英荘の一番貧しい日々
時は夕方。
日もそろそろ落ちてきて、もうすぐ夜の帳が降りてきそうな時間帯。
フォル「みなさーん。ごはんですよー」
いつものフォルの掛け声がかかり、英荘の面々が食堂まで集まってくる。
そこで一同が見た今夜のメニューは、
ご飯とお味噌汁、
テーブルの真ん中に鎮座する大皿の上に盛ってある大量のキャベツの炒め物、
後は漬物が少々、
それだけだった。
ラム『今日は、また・・・やけにシンプルな献立だね・・・』
ラムは見た目そのままの率直な感想をもらした。
他のみんなも内心では似たような感想を持っているのか訝しげな表情だ。
フォルが夕飯で手を抜いたりするわけはない。
だとすると、何か理由があるはずだ。
フォル「すみません・・・。実は冷蔵庫の中に料理に使えそうな材料が、もうキャベツしか残っていなかったものですから・・・」
メル「ねぇ、今日の買い出し係って誰?」
貴也「あの・・・。実はもう買い出しするためのお金さえ残っていないんです・・・」
そう。
理由は至極単純明快。
金欠なのである。
今英荘は先日行った増改築工事のため、未曾有の大貧困にさらされていたのだった。
リア「えっ!?英荘の財政って今そんな状態なの?」
ベル「うん・・・。実はそうなの・・・」
ベルは通販をしていてお金をいじる機会が多いためか、英荘のお金の管理を一手に引き受ける、財務大臣に任命されていた。
そのベルの手元には本当に数えるくらいしかお金は残っていなかった。
ただ、ガス、電気、水道代が払い終えられたことは唯一の救いであったろうか。
ジゼル「そういえば、最近夕飯が質素になってきてたよね・・・」
ラオール「そういやぁ肉食ったのってずいぶん昔な気がするぞ」
セフィ「でも昨日はさすがにここまでひどくなかったですよ。たしかおかずが後2品はついてましたしぃ」
セフィが味噌汁の中をかき混ぜてみると、どうやら具はネギと豆腐だけらしい。
ラオール「誰だ!こんな無計画な増改築計画たてた奴?」
普段から大飯食らいのラオールが一番今の現状に危惧を抱いているのだろう。
声を荒げて周りを見渡した。
クレア「アタシよ!それに無計画じゃないわよ。計画通り予算内で増改築は完了してるじゃない」
その声に対してクレアは堂々と胸を張って反論を返す。
が、しかし
ラム『その後の生活が成り立ってないのも計画の内?』
クレア「うっ」
ミリ「こういうのを無計画って言うんじゃないの?」
クレア「う・・・」
リア「クレア姉さんって詰めが甘いのよね・・・」
クレア「うぅ・・・」
初めは胸を張って反論していたクレアも周りからの冷たい視線にじょじょに小さくなっていった。
フォル「まぁまぁ。クレア姉様はみんなのためを思って増改築計画を立ててくれたんですから。
そんなに責めないでやってくださいな」
メル「そうよ。今日のところはこれで我慢しましょ」
フォルとメルの取り成しによって食堂にようやくいつもの雰囲気が戻ってくる。
フォル「それでは、皆さん」
一同『「いただきます』」
そして食後。
皆が食後のお茶がすすっているなかフォルから現状報告がなされた。
フォル「実はお米ももう残り少ないんです。
後はお味噌とか、お漬物とかしか残っていないですし・・・。
明日からはどうしましょうか?」
ミリ「うわっ、それってかなり危ない状態じゃない!」
ベル「そうなのよ。実は何か早急に手をうたなくちゃならないの」
フォルの報告を聞いて、一同にようやく危機感と緊張感が生まれてくる。
ラオール「そう言っても、オレたちのバイト代はもう前借しちまってるしな・・・」
貴也「そうだよね・・・」
貴也とラオールはすでに改築前に前借できそうなバイト先からはすでに借りている身だった。
ラム『ボクのところは前借は出来ないし・・・』
ジゼル「あたしも何かアルバイトが出来たらよかったんですけど・・・」
今まで目の事で誰かのために何かをしてあげるという事がなかなか出来なかったジゼル。
しかし目が治った今では積極的に何でもしてみようと活発に動こうとしていた。
ラオール「お前はまだ学生だろうが。そんな心配するな」
しかし今までの癖が抜けていないラオールの過保護ぶりによってあまり身動きはとれないでいる。
ジゼル「でも・・・。ベルさんはお洋服を売ったりして家計の手助けしてるよ。あれはアルバイトじゃないの?」
それでもささやかな抵抗を試みるジゼルではあった。
が、
ラオール「あれはベルの趣味だ」
一言であっさりと否定されてしまう。
ベル「あっ、ひど〜い!」
そんなラオールの一言はベルはひどく憤慨させた。
ベルは決して趣味だけで商売をしているわけではないのだから。
だからと言って完全に趣味ではないという訳でもないのだが。
それが分かっているのかラオールもあえてベルの事は無視した。
今のラオールにはベルの機嫌よりもジゼルの保護の方が最優先だったから。
ラオール「いいから、お前はフォルの家事の手伝いでもしてやっててくれ」
メル「そうそう。学生組はお金の心配なんてしなくていいのよ」
ジゼル「うん・・・」
ラオールだけならともかく、他の人にまで言われては引き下がるしかないジゼルだった。
クレア「ところでベル。アナタの方の売上はどうなの?」
ベル「うん・・・。
実は増改築の前に在庫の一斉処分で大安売りしちゃったから、良い物はもう残ってなくてぜんぜん売れてないの。
品物の在庫自体も少なくなってるから新しく仕入れたいんだけど、先立つ物がないし・・・」
クレア「そう・・・。それじゃあ今度まとまったお金が入ってくるのは何時になってるの?」
ベル「え〜と・・・。7日後に貴也さんのお父さんの印税が入る事になってるみたい」
財務大臣であるベルは頭の中で英荘の月間収支予定表を思い浮かべながら答える。
貴也「うん。たしかそうだったね」
貴也も自分の記憶を探りながらカレンダーを見て頷いている。
実のところ、この印税が英荘の一番の収入源になっていた。
セフィ「じゃあ後一週間なんとか持ち堪えればいいんですね」
