初夢セレナーデ
○元旦 英荘リビング 夕方
保育園から帰って来たミリたちの話を聞いているクレアとメル。
双子たちとミリ、ジゼルらが餅つきの様子を身振りを交えて解説している。
クレア 「それで、ラオールは帰ってきたと思ったら部屋で倒れてるわけ?」
話のオチを聞いて、呆れたように笑うクレア。
ベル 「うん、全部の薬味を制覇するんだって言って」
リア 「あんこときな粉とお醤油と、大根おろしに納豆にチーズに……」
ミリ 「砂糖醤油にゴマに、それにお汁粉も食べてたわよ」
様子を思い出しながら指を折るリアと、嬉々として行状を追加するミリ。
メル 「それだけ食べれば、いくらラオールでも倒れて当然ね」
ジゼル 「うぅっ、ごめんなさい」
ミリ 「別にジゼル姉ちゃんが謝ることじゃ無いと思うんだけど……」
ジゼル 「うん、それはそうなんだけど、ね。やっぱりなんていうか、その、うん」
楽しそうに笑うメルと、顔を赤くして申し訳なさそうに謝るジゼル。
台所から顔を出したフォルが、ジゼルに声を掛ける。
フォル 「ジゼル、ラオールさんの分のお夕食はどうしましょう?」
ジゼル 「えっと、さすがに無理だと思いますけど。
―――……一応、お兄ちゃんに聞いてきますねっ」
力の無い笑みを浮かべつつ、リビングを出ていくジゼル。
しばらくして戻ってくると、こっそりため息をついて台所に入っていく。
ジゼル 「あの、フォルさん」
フォル 「ジゼル、どうでした?」
ジゼル 「―――……お夕飯までには、回復するそうです」
そう言って、また顔を赤くするジゼル。
リビングでは、一同ラオールの部屋の方角を見やって、驚き顔と呆れ顔が半々。
フォル 「ふふっ、良かったです」
ジゼルの話を聞いて、喜ぶフォル。
ジゼル、思いがけない返事に、きょとんとする。
ジゼル 「フォルさん?」
フォル 「ご飯は美味しく食べてもらえるのが一番ですから」
フォルにそう言われて、ホッとした顔で頷くジゼル。
深々と頭を下げてリビングに帰っていく。
それからしばらく、リビングからは餅つきの話題で笑い声が絶えなかった。
○英荘リビング 夕食後
おせちを夕飯に終えて、のんびりしている一同。
ラオールだけは夕食後すぐ部屋に戻って再び倒れこんでいる。
一度部屋に戻っていたセフィが、一枚の紙を持ってリビングに入ってくる。
セフィ 「あのぅ、今日の帰りに、園長先生からこんなものを頂いたんですけれど。
いったい、何なんでしょう?」
ミリ 「何これ、船の絵?」
セフィ 「これを枕の下に入れて眠ると、良い夢が見られるんだそうですぅ」
そう言って、絵を一同に見せるセフィ。
テーブルの向こうからのぞきこんでいた貴也、セフィの話を聞いて合点がいく。
貴也 「どれどれ?
あぁ、これは宝船だよ。
乗っているのは七福神と言って福を授けてくれる神様なんだ。
七福神の絵を枕の下に敷くのは、縁起の良い初夢が見られるおまじないだよ」
ジゼル 「初夢?」
リリアナ 『初夢というのは元日か正月二日の夜に見る夢のことですよ。
初夢に見て縁起が良いものとしては、七福神の他に一富士二鷹三茄子というのもありますね。
富士山、鷹、茄子が出てくる初夢は縁起が良いのだそうです』
リリアナの解説に、疑問符を浮かべる年少組。
ミリ 「富士山とか鷹はまだ分かるんだけど……」
ジゼル 「なんで茄子なの?」
貴也 「うぅん、何でだろう?
