プロローグ:七のフォルシーニア





○英荘、玄関(午後)

フォル「よかった、帰ってこられて……」
  フォル、『悲しい笑顔』を浮かべて、英荘を見上げる。
フォル「私の……私たちの、英荘……」
  その後ろに貴也が立つ。
貴也「フォル……」
フォル「あ……」
  フォル、貴也に気づき、背中を向けたまま後ろを振り返る。
  貴也、フォルの顔を見つめて、
貴也「今日のこと、気にしてるの?」
フォル「だって、私……」
  うつむくフォル。
貴也「そんな悲しい顔をしないで? フォルシーニア……」
フォル「だって……」
  フォル、一層悲しい顔になって
フォル「だって、あの『フォル2』は私のデジタルコピーだったのですよ?
私のプラチナ・ディスクから生まれた……寸分違わない『私』……。
その『私』が、あんなひどいことを……。」
貴也「そんなことないよ? フォル。」
フォル「…貴也さんを傷つけようとして、そして……」
貴也「ううん、そんなことない。確かにフォル2はフォルのコピーだったけど、
でもあれは、ミリがデータを書き換えていたんだよね?」
フォル「……」
貴也「本物のフォルはあんなことはしない。ボクは知ってるよ?」
フォル「いいえ、あれは確かに私の『一部』でしたもの……」
貴也「フォル……」
フォル「貴也さんにだけは、お見せしたくない……私の『一部』……」
貴也「……」
  貴也、つらそうなフォルを見て、優しく両肩に手を添える。
貴也「フォル……」
フォル「あ……」
貴也「……見ては、いけないのかな。フォルのこと……」
フォル「え?……」
貴也「ボクは、フォルのこと、もっとよく知ってはいけないのかな……」
  顔を赤らめるフォル。
フォル「どうしてそんなことを……」
  貴也の意図が分からずに困惑している様子。
貴也「だって、ボク……」
  言いよどむ貴也。うつむいてしまう。
フォル「あ……」
  フォル、無意識に貴也の心を読んでしまう。
フォル(モノ)「貴也さんの心が……流れ込んでくる……」
  貴也の心の声が聞こえてくる。
貴也「(心の声)フォルには、そんな悲しい顔をして欲しくないから。」
フォル(モノ)「え?……」
貴也「(心の声)もっとよく知り合えたら、もしかしたら、見つかるかも
知れない。フォルが『悲しい笑顔』をしなくてもよい方法が……」
フォル(モノ)「私の……ため?……」
  目を潤ませるフォル。
フォル(モノ)「私のため……なんですね……」
  互いを見つめる二人。
貴也「フォル……」
フォル「貴也さん……私……」

クレア「何やってんの? 玄関先で。」
フォル「あ……」
貴也「う」
  貴也、慌てて手を引っ込める。
フォル「クレア姉様……」
  クレア、二人を通り越し、玄関の前に立つ。
クレア「は〜い! クレアリデル様のお帰りよ!」
フォル「あ、はい。今ドアを開けますね。」
貴也「……」
  フォル、ドアを開ける。
  そして、そっと貴也を見つめる。
フォル「あ……」
  だが、貴也と目が合ってしまう。
貴也「ん……」
  フォル、慌てて目をそらす。
フォル(モノ)「いけない……こんなふうに想っては……。
だって、想いがあふれてしまいそうになるもの……。
それは、してはいけないこと……」
  フォルの仕草を見つめる貴也、心配そうに、
貴也(モノ)「フォル……大丈夫かな……」
  クレア、フォルにドアを開けてもらう。
  貴也、それを見て、少し不満そうに、
貴也(モノ)「一緒に帰ってきたんだから、自分でドアを開ければいいのに……。
クレアさんも相変わらずだな。」
  クレア、ぴくっと止まり、振り返って、
クレア「何か言った?」
貴也「あ、いえ、なにも……」
  慌てる貴也。と、そこに、
ベル「クレア姉様に文句言ってもムダよ?」
貴也「?」
  振り向く貴也。ベルとリアも英荘に戻ってきたところだ。
リア「そうそう。アタイたちの言うことだって聞かないんだから。
『人間』の貴也が言うことなんて、聞くわけないだろ?」
クレア「うるさいわね、子狸!」
リア「む!」
フォル「おやめなさいな? ふたりとも。」
リア「ふん」
クレア「ふふん」
ベル「……疲れているのに元気あるわねぇ、二人とも……。
あんなことがあったばかりなのに。」
  フォル、その言葉を聞いて、ふと暗い顔になる。
  貴也、その話が続くのを遮ろうとして
貴也「う!」
クレア、ベル、リア「?」
貴也「あ、あの、えっと……」
  慌てている貴也。
  クレア、ベル、リア、貴也に微笑んで、
クレア「うふふ、大丈夫よ、分かってる。」
貴也「?」
ベル「私たち、人の心が読めるんだもの。」
リア「アネキのせいだなんて思ってないからさ。」
貴也「え?」
  フォルも顔を上げる。
クレア「フォル2のこと、でしょう?」
貴也「あ……。うん……」
  三人、顔を見合わせ、そして貴也に、
クレア「確かに……プラチナ・ディスクがあれば、フォルの『デジタルコピー』を
作ることは出来るわ。」
ベル「ミリがそれを利用して、フォル2をつくっちゃって、おかげで大変だったけれど……」
リア「でも、あのフォル2は、ミリがデータを書き換えちゃっていただろ?
自分の都合のいいように。だからアネキとは別物なんだよ。」
ベル「そ。書き換えのせいで途中で消えちゃったしね。」
リア「アネキのデータはデリケートなんだから、書き換えなんてしたら
フリーズするに決まってるだろ?」
クレア「そうそう。所詮ベスティアリーダーたちの浅知恵よね。」
  貴也の顔が明るくなる。
貴也「みんな……」
クレア「本物と偽物の区別くらい、つくわよ。」
ベル「だってフォル姉様は、私たちの大切なフォル姉様なんだもの。」
リア「アネキのこと、アタイたちが一番よく知っているからサ。」
  貴也、ほっとする。
  フォルの方を見ると、フォルも微笑んでうなずいてくれる。
クレア「結局、悪いのはプラチナ・ディスクを盗まれたリアってことね。」
リア「なんだと?」
クレア「だってそうでしょ?」
リア「一番悪いのは、ディスクを傷つけた貴也だろ!」
貴也「うう」
ベル「二人とも、ホントに元気ね……」