メル「根本的な解決にはなっていないような気はするけど、そうね」
クレア「それじゃあ、みんな!この危機的状況を打開するための手段を各自で考えておいて頂戴。
でないとみんなで飢え死にすることにもなりかねないからね」
一同『「は〜い』」
こうして、確かな解決策は出ていないまま今日という日は終わった。
そして翌朝
フォル「それでは、皆さん」
一同『「いただきます』」
と、言って手を合わせた皆の前にはご飯と、お味噌汁と、お漬物だけがあった。
ラム『今朝はまた、一段とシンプルになったね・・・』
今朝もラムは見た目そのままの感想をもらす。
皆もすでに分かっているのか何も言わずに自分の席についていたが、不安の表情が顔に浮かぶのは隠し切れない。
セフィ「今日のお味噌汁・・・具が入ってないです」
セフィはただの茶色い液体な味噌汁を見つめながら悲しそうに呟く。
ラオール「七味でも入れるか・・・」
ラオールは少しでも具を増やそうとでも思ったのか七味唐辛子を味噌汁に振りかけた。
フォル「すみません・・・。実はこれでお米もお漬物もすべてなくなってしまったんです」
ミリ「ええ〜!!じゃ、じゃあ何が残ってるの?」
フォル「あの・・・。実はもうお味噌がほんの少しと調味料類とかしか残ってないんです」
ミリ「ええ〜!!もう食べ物ってなんにも残ってないのぉ〜!?」
ラオール「本当に危機的状況だな」
フォルからの衝撃的な告白に皆絶望的な表情を浮かべている。
セフィ「これが、最後の晩餐になってしまうんでしょうか・・・」
メル「もう!縁起でもないこと言うんじゃないわよ!」
セフィ「うぅ、すみません・・・」
メルに怒られてしょぼんとなってしまうセフィであったが、
セフィが言った事もあながち外れてはいないのではと思っている者も少なからずいた。
クレア「・・・ともかくいただききましょう」
こうして朝食が開始されたが、あっと言う間に皆食べ終わってしまった。
貴也「あと6日だよね・・・」
貴也は食後の茶を飲み、湯呑に浮かぶ茶柱を眺めながらしみじみと呟く。
浮かんでいる茶柱は横に寝ている。
これが立っていれば少しは明日の希望が持てただろうか?
ふとそんなことを思う貴也だった。
茶葉はまだ数種残っているようであるが、これも何時なくなるか分かったものではない。
こうやって味わえるのも今の内だけであろう。
リア「せめて今日の晩ご飯だけでも何とかしなきゃ・・」
ベル「それより、お昼はどうしたらいいの?」
今までであればフォルが作っておいてくれたお弁当を持って行く事で事足りていたが今日からはそうはいかない。
そもそも弁当の素となる材料がないのだから。
クレア「お昼は各自で何か買うなり貰うなり探すなりして自腹で調達する事」
故にクレアから容赦なく無常な命令が下される。
ミリ「えぇ〜!!アタシ今月はもうおこづかいあんまり残ってないのに〜・・・」
それに対して最初に反応を返したのはミリだった。
彼女は学校帰りの買い食いを日々のささやかな楽しみとしており自腹を切るのは非常に痛手であったから。
クレア「今は緊急事態なんだから個人的な抗議は受け付けないわよ!!」
しかしそんなミリの抗議にもクレアは問答無用にきつく駄目押しをする。
ミリ「うぅ〜・・・」
ジゼル「ミリちゃん。もし持ち合わせがないんだったらあたしが貸してあがるから」
そんな意気消沈のミリを見かねたのかジゼルが慰めの言葉をかけてくる。
ミリ「ありがとう、ジゼル姉ちゃん。でもそれぐらいはあるから大丈夫だよ」
ミリはジゼルのそんな優しい気持ちがうれしくって、
それと同時に、たかがおこづかいの事で騒いでいた自分が少し恥ずかしくなった。
クレア「ところで、みんな。何か金策の方は思いついた?」
クレアは他に反対意見が出てこないのを待ってから昨日からの宿題を持ち出してくる。
ラオール「ふっふっふっ」
その言葉を待っていたかのようにラオールが含み笑いをし始める。
そんなラオールを皆ちょっと気味が悪そうに注目する。
ベル「なに?ラオールさん。何かいいアイデアがあるの?」
ラオール「こんな事もあろうかと。オレは密かに用意しておいたものがあるんだ。
これさえあれば増改築費などはした金となり、毎日贅沢三昧で暮らせる必殺アイテムだ」
セフィ「ええっ!すっごいですねぇ〜」
ジゼル「ねぇねぇ。それってなんなのお兄ちゃん」
得意満面のラオールに興味津々なのはセフィとジゼルぐらいで、
フォルと貴也は何気に静観中、
他の皆はおおむね懐疑的だ。
リア「なんだかすごい事言ってるけどホントかな?」
ベル「ま、とりあえず聞いてみましょうよ」
ラオール「それはなぁ・・・。これだぁ!!」
皆の注目のなか、ラオールが尻のポケットから取り出した‘それ’にはこう書かれていた。
宝くじ
と。
ラオール「これで三億円が手に入り、今ある問題もこれからの生活もすべて万事解決だ!!」
ジゼル「うわぁ!!すっご〜い。三億円だって」
セフィ「いったいどんな大金なのか想像もつかないですねぇ〜・・・」
宝くじのシステムを知らない2人は手放しで喜んでいるが、2人以外は深い溜め息をついている。
貴也は無邪気に喜んでいる2人を不憫に思ったのか真実を話してあげることにした。
貴也「あのね、2人とも。喜ぶのはまだ早いんだけど」
ジゼル「えっ、どうして?」
貴也「宝くじっていうのは、その名のとおりのくじだから当たるとは限らないんだよ」
メル「っていうか。そんなの当たるわけないじゃない」
ジゼル「えっ、そうなんだ・・・。がっかり・・・」
ジゼルの顔は夢から覚めてしまったかのように暗く沈んでいった。
そんなジゼルを見て、貴也は少し罪悪感にかられてしまう。
ひょっとしたら、あのまま夢を見させつづけていた方が良かったんじゃないか。
そんな事まで考えてしまいそうになる。
ベル「ま、そんなことだと思ってたけど・・・」
リア「予想どおりだったね」
フォル「宝くじってお幾らなんですか?」
メル「1枚300円で。普通は10枚1組で3000円よ」
