年の終わりに
大晦日 英荘共同リビング 夕食後
食卓でお茶を飲んでいる貴也たち。
ラオール、呆れ顔でリビングの一角を見ている。
視線の先には大きめのコタツに入ってお茶をすすっているクレア。
コタツの反対側からリアの頭だけが覗いている。
ラオール「クレアのやつ、すっかりはまりこんでるな。」
ベル 「もうっ、リアもあんまりもぐり込まないの。」
リア 「だって、暖かいんだもの。それに気持ちいいし・・・」
そう言ってコタツの布団に頭を埋めるリア。
クレア、リアの台詞にうなずきながらベルに向かって手招きする。
クレア 「そうそう、気持ちいいわよ。ベルも入る?まだ空いてるわよ。」
ベル 「あたしはいいわ。そこからだとテレビが見られないし。」
クレア 「歌合戦の勝ち負けなんてどうでも良いじゃない。
でもまあ、あの神機みたいに大きな衣装はちょっと面白いわね。」
ベル 「あれはもう衣装って言うよりほとんど舞台装置だけれど・・・
そういえばクレア姉さん、今夜はお出かけしないの?」
クレア 「ええ、少しやることがあるから。
ああフォル、そこのミカン、篭ごとこっちに持って来てくれる?」
フォル 「はい、クレア姉様。」
台所から戻ってきたフォル、コタツの上にミカンの入った篭を持っていく。
それを見ている一同、「やれやれ」と溜め息をつく。
ラオール「そういやアレ、何処から持ってきたんだ?」
貴也 「さあ?家には無かったはずだけど。」
メル 「ふもとの粗大ゴミ置き場にあったのを拾ってきて‘再生’(なお)したのよ、クレアさんが・・・」
貴也 「そ、そうなんだ・・・」
メル 「最初はクレアさんの部屋に置くつもりなのかと思ったんだけど、部屋が狭くなるって言って
こっちに持ってきたの。リビングは板敷きだからやめたらって言ったんだけど。」
ラム 『そうしたら、絨毯まで持ち出して来たんだ?』
なぜだか面白そうに笑うラム。
ラオール「夏の時もクーラーを見つけてくれば良かったんじゃないのか?
あれだけ暑いって騒いでたんだし。」
ベル 「まあ、アレを見つけてきたのはたまたまだから。
やっぱり、あたしがゴミ棄てに行ったほうが良かったかしら。」
貴也 「ベルは、マリアと一緒に廊下の掃除をしていたじゃないか。」
ラオール「俺たちはリビングを片付けてたからな。他に回す仕事は無かったし、別に良かったんじゃないか?」
話し込んでいると、リビングにセフィが入ってくる。
湯上がりらしく、濡れた髪を上でまとめている。
セフィ 「いいお湯でした〜。
えっと、お風呂はアタシで最後ですよね?」
うなずく一同。
セフィ、リビングを見渡してミリとジゼルがいないことに気付く。
セフィ 「あら、ミリちゃんたちはもうお休みになったんですか?」
フォル 「ええ、先ほど部屋に戻りましたよ。」
メル 「もう?まだ9時を回ったばっかりよ。」
ベル 「ジゼルと一緒に初日の出を見るから、早く寝るんですって。
それに、今日は大掃除で朝から頑張ってたから、疲れてるだろうし。」
ベルの話を聞いていた貴也、ふっとリリアナに目を向ける。
リリアナ、貴也と目が合って微笑む。
貴也 「リリアナは寝ないの?」
リリアナ『はい、わたしは日が変わるまで起きているつもりです。』
フォル 「それでは、リリアナにもお蕎麦をつくりましょうか?」
小首をかしげて聞くフォル。
その仕草に微笑しながら、コクリと頷くリリアナ。
リリアナ『そうですね。少しだけいただきます。』
ラム 『あれっ、夕食はさっき食べたじゃない。また食べるの?』
横で会話を聞いていたラム、驚いたように会話に入ってくる。
貴也、笑って説明する。
貴也 「大晦日には縁起を担いで蕎麦を食べるんだよ。
年越し蕎麦って言うんだ。」
フォル 「ミリたちはすぐにお休みすると言っていたので、お夕食にも出したのですけれど。」
ベル 「それで、お吸い物にお蕎麦が入ってたのね。」
合点がいったというふうにうなずくベル。
それにうなずき返すラオール。
ラオール「ああ。夕飯が蕎麦だけじゃすぐに腹が空くからな。」
貴也 「でも、出来ればみんなで食べたかったからね。
それで夕食にはおかずで入れてもらって、俺たちは残りを夜食で食べることにしたんだ。」
フォル 「ラムはどうしますか。」