  その様子を微笑んでみていたフォル、
フォル「それでは、立ち話もなんですから、お茶の用意をしますね。」
一同「ん?」
フォル「まだお夕食には時間がありますから。」
貴也「そうだね。」
クレア「8人分ね。」
フォル「はい、クレア姉様。」
貴也「?」
フォル「8人分、ですよ?」
貴也「あ、そっか。」
  合点がいく貴也。
フォル「ええ。今日から住人が2人増えるのですから。」
  貴也、思い出して
貴也「そうだよね……そのまま連れてきちゃったんだ。」
  後ろを振り返る一同。メルとミリだ。
  玄関に入ってきて、
メル「今、私たちのこと、忘れてなかった?」
貴也「と、とんでもない。あはは……」
メル「『ここに住め』って言ったのは天使達の方でしょう?」
貴也「そう言えばそうでした……」
ミリ「まったく……」
  ぶつぶつ言っているミリ。
ミリ「どうしてあたしたちが、天使たちと一緒に住まなきゃいけないわけ?」
  そのセリフに反応する天使達。
クレア「何言ってんの? 当たり前でしょう?」
ベル「あなたたちを監視するためでしょ!」
リア「また悪さをしないように。」
ミリ「うう。」
  だが、フォルはみんなを制して、
フォル「違いますよ?」
ベル、リア「?」
フォル「ベスティアではなくなってもらうため、ですよね? 貴也さん?」
貴也「うん、そうだね。」
クレア「そんなこと、できるのかしら?」
  フォル、メルとミリに、
フォル「もう悪さはしてはいけませんよ? これからは一緒に住むんですから。」
ミリ「ふーんだ。」
メル「さあね? どうしようかしら。」
双子「む!」
  気を悪くする双子たち。貴也に向かって、
ベル「この二人はベスティアリーダなのよ?」
リア「目を離したら、何、しでかすか!」
貴也「う…」
クレア「ふふん。」
  クレア、あざ笑って、
クレア「大丈夫。今のベスティアリーダーたちに、大した事なんて
できやしないわ。ほーら。」
  と、懐からディスクを取り出す。
  クレアの手に、プラチナ・ディスクが光る。
リア「あ」
ベル「姉様のプラチナ・ディスク。」
ミリ「うう」
  ひるむミリ。
クレア「プラチナ・ディスクはもう取り返したから、もう複製なんて作れないわ。
これ以外に、ベスティアリーダーたちがアタシたちに抵抗する手段なんて
ないんだから。」
  冷や汗のミリ。挙動がおかしい。
ミリ「……」
  クレア、プラチナ・ディスクを懐にしまい、
クレア「これは、落ち着くまで私が預かるわ。また盗まれたらたまらないからね。
ベスティアリーダーたちが悪さしないと分かるまで、ね。」
  ミリ、ディスクがしまわれたのを見て、なぜかほっとする。
  メル、ミリに
メル「ディスクがなければ、天使たちには太刀打ちできないわね、ミリには。」
ミリ「さあね?」
双子「悪さ、しちゃ駄目よ?」(語調それぞれ)
  ミリをじーっとにらんで威圧する双子たち。
  たじろぐミリ。
貴也「まあまあ。」
  双子をなだめる貴也。
貴也「ベスティアリーダーの二人は、そんなことしないようにね?」
ミリ&メル「うー」
貴也「そして。」
一同「?」
貴也「ベルもミリも、クレアさんも、二人を疑ったりしちゃだめだよ?」
ベル「え?」
リア「ア、アタイたちも?」
貴也「そうだよ?」
  貴也、うなずいて、
貴也「だって、家族になるんだから。」
  一同、驚いて、
一同「家族ぅ?」
貴也「そうだよ。これからは、この英荘でみんな一緒に住むんだから。
一人一人の立場や感情、それに想いを越えて一緒に生活するんだよ。
それって家族じゃないか!」
  ちょっとあきれている一同。
クレア「家族、ねぇ。」
リア「……ハズかしくない?」
貴也「う」
ベル「でも、貴也さんらしい、かな?」
フォル「はい、ステキですよ、貴也さん。」
貴也「あ、あはは。」
  メルも半分あきれて、
メル「ほんと、不思議な人間ねぇ、ベスティアでない人ってのは。」
  だが、ミリは貴也に反発して、
ミリ「アタシ、天使と家族なんて、ヤダ!」
双子「なんですって?/なんだって?」
貴也「まあまあ。」
  貴也、みんなを制して、
貴也「とにかく。ここに住むなら、家族と同じだよ?みんな、そう考えて
おいて欲しいな。」
一同「う……」(語調それぞれ)
  戸惑っている様子の一同。特にミリ。
ミリ「うぅ……」
  メル、ミリが困惑しているのを見て、
メル「ま、とりあえず、逆らわない方がいいんじゃない?」
  ミリ、溜め息をつき、諦めた様子で、
ミリ「あーあ。天使たちのお世話になるなんて、ベスティアリーダーの名折れだわ。」
  メル、さばさばと、
メル「別にいいんじゃない? ここにいても。」
ミリ「む!」
  ミリ、メルに反発して
ミリ「メル姉ちゃんがしっかりしないから、ベスティアリーダーが天使たちに
なめられちゃうんでしょ?」
メル「失礼ね、私は‘長’よ?」
  ミリ、いらだって
ミリ「ベスティアリーダーのお役目を忘れたの? 私たちのお役目は!」
  メル、はっと気づいて、
メル「しっ、静かに!」
  ミリも振り向いて、
ミリ「あ、『人間』だ……」
  馨子、ようやく英荘にたどり着く。
馨子「うー、疲れた……」
クレア「はい、これで8人全員そろったね。」
  馨子、息を切らして、
馨子「みんな、山道なのに、歩くの速いわね。それに、メルさんもミリちゃんも
初めてここに来るのに、山道、慣れているのね。」
ミリ「ふん、人間ごときと一緒にしないで……(モゴモゴ)」
  メル、ミリの口を慌ててふさぐ。
メル「あはははは。」
馨子「え?」
ベル「な、何でもないのよ、馨子ちゃん?」
馨子「そ、そう?」
  メルとミリ、馨子に聞かれないように小声で、
メル「(小声)正体ばらしちゃ駄目でしょう?」
ミリ「(小声)うう、そうだっけ?」
メル「(小声)そうなの!」
  フォル、ミリをなだめて、
フォル「馨子さんは、この下宿館の先輩なんですから、そんな口の利き方は
だめですよ? ミリ?」
ミリ「ふーんだ。」

