『天使の心、人の心』





――――1995年 アフリカ
   荒涼とした熱砂に揺らめく夕日を背に、一陣の烈風が走る。
   それは朝日を浴び、風は草を薙ぎ、旋風となりて一点へと集約する。
   ホオジロカンムリヅルがその飛来を祝うかの如く俄かに色めきたつ。
   その渦の中心へ、ゆっくりと鷲の如き巨躯が降り立つ
   グラフィアスである。

   無人の野に降り立つ、グラフィアス。
   そこから降りてくる砂漠化が進むアフリカで過ごしやすいように着替えたクレアリデル。
   神々しいまでの降臨を見守るのは荒野を駆けるガゼルのみである。


―――同時刻・英荘
   深夜遅く、英荘も静けさにかえる時刻
   いつもの様に勉強を済ませた貴也は英荘の面々とのんびりとした歓談の時間を楽しんでいた。
フォル「ミリ、そろそろお休みしないと。明日も早いのでしょう?」
   フォルがミリに夜更かしさせないように声をかける。
貴也 「そうだよ、そろそろ寝ないと」
ミリ 「ええ〜、まだ起きてるよ〜」
   ミリは見たいテレビがあるらしくなかなか寝ようとしない。
リア 「良いじゃん、貴也もこれみたいだろ?」
   リアがミリに同意し貴也に同意を求める。
   どうやら自分も寝るように言われる事を察して先手を打っているようである。
貴也 「でも、明日起きれないよ?」
   貴也が心配そうにリアとミリの方を見る。
貴也 「それに、ベルはもう寝ているみたいだし」
   そう言って貴也はベルのほうに視線を送ると
   ベルはフォルの横で静かに寝息を立て始めている。
リア 「あ、ベル!寝るな〜起きろ〜」
ミリ 「ベル姉ちゃん、寝ちゃ駄目。貴也に負けちゃ駄目!」
   援軍させようとしてか、先に寝られると自分も寝るように言われるためか
   リアとミリはベルを必死で起こそうとする。
フォル「リア、ミリ。ベルを起こしてはいけませんよ
    それに貴也さんを困らせてはいけません。」
   フォルが優しく二人を諭す。
   そう言いながらベルの寝顔を優しく撫でる。
ミリ 「でも〜」
   諦めきれないのかミリが反論しようとする。
   しかし、フォルの優しげな視線の前に言葉が続かずしぶしぶ諦めた。
馨子 「そう言えば、クレアさんとメルさんは?
    まだ帰ってないの?」
   この場に居ない年長者二人を気にして尋ねる。
貴也 「そう言えば今日はまだ帰ってないね?」
   貴也が不思議そうに考える。
ミリ 「また、遊んでるんじゃないのぉ」
   ミリが本人の前では言えそうもない事を言う。
ミリ 「メル姉ちゃん達が遊んでるんだから、私も起きてて良いよね〜」
   ミリが理屈にならない理屈で自分を正当化しようとしたが……
フォル「いけません、ミリ。ちゃんと良い子にしてないといけませんよ」
   と、フォルがすかさず優しくたしなめる。
リア 「ミリ、仕方ないからもう寝ようよ」
   諦めたのか眠くなってきたのか、リアはもう寝ることにした様子である。
ミリ 「はぁ〜ぃ」
   ミリもリアがこう言い出しては最早、自分ひとり頑張っても仕方ないと観念した様子だ。
貴也 「ベルもちゃんと寝せなきゃね」
フォル「貴也さん、御願いしても宜しいですか?」
   フォルに答えて貴也がベルを起こさないようにそっと抱き上げる。
   その様子を神妙な面持ちで見つめるリア。
貴也 「リア、一緒に来てベルの部屋のドア開けてくれるかな?」
   ベルを抱えて手のふさがった貴也はリアの方を振り返りながら言う。
リア 「…………嫌、ミリにでも頼めば」
リア 『貴也の馬鹿………』
   リアはふてくされたようにそのまま、自分の部屋へと歩き出す。
貴也 「えっ?リア……?」
   貴也は訳の分からない様子でリアを見送る。
貴也 「じゃあ、ミリ。お願い出来るかな?」
ミリ 「いいよ〜」
   ミリは既に眠いのか猫の様に瞼を擦りながら答える。

