『愛と憎悪と人の意味』





1995年9月
―――東京某所
独りの男が両手を構え立ち尽くしている。
青年と言うには若く少年と言うには些か大人びた面持ちである。
独り、ブツブツと言いながら目を見開いている。
その目はどこかを見ているようであり、どこも見ていない様でもあった。
暫く、立ち尽くした後に何かを思い立ったのか意志の強い声を搾り出した。
『天使……リガルード……忘れはしないぞ………私は………』
物凄い殺気と強烈な意思の光を目にともしながら彼は叫んでいた。


――同時刻、英荘
メル 「……!!」
   メルが何かを感じたらしく突然、顔を上げた。

クレア「メル……今のは……」
クレアもその'何か'が分かったらしくメルに目を送る。

メル 「ええ、間違いないわ……彼よ」
クレア「また、繰り返してしまうのね……」
   沈痛な面持ちでクレアは言葉を続ける。

メル 「ええ、彼は……許さないだろうから」
   メルもクレアの言わんとする所が分かるらしく同じく苦しげに顔をしかめる。
クレア「はぁ〜」
   クレアは大げさにため息をつき重い雰囲気を振り払う
クレア「まったくどうしてこう何度も繰り返すかねぇ
   せっかく、人が平和に学生してるってのに」

メル 「くすくす、そぉねぇ、折角、真面目に”飲み会”でてるのにねぇ」
クレア「そこ、うるさい!!」
メル 「で?どうするつもり?」
クレア「私の知ったことじゃないわ
    ベスティアリーダーズの事なんて!!」
メル 「はいはい」


――英荘居間
フォル「貴也さん、お茶が入りましたよ」
   そう言うフォルに対して貴也がペンを置き勉強を中断する。
   英荘に天使が舞い降りて早1年。
   貴也とフォルは高校3年生になっていた。
   3年生ともなると流石に進路が気になりだした貴也は受験勉強に専念し始めていた。
馨子 「あ、フォルさん。ありがとう」
   馨子がフォルからお茶を受け取りながら礼を言う。
   同じように馨子も進学を考えて貴也と共に勉強に励んでいた。
   医者を目指す馨子としてはここは必死になるところである。
馨子 「はぁ〜、良いなぁフォルさんは頭良くて」
   馨子の呟きは分からなくも無いが正確には天使であるフォルにとっては勉強するにも値しない程度の事なだけである。
貴也 「仕方ないよ。僕らも頑張るしかないからね」
   すかさず貴也が微笑みながらフォローを入れる。
ミリ 「あれ?まだやってたのぉ?」
   そこへミリが声を上げて入ってきた。
リア 「貴也も馨子も大変だよな。姉貴に教えてもらったら?」
   続いてリアがミリの後ろから登場する。
ベル 「何なら、リアが教えてあげたら?」
   更に後ろからベルが入ってきて一気に賑やかになる。
   はっきり言って勉強する状態ではない。
フォル「双子たち、貴也さんのお勉強の邪魔をしてはいけませんよ」
   察してフォルが和やかに言う。
リア 「別に、あたい達は邪魔してるわけじゃないよ」
   リアが叱られた子供の様に少し俯きながら答える
ベル 「そうそう」
   ベルが相槌をうち
ミリ 「どっちみち、貴也じゃしてもしなくても一緒だよ」
   追い討ちをかけるようにミリが無邪気に笑いながら追従する。
   馨子はウンザリしながら勉強を中断しお茶を飲むことに専念しているようである。
貴也 「あははは………」
   貴也はと言うと慣れているのか人が良いのか乾いた笑いだがそれでもにこやかである。
   勉強の間の穏やかな時間、そういった感覚なのかもしれない。


    バシュ!!