  馨子、困った様子で、
馨子「で、住人が増えるのはかまわないんだけど…」
一同「?」
馨子「部屋、どうするの?」
貴也「あ、うん。そうだよね……」
  貴也、思い出して、
貴也「この英荘は共同リビング以外に、6部屋しかないんだよね。」
馨子「そうよ? いままで6人ちょうどで空き部屋なんて無いのに、
2人増えちゃうんだから。」
クレア「ジャンケン、したでしょ? 自室争奪ジャンケン大会。」
馨子「ジャンケンはしたけど……」
  馨子、貴也を気の毒そうに見つめて、
馨子「貴也くんがいちばん負けちゃって『部屋無し』になったままじゃない?
やっぱり、まずいわよねえ。」
貴也「うん。」
クレア「ほっとけば?」
貴也「う」
馨子「だめよ、そんなの…」
クレア「どうして?」
馨子「あ、え、あの……」
一同「?」
馨子「……大家さんなんだから、かな?」
ミリ「何、赤くなってんの?」
馨子「な、なんでもない。」
  馨子、うつむいてしまう。
  ミリ、はっと気づいて、貴也に、
ミリ「そうよ、アンタ、大家でしょ?」
貴也「え、あ、うん。」
ミリ「どうして大家が自分の下宿館に住んでんのよ!」
メル「ん、そうよね。常時いる必要はないわねぇ。」
貴也「う。」
ミリ「自分の家に帰れば?」
貴也「うぅ……ここがボクの家です……」
ミリ「は? だって……」
メル「両親はどうしたの? いないの?」
  フォル、説明して、
フォル「貴也さんのご両親はボランティアで海外に行ってらっしゃるんですよ。」
メル&ミリ「へー。」
貴也「うん、だからこの下宿館を買ってもらったんだ。」
メル「ああ、なるほどね、家賃で暮らしてるんだ。」
ミリ「あ、家賃、どうしよう。」
貴也「ん……家賃、とってないよ?」
ミリ「は?」
メル「どうして?」
貴也「家族だから。」
メル&ミリ「はぁ?」
  あきれるメルとミリ。
ミリ「……どうやって暮らしてんの?」
貴也「ん……父さんの書いた本の印税と、あと、バイト、かな?」
ミリ「大丈夫なの?」
貴也「う……」
メル「ほんと、とことんベスティアではない人ねぇ。」
  メルとミリ、諦めた様子で、
メル「はいはい、じゃあ、相部屋でいいわ。」
ミリ「しかたないか……」
メル「で、それはいいんだけど。」
  メル、頭をかきながら、
メル「……私、部屋、どうするの?」
一同「?」
メル「ジャンケンで部屋を選べって言っても、どの部屋がどんな風か
分からないんだから、選びようが無いでしょう?
私、ここに来るのは初めてなんだから。」
貴也「あ、そっか。そうだね、メルさんは部屋を選んでなかったんだ。」
メル「ミリだって、知らないでしょう?」
ミリ「アタシはここに来たことあるもん。」
ベル「いつ?」
ミリ「プラチナ・ディスクを盗みに来た時。」
リア「こら!」
ミリ「あう」
  たじたじなっているミリ。
  貴也、みんなを制して、
貴也「分かったよ。じゃあ、先に、メルさんとミリにこの英荘を案内するよ。」
フォル「では下見が終わったら、もう一度『自室争奪ジャンケン大会』、ですね。」
馨子「そうね、それがいいわ。」
リア「はいはい。」
ベル「やっぱりジャンケンよね。」
クレア「そう?」
  クレア、背中を向けて、その場を離れようとする。
クレア「じゃ、みんな、がんばってね。」
貴也「あれ、クレアさんは?」
クレア「アタシには関係ないから。」
貴也「え、でも……」
  立ち止まるクレア。貴也をにらんで、
クレア「まさか私に、相部屋や引越しをさせようって言うんじゃないでしょうね?」
貴也「ここは公平に……」
クレア「アタシは嫌よ!」
  溜め息のベルとリア。
リア「あ、もう、ほっとけば?」
ベル「クレア姉様なしで話を進めましょうよ。」
クレア「トゲのある言い方ねえ。……ま、いいわ。」
  クレア、背を向けて、
クレア「じゃ、アタシは部屋にいるから、お茶が入ったら呼んでね?」
フォル「はい、クレア姉様。」
  クレア、自分の部屋の方へ歩いてゆく。
貴也「それじゃあ、メルさんとミリ、部屋を案内するね。」
メル「そうね。」
ミリ「しかたないなあ。」
リア「あ……」
  リア、貴也を見つめて、
貴也「?」
リア「お茶を用意してくれるって言うから、その後でもいいんじゃないカナ?
一緒にお茶、しようよ。」
  恥ずかしげなリア。
貴也「ん、案内はすぐ終わるから、用意が終わる頃には共同リビングに行くよ。」
リア「そ、そう……」
  リア、少しムッとして、
リア(小声)「貴也のバカ」
  貴也、それには気づかず、フォルに
貴也「じゃあ、よろしくね。」
フォル「はい。」
  貴也、メル、ミリ、一緒に部屋の方へ歩いてゆく。
  フォル、それを見届けて、
フォル「じゃあ、お茶の用意、しますね。」
リア「あ、アタイもする。」
馨子「あ、あたしも手伝うわ。」
ベル、リア「びくっ」
  ベル、馨子が料理が下手なのを思い出し、
ベル「あ、馨子ちゃんはそのままでいいの。」
馨子「どうして?」
ベル「い、いいから……」
  馨子、貴也の後ろ姿を見て、
馨子「(小声)いいところを見せようと思ったのに……」
  残念そうな馨子。
  その様子を、後ろ目で見ていたメル、ため息を軽く付いて、
メル「『ここ』も何かと複雑ねえ……」
ミリ「なんのこと?」
メル「子供には関係ないの。」
ミリ「ぶー」