ラム、フォルに問われて頭を捻る。
ラム 『うーん、どうしようかなぁ。ボクは、お腹は空いてないんだけど。
せっかくだからもらおうかな。』
ベル 「食べられるの?」
ラム 『貴也が言ってたじゃない、縁起物だって。
それに、みんな食べてるのにボク一人だけ見てるだけっていうのもつまらないし、ね。
あ、フォル。ボクは少しで良いよ。一口分くらいで。』
フォル 「分かりました。それでは、そろそろゆで始めますから。
少しだけお待ちになってくださいな。」
台所へ向かうフォル。
リア、フォルを見送っていたが、ふっと顔を上げる。
リア 「あれ?」
貴也 「どうしたの?マリア。」
リア 「うぅん、何か音が聞こえたような気がしたのだけど。
あ、ほら、また。」
そう言って耳を澄ませるリア。
貴也もしばらくそうしていたが、やがて納得してうなずく。
貴也 「ああ、除夜の鐘か。」
リア 「除夜の鐘?」
貴也 「うん、日本では大晦日にお寺にある大きな鐘を突くんだよ。
人間には108つの煩悩、つまり悪い心があるって言われてて、それを無くすために
同じ数だけの鐘を鳴らすんだ。」
ラム 『・・・ふ〜ん。そう、なんだ。』
貴也の言葉に、複雑な表情で相槌を打つラム。
と、ベルが席を立って台所に入っていく。
ベル 「フォル姉様、あたし、ちょっと外に出てきても良い?」
フォル 「ええ、お蕎麦が茹で上がるまでもう少しかかりますけれど。
どうかしたのですか、ベル?」
ベル 「ううん、ちょっと暑くなってきたから、少しだけ体を冷まそうかと思って・・・」
フォル 「今日は風がありますから、あまり長く出ないほうが良いですよ。」
ベル 「うん、ほんの少しだけだから。それじゃあ、行って来ます。」
リビングから出て行くベル。
それを見送る貴也。
貴也 「ベル、どうかしたのかな?」
ラム 『ああ、大丈夫だと思うよ、きっと。』
貴也 「どうしてそう思うの?」
ラム 『なんとなく、だよ。まあ、女の勘ってやつかな。』
貴也 「そうなの?」
疑問符で聞き返されて、少しカチンときたラム。
貴也の方に身を乗り出してくる。
ラム 『とにかく、ベルの心配はしなくていいよ。貴也は、ね。』
貴也 「わ、分かったよ。」
怒ったように念を押すラムに、気おされたようにうなずく貴也。
それを聞いて椅子に座り直したラム。ふっと、玄関のある方へ目線を向ける。
ラム (頑張ってね、‘お祖父さま’)
リビングには何時の間にかラオールの姿が無い。
英荘の庭
ベル (‘108の鐘'、か・・・)
星空を見上げているベル。
と、後ろから足音が聞こえる。
ベルが振り返ろうとすると、肩越しに呼びかけられる。
ラオール「ベル?」
ベル 「え?」
ベルが振り向くと、ラオールが立っている。
ラオール、なんだかバツの悪そうな顔をしている。
ベル 「ラオール、さん?」
どうしてラオールがいるのか分からないベル。
ラオール、話しづらそうにしていたが、意を決したように口を開く。
ラオール「どうか、したのか?」
ベル 「え?」
唐突な台詞に、思わず聞き返してしまうベル。
ラオール、目線を逸らしてポツリとつぶやく。
ラオール「いや、リビングを出て行くときの顔が、な。」
ベル 「顔が?」
ラオール「・・・いや、まあ、たいしたことじゃないんだが。
なんか様子がおかしかったから、ちょっと気になったんだ。」
(言えないよな、「泣いてるみたいに見えた」なんて)
言葉を濁して、言い訳をするように答えるラオール。
が、ベルにはラオールの‘心’が聞こえている。
ベル 「・・・そっか。心配、してくれたんだ。」
ラオール「まあ、な。勘違いなら別にいいんだが。」
そう言って頬を掻くラオール。
それを見て、少しだけ微笑みながらベルは背を向けて空を仰ぐ。
ベル 「ねえ、ラオールさん。さっき、鐘の話をしてたでしょう?」
ラオール「鐘?ああ、除夜の鐘、だったか?たしか人間の悪い心を取り除く、とかいってたな。」
ベル 「108つの鐘。
‘人’って、そんなに悪い心があるのかしら。
108つも鳴らさなければ取り除けないくらい。」
ラオール「・・・あるかもしれないな。」
ベル 「ラオールさん!?」
思ってもいないような返答に、思わず振り返るベル。
今度は、ラオールが星を仰ぎながら話し始める。