ミリ「はぁ・・・。3000円あったら何が食べられるだろ・・・」
そんな貴也やジゼルの思いとは裏腹に周りのみんなの反応は結構冷淡だ。
クレア「さぁさぁ。バカはほっといて他の案はない?」
クレアはラオールなどまるで最初からいなかったかのように無視し、パンパンと手を叩いて皆の注目を向けさせる。
ラオール「なんだよ、夢がない奴らだな。昨日が当選日なんだからな。当たったってお前らには何もやらねぇぞ。まったく・・・」
ラオールも皆に背を向けるとブツブツ言いながら新聞を広げて宝くじの確認をし始めた。
ジゼル「やっぱりあたしはアルバイトしたいな」
ジゼルはまだ諦めていなかったのか、それともラオールが見ていない今がチャンスと思ったのか昨日と同じ提案をしてくる。
ベル「う〜ん・・・。でもね。中学生を雇ってくれるとこなんてなかなかないと思うよ」
ベルとしてもラオールのジゼルに対する過保護ぶりは目に余っていたので協力してあげたいと思う。
しかし、ベルにも出来る事と出来ない事があり、この提案は叶えてあげられそうになかった。
ジゼル「そっか・・・」
ジゼルの方もそれほど期待はしていなかったのか今日はすぐに引き下がった。
残念そうにはしていたけれど。
ミリ「だったらメル姉ちゃんかクレアかセフィがバイトすればいいことなんじゃない」
そんなジゼルの提案を受けてミリが年長組へと矛先を向ける。
驚くべき事に、この英荘では年長組が普段から1番何もしていなかったりする。
メル「えっと・・・。それは・・・」
そんなミリの提案にメルは困り顔でクレアに救助の視線を向ける。
クレア「ワタシ達はワタシ達でしなければいけない事があるの。とてもじゃないけどアルバイトなんてしている暇はないのよ」
メルからのアイコンタクトを受けてクレアは尊大に反り返って反論を返す。
ミリ「なによそれぇ〜。いったいなにしてるってのよぉ〜」
クレア「うふふ。それはね」
不満顔をミリに対して含み笑いで焦らすクレア。
ラオール「当たった」
そんな時、一同の耳に小さな呟き声が聞こえてきた。
一同「え?」
その声に振りかえった一同が見たものは
ラオール「当たったぞぉ〜!!」
腕を振り上げてガッツポーズで叫んでいるラオールの姿であった。
ベル「ええぇ〜!!当たったの?本当に?」
リア「ええっ!!すっご〜い!!」
クレア「よくやったわ、ラオール!」
貴也「すごいよ、ラオールくん!」
ジゼル「お兄ちゃん、すご〜い!!」
ミリ「やった、これで貧しい食事から解放される!」
メル「これだったら改築じゃなくって、建て直しにすればよかったわ〜」
さっきまでのラオールへの態度など何処へやら。
皆手放しで喜びをあらわにしラオールの偉業をたたえていた。
ラム『で、何等が当たったんだい』
そんな風に浮かれまくっている皆を尻目にただ1人冷静だったラムが根本的な質問をラオールに投げかける。
ラオール「ああ。4等、一万円だ!!」
ラオールがその言葉を発した途端、部屋の空気がピシッと凍りついた。
一同(一部除く)「・ ・ ・ ・ ・ ・ え?」
フォル「まぁ、おめでとうございます」
セフィ「おめでとうございますぅ〜」
良く分かっていないセフィと素直に祝福しているフォルはパチパチと拍手している。
しかし2人を除いた者達はみんな目が点だ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
そして数瞬の間の後。
クレア「ぬか喜びさせるんじゃないわよ!!この!この!!このぉ!!」
ゲシ ゲシ ゲシ
クレアはラオールに向かって怒りのケリを浴びせかけた。
ラオール「いて、いて!いてぇ!!」
リア「こういうオチだったんだ・・・」
ベル「ある意味期待どおりね・・・」
喜びとそこからの期待が大きかった分、落胆もそれに比例して大きかった。
フォル「まぁまぁ、クレア姉様。でもこれで来週まではなんとか生活できそうじゃないですか」
クレア「ま、それもそうね」
メル「一応お手柄よね」
フォルの取り成しでようやくクレアの怒りも収まり、そこから解放されたラオールに救助の手が差し伸べられる。
ジゼル「大丈夫、お兄ちゃん」
ベル「ごめんね、ラオールさん」
ラオール「ああ、べつにこれぐらい平気だ」
ラオールは2人が差し出してくる手を制すると床から身を起こした。
クレアもさすがに手加減していたらしくラオールも少し服が汚れた程度で言葉どおり平気そうである。
ラム『でも、これって来週にならないと換金できないよ。どうするの?』
ラムは当選くじをぴらぴらと振りながら再び的確な指摘をしてくる。
・ ・ ・ ・ ・ ・
再び、あたりに沈黙と共に重い空気が数瞬流れる。
そして
メル「そうよ!それじゃあ意味ないじゃない!!」
クレア「この、マヌケ!マヌケ!!マヌケぇ!!」
ゲシッ ゲシッ ゲシッ
再び、今度はクレアとメルの2人からラオールに怒りのケリが浴びせられる。
今回のケリは先程のような手加減は加えられてはいない本気のケリだ。
ラオール「ぐえっ、ぐはぁ、ぐほぉ・・・。オ、オレがいったい何をした・・・」
哀れラオール。
せっかく宝くじを当てたというのに報われない男であった。
フォル「みんな、そろそろ出ないと遅刻してしまいますよ」
そんな所にフォルのいつものマイペースな声がかかる。
学生組「えっ!?」
その声に反応した学生組が一斉に時計の方を向く。
ベル「うわっ!もうこんな時間。リア、早く準備して」
リア「うん」
ジゼル「ほら、ミリちゃん行くよ」
そして学生組がばたばたと慌しく動き始める。
ミリ「は〜い。それじゃあ、いってきます」
ベル&リア&ジゼル「「「いってきまーす」」」
フォル「いってらっしゃーい」
そして身支度を整えて駆け出して行く学生組を笑顔で見送るフォル。
このあたりはいつもの朝と同じ光景である。
貴也「じゃ、オレたちもそろそろ行こうか」
そして学生組に少し遅れてアルバイト組も貴也の号令で動き始める。
ラム『そうだね』
ラオール「ああ」
ラムは椅子に座ったまま静かに