○貴也の部屋

ミリ「えいっ!」
  ドアを開けるミリ。
  部屋の中、飾りっけの無い、男の部屋だ。
メル「むさい部屋ね。」
貴也「悪かったですね。」
ミリ「ここは?」
貴也「ボクの部屋だよ。」
  ミリ、中に入って周りを見渡す。
ミリ「つまんない部屋。」
  ミリ、部屋にあるパソコンを見つける。
ミリ「ん?」
  例のEPLON586GX。一番最初に貴也がフォルを復元したパソコンだ。
ミリ「これ……直ってる……」
貴也「?」
ミリ「前に来た時は壊れてたのに。」
貴也「リアに直してもらったんだよ。」
ミリ「ふーん。」
  ミリ、パソコンを見つめている。
メル「間取り、こんなモンなの?」
貴也「どの部屋も同じですよ?」
メル「狭いわねぇ。」
  ミリ、パソコンを見つめて、にやっと笑う。
ミリ「うふふ。」
  貴也、ミリを促して、
貴也「次の部屋へ行くよ?」
  ミリ、貴也に、
ミリ「アタシ、ここの部屋にしようかな?」
貴也「え?」
  驚く貴也とメル。
メル「貴也の臭いが移るわよ?」
貴也「ボク、そんな変な臭いしてないですケド……」
ミリ「べ、別にここを気に入ったわけじゃないもん。」
貴也「じゃあ、どうして?」
ミリ「い、いいじゃない、別に……」
  ミリ、挙動が不自然だ。
貴也「他の部屋、見なくてもいいの?」
ミリ「他は天使達の部屋でしょ? そんな部屋、アタシ、住みたくないもん。」
貴也「でも、ジャンケンで勝てなかった時は、ここ以外の部屋から
選ばなくちゃいけなくなるんだよ?」
ミリ「大丈夫。アタシ、ジャンケン強いもん。」
貴也「そうだったっけ?」
ミリ「少なくとも、アンタよりはね。」
貴也「うう……」
ミリ「と、とにかく、アタシはしばらくこの部屋を見せてもらうわ。」
  ミリ、挙動がぎこちない。だが、貴也はそれに気づかず、
貴也「そう? じゃあ、メルさん、次を案内するね。」
メル「ん……。そうね。」
  貴也とメルが廊下へと出てゆく。
ミリ「……」
  ミリ、ドアの隙間から二人を見る。
  貴也とメル、話しながら次の部屋へ向かう。
ミリ「うふふ…」
  ミリ、それを確認すると、ドアを静かに閉める。

  ミリ、パソコンの前に座る。
ミリ「へへーんだ。」
  ミリ、懐からディスクを取り出す。
  なんと、フォルのプラチナ・ディスクだ。
ミリ「第四天使に渡したのはダミー。本物はこっちよ。」
  ミリ、ディスクをドライブにいれ、内容を確認する。
ミリ「今度は、ちゃーんとデータを書き換えて、『消えない第三天使』を
作ちゃうんだから!」
  キーボードを打つミリ。
ミリ「A、Q、U、. ……E、X、C…………えい!」
  ミリ、『AQU.EXC』と打込み、リターンキーを押す。
  アクセスランプが点滅し始め、メモリへの読み込みが始まる。
ミリ「うふふ。今度こそ、第三天使に勝てる第三天使、『フォル3』を
誕生させてあげるわ!」
  ミリ、データを書き換えようと、両手を構えてキーボードに置く。
ミリ「さあ、いくわよー。」
  ミリ、モニタをにらんで……
  ボン!
ミリ「うわぁ!」
  なんと、突然パソコンのモニタが爆発!
  その爆風をまともに受けるミリ。
  パソコンがススだらけになる。
  (註:モニタ、パソコンの原形はそのまま。)
  ミリもススだらけだ。
ミリ「ケホケホ……な、なによ、これ……」

  廊下から足音。
リア(オフ)「やった! 引っかかった!」
  リアが部屋に入ってくる。
リア「貴也のおバカさん! ……ん?」
  リア、ミリを見てびっくり。
リア「なにやってんの? あー!!」
ミリ「うう……」
  部屋の中には、ススだらけのミリとパソコン。
リア「何やってんだよ!」
  近づこうとするリア。だが、煙が舞い上がっている
リア「ケホケホ……」
  リア、黒い煙のせいで近づくことができず、後ずさりしてしまう。
ベル、馨子「あー」
  ベルと馨子も部屋に駆けつけ、入ってくる。
ベル「パソコン、せっかくリアが直したのに!」
馨子「また壊れちゃたの?」
  ベル、ミリがススだらけなのを見て、
ベル「ミリ! あなたね?」
ミリ「し、知らないもん。触ったら急に爆発して……」
ベル「それを『壊した』って言うのよ?」
ミリ「そんなぁ…」
  リア、ススだらけのパソコンを見つめて、残念がっている。
リア「だいたい、なんでアンタがパソコンいじってんだよ!」
ミリ「うう……」
  答えられないミリ。
  リア、溜め息をつき、
リア「あーあ、せっかく貴也を驚かそうと思ったのに……」
三人「は?」
リア「また、やり直しか……」
貴也「……それ、どういう意味?」
一同「?」
  振り返る一同。ドアのところに、貴也とメル。
メル「どうしたの? 一体。」
貴也「爆発の音がして、驚いて見に来たら……」
  メル、ミリの様子を見て、
メル「へえ、かんばってるわねぇ、ミリ。」
ミリ「ふーんだ。」
  馨子、パソコンを見て、
馨子「せっかくパソコン直したのにね。」
ベル「でも、爆発したのって……」
  一同、リアを見て、
貴也「ボクを驚かせるため?」
ベル「ひょっとして、『仕掛け』がしてあった、とか?」
馨子「それって、触ると爆発するってこと?」
リア「ん……うん。……苦労して作ったのに。」
貴也「何でボクがそんな目に……」
リア「む、アネキのディスクを傷つけた罰だよっ!」
貴也「うう、だって知らなかったんだもん。」