言葉は良く聞くけれど、理由までは分からないなぁ」
問いかけられて頭をひねる貴也。
と、リリアナから続いて解説が入る。
リリアナ『‘成し遂げる’の‘成す’と掛けた語呂合わせとか、毛が生えていないので‘怪我が無い’とか
良く実をつけるので‘繁栄’の縁起物だとか、諸説あるようですね。
まぁ、昔の言い伝えというのは大抵そんなものですけれど』
セフィ 「へぇー、そうなんですかー。
アタシ、初めて知りましたぁ」
すらすらと言葉を続けるリリアナに感心しきりなセフィ。
その横で、別の疑問を浮かべて顔を見合わせている双子たち。
ベル 「―――……リリアナって、時々変なことに詳しいわよね」
リア 「うん。何だか、時代がかってるというか、年齢不相応というか」
テーブルから離れてコタツに入っていたクレア、双子たちの会話を耳に入れからかうように呟いてみせる。
クレア 「‘おばぁちゃん’の知恵袋、かしらねぇ」
と、
リリアナ『……クレアリデル?』
小首をかしげてクレアに微笑みかけるリリアナ。
一同、何故かリビングの暖房が全停止したかような寒気を感じる。
リリアナ『……クレアリデル?』
クレア 「うぅっ……」
凍りついた空気のなかで、微笑を絶やさず優しげな声で呼びかけるリリアナ。
その標的となっているクレアは、内心冷や汗を流しながら必死に耐えている。
と、クレアのそばで寒波の余波を一番に浴びていたメルが、こらえきれなくなって話題を変えようと声を上げた。
メル 「ねぇ、リアちゃんはどんな初夢が見たい?」
リア 「ア、アタシ?」
リア、いきなり話をふられて驚くが、メルのあからさまなハイテンションで空気が変わったことにホッとして
会話を続けようとする。
リア 「うぅん、いきなりそぅ言われてもよく分からないし―――……
楽しい夢だったら良いな、とは思うけれど」
メル 「もぅっ、ダメよリアちゃん。年頃の女の子が見るべき夢は有史以前から決まってるんだから」
そう言って後ろからリアに抱きつきながら、目線を貴也に向けて見せる。
リア 「あっ……」
メル 「ねっ?」
貴也 「んっ?」
メルの視線の意味を理解して、顔を真っ赤にしながらうつむくリア。
そんなリアの様子に満足そうな笑みを浮かべるメルと、自分が話題にされていることに気付けず頭に「?」を
浮かべている貴也。
ベルとミリ、そんな三者三様を見てため息をつく。
なんとなく空気が変わってうやむやになってくれたことにホッとしているクレア。
と、ラムリュアがクレアの脇にしゃがんで笑いながら顔を覗き込んでくる。
ラム 『あぁいう台詞は、相手を見て言わなきゃダメだよ。
クレアもまだまだだね』
クレア 「アンタに言われたく無いわよっ」
普段ラムに‘あぁいう台詞’を言われ続けているクレア、半眼で睨みつける。
ラム 『ボクはちゃんと、言う相手とタイミングを図ってるからね、‘伯母’さんっ』
クレア 「ラムっ!」
八つ当たり気味に怒鳴るクレアだが、ラムはすでに自分の席に戻っている。
確かに、上手くタイミングを図った退避だった。
クレア 「まったく……」
リリアナ『……クレアリデル?』
クレア 「うっ!?」
逃げたラムリュアに意識を向けていたクレア、突然背後から声をかけられて息を飲む。
ゆっくり後ろを振り返ると、リリアナが先ほどと変わらない優しげな笑みを浮かべている。
リリアナ『良い夢が、見られると良いですね。クレアリデル』
そう言って微笑んで、何事も無かったかのように席に帰っていくリリアナ。
クレア、なんとも言えない不安に襲われながらコタツに身を沈める。
コタツの温度調節は最強になっていたが、クレアが感じた寒気はしばらく消えることは無かった。
テーブルのほうでは、初夢談義が続いていた。
ラム 『誰かさんが、杵に叩き潰される悪夢を見てうなされなきゃいいけどね』
ミリ 「もうっ、だからわざとじゃないし、ちゃんと謝ったじゃないっ!」
セフィ 「でもミリちゃん、馨さん帰るときにもまだ足がふらふらしてたんですよ。
きっと、すごく怖かったと思いますぅ」
ミリ 「うぅっ……」
セフィの心配そうな様子に、さすがにすまなそうな表情を浮かべるミリ。
セフィ 「この次はもっと気をつけて、危なくないようにしてあげてくださいね?」
ミリ 「うんっ。今日でコツはつかんだもの。
来年はリア姉ちゃんとベル姉ちゃんみたいにカッコ良くやってみせるわよ」
ミリは、馨が聞けばそれこそ悪夢にうなされそうな気合を入れて見せる。
台所の片づけから戻ってきたフォル、話に加わる。
フォル 「ふふっ、楽しそうですね。何のお話ですか?」
ミリ 「あっ、フォル姉ちゃん」
貴也 「あのね、フォル。初夢に、どんな夢が見たいかって話してたんだよ」
そう言って、先ほどの初夢の話を聞かせる貴也。
フォル 「初夢、ですか。
ベルとリアはどんな夢が見たいんですか?」
ベル 「あたしは、夢の中でぐらいお財布の中身を気にしないで洋服を買ってみたいなぁ」
メル 「ベルちゃん、現実的過ぎ……
どうせ夢なんだから、お姫様みたいなドレスを着たい、くらいは言っても良いんじゃない?」
すっかり英荘の財政担当が板についてしまっているベルのささやか過ぎる夢に苦笑するメル。
リア 「アタシは―――……内緒っ!」
ミリ 「リア姉ちゃん……」
ラム 『まったく、分かりやすいなぁ、リアは』
赤くなって誤魔化すリアだが、先ほどのメルとのやり取りで周囲(一名除く)にはすっかり見透かされている。
ミリ 「アタシは、夢の中だったらミュウとお話ししてみたいなぁ」
ラム 『メルは……あぁ、聞くまでも無いか』
メル 「そういうこと♪」
セフィ 「アタシは、一日中お昼寝がしていたいです」
貴也 「夢の中で、ですか?」
セフィ 「はいっ」
力いっぱい頷くセフィに、何も言えず苦笑する貴也。
貴也 「ラムは?」
ラム 『ボクは、あんまり夢って見ないんだ。眠りが深いのかな?