ラオールは痛む身体をどうにか床から持ち上げながら少し苦しそうに返事を返す。
貴也「じゃ、いってきます」
ラム『いってきます』
ラオール「いってくる」
フォル「はい、いってらっしゃい」
そして3人はいつものようにフォルに見送られて英荘から下山して行った。
そしてお昼になり、クレアが共同リビングに入ってくるとメルとセフィの2人とミュウがいた。
そこで2人は何をしていたかというと。
ぽりぽり
クレア「ねぇ、メル」
メル「ん。なぁに、クレアさん?」
ぽりぽり
クレア「アナタたち、何してるの?」
メル「お昼食べてるの」
クレア「おひるぅ・・・」
クレアはジト目でテーブルの上にある四角い物体を見た。
クレア「この角砂糖のどこがお昼だって言うのよ!!」
メル「ん・・・。仕方ないじゃない。他に食べる物がなかったんだもん」
セフィ「甘くっておいしいですよ、これ。ぽりぽり」
そう、2人はお茶をすすりながら、角砂糖をぽりぽりとお昼の代わりとして食べていたのであった。
傍から見ているとすっごくわびしい雰囲気をかもし出している。
クレア「だーー!!!なにが悲しくってこんなものを・・・。他に何か無かったの?」
クレアにそう言われ、メルは何もないことが分かっていながらも冷蔵庫を開けてみた。
案の定 、冷蔵庫の中は味噌、わさび、からし等の調味料類しか入っておらず、ひどくがらんとしている。
いくら目を凝らしても食べ物は何もなく、ただ冷風だけがメルの顔を通りすぎてゆく。
ちなみに英荘にはカップラーメン等の即席で出来るような非常食は存在しない。
なぜならそれらの物を買ってきたり買おうとするとフォルがひどく悲しそうな顔をするからだ。
フォルは別に文句や不満を口にしたりはしない。
ただ悲しそうな顔になるだけなのだが、それが見ていてひどく辛かったりする。
フォルとしてはそんな物を食べるよりは自分の作った料理を食べ欲しいからだろう。
そのため何時しかみんなそれらの物は買わなくなってしまったのだ。
メル「ん・・・。じゃあ、お味噌でもなめる?」
クレア「・・・・・・はぁ〜」
メルが仕方なく出してきた残り少ない味噌の入った容器を見てクレアは盛大にため息をついた。
そして諦めたのか嫌そうに角砂糖を取ると口の中に放り込む。
途端、クレアの口腔に甘ったるい味が広がり、自然と顔が歪んでくる。
クレア「ずず〜・・・。で、フォルはどうしたの?いないみたいだけど」
クレアはお茶を(メルのものを無理やり奪って)飲んで口直しをすると、普段はこの場にいるはずの人物の所在を尋ねた。
セフィ「フォルなら大学でお金を貸してくれそうな人を探してみるって言って出て行きましたよ」
クレア「そう・・・」
クレアは台所内を見渡すと、ミュウがカリカリとキャットフードを食べている姿が目に止まる。
ミュウのご飯に関してだけはまだまだ備蓄があり、当面の問題はなかった。
クレア「・・・おいしそうに食べてるわね」
メル「クレアさん!まさか・・・」
メルが驚愕の面持ちで冷蔵庫からクレアへと振りかえってくる。
クレア「まさか。そこまで落ちぶれちゃあいないわよ」
ミュウは‘なに?’という様に1度こちらを振り向いたがすぐにまたカリカリと食事を再開しだす。
クレア「それにワタシたちはいざとなったら神機や獣機からエネルギーの供給が受けられるでしょ。飢え死にすることはないわ」
メル「そうね・・・」
メルは冷蔵庫に奇跡的に残っていた牛乳をコップに注いでクレアの前に差し出した。
セフィ「でも・・・アタシはやっぱり何かを食べて栄養補給したいですっ」
クレア「もちろんワタシだってそうよ」
クレアは牛乳をいっきに飲み干すと空のコップをテーブルに戻す。
クレア「それに、いくらワタシたちが貴也やジゼルに
‘ワタシたちは食べなくても大丈夫だから気にせずアナタたちだけ食べなさい’
って言ったところであの子たちが素直に自分たちだけ食べるとは思えないしね」
メル「ねぇ、クレアさん。ミリのセリフじゃないけど。やっぱりアタシたちもバイトした方がいいんじゃない。
せめてこの1週間だけでも」
クレア「メル。ワタシたちみたいなのを日払いで、しかもフォルが‘操作’した範囲内で雇ってくれるような所があると思う?」
メル「う・・・。フォルの操作範囲に限定されると難しいかも・・・」
セフィ「アタシは・・・別に日雇いでなくてもいいですから働いてみたいですっ」
メル「え?そうなの。セフィってお昼寝が好きなんじゃなかった?」
セフィ「もちろんお昼寝は好きですっ。でも・・・それだけがしたいわけじゃあありません。
アタシだって、もっとこう・・・なんて言うか・・・その・・・」
セフィは思っていることをうまく伝えられないのがもどかしいのか体までゆすってまで説明しようとするがうまく出来ない。
クレア「いいんじゃない。してみれば」
そんなセフィの姿が可笑しかったのかクレアは笑いながら軽く了承してくる。
セフィ「えっ!いいんですか。長?」
セフィは意外そうな顔をするとメルの顔色をうかがう。
メル「べつにいいわよ。わざわざアタシの許可なんてとる必要ないし」
メルの方も微笑を浮かべているだけで別段なんとも思っている風には見えない。
セフィ「え、じゃ、じゃあアタシ。さっそく探してきますっ」
そんな2人の様子に安堵したのかセフィは慌てた様子で席をたつと、嬉々とした表情で出かけていった。
メルはそんなセフィの姿をうれしそうに見送ってから視線をクレアの方に戻す。
メル「で、アタシたちはどうするのクレアさん?」
クレア「本当はレヴィテイションを使えば山で竹の子でもマツタケでも採って来る事も出来るし、
海で魚介類を取ってくる事も簡単なんだけど・・・。
でも、あの子たちが望んでいる生活ってそういうのじゃないだろうし・・・」
メル「そうよね・・・。あっ、でも山菜採りはいいんじゃない。
ちょうどこの英荘は山の上にあるわけだし。立地条件としては申し分ないわ。
今なら季節もいいし。きっと探せば何か採れるわよ」