ラオール「オレがこの国に来た時最初に世話になった家は、オレたちを置いて夜逃げしちまった。
ジゼルの手術代まで盗ってな。あの時は俺自身随分あいつらを恨んだよ。
何でだっ、俺たちが一体何をしたってな。」
ベル 「・・・うん。」
初めて会ったときのことを思い出し、沈んだ声であいづちをうつベル。
ラオールはベルに目線を移して笑みを浮かべ、言葉を続ける。
ラオール「でもな、工事現場の仕事を見つけた時、現場監督は、オレたちの話を聞いて住む部屋まで貸してくれた。
それで、あそこで貴也やおまえ達と知り合って・・・一緒に笑いあえる家族になった。」
ラオール「オレたちを置いて夜逃げしたあいつらは今でも許せない。けど、一緒にいた時の
あいつらは、悪い奴じゃなかったんだ。それは嘘じゃないと思う。
だから、な。人間の悪い心ってのは100やそこらじゃきかないくらいあるかもしれないけど、
そういう奴らにだって良い心が無いわけじゃないんだ。
つまり、何が言いたいかっていうと・・・」
ラオール、そこまで言って言葉が続かなくなる。
頭を掻いて唸っているラオールを見て、苦笑するベル。
ベル 「いいよ、もう。ラオールさんの言いたいこと、なんとなく分かったから。」
ラオール「そ、そうか?」
ベル 「うんっ。」
ベル、笑顔で大きくうなずいて見せる。
もう憂いの跡は見えない。
その顔を見て、照れたように視線を逸らすラオール。
玄関の方に歩き出しながらベルに声をかける。
ラオール「それじゃあ、そろそろ戻ろうぜ。早くしないと蕎麦がのびちまう。」
ベル 「もうっ、折角見直してあげたのに、すぐそれなんだから。」
そう言って笑うベル。
ふっと立ち止まって、ラオールの背中を見つめる。
ベル 「・・・ありがとう、ラオールさん。」
ベル、小さな声でつぶやいてから、小走りでラオールの後を追う。
英荘共同リビング
つけているテレビからカウントダウンの声が聞こえている。
と、画面右上の時刻表示が「0:00」に変わり、花火が上がるのが映し出される。
ラオール「これで、年が明けたな。」
ベル 「それじゃあ・・・」
貴也・フォル・リア・ベル・セフィ・リリアナ
「「「「「『明けましておめでとうございますっ。」」」」」』
ラム・ラオール『「明けましておめでとう。」』
お互いに挨拶を送りあう一同。
一通り終わって、貴也がコタツに入っているクレアの所に来る。
リアが入っていた所には、かわりにメルが入っている。
貴也 「クレアさん、メルさん。今年もよろしくお願いします。」
メル 「今年もよろしくね。」
クレア 「はいはい、よろしくしてあげるわ。」
そういって手をひらひらさせるクレア。
リア 「クレア姉さん、どうしてそう・・・」
セフィ 「クレアさん、ご挨拶はきちんとしたほうが良いと思うんですけど・・・」
クレア 「もうっ、うるさいわねえ。
それじゃあ改めて。今年もよろしくお願いするわね。・・・うちの妹たちの事を。」
リア 「だから違うって・・・」
諦めて溜め息をつくリア。
と、貴也、クレアに向かって
貴也 「はい。」
ベル 「貴也さん、真面目に返さないで・・・」
貴也 「いや、つい・・・」
リア 「貴也、ひどい・・・」
貴也 「マ、マリア、いや、だから今のは・・・」
リア 「知りませんっ。」
リアとベルに必死に頭を下げている貴也。
そのやり取りを笑って見つめていたクレア。
ふと目を逸らすと、こちらを見ていたリリアナと目が合う。
リリアナ『‘お姉さん’の事はお願いしないんですか?クレアリデル。』
クレアだけに聞こえるように、Psiで‘声’を送ってくるリリアナ。
クレア 『そっちは、頼む相手が別だもの。まあ、本人は分かってないみたいだけれど。』
と言って、セフィに視線を送るクレア。
見られているのに気付いてきょとんとするセフィ。
リリアナ『そうかも知れませんね。まだ、分かりませんけれど・・・』
リリアナ、クレアの所に歩いてくる。
コタツの前に座って、クレアと向かい合う。
リリアナ『明けましておめでとう。クレアリデル。』
無言でリリアナを睨むクレア。
リリアナ、僅かに憂いを浮かべて‘声’を送る。
リリアナ『‘おめでとう’とは言いたくない、ですか?』