そういう貴也は、どんな夢が良いの?』
そう言って、からかうような目で顔を覗き込んでくるラム。
その背後には貴也の答えにじっと注目している気配があるが、貴也本人は気付いていない。
貴也 「そうだな……
久しぶりに、父さんと母さんの顔が見たいかな。
結局、お正月も向こうが忙しいからって言って帰ってこなかったし」
リア 「そ、そうなんだ……」
ラム 『―――……そっか。
会えない人とも会えるんだよね、夢の中なら』
ジゼル 「そうですね……」
ある意味予想通りの回答に、安堵と落胆が半々の表情で緊張を解くリア。
その横では、ラムとジゼルが貴也の答えを聞いてわずかに憂いの表情を浮かべ頷きあっていた。
ベル 「フォル姉様は、どんな夢が良い?」
フォル 「わたし、ですか?
そうですね―――……こんな風に、夢の中でもみんなで笑っていられたら良いですね」
リア 「フォル姉さん……」
そう言って微笑むフォルの答えに、複雑そうな顔をする双子たち。
貴也 「良い夢だと思うよ、フォル。
そんな初夢なら、きっとそれは正夢になるから。
見れると良いね、みんなが幸せな夢が」
フォル 「はい」
深い意味には気付けなかったが、フォルの表情のかげりが気になった貴也は、フォルの答えを笑顔で肯定してみせる。
そんな貴也の言葉に、フォルは嬉しそうに答え、微笑み返した。
そうして、新しい年の夜も変わらず賑やかに更けていった。
時計の針が十時を回ったところで、一同解散となった。
日の出を見るために早起きしたため、年少組はあくびの出る口を手で押さえながら退出していく。
テーブルで残っていたお茶を飲み干して立ち上がったメル、先ほどからコタツで沈黙したままだったクレアの
そばに歩み寄ると、甘え声でじゃれつく。
メル 「ねぇ、クレアさぁん。今日は一緒に寝ても良いかしら?」
クレア 「―――……えぇ、そうね。そうしてあげてもいいわよ」
メル 「もうっ、またそんな……って、えぇっ!?」
何時ものように断られると思い夜中に潜り込むプランを模索していたメル、予想外の返答に仰天する。
メル 「えっと、クレアさん?
今、一緒に寝ても良いって、言ってくれたのよ、ね?」
クレア 「だから、そういったでしょう?
―――……それとも、やめる?」
メル 「っ、とんでもない!
クレアさんから誘ってくれるなんて60億年に一度有るか無いかだもの!
もう『やっぱりダメ』なんて言っても聞かないわよ!」
クレアの腕を取ってコタツから立ち上がらせるメル。
こぶしを振り上げて撤回の拒否を強調しながら、そのまま腕を絡めてクレアを引っ張っていく。
クレア 「別に誘って無いでしょう。人聞きの悪いことを……
まぁ、今日は気にしないでいてあげるわ」
メル 「さっ、クレアさん、行きましょう!
クレアさんの気が変わらないうちに、部屋に入って布団を敷いて、直ぐに寝ましょう!」
とてもこれから寝るようには思えないテンションでリビングを出て行くメル。
クレア、メルの様子にげんなりしながら、背後に感じる寒気に身を振るわせつつ引きずられていく。
クレアたちを見送って、自分も部屋に戻ろうとするフォル。
リビングに一人残っているリリアナに声を掛ける。
フォル 「リリアナ?わたしたちも、もうお部屋に戻りますけれど」
リリアナ 『わたしはもう少しゆっくりしてから戻ります。
先に休んでいてくださいな、フォルシーニア』
そう言って、少し冷めたお茶をすするリリアナ。
フォル 「分かりました。
お台所の元栓と玄関の戸締りは見ておきましたから、休むときは暖房と電気を
消しておいてくださいね」
フォル、リビングのドアを閉めて部屋に戻っていく。
一人になったリリアナ、わずかな憂いの色をのぞかせると何かを抱くように手のひらを胸にあてる。
リリアナ(わたしの……夢)
ふっ、とかすかなため息をついて、屋内からは見えないはずの空と、それよりも彼方な未来を想う。
リリアナ『わたしの見る夢は、いつだって貴女のことなんですよ―――……』
そう呟くと、人気の無くなったリビングを見渡すリリアナ。
先ほどまでそこにあった、そして、願わくばこれからも続いて欲しいと思える暖かさを想って微笑むと、
そっと祈るように、もう寝床についているだろう‘家族’たちに向けてささやいた。
リリアナ『善き夢が皆と共にあらんことを――何時か、想いが現実となるその日まで』