ベルとメルはタオルや洗面器に氷、そして大量の薬を持ってラオールの部屋を訪れた。

コンコン

ベル「ラオールさん、入るわよ」

 ノックをしてから声をかけ、ベルはドアを開けた。

ゴンッ

ベル「ん?」

 しかしドアは半分も開ききらないうちに何かにぶつかった。

ベル「なんだろ?」

 少し開いたドアの隙間からベルが覗いて見たものは、

ベル「ラオールさん!!」

 ドアの近くでうつ伏せに倒れて頭をドアにぶつけているラオールの姿だった。

メル「なに?」
ベル「ラオールさんが床に倒れてる」

 ベルはドアの隙間に身を潜り込ませながら答えた。

ベル「ラオールさん!しっかりして!」

 部屋に滑り込んだベルはラオールの身体をあお向けにしてドアの前からどけ、頭を抱えて声をかけた。

ラオール「うう・・・べ、ベルか・・・」
ベル「どうしたのラオールさん。大丈夫?」
ラオール「はぁ、はぁ・・・ジゼルの奴が倒れたんだ。俺が看病してやらないと・・・」
ベル「ジゼルならクレア姉さんとリリアナが看てるから大丈夫よ」
ラオール「はぁ、はぁ・・・ジゼルの奴は目が見えないんだ。俺がついててやらないと・・・」
ベル「え?」
メル「何言ってるの、ジゼルの目ならクレアさんが治したじゃない?」

 開けられるようになったドアを開けてメルが怪訝そうに聞いた。

ラオール「はぁ、はぁ・・・ジゼルには俺しか頼れる奴がいないんだ・・・」

 よく見るとラオールは目の焦点が合っていなかった。

ラオール「うぅ・・・2人っきりの家族なんだ・・・。俺が守ってやらないといけないんだ・・・くぅ・・・・・・」
ベル「どういうこと?」
メル「うーーん。たぶん高熱による一時的な記憶の混乱だと思うけど・・・」
ベル「そうなの?」
メル「たぶんね。ま、とりあえず布団に寝かしましょ。足は持つからそのまま頭持ってて」

 2人はなんとかラオールを布団まで引きずり寝かしつけた。

メル「とりあえず、うわごと言うくらいだから熱はすごそうよね。アタシ貴也の所の体温計借りてくるからちょっと看ててね」

 メルは体温計を借りに部屋を出て行った。

ラオール「うぅ・・・ジゼル・・・はぁ、はぁ・・・」
ベル「こんな時にまでジゼルの心配するなんて・・・、ほんとに妹思いなのね・・・」
 
 ベルはラオールの汗をタオルで拭いてあげながらメルを待った。
 そしてしばらくするとメルが体温計を持って戻って来た。

メル「じゃ、熱を計ってみましょうか」
 

3分後
 

メル「41度2分か・・・。人間の体温とは思えないわね・・・。どうやらこいつが1番重症みたいね」
ベル「どうしたらいいかな。ラオールさん苦しそうだけど・・・」
メル「そうね・・・まず熱を下げることが第一ね」
ベル「でもどうやって?」
メル「うーーん。人間は人肌で暖めてあげるのが1番だって、どっかで聞いたような気がするけど・・・」
ベル「え、それって・・・」
メル「もちろんこの場合、アタシ達の肌で暖めることになるわけだけど・・・」