クレア 『・・・年が明けたって事は、それだけ‘近づいてる’という事だもの。
素直に喜ぶ気にはなれないわよ。』
リリアナ『しかたない娘ね。それなら、「今年もよろしく」でも良いですよ。』
クレア 『うぅ、それも言いたくないけれど。』
リリアナ『・・・クレアリデル。』
笑顔のままでプレッシャーをかけてくるリリアナ。
クレア、観念したようにそっと溜め息をつく。
クレア 『・・・分かったわよ。今年もよろしく・・・これで良い?』
リリアナ『はい。よろしくしてあげます。』
クレア 『くっ。』
会心の笑みを浮かべるリリアナ。
やり込められたクレア、顔をしかめてそっぽを向く。
メルは側にいたが、会話は聞こえていなかったので首をかしげている。
リリアナ、満足して貴也達の方に戻る。
リリアナ『それでは、私はもうお休みしますね。』
そう言って退室するリリアナ。
続いて、ラオールも腰を上げる。
ラオール「じゃあ、俺もそろそろ寝るかな。」
メル 「あら、もう寝ちゃうの?」
ラオール「ジゼルに付き合って初日の出とやらを拝むつもりなんでね。
それに、もう何もすることはないんだろう?」
貴也 「そうだね。それじゃあお開きにしようか。」
食卓の上を片付けだす貴也達。
それが終わると、それぞれ就寝を告げてリビングから出て行く。
最後に出て行こうとしたラム、ドアの所で振り返ってクレアを見る。
ラム 『コタツの中で寝ないようにね、‘伯母さん’。』
クレア 「ラムっ!」
ラム 『ははっ、じゃ、お休み。』
笑って廊下へ逃げていくラム。
皆部屋に戻り、クレアとメルだけになる。
メル 「みんな寝ちゃったわね。それで、これからどうするの、クレアさん?
なんだか用事があるみたいだったけれど。」
リビングの入口を見ていたメル、振り返るとクレアの姿が無い。
メル 「あれ?クレアさん?」
辺りを見回すメル。
もう一度入口に目をやると、何時の間にかコートを羽織ったクレアが立っている。
クレア 「じゃあ、ちょっと出掛けてくるから。」
そう言って出て行こうとするクレア。
メル 「ちょ、ちょっと、クレアさっ!んっ〜〜〜!」
慌てて立ち上がろうとするメル。
勢い余って足をぶつけてしまう。
クレア 「もうっ、何をやってるのよ。」
呆れ顔のクレア、声も出せずに痛みを堪えているメルの側に寄って顔を覗き込む。
クレア 「大丈夫?」
メル 「な、何とか・・・って、そうじゃなくて!
出掛けるって今から?一体何処へ行くつもりなのよ?」
クレア 「心配しなくても‘観光’じゃないわよ。だいいち、それならワタシ一人で行くわけが無いでしょう?」
メル 「それはそうだけど。それじゃあ何をするつもりなのよ、こんな時間に。」
クレア 「何ってわけでもないんだけど。まあ、すぐ帰るから先に寝てなさい。」
メル 「はーい。」
そう言って微笑んで見せるクレア。
メル、その笑みを見て釈然としないながらも了解の意を返す。
それを聞いてリビングを出ようとしたクレア、急に振り返ってメルを睨む。
クレア 「言っとくけど、‘自分の’布団で、よ。いいわね。」
メル 「二人で寝たほうがあったかいわよ。ね、クレアさ〜ん。」
クレア 「ミュウと寝ればいいじゃない。猫は体温が高いっていうから、いい湯たんぽになるわよ。」
メル 「いやよ、あのコは確かに暖かいけど、毛は付くし匂いがうつるんですもの。」
クレア 「じゃあ諦めて一人で寝なさい。いい、もし私の布団に潜り込んでたら・・・」
メル 「でたら?」
おそるおそる聞き返すメル。
クレア、ふっと薄い笑みを浮かべて2階を見る。
クレア 「いいわ、その時はワタシ、フォルの部屋で寝るから。」
メル 「クレアさんのいじわる〜。」
クレア 「ふふっ。たまにはミリとも寝てあげなさいな。きっと喜ぶわよ。
それじゃあ、ね。」
そう言ってリビングから出て行くクレア。
それを見送ったメル、居間の暖房を止め、灯りを消して自分の部屋に戻る。
メル 「クレアさんはああ言ってたけど、ミリはもう眠ってるだろうし。
やっぱりクレアさんの部屋で寝ようっと。
アタシの部屋から布団を持っていけば、クレアさんの布団に潜り込んだことにはならないわよね?」
メル、自分の台詞に頷きながら布団を丸めて担ぎあげる。
そのままクレアの部屋のドアを開け、中に入って行く。
元旦へ