  フォル、遅れて入ってくる。
フォル「一体、どうなさったんですか? 大きな音がしましたけれど。」
貴也「フォル……」
  フォル、一同を見渡し、ミリを見て、
フォル「まあ、ススだらけ……」
ミリ「ふん。」
フォル「とにかく、お風呂に入りなさいな。」
ミリ「うるさいわね、ほっといてよ。」
フォル「でも……」
貴也「じゃあ、とりあえず、これ。」
  貴也、ハンカチを渡す。
ミリ「……ん」
  ミリ、ハンカチを受け取って、顔を拭く。
  フォル、ミリの様子を見て、
フォル「ベル? ミリに替わりの服を貸してあげて?」
ベル「え?」
  驚くベル、ちょっと嫌な顔をする。
ベル「ベスティアリーダーに服を貸すなんて……」
  しぶっているベル。
フォル「そう?……それなら……」
  フォル、少し考えて、
フォル「貴也さん、あちらを……」
貴也「ん?」
  貴也、フォルの指差した方向を見る。
  フォン……。
  貴也の背後で音。
貴也「え?」
  貴也、振り向くと、フォルの服が天使の正装に替わっている。
  貴也が目をそらせた隙に、一瞬で着替えたのだ。
  いままで着ていた服はきれいに畳まれて手の中にある。
  フォル、ミリに服を渡し、
フォル「さあ、お風呂に行ってらっしゃいな。」
ミリ「え?」
  ミリ、服を渡されて、戸惑っている。
ベル「何もフォル姉様がそんな事しなくても。」
フォル「いいのですよ。」
ミリ「え、あ、あの……」
  ミリ、親切にされて、どうすればいいか困っている。
メル「ま、好意は素直に受け取ったら?」
ミリ「でも……」
  戸惑っている様子のミリ。
  ベル、やれやれと納得して、
ベル「しょうがないな。後でミリに合う服、用意してあげる。」
ミリ「……うん。」
  微笑むフォル。
フォル「でも、どうしてススだらけなんですか?」
貴也「ん……。ミリがパソコンを、ね……」
  フォル、ススだらけのパソコンを見つけ、
フォル「あら、何かあったんですか?」
貴也「えっと……」
  説明に困る貴也。
  メル、ミリを見透かすように、
メル「今度は『フォル3』でも作ろうとしたんじゃない?」
ミリ「う」
  ぎくっとするミリ。
一同「ふぉる・すりぃ?」
  驚く一同。
ベル「『フォル3』って、またお姉様の複製ってこと?」
貴也「もうフォル2みたいなのはかんべんしてよ。」
リア「ひどい目に遭ったんだから。」
  たじろぐミリ、メルに向かって、
ミリ「もう、ばらさないでよ!」
メル「あら? 図星だったの?」
ミリ「う……」
  ベルとリア、合点が行く。
リア「ははーん、なるほど。」
ベル「貴也さんのパソコンを使えるかどうか、試そうとしたのね。」
リア「パソコンが無いとプラチナ・ディスクからの復元はできないもんね。」
  フォル、ミリをさとして、
フォル「もう。いけませんよ? ここではいけないことをしないって、
約束したでしょう?」
ミリ「ふーんだ。」
フォル「しょうのない娘ね。」
ミリ「あたしが悪いんじゃないもん!」
  ミリ、ススだらけのFDドライブを横目で見る。
ミリ「どうなってても、アタシ、知らないから。」
  ミリ、ちょっと冷や汗。
リア「なに言ってんの。何もできないくせに。」
ミリ「?」
ベル「本物のプラチナ・ディスクはクレア姉様が取り上げちゃったのよ?
それがない限り、『フォル3』なんて作れないわ。」
  ミリ、そっぽをむいて
ミリ「さあね。」
リア「む、かわいくないヤツだなぁ。」