貴也 「リア、何を怒っていたんだろう?」
   リビングに戻ってきた貴也は自分の席に座り呟く。
フォル「ふふふっ………」
   少しだけ儚げに、そして見守るように微笑むフォル。
馨子 「はぁ〜、貴也君って罪作りよね」
   ため息混じりに呟く馨子
貴也 「???」
   そんな二人の様子に訳が分からないという様子でキョトンとしている。
貴也 「えっと………」
   戸惑いながら何か言おうと必死になる貴也。
貴也 「あ、クレアさんとメルさん何してるのかな?
    まだ、帰ってこないみたいだけれど?」
   何とか、平静を取り戻そうと話題を変える貴也。
馨子 「そう言えば、本当に遅いわね?
    フォルさんは何か聞いてないの?」
   貴也からフォルに向き直り尋ねる馨子。
貴也 『ほっ……』
   話題の矛先が自分からそれた事で少し安心する貴也。
フォル「いえ、クレア姉様もメルさんも特には……」
   少し、翳りの在る表情で馨子の問いに答えるフォル。
貴也 「でも、本当にこんな時間まで遊んでるのかなぁ?」
   どこまでものんきな貴也の一言。



一方その頃、当のクレアはと言うと



―――現地時間・17時過ぎ アフリカ
アフリカの少数民族の村へと足を向けていた。
クレア「酷いものね……」
   歩きながらその風景に目をやる。
   クレアはその余りの様子に目を背けたくなった。

       疫病

   太古より人にとって最も忌み嫌われ悪魔の代名詞として扱われてきた物のもたらす光景である。
   医者が居ないのか行き倒れの如く道端で蹲り苦しみもがく村人の影が見える。
クレア『この状態で放って置かれるとベスティアになれと言うようなものね……
    これじゃあ、純粋にベスティアでない人間は居ないみたいね……』

   クレアが仕事をせず大学をサボってまでアフリカなどまで赴いている理由。
   貴也以外のベスティアでないものを探すため。
   そして、来るべき日に備えてベスティアと成る者を減らすため。
   因果を断ち切らんとするためである。

   バシッ!!

???「ひっ……」
   乾いた音と共に小さな悲鳴が響く。
   道端に蹲る少女。
   そして、それを棒の様なもので殴り倒している男。

少女 「お、お願い……お願いだから………」
   哀願するかの如く、膝を折り、手を伸ばし男に縋ろうとする少女
男  「よ、よるな……俺によるんじゃない!!」
   しかし、非情にも男はなおも少女を打ち据えた。
クレア「そこ、何してるの!」
   キッと睨み付け声を張るクレア。
男  「ひ、ひぃ」
   男はその場から怯えたように走り去っていく。
クレア「あなた、大丈夫?」
   そう言いながら、少女に手をさし伸ばそうとしている。
   少女は血を吐きながら苦しそうに息をしてクレアを見つめる。
   少女の震える手を掴もうとした瞬間、クレアは何物かにそっと
   だが、力強くその手を止められた。
クレア「!?」
???「触れては駄目だ……」
   そこには意思の篭った優しげな瞳を湛えた男が立っていた。
クレア「何をするの?放しなさい!」
   クレアは相手の男をじっといぶかしむ様に見る。
男  「すまん、だが、触ってはいかん
    この病気は血液から感染するのでな」
   男は申し訳なさそうに眼を細めてクレアに謝る。
男  「とにかく、看病する気があるのなら付いて来なさい」
   男は、そういうと少女を抱え上げ歩き出した。
クレア「ちょっと、待ちなさい。
    それじゃあ、貴方も感染するわよ!!」
   クレアがあわてて、止めに入ろうとする。
   しかし、男は照れくさそうに、だがどこか誇らしげに笑みを湛えて一言だけ言った。
男  「医者が病気を恐れて何とする」


