年の初めに





元旦 英荘の庭 早朝

まだ夜は明けていない。西の空には星が残っている。
日の出の方角を望める場所に集まっている英荘の住人たち。
ただし、クレアとメルの姿は無い。
皆コートを着ているが、ラムだけは部屋着のままで平然としている。

リア  「ラム、本当に寒くないの?」
ラム  『うん、ボクはなんとも無いけど。』
リア  「信じられない・・・」
ベル  「んぅ、確かにラムもすごいけれど、リアは着込み過ぎよっ。」

呆れ顔でリアを見るベル。
ほとんど着ぐるみに近い様相のリア。フードとマフラーの間から目だけが覗いている。

リア  「だって、寒いんだもの。
     うぅ、早くお日様が昇ってくれないと、アタシ凍っちゃうかも・・・」
ベル  「もうっ、ほらこれ、持てる?」

水筒から注いだ紅茶を手渡すベル。
リア、コップを両手で挟んで受け取り、少し吹いてから口に含む。
一口、二口飲んでホゥッと溜め息をつくリア。

ベル  「どう?」
リア  「うん、あったかい・・・」
ベル  「まだあるからね。火傷しないようにゆっくり飲むのよ。」

うなずいて紅茶に没頭し始めるリア。

ラオール「木切れでもあれば焚き火が出来るんだけどな。」
貴也  「んぅ。昨日の大掃除で、燃やせそうなものはほとんど捨ててしまったからね。
     ここの枯草も、ほとんど刈ってしまったし・・・」
ラオール「まあ、日が昇るのももうすぐのはずだからな。
     我慢するしかないか。」

そう言って東の空を見るラオール。
先ほどまで薄暗かった辺りは、少しずつ白んできている。
貴也たちからは少し離れて、ミリたちが集まっている。
そのなかで、眠たげに目をこすっているセフィ。

セフィ 「ふぁぁっ(あくび)・・・あっ、すみません、つい〜。」
ミリ  「セフィ、大丈夫?」
セフィ 「はい〜。大丈夫だと、思いま、す・・・」

そう言いながら体が揺れているセフィ。
仕方なく横で肩を貸すミリとジゼル。

ジゼル 「でも、晴れて良かった。おかげで初日の出がはっきりと見えるもの。」
ミリ  「うん、こんなに早起きして、空が見えなかったらどうしようって思ってたけど。
     これならちゃんと日の出が見られるわ。」
リリアナ『ふふっ。今年最初の‘贈り物’ですねっ。』
ジゼル 「神様からのプレゼント、かぁ。」
リリアナ『‘神様’ではないかも知れませんよ。』

リリアナ、クスクスと笑って空を見上げる。
その様子にきょとんとする二人。

フォル 「ほら、そろそろですよ。」

フォルの声に東の空を見る一同。
既に空は濃紺から紅にその色を変えている。
やがて、一点から光が射してくる。

ミリ  「わぁっ。」
ジゼル 「きれい・・・」
セフィ 「きれいですぅっ。」
リア  「あの太陽、まるで今生まれてきたみたい・・・」
貴也  「こうやって日の出を見ていると、‘始まった’って感じられる気がするよ。」
ラム  『不思議だね。昇ってきている太陽はいつもと同じはずなのに、なんだか違う感じがする・・・』
ベル  「うん・・・」
ラオール「悪くないもんだな、こういうのも。」
リリアナ『キレイな光・・・
     ここは、本当に素敵な所ですね、フォルシーニア。』
フォル 「はい、とても・・・」

一同、しばらくの間声も無く昇ってくる陽を見つめている。


英荘共同リビング

相変わらず半天を着てコタツで暖まっているクレアとメル。
メル、クレアを恨めしそうに見つめている。

メル  「うぅ・・・」
クレア 「いつまでも拗ねてないの。大体、最初に言っておいたでしょう。」
メル  「・・・ちゃんと‘自分の布団’で寝てたじゃない。」
クレア 「ワタシの部屋で寝てればおんなじ事でしょう。
     まったく、危うく踏みつけるところだったわよ。」
メル  「だからって、何も廊下に飛ばさなくても良いじゃないっ。
     寒くて目が覚めた時は本気で凍えるかと思ったんだから。」
クレア 「自業自得よ。布団付きだっただけマシだと思いなさい。」

クレア、急須からお茶を注いでメルに渡す。
湯飲みを両手で包んで暖を取るメル。
リビングのドアが開いてミリが入ってくる。

ミリ  「ただいまぁ。あぁ、あったか〜い。」

そう言って手袋をした手を擦り合わせるミリ。
頬も真っ赤になっている。

メル  「お帰りなさい。早かったわね。」
ミリ  「外で日の出を見てただけだもの。でも、すごくきれいだったわ。
     メル姉ちゃんもくれば良かったのに。」

不満そうに言うミリ。
メル、苦笑してクレアを見る。

メル  「んぅ、そうしても良かったんだけれど、クレアさんが行かないっていうから。」
クレア 「まだ日も差していないのに、こんな寒い中になんか出て行きたくないわよ。
     そんなことよりミリ、早くドアを閉めなさい。冷気が入ってくるじゃない。」
ミリ  (もうっ、本当に‘オバさん’なんだから。)
クレア 「・・・ミ〜リ〜、今、何か言ったかしら?」
ミリ  「何も‘言って’ないわよっ。」