  馨子、要領を得ない様子で聞いていたが、
馨子「あ、あのー」
一同「?」
馨子「ディスクを再生すると……フォルさんがどうなるの?」
リア「だから、もう一人アネキが出てきちゃうんだよ。」
馨子「どうして?」
リア「だから……」
  一同、馨子を見る。馨子、きょとんとした目。
一同「あっ!」
  一同、驚く。
馨子「な、なに?」
リア「ば、ばらしちゃった……」
貴也「ま、まずいんじゃないのかな?」
ベル「馨子ちゃん、いたんだっけ。」
馨子「いたわよ、さっきから。」
  馨子、ますます疑問に思って、
馨子「フォルさんたちが天使だとは聞いたけれど、どうしてフォルさんが
二人も三人も出てこられちゃうわけ?」
フォル「あ、あの……」
リア「う……まずい。」
ベル「完全にばれちゃった……」
  たじろぎ、うろたえる一同。
貴也「か、馨子さん、これは実はえっと……」
馨子「? ……何か隠してるの?」
貴也「うう……」
  メル、馨子を見て、不思議に思う。
メル「あれ? そういえば、あなた……」
馨子「?」
メル「人間なのに、全部憶えているのね。『フォル2』のことも、『天使』のことも。」
一同「あ」
  一同、馨子の記憶に関して考え間違いをしていることに気づく。
ベル「馨子ちゃん、今日の学校での出来事、覚えている?」
馨子「今日って……、ミリちゃんがフォル2と一緒に、あの大きなメカで学校に来たこと?」
リア「覚えてるんだ……」
馨子「うん。」
貴也「あれ? でも……」
ベル「フォル姉様が『操作』して、何もなかったことになったんじゃ……」
貴也「うん。学校のみんなの記憶とか、ぜんぶ元通りになったのに。」
馨子「あ、それそれ。」
貴也「?」
馨子「どうして学校のみんなは、今日のこと忘れちゃったのかしら。不思議なのよね。」
貴也「ん……」
  馨子のセリフを聞いて、考える貴也。
貴也「どういうことなのかな? フォル。」
  フォル、微笑んで、
フォル「アクエリュースが、馨子さんの記憶までは『操作』しなかったんですよ。」
馨子「『操作』?」
フォル「はい。私達がここで暮らして行けるようにするため……。
私の神機『アクエリュース』には、その機能がありますから。」
馨子「そのせいで、みんな忘れちゃったの?」
フォル「学校のみなさんに知られたままでは、騒ぎを押さえられませんもの。」
馨子「ふーん。あの時言っていた『操作』って、そのことなのね。」
  馨子、今日のことを思い出している様子。
貴也「でも、どうしてなのかな? 馨子さんの記憶だけ……」
フォル「それは、馨子さんに知られていても、ここで暮らすには支障がない、ということですよ。」
一同「?」
フォル「馨子さんは、『そういう人』ではありませんもの。」
馨子「そ、そう?」
  馨子、照れている。
フォル「それに、記憶が消えてしまったら、メルとミリのお二人がこの英荘にくる理由を説明できませんから。」
貴也「?」
ベル「普通の下宿館なら、部屋が埋まっているのに更に下宿させたりしないものね。」
貴也「あ、そうか、そうだよね。」
  それを聞いていたメル、イジワルして、
メル「でも、いいの? 正体、ばれたままで。」
リア「アネキがそう言うんなら、いいんじゃないの?」
ベル「馨子ちゃんが他にばらさない限り、支障はないんじゃないかしら。」
メル「そうかしら? 何か起こる前に記憶を消しちゃうべきなんじゃない?」
馨子「記憶を消す? そんな…」
  たじろぐ馨子。
リア「そんなひどいことをするのはベスティアリーダーだけだよ。」
メル「あ、ひどーい。私は‘長’よ?」
フォル「馨子さんは他の人に話したりはしませんよ。もしそうでないなら、
あの時に馨子さんも『操作』されてしまっているはずですから。」
メル「それは、そうかもねぇ。」
  馨子、安心した様子。
  ミリ、すっと馨子の側に寄って、耳打ちして、
ミリ「ほんとに信じられる?」
馨子「?」
ミリ「いままで、知らない間に記憶を操作されちゃってたかも?」
馨子「え!」
  どきりとする馨子。
ベル「あん、もう、馨子ちゃんに変なこと考えさせないでよ! ベスティアになっちゃう。」
馨子「あ!」
ミリ「ちっ。」
  フォル、馨子に微笑んで、
フォル「大丈夫、私たちはそんなこと、しませんから。」
馨子「フォルさんがそういうのなら、信じられるかな?」
  馨子、フォルの笑顔に安心した様子。
メル「でも実際、みんなの記憶を消したでしょう?」
ミリ「そうよ! 結局やっていることはアタシたちと同じじゃない! だったら、
データの書き換えにも文句つけないで欲しいわ!」
リア「あれは、アンタ達の後始末をしただけでしょ? 少しは感謝しろよな。」
フォル「『操作』は暮らしてゆくための最低限のことだけ。私たちがいることで、
みなさんに迷惑をかけないようにするためのものですもの。」
リア「都合よく記憶やデータをいじるのは、ベスティアリーダーだけだよ。」
  ミリ「うう……」
  たじたじのミリ。
  馨子、疑問に思い、つぶやいて、
馨子「データ? 書き換え?……」
  その言葉に、馨子を見る一同。
  貴也、考えて、
貴也「じゃあ、知ってしまっても構わないのかな?」
  馨子を見る一同。
馨子「あ、大丈夫。私、他の人には絶対にしゃべったりしないから。
忘れたくないし、ここを追い出されたくないもん。」
  貴也、フォルを見る。うなずくフォル。
  貴也、馨子に説明して、
貴也「あのプラチナ・ディスクには、フォルのデータが収められているんだ。
だから、実行するとフォルが復元されるんだよ。」
馨子「そ、そうなの?」
フォル「はい、そうですよ。」
馨子「データから?」
フォル「はい……」
  驚いている様子の馨子。
馨子「ふうん、ディスクから復元……不思議ね。天使って、そういうものなのかしら?」
天使達「……」
  答えない天使達。
貴也「ん……そういうものなんじゃないのかな?」
馨子「?」
貴也「だって、フォルと初めて出会った時もそうだったし……」
  貴也、同意を求めるように、天使達を見る。

  リア、焦って話を変えて、
リア「と、とにかく、それを悪用して作ったのがフォル2だったんだよ。
デジタルデータのコピーを作ったのさ。」
馨子「ふーん。複製ね……。そうだったの。」
  馨子、考えて、
馨子「でも、フォル2はフォルさんとは大違いだと思うんだけれど?
ミリちゃんと一緒に襲ってきて……」
ベル「フォル2は本物のフォル姉様なんかじゃないわ。ミリが、データを
書き換えちゃったんだもの。」
リア「だから、フォル2は私たち天使の敵になっちゃったんだ。」
  馨子、合点が行った様子で、
馨子「なるほど、それで『書き換え』なのね。」
ベル「データを書き換えない限り、あんなフォル姉様は生まれたりしないわ。」
  リア、ミリを見て、
リア「で、今度は、『フォル3』を作ろうとしてたってわけさ。」
  馨子、理解した様子で、
馨子「ふう、なんて迷惑なコトを……」
ベル「その通り。」
馨子「フォル2にはひどい目に遭ったものね。」
リア「それで、まだ、悪いことを企んでるんだ。」
ベル「どうしてくれようかしら?」
  たじろぐミリ。