クレア「・・・いいかもしれないわね。今度の休みにでもみんなで山菜採りに出かけましょうか」
メル「でも、今日はまだ水曜日なのよね・・・。日曜まで後4日。土曜までとしても後3日」
クレア「それまでどう耐えるかよね・・・」
その後、いくら頭を悩ませてもこれ以上の案は出ない2人だった。
その頃、ミリとジゼルは、
学食の購買部の前で呆然と立ち尽くしていた。
2人の前では昼食のためのパンを買おうとしている学生たちが所狭しとひしめいている。
あまりの人の多さに購買部の姿がまったく見えない。見えるのは学生の背中ばかりだ。
それでも、手にパンを持って人ごみから出てくる者もいるので、ここが購買部であることは分かる。
ミリ「ここって、お昼に来たのって初めてだけど・・・。こんな風だったんだ・・・」
ジゼル「これ、みんなお昼のパンを買いに来てるの・・・?」
そういう2人もお昼のパンを買いに来ていたのだが、
目の前で展開されている喧騒にちょっと尻込みしていた。
2人はいつもはお弁当なのでここに来るのは初めてなのだ。
ミリ「・・・よし!じゃあアタシが買ってくるからジゼル姉ちゃんはここで待ってて」
ジゼル「あ、うん。お願いね」
ミリは気合をいれて覚悟を決めると、人ごみの中へと突入していった。
しかしミリはすぐに人ごみの中から弾き出されてくる。
ミリ「きゃ。もう!誰よ!今アタシのこと押し出した奴!」
ジゼル「ミリちゃん、大丈夫?」
憤慨しながら怒鳴っているミリにジゼルが不安そうに近寄ってくる。
ミリ「あ、ジゼル姉ちゃん。待っててね、もう1回行ってくるから」
ジゼル「あ、うん・・・」
そしてジゼルが不安そうに見守るなか、ミリは再び人ごみへと突入してゆく。
そして数秒後。
ミリは突入位置とはかなり離れた位置からまた弾き出されてきた。
ミリ「ああん!もう!!」
弾き出されたミリは悔しそうに人ごみを睨んでいる。
ジゼル「あの・・・ミリちゃん。あたし、もうお昼はいいから・・・」
ちょっと髪がよれよれになってきているミリにジゼルは恐る恐る話し掛けた。
ミリ「ジゼル姉ちゃん。待っててね。今のでなんとなくコツは掴んだから、今度はバッチリだよ」
しかしミリはジゼルが言っていることが耳に入っていないのか、親指を立ててニヤリと笑う。
ミリ「とりゃー」
ジゼル「あ、ミリちゃん」
そしてジゼルが止める間もなく3度目の突入を開始した。
そして不安そうにジゼルが見守るなか10秒過ぎた。
先ほどはこれくらいでミリが弾き出されてきたが、今回はまだ変化がない。
そして20秒がたったが、まだ変化はない。
そして30秒が過ぎようとした時。
ミリ「ぶはっ」
と息を吐きながら人ごみからミリが顔をだした。
その手にはしっかりとパンの入った包みが握られている。
ミリ「買ってきたよ、ジゼル姉ちゃん」
ミリは満面の笑みでジゼルのもとへ駆け寄ってくる。
その顔には一仕事終えたような達成感と充実感にあふれている。
ただ服と髪が少しよれていたが。
ジゼル「ありがとう、ミリちゃ〜ん。大変だったでしょ」
ジゼルはミリの髪と服を直してあげながら、ねぎらいの言葉をかけてあげる。
ミリ「これぐらいへーき、へーき。さっきアタシを押し出した奴にも肘打ちいれておいたし」
ジゼル「えっ!そ、そうなの・・・」
ミリの言葉にジゼルがちょっと引きつった笑みを浮かべて冗談かと思っていると、
人ごみの中からわき腹を押さえた男子生徒がふらふらと押し出されてきていた。
彼のことなのだろうか?
その事をミリに確認するのはちょっと怖かった。
ミリ「さ、食べようよ」
ジゼル「う、うん」
ミリは何事もなかったかのように手を引いてくるのでジゼルも気にしない事にする。
そして2人は空いている席を探してさ迷うと、すぐに席を見つけることが出来た。
ジゼル「ところで、どんなパン買ってきたの?」
ミリ「わかんない。適当に手近にあるものを引っ掴んできたから」
ミリががさがさと包みをあさって出てきた物には
‘ウニコロッケパン’
と書かれていた。
ジゼル「え?・・・ウニ。カニじゃないの?」
ジゼルは不思議そうに包装紙を見て瞬きしたが、何度見ても‘ウニ’と書いてある。
その証拠にウニのイラストもついている。
値段は130円。
絶対ウニとは違うものが入っているに違いない。
ミリ「あはは。ま、これはちょっとハズレかもしれないけど、他のは大丈夫だから・・・」
不安そうにしているジゼルに笑って誤魔化すと、ミリは次のパンを取り出してくる。
それには
‘北海の味!まるごと海鮮丼風サンド’
と、書かれている。
ミリ「なにこれ・・・」
丼風という時点ですでにサンドイッチではありえない。
ミリ「あははは・・・。次いこ次」
今度もミリは笑って誤魔化したが、ジゼルの顔はますます不安そうに曇っていた。
そして次に出てきたのは
‘北海の珍味!ほたるいかの塩辛パン’
だった。
ミリ「あ・・・」
ジゼル「・・・塩辛って、パンにあうのかな?」
ミリ「あわないと思う・・・」
見ると、さっきのパンと製造メーカーが同じ所だった。
製造元を見ると北海道ではない。
何故、そんな土地で北海の味のものが作れるのか謎である。
ミリ「次が、最後だけど・・・」
ジゼル「・・・」
ジゼルの顔が不安で曇りきっている前でミリは最後のパンを取り出した。
それには
‘うぐいすパン’
と書かれていた。
ミリ(ほっ・・・)
それを見てミリは安堵の吐息をはいたがジゼルは青ざめている。
ミリ「どうしたの?ジゼル姉ちゃん」
ジゼル「うぐいすって・・・。まさか丸ごと1羽入ってるわけじゃないよね・・・」
ミリ「え?」
ミリはジゼルが何を言っているのか最初は分からなかったがすぐにピンときた。
ミリ「あはは。ジゼル姉ちゃん。うぐいすパンって、うぐいすが入ってるわけじゃないよ。
そういう名前の普通のパンだよ」
ジゼル「あ、そうなんだ・・・。今までの3つがあんなだったから、今度もてっきりそうなのかと思っちゃった」
ジゼルはミリに笑われて少しだけ恥ずかしそうにしながらも安堵の笑みを浮かべている。