ミリ、本気で睨んでくるクレアに舌を出して部屋を出て行く。
顔をしかめたままのクレアになんと言って良いか分からず視線が泳ぐメル。

クレア 「もうっ、ラムがあんな事言うから、ミリまで真似するようになったじゃないっ。」
ラム  『‘あんな事’って?』

タイミング良く入ってくるラム。
メル、ラムの格好を見てブルッと震え肩を抱く。

クレア 「・・・何でもないわよ。」
ラム  『そう?』

クレア、からかうように聞き返すラムを睨み返す。
平然として席につくラム。
続いて着替えを終えた一同がぞろぞろと入ってくる。
全員が戻ってきたので、コタツから出て席につくクレアとメル。

貴也  「これで、みんな揃ったね。
     じゃあ改めて、明けましておめでとう。今年もよろしく。」

貴也、全員を見渡して頭を下げる。
続いて口々に新年の挨拶を送りあう一同。

挨拶が一段落したところで、後ろから小さな封筒を取り出す貴也。
その一つをミリに差し出す。

貴也  「はいミリ。明けましておめでとう。」
ミリ  「何よ、これ。」
貴也  「お年玉だよ。お正月にあげるものなんだ。」
ミリ  「知ってるわよそれくらい。
     でも、どうして貴也がアタシにお年玉をくれるのよ。」

ムッとしたように聞き返すミリ。

貴也  「俺だけじゃないよ。
     ラムとラオール君、それにセフィさんからも。
     みんな年末のバイトは特別手当がついたから、余裕が出たんだよ。
     それに、お正月にはお年玉を上げるものだからね。」

そう言ってバイト組に視線を送る貴也。

ジゼル 「良いの、お兄ちゃん?」
ラオール「良いに決まってるだろ。ほら、大事に使えよ。」

ラオール、ジゼルに封筒を手渡して頭を撫でる。
リアはセフィ、ベルもラムから封筒を受け取る。
ミリ、受け取った封筒を見つめて複雑な表情を浮かべている。

貴也  「ミリ、えっと、イヤだった?」
ミリ  「イヤってわけじゃないけど・・・
     なにか、子供扱いされてるみたい。」
セフィ 「ミリちゃん、この前、シュンちゃんのお母さんから教えてもらったんですけど、
    ‘プレゼントは贈る者の喜び’なんだそうです。
     ですから、もらってくれたらアタシも嬉しいですっ。」
ミリ  「セフィ・・・うん、ありがとうっ。」
セフィ 「はいっ。」

本当に嬉しそうなセフィを見て照れたように笑うミリ。

リア  「ありがとう、貴也。セフィ。」
ベル  「それに、ラムもラオールさんも。ありがとうっ。」
ラム  『ははっ、セフィじゃないけど、確かに悪い気はしないよねっ、こういうの。』

そう言ってラオールと笑いあうラム。
貴也、席を立ってリリアナの横に来る。
手にした封筒をリリアナに差し出す貴也。

貴也  「はい、リリアナ。」
リリアナ『わたし、ですか?』

きょとんとして聞き返すリリアナ。
自分の分があることを予想していなかったらしい。

貴也  「うん。あまり、たくさんでは無いんだけど。」
リリアナ『い、いいえ、有難うございます。』

封筒を受け取って頭を下げるリリアナ。
ホッとして席に戻る貴也。

メル  「アタシはアルバイトはしていないから‘お年玉’ってわけにはいかないけれど、
     フォルと一緒におせち料理をたっくさん作ったから。いっぱい食べてね。」

そう言って足元から重箱を取り出したメル、段ごとに手際よく食卓に並べていく。
それを見て感嘆の声をあげる一同。

フォル 「それでは、そろそろお雑煮を作りますけれど、お餅はいくつ入れましょうか?」
ラオール「オレは・・・そうだな、とりあえず4つ入れてくれ。
     足りなかったら後で足すからさ。」
貴也  「オレは3つかな。」
ベル  「フォル姉様、あたしは2つ入れてっ。」
リア  「んぅ、ワタシも、2つかなっ。」
セフィ 「アタシも2つですぅ。ミリちゃんたちも、2つでいいですか?」
ミリ  「うんっ。」
ジゼル 「はい。」
リリアナ『はい。』
ラム  『みんなよく入るよね・・・ボクは一つでいいやっ。』
フォル 「クレア姉様たちも、2つでいいですか?」
クレア 「ええ。それでいいわ。」