  フォル、皆を制して、
フォル「もうそんなに責めるのは、よしてあげてくださいな。」
一同「え?」
ベル「だって、またフォル姉様を襲おうとしたのよ?」
リア「放っておいたら、また……」
フォル「もういいんですよ。」
ベル「でも……」
リア「いいの?」
フォル「ええ。だって…」
双子「?」
フォル「だって、これから一緒に住むんですもの。」
ベル「それはそうだけど……」
リア「んー……」
フォル「いいですよね? 貴也さん。」
貴也「え、あ、うん。」
  ベルとリア、顔を見合わせた後、
ベル「フォル姉様がそう言うのなら……。」
リア「しかたないなあ……。」
  しぶしぶ承諾する双子
ミリ「ふう」
  胸をなで下ろすミリ。
貴也「ミリ? もう、フォルの偽物なんか、作っちゃだめだよ?」
ミリ「うう……」
  馨子、くすりと笑って、
馨子「そうそう。もし、もう一人作るのなら、フォルさんそのままにして欲しいわね。」
一同「え?」
馨子「うん、どうせなら、ね。」
貴也「フォルが、もう一人?」
馨子「だって、できるんでしょう? データがあるんだから。」
  一瞬、想像する一同。
ベル「もう一人のお姉様ね! ステキ!」
リア「私が一人占めしていいかなあ。」
ベル「だめ、私と一緒にいるの。」
馨子「うふふ、一緒にいるだけで幸せになれそうよね。」
  照れるフォル。
ミリ「うう、本物の第三天使がもう一人だなんて。」
メル「アンタには太刀打ちできないわね、どうあがいても。」
  貴也、話を聞いていたが、
貴也「ん……フォルは一人でいいと思うけど?」
ベル、リア「えー、でも。」
貴也「フォルは一人で十分だよ。」
ベル「それは貴也さんだからそう思うだけよ?」
貴也「そ、そうなの?」
ベル「いつもフォル姉様を一人占めしているんだもの?」
リア「そう、いつもいつも一緒にいるからね。」
貴也「そ、そうだっけ?」
ベル、リア「そうでしょ!」
貴也「あ、う…」
ベル「それに、フォル姉様をちゃんと復元できるのは貴也さんだけだし……」
  一同、貴也とフォルを見つめる。
貴也、フォル「?…………あ」
  貴也とフォル、自分達が並んで立っているのに気づく。
  確かに、仲良く寄り添っているように見えなくもない。
  ちょっとうらやましそうな双子たち。
ベル「もう一人いたら、私とずーっと一緒にいてほしいな。」
リア「アタイ、服、選んで欲しい。アタイに似合うヤツ。」
馨子「じゃあ、私は、ケーキの作り方、教えて欲しいな。」
ミリ「じゃ、じゃあ、アタシはデータを書き換えたいな!」
双子「こら!」
馨子「もうそれはいいから!」
  側で聞いている貴也とフォル。
貴也「人気あるね、フォル。」
  照れるフォル。
フォル「で、でも……」
貴也「?」
フォル「私、そんなにいつもいつも、貴也さんと一緒にいるんでしょうか……」
貴也「……そんなつもりはないんだけどなぁ。」
  メル、盛り上がっているベル、リア、ミリ、馨子を制して、
メル「はいはい、フォルをそんなに困らせないの。」
四人「んぅ……」(語調それぞれ)
  メル、考えて、
メル「でも、もう一人いたら、確かに役に立つこともあるかもね?」
  メル、フォルに意味深に告げる。
フォル「……」
一同「?」
  一同、よく分からない様子。貴也も分からない様子だ。
  フォル、それには答えず、
フォル「あ、お茶の用意の続き、しますね。」
  背中を向けて、部屋を出ようとする。
  その時、フォル、一瞬悲しそうな顔になる。
  貴也、それを見逃さず、
貴也「ボクも手伝うよ?」
フォル「で、でも。」
  貴也、フォルを心配そうに見つめて
貴也「…手伝うよ。」
フォル「……はい。」
  一緒に行こうとする貴也。
メル「じゃあ、部屋の案内の続きは?」
貴也「お茶のあとで、ね。」

  部屋を出ようとする貴也とフォル。
リア「あ、アタイも……」
  リアも一緒に出ようとするが、
貴也「そうそう、それから、リア?」
リア「なに?」
貴也「パソコン、『ちゃんと』直しておいてね。」
リア「なんで?」
貴也「『なんで』って……壊しちゃったんだろ? あれ。」
リア「ん?」
  リア、振り向く。ススだらけのパソコン。
リア「へ? パソコン、壊れてないケド?」
一同「?」
ベル「爆発しちゃったでしょ?」
リア「バカだな、壊すわけないだろ?」
貴也「は?」
  リア、説明して、
リア「あの爆発は、前に座った人を驚かすためだけ。クラッカーみたいなものだよ。」
ベル「なんだ、壊れたわけじゃないのね。」
リア「あたりまえだろ? 自分で直したものを自分で壊すわけないんじゃん?」
  貴也、冷や汗をかいて、
貴也「うう、触らなくてよかった……」
  ミリ、その会話にはっと気づいて、
ミリ(モノ)「ということは……」
  ミリ、パソコンに表面のススをぬぐう。
  アクセスランプが点灯しっぱなしだ。
ミリ「!……」
  FDドライブの作動音もかすかに聞こえてくる。
  ミリ、にやりとして、
ミリ(モノ)「これで、『書き換え』…できるわっ!」
  ミリ、みんなを見渡す。
ミリ(モノ)「気づいてないみたいね……」
  ミリ、みんなを追いだそうとして、
ミリ「じゃあ、アタシにまかせといて。」
一同「?」
ミリ「アタシがパソコンの掃除しておいてあげるわ。」
リア「なに? 突然いい娘ぶって?」
ミリ「あ、いや、お騒がせしたお詫びに……」
ベル「怪しいわね。」
  焦っているミリ。
メル「何たくらんでるの?」
ミリ「う。だまっててよ! 大事なところなんだから。」
一同「?」
ミリ「あ、いや、なんでもない。」
  ベル、リア、ミリを疑い深く見つめる。
ベル、リア「んー?」
ミリ「あはは……」
  後ずさりするミリ、パソコンを背中にして、ドライブが動いているのを
見えないように隠している。
ベル、リア「んー?」
ミリ「うう……」
  貴也、その様子を見て、
貴也「そんなに疑わなくてもいいんじゃないかな?」
ベル、リア「?」
貴也「掃除してくれるって言うんだから、そうしてもらえば、さ。」
  ベル、リア、溜め息をついて
ベル「もう、貴也さんって、そういう人なんだから。」
リア「『ベスティアじゃない人』だから、仕方ないんだろうけど。」
  フォル、その様子を見てくすりと笑い、
フォル「じゃあ、お願いしちゃおうかしら。」
貴也「うん。そうだね。」
フォル「お掃除の後、お風呂ですよ?」
ミリ「……うん。」
  貴也とフォル、出て行こうとする。
フォル「貴也さん、湯飲みが2つ、足りないんですけど。」
貴也「たしか、戸棚の奥にあったはずだよ。」
  一同、その様子を見て、
ミリ「ほら、みんなも出ていってよ。アタシ、掃除しちゃうから。」
  ジト目のベルとリア、
ベル「ますます怪しいわね。」
ミリ「ぎく」
リア「何か隠しているの?」
ミリ「ぎくぎく」