しかし、ミリはジゼルにそう言われて急にうぐいすパンが疑わしくなってきてしまう。
ジゼル「じゃあ、食べようか」
ミリ「うん。いただきます」
ジゼル「いただきます」
不安になっていたミリがまず真っ先にうぐいすパンの袋を破ると、
ミリ(よかった)
中は普通のうぐいすパンだ。
とりあえず、ミリはその事には安堵する。
しかし、残りの3つを食べるのは勇気がいりそうだ。
それから2人はそれぞれのパンを半分こにして分け合って食べた。
‘ウニコロッケパン’
これは‘ウニのようなもの’が入っているクリームコロッケの挟まったパンだった。
意外においしかったのだが、
ウニの味はしなかったし、‘ウニのようなもの’が何なのかは考えたくはなかった。
‘北海の味!まるごと海鮮丼風サンド’
これはカニかまぼこやエビかまぼこが挟まった普通のサイドイッチで普通の味だった。
どのあたりが海鮮丼風なのかは食べ終わった後でも謎なままだったけれど。
‘北海の珍味!ほたるいかの塩辛パン’
これは名前のとおりイカの塩辛が入っているパンだった。
ただし、それがほたるいかかどうかは不明。
これはコメントとするのがすごく難しい味であった。
ただ、おいしくはなかった。
‘うぐいすパン’
心配したようなこともなく普通のうぐいすパン。
これを食べるのは最後にしようと2人は最初に食べ出す時に決めていた。
そのおかげで‘北海の珍味!ほたるいかの塩辛パン’の後の口直しとしてとても有効なパンであった。
ともかく、こうしてミリのジゼルはお昼を無事(?)に食べることができた。
その頃、ベルとリアは、
ベル「リア。お昼どうしよっか?」
教室で頭を突き合わせて相談をしている最中だった。
女性徒A「あれ?2人とも今日はお弁当じゃないの?珍しいね」
そんな2人に時々お昼を共にするクラスメートが話しかけてくる。
いつも双子たちはおいしそうなお弁当を食べているため、ちょっと珍しい光景に見えたのだろう。
リア「あ、うん。ちょっとね」
リアはなんとなく理由を説明しづらかったので曖昧に答えた。
女性徒B「あ、分かった〜。ダイエットしてるんでしょ!」
しかし、その事がちょっとした誤解を生んでしまう。
ベル&リア「「えっ?」」
女性徒A「あ〜、分かる分かる。もうすぐ夏だもんね〜。水着着るようになるまでに痩せときたいよね〜」
女性徒B「でも、絶食でダイエットするとリバウンドがひどいから止めといた方がいいよ」
女性徒A「さすが、経験者。説得力があるわ〜」
女性徒B「そうよ。どうせあたしは1回失敗してます〜だ。
だからさ。ちゃんとしたダイエット方教えてあげるから学食行こ」
彼女はそう言うと二人の手を掴んで椅子から立ちあがらせた。
ベル「えっ、あの。あたしたちダイエットしてるわけじゃ・・・」
女性徒B「大丈夫、大丈夫。ちゃんと食べながらでも痩せる方法もあるんだから」
ベルはそう弁解したのだが、彼女は誤魔化しているとでも思ったのか、構わず2人を引っ張って行く。
女性徒A「ほんとかな〜。なんか怪しい。前の時にも同じ事言ってたよ」
女性徒B「今度のは本当にバッチリなんだって」
女性徒A[はい、はい」
リア「あの〜・・・」
リアはまだ何かを言おうとしたが結局止めた。
べつに学食行きを断る理由なんてどこにもなかったから。
こうしてベルとリアは学食でA定食を食べながら、ダイエットのレクチャーを受ける事となった。
その頃、貴也とラオールのバイト先の建築現場では、
貴也「いただきます」
ラオール「いただきます」
貴也とラオールの2人は出前の幕の内弁当をつついていた。
味はフォルの弁当と比べると雲泥の差がある。
ラオール「あまりうまいもんじゃないな」
貴也「そうだね・・・」
ラオール「昔はこんなものでもうまいと思って食ってたんだけどな・・・」
貴也「フォルの料理を食べ慣れちゃったからね」
そのためか自然と2人の口数が少なくなってしまい、気分まで重くなってしまう。
監督「なんだお前ら。なんで今日はオレらとおんなじもん食ってんだ?」
その場にふと現れた現場監督が2人の弁当を見て怪訝な顔をする。
2人はいつも持参の弁当を食べており、出前弁当を食べている姿など監督は今まで見た事がなかったから。
ラオール「あ、監督」
貴也「えっと・・・。これは、その・・・」
貴也は事情を説明しようとしたのだが、貴也が話すより先に監督の脳裏にはピンとくるものがあった。
監督「そうか。お前ら、リアちゃんかベルちゃんとでもケンカしただろ。
それとも弁当作ってるフォルさんを怒らせでもしたのか?
あんないい子たちにお前らなにやったんだ、まったく・・・。
さっさと頭でも下げて謝っちまえ。
そうすりゃあ、たいていの事なら許してもらえるもんさ。
ま、本当に自分の方が悪いって思って謝まんなきゃ意味ないけどな」
監督は勝手に勘違いした上、一方的に貴也やラオールの方が悪いと決め付けていた。
それはフォルや双子たちの事を少しでも知っている人ならばそう思ってしまうのも無理からぬ事ではあるが。
貴也「いえ、違うんです監督。べつにケンカしたわけでもなく、怒らせたわけでもなくって。その〜・・・」
貴也は自分の家の情けない金欠な家庭事情を説明したものかどうかと思い悩んで口篭もった。
しかしこのまま何も説明しないでいると自分達はフォルや双子たちを泣かせた罪悪人のレッテルを貼られてしまう。
そうなると、このバイト先では肩身が狭くって働けなくなってしまう可能性すらあった。
なんといっても彼女たちはこの職場では(実は隠れファンまでいる)ちょっとしたアイドルなのだから。
ラオール「弁当作る金すらなくなっただけだよ」
しかし貴也の苦悩など露とも知らずにラオールはさらりとばらしてしまう。
監督「は?どういうこった?」
貴也「実は・・・」
仕方なく貴也は英荘の家計が火の車になっている事を説明しだした。
監督「そっか・・・。おい、英。お前んとこって何人暮らしてるんだった?」
貴也「11人ですけど・・・」
監督「おいおい!このままだと11人が飢え死にってかぁ!?