――――数刻後、村落・医療テントの中
   先程の少女・ラティーシャの治療を済ませ男が戻ってきた。
   周囲から先生と呼ばれるその男は額も服も、汗でしっとりと濡れている。
医者 「ふぅ、少し一息入れようか?」
   なし崩しに手伝わされたクレアが後に続けて入ってくる。
クレア「ラティーシャは助かるの?」
   クレアは治療中からその事ばかりを考えていた。
医者 「分からん。残念な事に医者も看護婦もそれに薬もベッドも足りないんだよ。」
   彼はやり切れなさそうにそして、済まなそうに俯く。
医者 「君を見た時も頼んでいた応援が来たのかと思ったよ」
クレア「それで、突然手伝わせたわけね」
   呆れ顔になりながらもクレアには手に残る充足感はあった。
医者 「そう言えば自己紹介もまだしてなかったね
    NGOで派遣された医者で皆からはリーベと呼ばれているよ」
   リーベと名乗った医者は照れくさそうに顔を上げ
   そして、徐に眼つきを変えてクレアを見る。
リーベ「しかし、何で又こんな辺鄙な所に来たんだい?
   ええと、クレア…クレアリデル君?」
クレア「クレアで結構ですよ。」
   クレアはクスクスと笑いながら彼を見つめる。
リーベ「いや、済まない。
    四十も過ぎると物覚えが悪くなってきてね」
   彼は少し照れくさそうに口髭を撫でる仕草をする。
クレア「ちょっと、……用事で来まして」
   年上(とは言っても外見だけだが)に対してなのかいつもとは態度が改まるクレア。
リーベ「用事?こんなところまで何の用かね?」
   彼は遠くを見つめるように眼を細めながらクレアを見る。
クレア「………」
   よもや、人をベスティアで無くす為に来たとは言えず
   だからと言って嘘は付けない。
リーベ「まぁ、事情は分からないが言いたくないことは言わなくても良いよ」
   彼は優しく微笑みそう言った
リーベ「とにかく、今はここは病気が蔓延していて危ない。
    悪いことは言わないから早く引き上げた方が良い」
   クレアの身を案じてか帰ることを進める
   しかし、天使であるクレアが人の病気にかかるとも思えない。
クレア「いえ、乗りかかった船ですわ
    ラティーシャの事も気に掛かりますしね」   
   そう言って微笑んだクレアは今度は自分が尋ねる番とばかりに
   話題を切り替えた。
クレア「でも、貴方はどうしてここに?
    見たところ、この付近の人間ではないようですが?」
   クレアは考えていた疑問をぶつけてみる。
リーベ「私かね?
    医者が足りないということで頼まれて派遣先の国からこっちに来たんだよ」
    浅黒く日焼けしたその顔は確かにこの国の者ではないだろうと思われる
    東洋系の顔立ちのそれである。
クレア「遠いところから……大変ですね」
   クレアが慈愛の篭る優しい笑顔で言う。
リーベ「何、患者を思えば世界のどこだって行くよ
    私はその為に居るのだしそうする事が私の喜びだからね」
   彼はとても強く確信を込めてそう言う。
クレア「でも、ここに居たら貴方も………」
   クレアはその先を続けることが出来なかった。
   彼の目は強い光で満ち溢れその想いは優しさで満ちていた。
リーベ「君にも家族が居るだろう?
    もし、その家族が病に倒れ死の淵に居る時、助けて欲しいとは思わないかね?
    幸い、私は医者だ。
    だから、その手に僅かだが希望の光を与えることぐらいは出来る」
    彼は又、どこか遠くを見つめるように言う。
クレア『家族………』
   クレアの脳裏に今頃、夢の中に居るだろう妹達、メル、ミリ、貴也の顔が浮かぶ。
リーベ「私だって病気は怖い。誰だってそうだ。
    だが、怖いからこそ立ち向かうことも出来る。
    傲慢かもしれないが、私は医者であることを喜び
    誰かの愛の為に手を差し出すことを誇りだと思っているよ」
   誇らしげにだが、どこか悲しげに翳る顔で彼は呟いた。