 途端ベルの顔が赤くなってくる。

ベル「あ、あたし、そんな恥ずかしいこと出来ないわよ!」
メル「そりゃそうよねぇ・・・。じゃオーソドックスな所で解熱剤でも投与しますか」

 しかしラオールは薬を飲めるような状態ではなかった。
 薬を口に入れ、水を飲まそうとしても水を飲み込んでくれないのだ。

ベル「うーん。困ったなぁ・・・」
メル「やっぱりここは口移しで飲ますしかないかもね」
ベル「え!」

 再びベルの顔が赤くなる。

メル「と、いうわけで。はい」

 と、言ってコップと薬をベルに渡すメル。

ベル「そ、そんな・・・。あ、あたしそんなこと出来ないよ・・・。メルさんがしてあげてよ」

 そう言ってコップを返そうとするベル。

メル「ダメよ。アタシの唇はクレアさんだけのものだもの。ほら、このままだとラオール死んじゃうよ」
ベル「うう・・・で、でも・・・そんな・・・」

 ベルはコップを手にして赤くなったまま悩んでいた。

メル「ふぅ・・・。仕方ないわね。こうなったら最後の手段よ」
ベル「最後の手段って?」
メル「この座薬を使うのよ」

 メルは座薬の箱を手に持ってベルの眼前に突きつけた。

ベル「ざ、座薬って・・・」
メル「だって他に方法がないでしょうが。じゃ、アタシはフォルにゴム手袋借りてくるから」

 そう言ってメルは部屋を出て行き、そしてゴム手袋を持って戻って来た。

メル「で、どっちがやる?」

 メルがゴム手袋片手に聞いてくる。

ベル「あたし嫌だな」
メル「アタシも嫌よ」

 2人共嫌がった。

ベル「はぁ・・・それじゃあジャンケンで決めましょ」
メル「よーし、受けてたつわ」

 そして、

ベル&メル「最初はグー。ジャンケン、ポン」

 メルはチョキ、ベルはパーだった。
 メルの勝利だ。

ベル「うう・・・負けた・・・」
メル「ふっふっふっ。じゃお願いね」

 勝ち誇りながらゴム手袋をベルに渡すメル。

ベル「シクシク・・・」
 

 そしてしばらく時が過ぎ。
 
 

ベル「うう・・・、なんであたしがこんなこと・・・」

 事を終えたベルは泣き言を言っていた。

メル「まぁまぁ。あ、ついでだから身体の汗も拭いて着替えさせようか」
ベル「はい、はい。こうなったら何をやっても同じだもん。やるわよ」

 ベルはラオールの全身を拭いてやり、下着まで着替えさせてあげた。

メル「はーい。ご苦労様」
ベル「もぉ・・・。次はメルさんがしてあげてよ」
メル「はいはい。じゃ、これ頭に乗せてあげて」
ベル「これは?」
メル「氷嚢よ。頭にタオルを乗せてその上に置いてあげるといいんじゃない」
ベル「うん」

 メル言うとおりにしてあげるとラオールの顔は幾分落ち着いたものになった様に見えた。

ベル「後は定期的に汗を拭いて着替えさせればいいんじゃないかな」
メル「そうね」
ベル「目を覚ませば何か食べさせてあげられるんだけどな・・・」

 そしてしばらく時が経った。
 しかしラオールは一向に目を覚まさなかった。
 

メル「ほんとに・・・こいつは何時まで寝てるんだろうねぇ」

 そう言ってメルはラオールの頭をぺシッと叩いた。

ベル「だめよメルさんそんなことしちゃあ」
メル「だって退屈じゃない・・・」

ガチャ

クレア「お邪魔するわよ」

 そこへクレアがやって来た。

メル「あー、クレアさん。ちょうど良かった。今退屈してたとこなのよ」
ベル「もう、メルさん!!それよりクレア姉さんどうしたの?」
クレア「ジゼルに頼まれて他の2人の様子を見に来たのよ。で、どうなの?」
ベル「それが全然目を覚まさないの・・・」
クレア「ふーん。熱は?」
メル「41度もあるわよ」
クレア「そりゃ重症ね」
ベル「ジゼルの様子はどうなの?」
クレア「ジゼルは熱もそれほど高くないし、たいした事はないわ。貴也はさっき目を覚ましたし」
メル「そう、じゃ、問題なのはこいつだけね」

 そう言ってまたラオールの頭をはたくメル。

ベル「もう、また・・・」
クレア「ところでメル。リアに変なこと吹き込むのは止めてくれないかしら」
メル「え、なんのこと?」
クレア「あの‘マ’ぬけ、裸で貴也の布団に潜り込むところだったわよ・・・」
ベル「ええぇーー・・・、リアってば大胆・・・」
メル「ああ、人肌で温めるといいってやつね。いいじゃない。別に間違ってないでしょ」
クレア「ミリの前でやる様なことじゃないでしょ。それに貴也の目が覚めた時どうなると思ってるの・・・」
メル「ははは、それもそうね。でもホントにするとは思わなかったし・・・」
クレア「はぁ・・・ほんとにもう・・・とにかく2人ともラオールのことは頼んだわよ」
メル「えーー、クレアさんもう行っちゃうのーー」
クレア「ジゼルをいつまでもリリアナ1人に任せておくわけにもいかないでしょ。じゃ、ホントに頼んだからね」