かーー!!まったく、なんて甲斐性のねぇ奴らなんだ!!」
貴也「すみません。甲斐性なしで・・・」
ラオール「ふん」
監督の呆れ顔に貴也は小さくなり、ラオールはソッポを向いて鼻を鳴らした。
監督「まったく、しゃあねぇな〜・・・。ほれ!」
監督はポケットを探るとしわしわの千円札を3枚掴み出した。
貴也「なんですか、これ?」
監督「オレもそんなに持ち合わせがあるわけじゃねぇし、自分の生活もあるからこれぐらいしか出せねぇんだけどな。受け取れ」
貴也「そんな!!もらえないですよ」
監督「バ〜カ。 あの子たちを飢え死にされるわけにゃあいかねぇだろ。いいから取っとけ」
貴也は困惑顔のまま監督の手をじっと見つめる。
たしかにありがたい申し出ではあるし、今は少しのお金でも必要な時だ。
しかし、貴也にはその施しを受ける事に引け目を感じていてすぐには手を出せなかった。
ラオール「貴也、受け取っておけ。今のオレたちにはその金が必要だ」
貴也「ラオール・・・」
後ろからラオールがこっそりと後押ししてきたが、それでも貴也はまだ決断出来ず迷っていた。
その時、貴也の脳裏にふと閃くものあった。
貴也「そうだ!!監督、1つお願いがあるんですけど、いいですか?」
監督「え?なんだよ、いったい?」
貴也「実は・・・」
そして夕方になり、場面は再び英荘。
貴也&ラオール「「ただいま〜」」
フォル&セフィ「「おかえりなさーい」」
バイトから帰宅した貴也とラオールをフォルと珍しくセフィが出迎えた。
セフィ「貴也さん、ラオールくんも聞いてください!!」
そして貴也たちが靴を脱ぐ間もなくセフィが詰め寄って話し掛けてくる。
ラオール「な、なんだよ、いきなり」
貴也「どうしたんですか?セフィさん」
貴也はセフィの剣幕に少したじろぎながら尋ね返した。
セフィ「あのですね。実はですね。アタシはですね・・・」
ラオール「待て!その前に家に上がらせろ。オレたちはバイト帰りで疲れてるんだ。座って話させろ」
焦っているためかなかなか本題を話し出さないセフィに業を煮やしたラオールは強引にセフィを黙らせた。
セフィ「は、はい・・。すみません」
セフィはしゅんと小さくなりながら3人の後を着いて共同リビングに入っていった。
共同リビングには学校から帰っていた学生組と
先にバイトが終わって戻っていたらしいラムと
1日中どこにも出かけなかったらしいクレアとメルの姿があった。
ようするに彼らが1番最後に帰ってきたのだ。
ラオール「で、なんだって」
椅子に座り、フォルの煎れてくれたお茶を一口飲んで一息ついたラオールがセフィを促した。
セフィ「はい・・・。アタシ、バイト先が決まったんです」
貴也「えっ!?セフィさん、バイトを始めるんですか?」
貴也は意外そうに顔でセフィを見つめた。
セフィ「はい・・・。今は英荘がたいへんな時で、みなさんが色々がんばってるんだからアタシも何かしなきゃって思いまして」
ラオール「へぇ〜・・・。立派なもんだ。どこかの誰かさんたちに聞かせたいようなセリフだな」
そんなラオールのセリフに過剰に反応した人物が2人いた。
クレア&メル「「ラオール!!それって誰の事かしら」」
彼女たちは仲良く同じセリフをハモッている。
ラオール「そうやって反応返せる自覚があるんだったら自分たちも働いたらどうだ」
クレア&メル「「なんですってぇ!!」」
今度も仲良くハモル2人だった。
貴也はそんな3人の事は放っておいて、セフィから詳しい話を聞く事にする。
貴也「それで、バイト先はどこにしたんですか?」
セフィ「駅前のカラオケボックスです。自給はそんなに高くないですから、生活費の足しになるか分かりませんけど・・・」
貴也「そんなことありません。助かりますよ。ありがとうございます、セフィさん」
セフィ「あの〜・・・。貴也さん。アタシってお役にたってますか?」
そう言うセフィの顔は玄関での勢いがどこへいったのか、自信なさげで不安そうな表情だった。
貴也「はい。それはもう十分に」
セフィ「そうですか〜・・・。よかったです・・・」
貴也がにっこりと笑って肯定してくれた事でセフィはようやく安堵の笑みを浮かべる事ができた。
フォル「貴也さん。わたしからも1つ報告があるんです」
貴也「え、なぁにフォル」
フォル「はい。これをどうぞ」
フォルが差し出してきた物は1枚の5千円札だった。
貴也「フォル。これどうしたの?」
貴也はその5千円札を驚きと困惑の表情で見つめる。
貴也にはフォルがそれをどこから手に入れてきたのかまったく見当がつかなかった。
フォル「はい。わたしは今日どなたかからお金を借りられないかと思って大学まで行ってきたんです。
それで、まず双葉さんに相談したんです。そうしたら・・・」
貴也「そうしたら?」
フォル「なぜか周りにいた男性の方々が次々とわたしにお金を貸してくださるように言ってくださったんです。
なかにはタダでくださるような事を言ってくる人もいて困ってしまいました。
それに何故か榛原教授もお金を持ってきて下さって。
なぜか10万円もわたしに貰ってくれって言ってくださいまして」
貴也(それはたぶん、みんな下心があるからなんじゃないかな・・・)
貴也はそう思ってはいたけれど口に出すのはためらわれた。
フォル「教授は代わりにわたしに助手になってくれって言ってましたけど」
貴也(やっぱり・・・)
そしてその予想はおそらく当たっているだろうと核心を持つ。
フォル「足りなければもっと出すとも・・・。でも、なぜなんでしょうね?」
そんな貴也の思いも知らず、フォルは不思議そうな顔で可愛らしく小首をかしげている。
貴也「さ、さぁ・・・なんでだろうね」