全員の数を確認して台所に向かうフォル。
リアとベル、フォルを手伝おうと後を追う。
残った一同で話しを始める。話題は主に昨夜の歌合戦らしい。
と、席を立ってクレアのところに来るリリアナ。小声で話し掛ける。

リリアナ『言わないのですか、クレアリデル?』
クレア 「何がよ?」
リリアナ『あなたもあげたのでしょう、‘お年玉’を。」
クレア 「・・・知ってたの?」
リリアナ『神機を動かして、私が気づかないわけがないでしょう。』

クレアを睨みつけるリリアナ。
横で聞いていたメル、リリアナの台詞を聞いて目を丸くする。

メル  「神機って、クレアさん一体何を・・・」
リリアナ『‘再生’したんですよ、メルキュール。昨日、正確には21時間程前の大気を。』
メル  「大気?」
リリアナ『たしか天気予報では、今朝は曇りのはずだったでしょう?」

窓の外を見るメル。
見えている空には雲ひとつ無い。

リリアナ『雲が出ていたら、初日の出は見られませんからね。』

リリアナ、そう言ってミリたちのほうに視線をやる。

メル  「じゃあ昨日の夜、「用がある」って出て行ったのは・・・」
リリアナ『ええ、そのためですよ。
     神機はあなたたちの身を守り、そして‘お役目’を果たす時のために与えられた半身。
     あの娘たちの技を、お役目以外の目的に使うのは感心しませんよ、クレアリデル。』
クレア 「うぅ・・・」
リリアナ『今回はミリネールたちの笑顔に免じて見逃してあげますけど、ね。
     今度こんなことをやる時は、わたしに分からないようになさいな。』

にっこり笑って席に戻っていくリリアナ。
顔をしかめてそれを見送るクレア。
釘を刺されたことよりも事前にばれていたことのほうが悔しいらしい。


英荘共同リビング 朝食後

一通りおせちを食べ終わってまったりしている一同。
と、お茶を飲んで一息ついていたセフィが立ち上がる。

セフィ 「えっと、実は、これから保育園でお餅つきをするんですけど、
     良かったら皆さんもいらっしゃいませんか?」
ミリ  「お餅つき?」
セフィ 「はい。蒸したもち米を臼と杵でついてお餅を作るんです。
     つきたてのお餅って、とってもおいしいんだそうですよっ。」
ラオール「へぇ、面白そうだな。」

セフィの台詞を聞いて身を乗り出すラオール。
その様子を見て呆れ顔になる一同。

メル  「アンタの興味は食べるほうでしょう?」
ベル  「さっきあんなに食べたのに・・・」
貴也  「でも、餅をつくのは結構重労働だからね。
     やっているうちにお腹がすいてくるんじゃないかな?。
     セフィさん、折角だからオレも行かせてもらうよ。お餅つきなんて久しぶりだしね。」
リア  「貴也が行くなら、アタシもっ。」
ベル  「あたしも行こうかな。ミリたちはどうする?」
ミリ  「リア姉ちゃんたちが行くならアタシも行くわ。
     ジゼルも行くでしょう?」
ジゼル 「うん。やっぱり大勢のほうが楽しいと思うし。」
リリアナ『そうですね。わたしも行かせてもらいます。』
ラム  『ボクも行くけど、多分向こうは来ないんじゃないかなぁ。』

そう言って振り返るラム。視線の先ではメルに抱きついてなにやら愚痴っているクレア。
顔がすでに赤く染まっている。
その様子を見て溜め息をつくミリ。

ミリ  「まあ、メル姉ちゃん達は来ないとして、フォル姉ちゃんは来るでしょう?」
フォル 「はい。でも、台所のお片づけが残っていますから、それが終わってからになりますけれど。」
ラオール「じゃあ、オレたちは先に行ってるぜ。
     準備のほうには力仕事もあるだろうしな。」

そう言って出て行くラオール。
続いて出て行く一同。
メル、それを見送りながらクレアの髪をなで背中をさすっている。


英荘 玄関前

玄関から出る貴也。
既にラオールが立っている。

貴也  「随分張り切ってるね、ラオールくん。」
ラオール「さっきの雑煮の餅も美味かったからな。
     それを自分でついて作るってのは面白そうじゃないか。それに・・・」
貴也  「それに?」
ラオール「これ以上家にいると、クレアたちにお屠蘇でつぶされそうだからな。」
貴也  「そ、そうだね・・・」

ラオールと笑いあう貴也、ふと空を仰ぐ。
空は雲ひとつ無く澄んでいる。

貴也  (今年は、どんな年になるんだろうな・・・)
ラオール「貴也?」
貴也  「ああ、何でもないよ。
     いい年に出来るといいなって思って。」
ラオール「そうだな、お互いに、な。」
貴也  「うん。」

玄関のドアが開いて、リアたちが出てくる。

リア  「貴也、お待たせっ。」
ラオール「これで、全員そろったな。」
貴也  「それじゃあ、そろそろ行こうか。」
リア  「はいっ。」

一同、貴也を先頭に‘下山’していく。

<終わり>






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