 そう言い残してクレアは部屋を後にした。

 そしてしばらく後

コンコン

フォル「入ってもよろしいでしょうか?」

 今度はフォルがやって来た。

メル「どうぞー」

ガチャ

フォル「あの、おかゆを作ったんですけど、ラオールさんの様子はどうですか?」
ベル「ありがとうフォル姉様。でもラオールさん、まだ目を覚ましてないから食べるのは無理だと思うの」
フォル「そうですか。では2人の分の昼食も用意が出来てますので食べてきてもらえますか。ここはわたしが看ていますから」
メル「ありがとうフォル」
ベル「ごめんなさいフォル姉様。じゃあラオールさんのことお願い」
フォル「はい」

 ラオールをフォルにまかせて2人は部屋を出て行った。
 フォルはラオールの枕元に座り、顔を覗きこんで見た。

フォル(辛そうなお顔をなさっています・・・。わたしにも何か出来ることはないでしょうか・・・)

 しばらく考えた後、フォルはラオールの手を握り、

フォル「・・・おやすみなさい 私の新未来 私がそばにいてあげる 守ってあげるから」

 子守歌を歌ってあげた。
 そしてしばらく部屋にはフォルに歌声が響く。

フォル「ねんねこよ・・・・・・」

 そして歌が終わった。

ラオール「フォル・・・」
フォル「あ、すみません。起こしてしまいましたか・・・」
ラオール「いや、かまわない・・・。それよりフォルがオレの看病をしてくれてたのか?」
フォル「いいえ。看病をしていたのはベルとメルさんですよ。今わたしがここにいるのはたまたまです」
ラオール「そうか・・・」
フォル「はい。ですから2人には後でお礼を言ってあげてくださいな」
ラオール「ああ、分かった」
フォル「それより、お加減は如何ですか?」
ラオール「いいとは言えないな・・・。それよりもジゼルの容態はどうなんだ?」
フォル「ジゼルの症状が3人の中では1番軽いようですよ。今はクレア姉様とリリアナが看ていますから大丈夫ですよ」
ラオール「そうか・・・。すまない・・・」
フォル「いいえ、家族なんですから当たり前のことですよ」
ラオール「家族か・・・」

コンコン

ベル「フォル姉様。入るわね」

 そこにベルが帰って来た。

ガチャ

ベル「ラオールさんの様子はどう?」
ラオール「ベルか・・・」
ベル「あ、ラオールさん。気がついたんだ。良かったー」
ラオール「ああ・・・」
フォル「ふふ、それじゃあわたしはおかゆを取ってきますから」

 フォルがおかゆを取りに部屋を出て行く。

ベル「ラオールさん。気分はどう?」

 フォルに変わってベルがラオールの枕元に座る。

ラオール「よくはない・・・」
ベル「そう・・・じゃあ身体の調子は?」
ラオール「全身が筋肉痛になったようでうまく動かせない・・・。頭もガンガンする・・・」
ベル「うーん・・・だったら、おかゆを食べて薬を飲んでから、もう少し寝た方がいいわね」
ラオール「食欲なんてねぇよ・・・」
ベル「ダメよ、ちゃんと栄養つけないと。治るものも治らないわよ」
ラオール「・・・分かったよ」