――――数日後、ラティーシャのベットの脇
クレア「ハァ〜イ、ラティ。良い子にしてた?」
   クレアが軽い口調でラティーシャに声をかける。
ラティ「うん。お姉ちゃん」
   ラティは素直で円らな瞳をクレアにむけ微笑む。
クレア<う〜ん。素直ねぇ、仔狸達にも見習って欲しいわ>
   クレアがふとラティの顔を見るとそこには先日、殴られたと思われる跡が残っていた。
クレア「大丈夫………痛かったでしょう?」
   クレアが、ラティの頬を優しく撫でながら呟く。
ラティ「仕方ないよ………私が悪魔に取り付かれちゃったから……」
   ラティは寂しそうに呟いた。
クレア「悪魔?」
   クレアは怪訝な表情でその言葉の意味を飲み込もうとした。
   丁度、その時、医者が入ってきた。
リーベ「やぁ、ラティ。悪魔を追い出しに来たよ」
   彼はそう言ってラティの診察を始めた。
リーベ「クレア君、ちょっと良いかな?」
   診察が終わり、彼が出て行くときにクレアが呼ばれた。
   ラティのテントから外れた場所まで来てから彼はようやく口を開いた。
リーベ「悪魔という言葉を知っているかね?」
   彼は突然、わけの分からないことを話し始めた。
クレア「ええ、存じています」
   クレアが尚も怪訝な顔つきで答える。
リーベ「ここの人たちは病気を悪魔に取り付かれたものだと信じておる
    先日、ラティが殴られていたのもそのせいだよ」
   彼は沈痛な顔で俯く
リーベ「ラティも自分の病気が悪魔の仕業だと思っている。
    中には罹患者をも悪魔と見る者も居てね
    彼らからするとそれに触れ治療しようとする我々も悪魔に取り付かれているように見えるらしい」
   彼の顔に疲れが見える
クレア「そんな事って………」
   クレアは信じられなかった。
   リーベの話だと病人が見捨てられるのが当然の様に聞こえるからだ。
リーベ「仕方のないことだ。誰しも病気は恐ろしいものだからね」
   丁度そんな話をしている時だった。

   「ドクトル!ドクトルリーベ!!」

   看護婦と思われる服装をした女性がリーベを探し、叫んでいた。
   彼女はこちらを見つけ急いでリーベの元へやってきた。
看護婦「ドクトル、大変です!」
   彼女は息を切らせ、汗だくになりながら必死に何か訴えようとしていた。
リーベ「何があった?とにかく落ち着きなさい」
   リーベは彼女を諭すように息を吸うように指示した。
看護婦「大変です。村人が……村人達がテントに火を……!!」
クレア「!!!?」
リーベ「な、何だと!!」
   リーベとクレアはその場から駆け出していた。
   テントの方まで近付くと炎は既にテントを丸呑みにしており側によるだけでも熱気で汗が出るほどになっていた。
クレア「何て事!!ラティは?患者達は!」
   クレアが叫んだ時、リーベは既に炎の中に走り出していた。
   呆然としていたクレアもすぐさまテントへと駆け出した。
   あわてて、看護婦たちも炎の舞うテントの中へと走り出す。

クレア「ラティ!ラティ〜!」
   炎と黒煙で視界が阻まれ、肉を焦がす熱気の中でクレアは必死に叫んでいた。
ラティ「お姉ちゃん……」
   ラティはベットから這いずり出し、必死にクレアの元へ行こうともがいていた。
クレア「ラティ!良かった。無事だったのね」
   クレアはぐったりとしているラティを抱え出口に引き返そうとした。
   しかし、炎の勢いは思ったより強く、ついにテントを崩し始めた。
クレア「これじゃあ……」
   炎の勢いに顔をしかめるクレア
   だが、このまま手をこまねいている訳には行かない。
   クレアは意を決して正面の炎を見据えた。
   天使としてのクレアの力を使い、目の前の空間を燃える前の物に再生させ
   同時に、空気の流れを変え炎を周囲から遠ざけた。
   眩いばかりの神々しい光の後にクレア達の前に光が広がり道が出来ていた。