   その時、穏やかだった空気を一瞬にして切り裂くような轟音が響き渡る。
   高速で移動した何かが空気を一気に引き裂く短い音。

   「!?」

   ベル・リア・ミリの顔に緊張が走る。
   続いて、引き裂かれた空気の振動が英荘全体を揺さぶった。
貴也 「……今のは」
   貴也は以前も似たような経験に覚えがあった。
   そう、フォル達4天使とであった時に……

   貴也が顔をあげた時には既に双子とミリは表へと駆け出していた。
   貴也はフォルを見て立ち上がり、急いで走り出した。
   後に、フォルと馨子も続く。

   英荘の玄関を開けた瞬間、貴也の目の前に強い光と衝撃が襲う。
   貴也たちはかろうじで足を止めたため、衝撃は眼前の地面を抉っただけだった。
貴也 「な、何だこれ……いったい何が……」
   しかし、立ち込める砂煙の中、顔をあげた時、一瞬で理解できた。
貴也 「あれは……獣機」
   立ち尽くしていたフォルが徐に呟く

???「そこに居たか、第3天使!!」
   フォル、貴也、馨子が声の方に目をやると獣機の搭乗者が叫んでいた。
ベル 「フォル姉様、下がってて下さい!」
リア 「貴也は出て来るな!」
   ベルとリアが貴也たちに向かって叫ぶ。

???「一人足りんな、第4天使はどこだ?」
   獣機の上の男は見渡すように首を回す。

ミリ 「な、何であんたがここに居るのぉー」
   ミリが信じられないと言った顔つきで相手を見る。
???「そこに居るのはミリネールか?貴様こそ何故そこに居る?」
   彼はミリを見下すように睨み付ける。

貴也 「……ベスティアリーダーズの一人なのか?」
   貴也は獣機とそれに乗る男を見て呟いた。
???「ほぅ、珍しいな。
    まだ、ベスティアでは無い人間が居たのか?」
   彼は物珍しそうに貴也に視線を送る。
???「御明察の通り、私はベスティアリーダーズの一人
   プリュトン・デュナミス・サブロマリンだ。」
   そう言うとプルはうやうやしく頭を下げた。
プル 「安心したまえ、私は人間に危害を加えるつもりは無い」

リア 「何しに来たのさっ!」
   リアがプルに食いかかる。
プル 「分かりきった事だ。私は君の姉君達を滅するために来たのだよ」
   プルはそう言いながら眼を細め微笑む。
プル「人と、そして愛しい君の為にね」
   そういうと、プルは更に笑顔でリアを見つめる。
   場の空気が一瞬、固まった。

貴也 「は………?」
   貴也は思わず石になってしまった。
馨子 「今、リアちゃんを愛しいとか言わなかった……?」
   馨子も呆然として聞き返す。
リア 「はぁ〜、もう相変わらず、訳の分からない奴!」
   そう言うリアは拳を固め震えている。
ミリ 「相変わらず変な奴……」
   ミリがため息混じりに呟く。
ミリ 「で、何でここに居るわけ?
    約束の日はまだ4年も先よ!」
   呆れながらもミリは言うことは言う
プル 「貴様こそ、何故ここに居る?メルはどうした?」
   プルはニヤつきながら獣機を降りた。
ベル 「まさか、本当に戦う気?」
   ベルが身構えながら言う。
プル 「フン、決まっているだろう」
   プルはそう言いながらスタスタとリアに近付く。

プル 「挨拶に来ただけだ!」
   自信たっぷりに言い切った。

   貴也は思わずこけそうになる。

メル 「相変わらずのようね」
   突然、上から声が降ってくる。

   その場に居る全員が上を向く。
プル 「ネガレイファントル……メルキュールか」

メル 「久しぶりね。プル」
   メルが何を考えているか分からない様な表情で微笑む
プル 「やはり、貴様もここに居るのか?」
メル 「悪い?」
プル 「何のつもりだ?ミリまで天使どもと共に居るようだが?」
メル 「別に……私は私の好きにしているだけよ」
プル 「貴様こそ相変わらずと言うわけか……」
   プルは口を一文字にしメルを見据えている。

メル 「で、本当に何しに来たわけ?
    まさか、本当に挨拶だ何ていわないでしょうね?」
プル 「もちろん、機会があれば第3天使を殺そうと思ってな」
   プルはシニカルな笑みを浮かべ自嘲気味にさらりと言い放つ