コンコン

フォル「ベル。ちょっと開けてもらえませんか」
ベル「はーい」

ガチャ

フォル「はい、おかゆを持ってきましたよ」
ベル「ありがとうフォル姉様」

 フォルから土鍋を受け取るベル。

フォル「それではラオールさん、お大事に。ベル、後はおまかせしますね」
ベル「まかせてよフォル姉様」

 後のことをベルに任せ、フォルはラオールの部屋を後にした。

ベル「ラオールさん、起きられそう」
ラオール「ぐっ・・・無理みたいだな・・・」

 ラオールは身体を起こそうとしたが全身に痛みがはしり起きあがれない。

ベル「そう・・・、じゃあ・・・」

 ベルはラオールが身体を起こすのを手伝ってあげた。

ベル「これでいい?」
ラオール「ああ、すまないな・・・」
ベル「ふふ、いいのよこれくらい。でも、これじゃあ自分で食べるのも無理そうね」

 ベルはおかゆをさじですくい、ラオールの口元に運んだ。

ベル「はい」
ラオール「お、おいベル」

 ラオールの顔が赤くなるが、元々赤いのでよく分からない。

ベル「あ、ごめん。このままじゃ熱いよね」
ラオール「いや、そうじゃなくて・・・」

ふーふー

ベル「はい、あーーん」

 息をかけてさましてから再びおかゆをラオールの口元へ運ぶベル。

ラオール「・・・」
ベル「ん、どうしたの?やっぱり食欲がない?」
 
 ラオールの態度に不安そうな顔で尋ねるベル。

ラオール「い、いや。食べるよ・・・」

 そんなベルの顔を見てはラオールも観念するしかなかった。

ベル「そう、じゃあ、はい。あーーん」
ラオール「・・・」

 しかたなくラオールは口を開けた。
 そこへベルはおかゆの乗ったさじを入れてあげる。

もぐもぐ

ベル「どう、おいしい?」
ラオール「・・・ああ・・・」

 実は熱のせいか味はほとんどしなかったのだがそう答えた。

ベル「そう、よかった。それじゃ」

ふーふー

ベル「はい、あーーん」

 再びおかゆは差し出すベル。
 そしてこの一連の行動はおかゆが無くなるまで続けられた。

ベル「はい、お薬」

 そしておかゆを食べ終わったラオールは薬を飲まされた。

ベル「はい、お水」

 次に水をふくまされる。

ベル「よし。それじゃあ、おとなしく寝ていてね。あたしは鍋を返してくるから」

 ベルはラオールに手を貸して寝かしつけた。

ラオール「ああ」
ベル「それじゃ」

 ベルはおかゆの土鍋を持って部屋を出て行こうとした。

ラオール「ベル」

 ラオールはそんなベルを呼び止めた。

ベル「なに?」

 ベルは足を止めて振り返った。
 
ラオール「あ、あの・・・」
ベル「?」
ラオール「し、心配かけてすまなかったな。それと看病してくれて、あ、ありがとう・・・」
ベル「ふふ、どういたしまして」

 ベルは少し微笑んでから部屋から出て行った。

ラオール「ふぅ・・・」

 ラオールは布団に身を深く沈めた。

ラオール(こんなときに家族が大勢いるのって・・・ありがたいものだったんだな・・・)

 そう思いながら眠りにつこうとしたが、

ガチャ

メル「ラオール、気がついたんだって」

 メルが部屋に入ってきた。

ラオール「ああ、心配かけてすまなかった」
メル「いいのよ、そんなこと。それに看病してたのはほとんどベルちゃんだしね」
ラオール「そうなのか?」
メル「そうよ。それにしても大変だったんだから。熱は41度もあるし、うわごとは言うし、薬飲まそうとしても飲んでくれないし・・・」
ラオール「そ、そうだっだのか・・・」
メル「仕方がないから、ベルちゃんがあんたに座薬を入れてくれたのよ」
ラオール「え、座薬・・・」

 ラオールの顔が青ざめるが、顔色が悪いのでよく分からない。

メル「それに身体拭いたのも、服着替えさせたのも全部ベルちゃんなのよ」
ラオール「身体を拭いて、着替え・・・」

 今度は赤くなったが、やはりあまり分からない。

メル「だからベルちゃんには感謝しなさいよ」
ラオール「ああ、分かったよ・・・」

 そうは言ったものの、次にベルに会った時はどんな顔をすればいのか分からないラオールだった。

コンコン

ラム『ねぇ、入っていいかな?』

 そんな所へラムがやって来た。

メル「どうぞ」
ラム『ラオール、どう具合は?』
ラオール「よくはないが、朝よりはマシになったよ」
ラム『そっか、そりゃよかった』
メル「それよりラム。あんたバイトは?」
ラム『うん、お昼のラッシュは過ぎたから少し様子を見に来させてもらったんだよ』
メル「そう。それより聞いてよ。ラオールってば、気を失ってて薬が飲めないから、ベルちゃんに座」
ラオール「それ以上言うなーーー!!」

 ラオールは醜態をラムに話そうとしたメルを大声で止めた。

メル「えー、いいじゃない」
ラオール「頼む・・・みんなには黙っててくれ・・・」

 大声を張り上げたためにめまいがしたラオール。

メル「じゃあ、ベルちゃんがラオールの裸を全身くまなく」
ラオール「それもだーーー!!!」

 再び叫び止めた。

ラム『えー、なんだよ気になるなぁ。教えてくれてもいいじゃないか』
ラオール「いいから・・・オレを・・・静かに・・・寝かさせて・・・くれ・・・」

 今度は頭痛までひどくなった。

メル「ま、ラオールもこう言ってるし、また今度ね」
ラム『分かったよ。じゃ、ラオールお大事にー』

 こうしてラムは部屋を出て行った。

ラオール「はあぁぁ・・・・・・」

 頭痛とめまいのひどくなったラオールは深い溜息と共に布団に身を横たえた。

ラオール(こんなとき家族が大勢いるのも考えものだな・・・)

 そんなことを考えながらラオールは眠りに落ちていった。 
 

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