  と、そこに、
クレア「ちょっと!!!」
  クレアがやってくる。
フォル「クレア姉様?」
  クレア、貴也とフォルを通り越して、部屋の中に入ってくる。
一同「?」
  クレア、一瞬立ち止まった後、ミリに、
クレア「これ! 偽物!」
  クレアの突き出した手には、プラチナ・ディスク。
ミリ「う!…」
貴也「フォルのプラチナ・ディスク?」
フォル「偽物?」
  驚く一同。
  クレア、ミリにずいっと寄って、威圧的に、
クレア「見た目にだまされたけれど、グラフィアスと接触してみたら……」
  クレア、ディスクを乱暴にミリに突き返して、
クレア「これ、ただのフロッピーディスク! 真っ赤な偽物じゃないの!」
ミリ「バ、バレちゃった……」
クレア「まったく、手の込んだこと、してくれちゃって」
リア「ってことは、本物のディスクはまだミリが持っているのね。」
ベル「危ない危ない、気づいてよかったわ。」
  クレア、ミリを見下ろして、
クレア「どうせアンタのことだから、私に偽物をつかませておいて、
本物のディスクで『フォル3』とかなんとかでも作ろうとしたんでしょう?」
  一同、あきれて溜め息。
リア「バレバレね。」
ミリ「う、うるさいわね。」
ベル「もう、ミリったら、本気だったのね。」
馨子「やめてよ、もう……」
メル「何も考えないで行動するから。もう少し、マシな計画を立てなさい?
まったく、抜けているんだから。」
ミリ「なに言ってんのよ。しっかりと作ったわよ、あの偽物は。ちゃんと
第四天使をだませたでしょう?」
  クレア、冷や汗。
ベル「クレア姉さんも、どうして気がつかなかったの?」
リア「自分で作ったものだろう?」
  ベル、リア、ジト目。
  クレア、冷や汗。
クレア「グ、グラフィアスがいないと、アタシだって分からないわよ。」
ベル「なんだ。部屋に帰ったのって、グラフィアスと接触するためだったのね。」
リア「でも気づくでしょ? 自分で作ったんだから。」
クレア「う、うるさいわねえ。」
ミリ「それだけアタシの作った偽物が上手くできてたってことでしょ?」
クレア「そんなこと、自慢しなくてもいいの!」
  クレア、ミリをにらんで
クレア「どうせ作るなら、もっと偽物らしく作りなさい。まったく紛らわしい。」
メル「それじゃ、偽物の意味ないと思うけど?」
クレア「うるさいわね、言う通りにすればいいのよ。」
メル「なんて強引な。」
ベル「相変わらずなんだから。」
クレア「とにかく、フォルの偽物はもうたくさんよ! さあ、本物はどこ? さっさと出しなさい。」
  ひるむミリ。
クレア「さあ!」
ベル「本物はどこ?」
リア「出しなよ!」
メル「壊しちゃいなさい?」
馨子「だ、だめよ、そんなの!」
クレア「早く出さないと……」
  貴也とフォル以外、ミリに迫ってゆく。
ミリ「うう……」

  たじたじのミリ、パソコンを見られないように後ろに隠している。
  クレア、その様子に気づいて、
クレア「何隠してるの?」
ミリ「ぎくっ!」
  クレア、ちらっとパソコンを見る。
  パソコンの表面が黒ずんでいるのが見える。
クレア「あ、アンタ、貴也のパソコン壊したの?」
ミリ「ア、アタシが悪いんじゃないもん。第二天使の仕掛けのせいだもん!」
  クレア、一笑に付して、
クレア「そんなもの、隠してどうするの? ベスティアリーダーのくせに臆病ね。」
ミリ「?」
クレア「貴也の持ち物なんて、どうなってもいいわよ。」
貴也「う、ひどい……」
クレア「そのことは今はどうでもいいから、ディスクのありかを教えなさい。
壊したことは、後で貴也に謝っておけばいいことでしょ?」
  貴也、苦笑して、
貴也「壊れてないそうですよ? クレアさん。」
クレア「え?」
  貴也、パソコンを見て、気づき、
貴也「だって、あ、ほら、動いてるでしょ?」
一同「ん?」
  一同、パソコンを見る。ミリが拭き取った個所、アクセスランプが見える。
貴也「ほら、アクセスランプもつきっぱなしだし……」
クレア「ふむ、『つきっぱなし』ねぇ。」
貴也「ええ、『つきっぱなし』……」
一同「……」
ミリ「う……」
  一瞬おくれて、一同気づく。
一同「あーーーーーーーー!」
ミリ「ばれちゃった……」
  慌てる一同。
フォル「そ、それは!」
貴也「プラチナ・ディスクだ!」
クレア「ま、まずいわ!」
ベル「だ、だめぇ!」
リア「止めないと!」
  と、ディスクプレイがぱっと光る。
  クレア、ベル、リア、メル、馨子の5人がパソコンに手を伸ばす。
一同「だめーーー−!」
ミリ「うわぁ!」
  ミリ、押し倒されて、パソコンに倒れ込む。
  他の5人も倒れ込んでしまう。
貴也「ちょ、ちょっと!」
フォル「いけない!」
  6人が重なり合ったその向こう、ディスプレイがぱっと光る。
  光が大きくなり、6人を包み込んでゆく。
貴也「ま、まずい……」
  貴也とフォル、まぶしくて目を閉じてしまう。
貴也「うわぁ!」
  そして、部屋が光に包まれ……

  ……………………光が収まる。
  貴也、目を開ける。
貴也「はっ!」
  一同も目を開ける。
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
フォル「私が……七人?」
  なんと、貴也の回りに、七人のフォルがいる。
一同「えぇ?」
貴也「そんな……」
  呆然としているフォルたち、そして一同。





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