クレア「で、どうするつもり?」
   ネガレイファントルの横にクレアの神機グラフィアスがゆっくりと降りてくる。
プル 「クレアリデル……」
クレア「まさか、このクレアリデル様を無視して話を進めるつもりじゃないでしょうね」
   今度はクレアがプルを見下す形で問い詰める。
プル 「そうしたい所だが、ベスティアリーダーに天使三人
    その上、年寄り二人まで出てきてはな」
   プルは皮肉に笑いながらメルとクレアを見上げる。
クレア・メル「だぁれぇが年寄りですってぇぇぇぇ!!!」
   メルとクレアが声を揃えて怒鳴る。
   恐ろしい形相で体を震わせている。
   後にミリの供述によると鬼が優しく見えるほど恐ろしかったと言う。
プル 「おや?本当の事は気に障りましたか?誰とは言っては居ないのだがね?」
   皮肉っぽくプルが言い放つ。
クレア「理屈屋の子犬如きが、このクレア様にそんな口を利くわけ?!」
メル 「私は長よ。長なのよ!長の私に対してよくもぉ!!」
   年長者二人の迫力に残りのものは固まっている。
   しかし、プルはそんな二人などまるで眼中に無いようにリアの元に駆け寄り
プル 「リア、会いたかったよ。
    おや?時を進めたんだね?ますます綺麗になった」
   などと、完璧になめた態度でリアを口説いている。
クレア「メル!!」
   クレアがメルに叫ぶ
メル 「ネガレイファントル!!」
   それに応じるようにメルが獣機に呼びかけを行った。
プル 「私と私の可愛いリアの愛の語らいを邪魔する気か?
    シャンヌハーデス!!」
   プルはメルの獣機に自分の獣機シャンヌハーデスをぶつけようとした。

   その時

フォル「止めて下さい!」

フォル「三人とも喧嘩は止めて下さいね?」
   フォルが三人の仲裁に入った。
   笑顔だがクレアもメルもそしてプルもフォルが怒ると怖いと言うことは良く知っていた。
プル 「まぁ、良い。私はリアとこうして語らえればそれで……」
   そこまで言うと、リアの蹴りがプルの顔面を捉えていた。
リア 「勝手にやってろ!」
   ドサッと崩れ落ちるプル。
   呆れる一同


――――閑話休題

クレア「で、結局あんたは何しに来たわけ?」
   人差し指を立てながらクレアがプルに問い詰める。
プル 「何しに来たと言うほどでもない
    人とその未来を見定めるため、守るために来たのだ」
   プルはそれがさも、当然の如く言い放つ。
メル 「それで、フォルやベルと戦おうと思ったわけね?」
   4天使も、二人のベスティアリーダー(一人はリーダー・オブ・リーダーズだが)も
   プルの言わんとする所が分かる故に皆、黙り込んでしまう。
   暫しの沈黙。

フォル「私、お茶を入れてきますね。」
   そう言うとフォルが席を立った。
ベル 「あ、フォル姉様、私も手伝う」
   ベルがトコトコとフォルの後に続く
プル 「私は紅茶を頼めるかな?出来ればアールグレイかウバが良いのだが」
   プルが、顔を上げフォルに頼む。
フォル「はい」
   フォルが事も無げに微笑む。
ミリ 「ずーずーしいわねぇ」
   ミリがプルをジト眼で見る。
プル 「まぁ、そう言うな約束の時まで無意味にいがみ合う事も無かろうしな」
   プルがさらりと言うと
ミリ 「うー、じゃあ何でさっきは襲ってきたのよ!」
   ミリが詰め寄る。
プル 「前世を思うと、抑え切れなかっただけだ。私は納得などしていないからな」
   プルが、沈痛な面持ちで言葉を繋ぐ。
プル 「お前達天使が居なければ人は滅ぶことはないのだ」

メル 「だからって……」
   メルが何か言おうとするが言葉に詰まる。
   メルもミリもベスティアリーダーなのだ。
   言いたいことは良く分かるのである。
プル 「第一、何故ベスティアリーダーが天使と共に居る?」
   プルはキッと睨む様にメル、ミリを見据える。