クレア「ラティ、もう直ぐよ。頑張って」
   クレアはラティの顔が青ざめていくのを見て取ると励ますように言った。
ラティ「凄い……お姉ちゃん。ウンクルンクルなんだね……」
   力なくそう言うとラティは微笑みながら目を瞑った。
   走り続けて程なくしてからクレアの眼前には陽光が差し
   やっとのことで炎の中から舞い戻った。
クレア「ラティ、もう大丈夫よ」
   テントの外で、クレアはラティに微笑みかけた。
   しかし、ラティは返事をしない……
クレア「ラティ………ラティ!!」
   クレアは必死にラティに呼びかける。
クレア「ラティ……お願い返事をして!ラティ!!」
   半ば半狂乱になりながらクレアは尚もラティの名を呼び続けた。
リーベ「クレア………止めるんだ……クレア」
   リーベがクレアの側にしゃがみそっとクレアの肩に手を置いた。
クレア「でも、でも、ラティが……ラティが……」
   クレアはラティを抱きしめながら目の前にある現実を認めたくなかった。
リーベ「もう良いんだ。クレア、もう眠らせてあげなきゃ……」
   リーベはクレアに微笑もうと必死に表情を作ろうとするが頬を伝い続ける涙がそれを拒んだ。
クレア「泣かないで、それじゃあ、まるでラティがラティが……」
   クレアは言えなかった。
   現実を突きつけられそれを認めたくなかった。
   しかし、現実は辛く、ラティはクレアの腕に抱かれ静かに息を引き取っていた。
リーベ「何てことだ……こんな事になるなんて……」
   リーベは呆然と辺りを見回しながら呟いた。
   文化の違い、風習の違いが人を殺す現実
   リーベはその悲しさで立ち竦んでしまっていた。
   周囲には救助が間に合わず焼け焦げた患者や煙にまかれて息を引き取った患者が並んでいた。

???「見ろよ。ナジー、悪魔が滅んだぞ!」
   聴衆の一人が横に居るナジーと呼ばれた若者に声をかける。
ナジー「ああ、これでこの村は救われる。ジュワニ、俺達は英雄だ」
   ナジーと呼ばれた若者は声をかけたジュワニに嬉々として返事を返す。
ジュワニ「悪魔を倒した英雄か?
     悪くはないな」
   フンっと鼻を鳴らしてジュワニが答える。
クレア「あ、貴方達が……貴方達がしたのね…」
   クレアの瞳が怒りの色で染まる。
クレア「貴方達が……」
   自分が天使であることを忘れて怒りに身を任せたい
   クレアは本気でそう感じていた。
   彼らはベスティアだ……軽い気持ちで人を、ラティを殺せるほどに
クレア「あの子が……ラティが何をしたって言うの!!」
   クレアは叫んでいた。
   だが、ナジーとジュワニの二人は意も介さない。
ジュワニ「おい、まだ悪魔の使いが居るぞ……」
ナジー「しぶといな、やはり悪魔だ」
   ナジーとジュワニはクレアに対して敵意をむき出しの視線を向ける。
クレア「悪魔ですって!どっちが悪魔よ!」
   クレアは許せなかった。
   人間の傲慢さが
   現実の醜さが
   人に対する、ベスティアに対する明らかな敵意と憎悪
   クレアの胸のうちに悲しみと共にあってはならない感情が浮かびかけた。
   しかし……
リーベ「止すんだクレア……」
   そんなクレアの肩をリーベが確りと強く捕まえて離さなかった。
リーベ「憎しみは何も生まない。例え苦しくてもいつかきっと分かり合える日も来る」
   リーベは涙を流さず泣いたような顔でクレアに深い視線を向けて言った。
クレア「リーベ……」
   クレアは自分が少しだけ恥ずかしかった。
   本当に一番悲しい想いをしているのは他でもないリーベなのだ。
   その事を考えるよりも天使であるはずの自分が憎悪を持ちそうになるなど


