あ・・・」

 その言葉で全てを理解した貴也は申し訳なさそうに表情に影を落とした。
 しかし、次の瞬間には強い意思を瞳に宿し、クレアの事を見つめ返してくる。

貴也「すみません、クレアさん。でも、オレはやっぱりクレアさむぐ

クレア「ストップ!!」

 貴也のセリフはクレアの手で口を塞がれ、途中で止められてしまう。

クレア「それ以上言ったら後悔するわよ」

貴也「むぐむぐ?」

 貴也はむぐむぐと疑問の言葉らしきものを口にしたが、クレアはまったく取り合わない。

クレア「ワタシは料理なんて作らないし、洗濯、掃除、家事全般一切しないわよ」

 クレアはそのままぶっきらぼうに言いきった。
 そして静かに貴也の口から手を放すと、気まずそうに視線を貴也から反らす。
 貴也はそんなクレアのことを呆然とを見つめ、クレアの言った言葉を脳へと染み渡らせてゆく。
 そしてよく見ると、クレアは頬をほんのりと桜色の染めているのが分かった。
 それらの事実を脳が完全に理解した時、貴也は口元には自然と笑みが浮かんでくるのだった。

貴也「平気です!料理はオレが作りますし、家事もオレがします」

クレア「・・・ワタシって意外と嫉妬深いわよ。
     もし、浮気でもしようものなら、生き終わる半歩手前まで痛めつけるわよ」

貴也「浮気なんて絶対にしませんから、そんな心配いりません」

クレア「・・・」

貴也「・・・」

 クレアがどれだけ言い募ろうと、貴也は柔らかい微笑みを浮かべたまま暖かくクレアを見つめ続けていた。
 けれど、クレアの方は俯いたり横を向いたりして絶対に視線を合わせようとはしない。
 それでも貴也の態度は変わらない。
 2人の間に言葉が途切れた間も、その暖かい視線はクレアに注がれ続けていた。
 そんな時間がしばらく続いた後、クレアはグッと身体に力を込め、そして

クレア「・・・・・・な・・・いよ

 小さく何かを呟いたのだが、その声はあまりに小さくて、貴也にはうまく聞き取れなかった。

貴也「えっ?なんですか?」

クレア「・・・・・・・・・・・・」

 貴也が聞き返すと、クレアは長い逡巡の後に顔を上げ、キッっと貴也を睨み、

クレア「幸せにしなさいよ!!」

 今度はハッキリとした怒鳴るような口調で言いきった。
 さすがに今度はちゃんと聞き取れた貴也であったが、

貴也「えっ!?」

 クレアの表情と言葉の内容がまったく噛み合っていなかったため、再び聞き返していた。

クレア「リアを泣かせるような事までしてワタシを選んだのよ。絶対、絶対幸せにしなさいよ!」

 そう言うクレアの顔は照れているのか、恥らっているのか、それとも喜んでいるのか怒っているのか、
 ともかく色々な感情がごちゃ混ぜになっていてよく分からないモノになっていた。
 しかし、そんなクレアの表情からでも、読み取れる事が2つだけあった。
 それは、このセリフを言うためにクレアはかなりの勇気と覚悟を振り絞ったであろうという事。
 そして、今クレアはとても緊張しながら貴也の返事を待っているであろうという事だ。

貴也「・・・はい。必ず、絶対に、全てのモノに誓ってクレアさんの事を幸せにします」

クレア「そうよ!絶対によ!でないと承知しないんだから!!


<エピローグへ>