クレア「ほんっと、相変わらずねぇ」
   クレアが、フォルが煎れて来たお茶を啜りながら言う。
プル 「前世で人が……地球がどうなったか忘れたわけではあるまい」
   プルがクレアに投げかける。
クレア「………でも、今はこうしてまた地球はここにあるわ
    フォルのおかげでね」
   クレアが真剣な表情でプルを睨む。
プル 「だが、滅ぼしたのも他ならぬ貴様ら天使ではないか!」
   プルが激情を眼に秘めて言う。
ベル 「でも、それは人がベスティアになってしまったから……」
   そこにお茶を手にフォルと共に戻ってきたベルが口を挟む。
プル 「ベスティアになった?それは違うな……」
   プルはベルを見つめ、言う。
プル 「人はベスティアになったのではない。
      ベスティアこそが人の本来の姿だ」
   プルは静かにだがはっきりと断言した。
貴也 「でも、それじゃあ……余りにも悲しすぎるよ」
   貴也が思わず口にする。
プル 「確かに、君のような人間も存在する。だが、それは稀だ」
   事実である。
   実際、貴也はベルとリアが12年間探したベスティアではない人間で
   それを知る貴也はそれ以上の反論が出来なかった。

プル 「考えても見ろ
    何故、リガルードの意で人の善悪を決められねばならない?」
   その場に居る、全員が黙り込む。
プル 「幸せは自分の手で掴む物だ。
      与えられるものではない。
        人の未来は人が決めるべきなのだ」
プル 「個々人が己の幸せを求めて何が悪い?
    人が、人らしくあるためには己の欲求のために求め生きる事が人の為ではないのか?」
   プルは演説をするかの如く続ける。
貴也 「でも、それじゃあ人は誰も愛せないじゃないか」
   貴也が反論する。
プル 「愛か……分からなくも無いな
    だが、人は誰の為に愛する?己のためではないか?」
   プルは尚も言葉を続ける。

フォル「違います!」
   珍しくフォルが激昂したかのように叫ぶ。
フォル「愛は、慈しむ心。人を包む暖かな光です。
      相手を想う気持ちから生まれるものです。
        人は誰かを思う時に愛を覚えるのです。
     それは、何よりも強い優しい気持ちなのです。」
   フォルが慈愛を込めた顔でプルに語りかける。

馨子 「そ、そうよ。自分の為に誰かを愛するわけじゃないわ」
   事態をどう捉えていいか分からなかった馨子が初めて口を開く。

貴也 「そうだよ。君だってさっきはリアに愛しているって言っていたじゃないか」
   貴也が叫ぶ。
リア 「…………貴也」
   リアが少し憂い気な顔で貴也を見つめる。

プル 「………ならば、何故天使は人を滅ぼさなければならない」
   暫く間をおいて、プルが問いかける。
プル 「リア、君は人を愛しているだろう?人間を好きだろう?」
リア 「あ、あたいは………」
   そう、問うプルにリアが戸惑う。
プル 「クレアリデル、貴女はどうだ?永劫の時を人を見守るのはお役目だけではあるまい?」
クレア「………」
   無言のクレア。
プル 「フォルシーニア。君は人の愛を信じているだろう?
    だからこそ、地球を新生する基になった?違うか?」
フォル「………はい」
   フォルは憂いとも微笑とも分からぬ表情で答える。
プル 「メルもミリも人を滅ぼしたくないはずだ
    だからこそ、前世では私と共に戦ったのだからな……」
   ミリもメルも無言である。
プル 「ならば問う、何故天使は人を裁かねばならないのだ?」
   一瞬の衝撃が全員を襲う
   天使もベスティアリーダーも常に疑問に思いつつも考えを拒否していた事だ。
貴也 「でも、それは人がベスティアにならなければ良い訳じゃないのかな?」
   一人、訳の分かっていない貴也が呟く
プル 「いったはずだ。君は稀なのだと
    人の本質は求める事。求めるが故に愛し争うのだ」
プル 「ならば、リガルードが勝手に決める善悪などに振り回される天使は何なのだ?
    何故、不確定な善悪で我々は争わなければならないのだ?!」
貴也 「君は……」
   貴也が呟く。
   ふと、気が付いたのだ。
   彼は天使もベスティアも人間も全てを守りたいと思っているような気がする。