けれど真実を告げられない貴也はそうやって誤魔化す事しか出来ない。
貴也「と、ところでその5千円は誰から?」
そして貴也は答えを聞くのが怖いような気がしながらも、確かめておかねばならない事を恐る恐る尋ねた。
フォル「はい。これは双葉さんからお借りしました」
貴也「・・・そうなんだ」
貴也はフォルからの答えに心の中で大きく安堵の溜め息をつく。
フォル「見ず知らずの方からお金を借りたり貰ったりは出来ませんから、双葉さんからお借りしたんです。
双葉さんもその方がいいって言ってくださいましたし。
周りの男性の方々の申し出を断ってくださったのも双葉さんなんですよ」
貴也(ありがとう双葉さん)
貴也はその場の双葉の奮戦ぶりを思い描いて密かに感謝した。
そして、ようやく安心してフォルから5千円札を受け取る。
貴也「ありがとう、フォル。今度双葉さんに会ったらお礼言っておかないといけないね」
フォル「はい」
クレア「でも、5千円じゃ3日ともたないわね・・・」
何時の間にか貴也の後ろに回りこんでいたクレアが貴也の手からピッと5千円札を抜き取ってゆく。
貴也「それが、大丈夫なんです」
貴也は振りかえってクレアは見ると、うれしそうに笑いかける。
クレア「どういう事?」
貴也「それは・・・こういうことです!」
訝しがるクレアの前に貴也は一万円札を突き出して見せた。
クレア「え、貴也・・・これって」
それには周りのみんなも一様に驚いていた。
リア「貴也!それどうしたの?」
ミリ「どこかから盗んできたの?」
ベル「ミリ!!」
ラム『この子は何言い出すかな・・・』
フォル「でも本当にどうされたんですか?」
ラオール「オレの宝くじだよ」
ラオールはみんなが驚く様を楽しげに見つめた後、得意げに言い放つ。
ミリ「えっ!でも宝くじは来週にならないと換金出来ないんじゃなかった?」
貴也「今日、バイト先の現場監督に頼んで宝くじを一万円で買ってもらったんだよ」
メル「ああ、なるほど〜。うまい事考えたわね」
ミリ「じゃあ今は1万5千円あるんだよね。だったらそれ使って久しぶりに外食しようよ」
クレア「おバカ。外食なんかしたら1食分にしかならないわよ。そんな勿体無いこと出来るわけないじゃない。
フォル。荷物持ち2人付けるから、このお金使って出来るだけ安くて量のある物を買ってきてちょうだい」
クレアは一喝された事で少しふくれながら、
ミリ「なによ!ちょっと言ってみただけじゃない!」
と、ブーブー文句を言っているミリを無視して2枚のお札をフォルへと手渡す。
フォル「はい。クレア姉様」
フォルはお札を受け取り財布にしまうと、買い物籠を手に取った。
ラオール「おい!荷物持ちの2人ってもしかしてオレたちの事か?」
クレアはラオールの問いに対して小さく笑みを浮かべるだけで答える。
貴也「そうみたいだね・・・」
貴也はすでにこの時点で諦めている。
ラオール「おいおい、勘弁してくれ。オレたちは今バイトから帰ってきたばっかりで疲れてるんだ」
しかしラオールにはまったく動く気はなかった。
ジゼル「だったらお兄ちゃんは休んでてよ。代わりにあたしが行ってくるから」
その事がジゼルに動くきっかけを与えた。
ラオール「え、おいジゼル」
ミリ「ジゼル姉ちゃんが行くんならアタシも行こうかな」
ベル「ミリとジゼルの2人じゃ荷物持ちはちょっと辛いかな。あたしも行くわ」
そしてとんとん拍子でメンバーが決まってゆき。
フォル「じゃ、4人で行きましょうね」
ベル&ミリ&ジゼル「「「は〜い」」」
ラオール「あ・・・」
ラオールが口を挟む間もなく4人は準備を整えてしまう。
フォル「では、いってきます」
ベル&ミリ&ジゼル「「「いってきまーす」」」
貴也「うん。気をつけて。いってらっしゃい」
セフィ「おいしいもの買ってきてくださいねぇ〜」
クレア「出来るだけ値切ってたくさん買ってくるのよ!」
メル「頼んだわよ。英荘の未来はアナタたちの成果次第なんだからね〜」
4人はみんなからの声援と期待を一身に受けながら下山していった。
ただ1人。ラオールだけは不安そうな面持ちをしていたが。
そしていつまでも外を気にしているラオールに貴也は声を掛けた。
貴也「ラオールくん。そろそろ少し妹ばなれしたほうがいいんじゃないかな。ちょっと心配しすぎな気がするけど」
ラオール「うるさい!余計なお世話だ」
貴也「きっと、ジゼルも1人で色々やってみたいんだよ。だって今までしようと思っても出来なかったんだから。分かってあげなよ」
ラオール「それぐらい・・・そのぐらいの事、オレだって分かってるさ。でも・・・心配なんだ。
こればっかりはどうしようもないんだ。たった2人っきりの家族なんだ」
貴也「2人っきりじゃないだろ。言わなかったっけ?英荘ではみんなが家族なんだって」
ラオール「・・・」
貴也「今ではみんながジゼルのそばについてるんだし。何かあったって誰かが絶対に助けてくれる。
みんな家族なんだから信用もできる、安心もできる。違うかな?」
ラオール「そう・・・かもな・・・(お前らなら信用できる。信じられる、かな・・・)」
その後、フォルたちが買っていた食料によって英荘の食料事情は一時的にではあるが改善された。
そして日曜にはクレアの企画した山菜採りも実施され、印税が振り込まれる日までは無事過ごす事が出来たのであった。
しかし忘れてはいけない。
英荘の増改築費のローンが払い終わるその日までは、また危機的状況が訪れる可能性は幾らでもあるということを。
<おしまい>
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