――――次の日の朝
   連絡を受けたNGOは直ぐにリーベの身を考え
   医師団の撤収を提案しリーベは元々派遣されていた国へと戻ることとなった。

リーベ「君はどうするのかね?」
   リーベがクレアを心配そうに見て言う。
クレア「私も帰ります。日本の家族のもとに」
   クレアが、寂しそうに微笑んで言う。
リーベ「そうか、また、どこか出会えると良いな」
   リーベはそう言うとクレアに微笑み返した。
クレア「リーベ、ラティは幸せだったでしょうか……?」
   クレアが、重くなりそうな心を必死に絶えてリーベに問う。
リーベ「ああ、きっと幸せだったさ
    君に抱かれて安らかな顔で眠りについていたから……」
クレア「そう言えば……ウンクルンクルってご存知ですか?
    ラティが最後に私にそう呟いたのですけれど……」
リーベ「ウンクルンクル?君をか?」
   リーベはクレアの顔をじっと見つめながら少し微笑んでいった。
リーベ「ウンクルンクルはこの地の神の名前だよ
    きっと、ラティは最後に君の中に神を見たのだろう」
   そう言うとリーベは優しく微笑む
クレア「私が……?」
   確かにあながち間違っては居ないが意外でもあった。
リーベ「最後に君はラティを救ってあげれたと信じるよ」
クレア「……………はい」
   クレアは朝日の中、眩しいばかり笑顔でリーベに答えた。
   不思議な人。
   クレアはリーベをそう感じていた。
   だが、クレアにとってその優しさはこれから来るであろう苦難にとって
   最大級の希望でもあった。
   リーベは貴也ほどでなくともベスティアの心は殆ど持ち合わせていなかったからである。
リーベ「では、又どこかで」
   リーベはそう言いNGOのヘリに乗り込んだ。
   リーベを待っていたのかヘリのパイロットがヘリを始動させようとクレアに下がるように言う。
リーベ「そういえば!!――――君は―――日本―――――帰る―――?!」
   少し離れ、聞こえ辛くなった声でリーベが叫ぶ
リーベ「この手紙――私―家族――――出して――――れないか!!」
   尚もリーベは身を乗り出して機上から何か手紙を投げた。
   風に乗り、それがクレアの手に届く頃にヘリのローターが勢い良く回り始めた。
   ヘリはそのままゆっくりと浮かび上がり澄み切った空へと消えていった。



――――後日談
クレア「たっだいまぁ〜」
   クレアが玄関の戸を開けて懐かしき我が家へと帰ってくる。
一同 「え?!」
   居間で歓談をしていた英荘の面々は思わず顔を上げてクレアのほうを見る。
ベル 「クレア……姉さん?」
リア 「嘘だろ?」
ミリ 「何があったの?」
貴也 「クレアさんが………」

一同 「自分で玄関を開けるだなんて!!!」
   一同、驚愕の表情でクレアを見る
クレア「失礼ねぇ〜、私だってたまにはそういう気分になるわよ」
   クレアが半ば呆れながら入ってくる。
ベル 「ああ、びっくりした」
   ベルが信じられないという顔で言う
ミリ 「もう、ハルマゲドンが来たのかと思っちゃった」
   ミリがかなり失礼な事を言うと
クレア「何ですって!(ギンッ)」
   と、ミリを睨む
クレア「苛めて欲しいの?」
   睨んだ後に笑顔でそういうクレア
ミリ 「イヤァ〜」
   微笑みながら苛めると言うクレアに心底恐怖を感じたのか
   ミリが叫ぶ。
   普通に睨まれた方がましである
フォル「お帰りなさいませ。クレア姉様」
   台所からフォルが顔を出す。
クレア「ただいま
    フォル、お茶くれないかしら」
   フォルがお茶を煎れに行く
   その間にクレアが貴也を手招きで呼ぶ。
クレア「貴也、ちょっと来なさい」
   貴也は急に呼ばれちょっとビクビクしながらクレアの側に行く
クレア「はい」
   そう言うとクレアは消印のないエアメールを貴也に突きつける。
貴也 「え?誰からだろう?」
   手紙の表には筆記体のローマ字で確かに貴也宛の名前が書いてある。
   貴也はその手紙を受け取り名前を確認する為に裏返した。
   そして裏には

         父より

   と一言書いてあった。


                          ―fin―





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