クレア「はいはい、全く理屈ばかり並べて。
    46億年も経ってるんだから少しは気楽にしなさいよ」
   クレアがフォルにお茶を煎れて貰いながら気軽に言う。
クレア「だからって、私達もアンタ達もどうすることも出来ないわけなんだし
    それよりフォル?今日の夕食は?」
   そこで、ひとまず気の抜けたように会話が止まる。

   確かに全員、お腹が空いてきている。

馨子 「あ、そう言えば」
   馨子が、思い出したように空腹を感じたのか言葉を続ける。
フォル「もう、準備していますよ。ちゃんと9人分」
   フォルが嬉しそうに微笑む。
ベル 「9人〜?それって」
リア 「まさか……」
ミリ 「フォル姉ちゃん……」
メル 「さすがねぇ……」
クレア「わが、妹ながら……」
馨子 「かなわないなぁ」
貴也 「あははは……」
   その場にいた一同が各々反応を返す。

貴也 「と、言うわけで君もご飯食べていきなよ」
   貴也が心から素直にそうさそう。
プル 「……」
   プルは無言である。
   戸惑っているのかどうして良いかわからないといった感じだ。


―――夕食
ミリ 「ああ〜、それ私のぉ〜」
   横から自分の好物を掠め取られたミリが叫ぶ
クレア「お黙り」
   取ったクレアが事も無げに口に運ぶ
ミリ 「メル姉ちゃん〜何とか言ってよ〜」
   メルにすがりつくミリ
メル 「あ、あたしに振らないでよ」
   クレアには敵わぬと知っているメルは逃げるように目線をそらす。
ミリ 「わぁ〜ん……フォル姉ちゃん、クレアがアタシの魚とった〜」
フォル「……もぅ、困ったクレア姉様ね」
リア 「あ、これも〜らいっと」
   リアが貴也のおかずを取る。
貴也 「あ、リア……」
   何か言おうと思ったがリアの嬉しそうな食べる顔に言えない貴也である。
   流石に9人もの人数で囲む夕食ともなると賑やかである。
   しかし、何とも雰囲気になじめないプルはどうして言いか分からずに戸惑ったままである。
   一言で言うと呆然としているのである。
メル 「プル、食べないの?」
   そんなプルにメルが声をかける。
メル 「いや、食べるつもりだが……」
フォル「お口にあいませんでしたか?」
   心配したフォルがプルに聞く。
プル 「いや、非常に美味しい。
    特にこの煮付けなど深い味わいの中に確りと主張する旨みがあり
    それで居て、味が主張しあわず絶妙なバランスで調和していて素晴らしい出来だ」
   プルがまるで評論家の様に評す。
クレア「あんたねぇ、どうして素直に一言、美味しいって言えないのかねぇ」
   クレアが呆れながらからかうように言う。
リア 「もっと、気楽に考えろよな」
   リアがプルに箸を突きつけながら言う。
メル 「そうそう」
   メルがこれに同調する。
ミリ 「メル姉ちゃんはもう少し、考えたほうが良いと思うな〜」
   ミリが余計な一言を付け加える。
メル 「あ・ん・たは、どうしてそう一言多いかな〜」
   そういうと、メルがミリのおかずを奪い取る。
ミリ 「あぁ〜、アタシのてんぷら〜」
   ミリが抗議の声を上げる。
メル 「ふん、罰よ!」
   メルが勝ち誇ったように言う
ミリ 「そんなんだから、誰も長って認めないんだよ」
   ミリが負けじと言うと
メル 「何ですって〜、私は長よ!」
プル 「誰も認めてないがな」
   黙々と食べながらプルが突っ込む。
   一同が笑いで弾ける。



―――――夜・英荘屋根の上
   一人、佇むプル。
   夜風に眼を細め何事かを考えている。
   そこにメルがやってくる。
メル 「何を考えているの?」
   メルがプルを見つめ、呟く。
プル 「貴様らはいつもああなのか……?」
   プルは前を見据えたまま横に居るメルに話しかける。
   メルは無言である。

プル 「私はリガルードが許せない。
    人を滅ぼすことも、天使にその役目を与えることもな」
   プルが言葉を続ける
メル 「………誰も、人を滅ぼしたいなんて思ってないわ」
   メルはプルを後ろから優しく抱きしめる。

プル 「私は天使たちが憎いわけではない。
    だが、目の前の災厄は取り除くべきだ」
   プルが呟く。
   その瞳がわずかに潤む。
プル 「人の未来の前に立ちふさがるのなら……
    戦うしかない……」
   プルの声に嗚咽が篭る

プル 「だからベスティアだからと切り捨てるリガルードを憎む以外に仕方が無い」
   目元の潤みが雫となり静かに下へと零れ落ちる。
   プルはメルのフェイルセーフとしての役目は知らない。
メル 「そうね……私も、戦いたくは無いわ……
    繰り返すには重過ぎるもの」
   悲しみと憂いとそして慈愛の満ちた目でメルはプルを見つめる。

クレア「要は方向性の問題よ」
   そこへ、クレアが昇ってくる。
プル 「クレア……」
   プルが呟く。

クレア「愛も憎しみも想うが故に生まれるのよ
    ただ、貴方はその方向性が憎しみに向いているだけよ」
   クレアが優しくプルを見る
プル 「何かを憎まなければ、戦えなかった……」
   プルが呟く。
   瞳の涙はもはや雫ではなく止め処なく流れている。

クレア「繰り返しはしないわ………」
   クレアが意思の篭った強い声で呟く
   プル・メルがクレアを見つめる。
クレア「私の可愛い妹達に二度と悲しい想いをさせたくは無いもの……」



―――――翌日・英荘前
メル 「行くの?」
プル 「ここに居るわけにはいかないしな
    私は貴様らの様にはなれない」
   プルが答える。
ミリ 「また、あえるよね?」
   ミリがプルを見つめる。
プル 「ああ……」

貴也 「また、きなよ」
   貴也が微笑む。
プル 「私は何が正しく何が間違っているのかを見極めに行って来る
    それがすむ頃にまた会えるだろう」

フォル「また、御会い致しましょうね」
   フォルが微笑む。
プル 「夕食、美味しかった。
    それとまた、紅茶を飲めるとありがたい」
   プルは微笑みながらフォルに返す。

ベル 「又、会いましょうね」
   そういう、ベルは少し寂しげに見る。
   前世では戦い合う者どうしであった二人である。
   又会うとき、それが何時なのか
プル 「ああ、又会おう。
    武器を持たずわだかまりなく話せるその日に」
   プルが、ベルに微笑む
   ベルも微笑み返す。

クレア「さっさと、行きなさいよ」
   クレアが追い立てる。
プル 「ありがとう、クレア」
   クレアは少し照れくさそうにプルに視線を送る。

リア 「フン、さっさと行けば良いのに」
   プルはじっとリアを見つめ続ける。
   すっとリアに歩み寄るよるとゆっくりとだが優しくリアを抱きしめる。
プル 「私は君の未来を守りたい」
   そう呟くプルの眼は何時になく真剣である。
リア 「ば、馬鹿はなせよ」
   リアが驚き叫ぶ
   だが、抵抗はしない。
プル 「リア、愛しているよ。
    それが間違っているかもしれないことでも私は君が好きだ
    どんな未来であっても君の未来を守りたい」
   そう言うとプルはゆっくりとリアを放した。

プル 「また、会おう。約束の刻に」
   そういうと、プルはさっと踵を返した。
プル 「シャンヌハーデス!!」
   自分の獣機の名を叫ぶ。
   主人に駆け寄る犬の様にシャンヌハーデスが素早く舞い降りてくる。
   風が吹き、来た時と同じようにプルは空気を震わせ蒼穹の彼方へと消えていった。

                               ―――Fin





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